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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第四章 変わり往くもの
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4:手配書の男

 自身がどうやらウッカリ持ち込んでしまったらしい事情によって、これ以上滞在するのも邪魔な空気になってしまったため、シグムンドは謁見の間を後にしていた。


(だ、大丈夫なのか? ってか、恋仲って言っちゃいけない事だったのか……?)


 王族っていうのはよくわからんなあ。なんて思いながら、シグムンドは謁見の間の扉をパタンと閉じていた。


「とはいえ……――」


(俺の仕事も探してくれるって仰ってたし。何か出来る事があれば良いんだが……)


 そう思って、扉から背を向けると。

 ちょうどシグムンドの前を、ふと大柄の男が通り過ぎて行くのが見えた。


「……ん?」


(どこかで見たことがあるような……)


 シグムンドは既視感に襲われるがまま、立ち去って行く大男を目で追い掛ける。

 立派な白銀の鎧を身に着けている彼は恐らく騎士団の一員なのだろう。

 ターコイズグリーンの髪をした、その男。


(なーんか、見たことがある気がするんだよなあ。えっと、なんだっけかな。うーんと、えーと……)


 その時、シグムンドの記憶と目の前の男がピタリと合致した。


「あ――ッッ!!」


 次の瞬間、シグムンドは思わず目の前の熊男を指差しながら、大声を上げていた。

「……む?」と振り返ったルドルフは、キョトンとした表情を浮かべる。そんな男に向かって、大慌てでシグムンドは叫んでいた。


「こいつッ! 『副騎士団長騙りの熊男』!! アゴナス地方のカルカロスで手配書を見たぞ……!! 兵士さんっ、兵士さん!! 逮捕してくださいっ、手配書の男がここに!!」


「はぁ……?!」


 ルドルフが呆気に取られているその時、バタン! と謁見の間の扉が開いた。


「ルドルフさんっ!!」とカンカンに怒りながら出てきたのはカリーナである。


「手配書ってどういうこと?!」


「聞こえてたのかよ! いやその前に、なんで俺の事だってすぐわかった?!」


 ギョッとするルドルフに対して、カリーナが激怒しながら言ったのはこれである。


「熊男なんて渾名が付くのはあなたしか居ない! 増してや、手配書に乗りそうな事を仕出かすのってあなたぐらいでしょうが!!」


「おいおい、一体俺をなんだと思ってるんだよ?!」


「良いから、ちょっと来なさい! 今日こそは陛下に叱ってもらいますからね!」


 言うが否や、カリーナはルドルフの腕を掴んでぐいぐいと謁見の間へと引っ張って行ってしまった。

 その後、バタン! と扉が閉ざされ、シグムンドは呆然としながら見送るしかなかった。


「な、なんなんだ……?」


 呆気に取られるシグムンドに話し掛けてきたのは、扉の左右に立っている見張りの騎士である。


「……あれは、ああいう物として見た方が宜しいかと」

「うむ。まあ、ルドルフ副団長とカリーナ卿のやる事だからな……」


「は、はあ……」


 頷きながら、シグムンドは内心しみじみと思っていた。


(エリオット隊長って人もやたら砕けてたし。変わった人が働いてるんだなあ……グランシェス城っていうのは……)


 俺、こんな所でやって行けるんだろうか? と、若干不安を覚えるシグムンドだった。





 その頃フェリシアはルドルフに改めてアゴナス地方での出来事を聞き出した後、苦笑いしていた。


「だ、脱獄……」


 エーミールを付け狙う賊だと誤解されて投獄されたから脱獄した。

 そんな事をいけしゃあしゃあと語るルドルフの姿に、さすがのフェリシアも絶句するしかない。


「ようやく落ち着いたと思ったら、次から次へと問題が……」


 頭を抱えるフェリシアに、「……仕方がありません」とため息をこぼしたのはカリーナである。


「フェリシア様のご心労をこれ以上増やすわけにもいきません。書簡を認めて頂けるのでしたら、誤解を解くために、私がアゴナス地方まで勅使として参ります」


「ええ、そうして頂けますか? ……ルドルフ、あなたも同行しなさい」


 フェリシアにそう告げられ、ルドルフはギョッとしていた。


「しかし、今私がアゴナスに近付けば間違いなく逮捕されますよ?!」


「そんな状況を作ったのはどこの誰ですか。良いから、カリーナと一緒に領主のフォーゲルン卿に謝罪してきなさい。私から、これは偽物ではないと書簡を書きますから。カリーナに誤解を解いてもらうまで、一度くらいは大人しく牢に入った方が良いですよ」


「一度と陛下は仰るが、次にアゴナスの牢へ入れば三度目になるのですが……」


 ぼやいたルドルフに注がれる二人の家臣の視線は冷たかった。


「ルドルフさん、そんなに投獄されてるの?!」と、声を上げたのはカリーナである。

 パトリックの方は沈黙しているが、カリーナと似たようなことを言いたい様子だ。


「誤解するな、犯罪歴にはなっておらんぞ! 俺のはれっきとした正義故の犠牲だ!」


「正義でも何でもいいですけどね、明らかにあなたはアゴナス地方にとって問題児ですよ、問題児! そこの所わかった方が良いわよ!」


 カリーナはそう言った後、「さあ、急いで仕度する!」と言ってルドルフを引っ張って謁見の間を出て行くようになった。


 二人を見送った後、フェリシアは「はあ……」とため息の後、パトリックの方へスッと手を出す。


「ペンと便箋を。あと、カリーナの代理人を呼んできてください」


「承知いたしました」とパトリックは応じた後、「……しかし、良いのですかな?」と疑問を口にする。


「恋仲との噂が出回っているデリケートな現状で、代理人を頼むのは、いささかリスクが高いのでは……?」


「……だからと言って、仕方ありません。代理を頼める人材が限られているのですから。それだけでなく、今はどこも人手不足です。それに……巷では、彼の知名度も評価も随分と高まっています。そろそろ公にしていく事を考えた方が良いのは確かです」


 フェリシアはそう答えていた。





 カリーナが怒りながらルドルフと共に城を発ったその頃、エーミールはフェリシアに呼ばれて午後の早いうちに王の書斎へ訪れていた。

 書斎へ入ってきた者はエーミール一人だけだったため、フェリシアは首を傾げていた。


「アネッテは一緒じゃないの?」


「うん。立て込んでてさ、一段落したら後で来るって」


「アネッテは今、何の仕事をしているのでしたっけ?」


「僕の手伝いで、捕虜の治療を一緒にしてくれてるんだよ。怪我人もそうだけど、何よりも重度の雪の病を患った人が多いからね。一人でも多く生かしておけば、いろんな情報が聞き出せそうだし」


 エーミールがそうやって、躍起になって捕虜の治療に当たっている原因を思い出して、フェリシアは押し黙っていた。

 敵兵など本来なら、ここまで手の込んだ治療を施す必要などどこにも無いのだ。しかし彼が一人でも多く生かす事を選んだ理由、それは――。


「モレク兵は、不死の如く何度も蘇ってきたと言っていたね。捕虜を助けてあげたら、今の時代の戦神ダンターラの加護が具体的にどこまでの範囲を持っているのか、情報を聞き出せるかもしれない。それに、火薬についても聞き出したいな」


 エーミールが『火薬』の事を口にするには理由があった。

 先の戦にて、フェリシアが城内の倉庫に置かれていた壺入りの火薬を運用しようとした結果、どうにも多くの無駄を生み出してしまったようなのだ。


 そのためフェリシアは火薬について言及されると、耳に痛く感じてしまう。


 それだけではない。

 多くの罠や人員を、先の戦で不要に消耗してしまった。


「……エーミールには私の尻拭いをさせてしまっていますね。不甲斐無い……」


 しょんぼりとため息をこぼすフェリシアの姿を見て、エーミールは目を丸くさせていた。


「まだそんなこと言ってるの?」と、思うがままを口にする。


「僕にだって責任の一端を担わせてよ。一人で背負い込もうとするなって言ったろ? キミは少しは他人に甘える事を覚えた方が良いよ」


「そ、そうは仰いますけどね? さ、さすがにこの歳になってあのような真似は……ごにょごにょ」


 赤面しながら口籠るフェリシアの態度は、先の件以来随分と軟化したように見える。

 とは言え、どうも彼女は誤解をしているようだと今更になってエーミールは気付くようになっていた。


(フェリシアにとっては、甘えるイコール幼児っぽい言動をするって事なのか……)


 変わってるなと思ったが、それも無理はないのかもしれない。

 彼女は幼少期にどうも、親や周囲の者に対して、それらしい甘え方が一切できないまま育った様子だし。甘える事と甘える態度の切り離しが上手くできないのだろう。……と、エーミールは解釈している。


「……まあ、今は気にしなくて良いんじゃないかな」


 そう言ってエーミールはフェリシアの方へ歩み寄っていた。


「仕事の分担も『甘える』の第一歩だよ。さて、補佐官としての任務をやらせてもらおうかな」


 エーミールの言葉を聞いて、フェリシアはすぐに気を取り直すと微笑みを浮かべ、「よろしくお願いしますね」と伝えていた。


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