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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第四章 変わり往くもの
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3:城内の日常

 女王であるフェリシアが、何日でも滞在して構わないと言うので、しばらくの間、シグムンドはグランシェス城に居ることに決めた。

 グランシェス城の暮らしは、自分の知るウインテルの暮らしと大きくかけ離れた物だった。

 そしてまた、想像していた『お城の生活』とも、大きくかけ離れた場所でもあった。


 先の戦で兵が壊滅したグランシェス城で、今鎧を着て兵士を務めているのはシンバリの市民であるという。

 彼らは順繰り交代で鎧を共有しながら、門番を務めたり、見張りや見回りを行ったりしている。


 城の門は大きく放たれており、市民が頻繁に行き来しているが、それは観光の為というよりも手伝いや見舞いの為である。

 今も城内には多くの負傷者たちが居り、市民たちは、彼らの様子を見に来たり看護をしたりしているのだ。


 中にはメイドと一緒になって城の掃除をしている市民が居る。

 そうかと思えば、町の清掃をメイドや騎士がやっていたり。


 シンバリ外周では、多くの市民と、回復したわずかな兵たちが一丸となって城郭の復旧作業に当たっている。


 現状のシンバリの町は、臣民入り交じる光景が広がるようになっていた。


(グランシェスって、こんなにアットホームな国だったっけ……?)


 シグムンドは半ば驚き、また半ば感心しながら、そんな城の様子を見て回っていた。

 彼自身は特にやる事が無かったせいである。


 とは言え、厩舎に居る北領犬サバーカの世話を引き受けると言ったら、エーミールはすんなりと任せてくれた。


「兄ちゃんなら安心だね!」と、エーミールはそう話していた。

 シグムンドは北領犬サバーカの訓練士であるが故、エーミールにとってこれほど安心して任せられる人物は他に居ない。



 そのため、午前一杯を掛けて二匹の犬の世話を終えた後、午後からはシグムンドは、城内を散策する事にした。


 つい先日まで戦が行われていたと聞くのに、どこを歩いても民に溢れていて、シグムンドの目には活気に溢れているように見えた。

 その上、民や兵が様々な噂話を行き交わせている。


「今回の戦が成功したのも、加護のお力もあるが、エーミール様の貢献もすごかったらしい」

「ほうほう。エーミール様が?」

「ほら、兵達が土木工事をしてたろ? あの指示を出したのはエーミール様だと聞くじゃないか。あれで随分と足止めが出来たそうだぞ」

「へえ、すごいんだな、エーミール様って! ただの医務官じゃなかったんだな!」


 民がそんな風に会話しているかと思ったら。


「おい、知ってるか? この前の事だけどさ……陛下とエーミール様の事なんだけど」

「あっ、騎士に聞いたぞ! あの人たち、デキてるって噂があるけど本当なのか?!」

「わかんねえよ。でも、お二人が抱き合ってたって話してる騎士が居るそうじゃないか」

「そうそう、そうらしいな。……でも、無理もないな。あんな何でもできるような人が相手じゃな。さすがの陛下でも惚れても不思議じゃないよ」


 兵は兵で、そうやって噂話をしている。


 シグムンドが立ち寄る先立ち寄る先で、あちこちからエーミールの話題を聞く事ができる。

 彼らの話を聞いていると改めてシグムンドは、(偉くなったんだな)と実感してしまうのだ。



 一日が終わる頃には、シグムンドは考えるようになっていた。

  客間に用意されたふかふかの豪華なベッドに仰向けに寝転がりながら、シグムンドは天井を見上げ、ただ黙々と考え事をしていた。


(……俺も何かできやしないかな?)


 シグムンドはふとポケットを探ると、手のひらサイズの一つのバッヂを取り出していた。それは訓練士の証明である、北領犬サバーカのレリーフが彫り込まれた物である。


(俺は訓練士だ。訓練士として、俺にも何か出来る事は無いだろうか?)


 シグムンドはふと、そんな風に考え込んでいた。

 もちろんウインテルに仕事が無いわけではない。

 しかし、免許を取ったは良いが、まだ求職が終わっていないことも事実。


(だったら、仕事がもしここにあるなら、俺はここで仕事がしたい)


 シグムンドはハッキリとそう考えていた。

 今日一日、シンバリや城内を見て回ってつくづく思い知らされた事があるのだ。

 それは、ここの人々は臣民一体となって一つの目標に立ち向かっているという事である。


(ウインテルでは、ただ自分の暮らしの事だけを考えて、日々を生きて行けばそれで良かったけれど……)


 羨ましいな。と、ここに居る人々を見て、柄にもなくシグムンドは思ってしまったのだ。

 ずっと重労働で大変そうに見えるのに、みんなの目が生き生きとしている。

 理由はハッキリとわかっている。

 誰もがグランシェス再興を目指して足並みそろえているのだ。


(エーミールだって頑張ってるし……)


「……――俺もこの国の為に、何かがしたい」


 ボソッとシグムンドは呟いた後、そんな自分自身の言葉に驚いていた。


(……――そうか。俺は――)


「……何かを実現してみたいんだろうな」


 物思いに耽りながら、そんな事を呟いていた。





 翌朝の事である。

 シグムンドは身支度を整えると、謁見の間へ足を運んでいた。

 今日も左右にカリーナとパトリックを控えさえた状態で玉座に腰掛けているフェリシア公の前で、シグムンドは改まった様子でお辞儀をしたから、フェリシアはそんな彼に微笑み掛けていた。


「改まった様子で、どうしましたか? 何かお困りの事でもあるのかしら?」


「いや、その……」


 シグムンドはポリポリと髪を掻いていた。

 こんな事、言っても良いものかと悩んでしまったが……――

 やがて意を決すると、グッと拳を握りしめ、フェリシアの方へ目を向けていた。


 ともすれば引け目すら覚えてしまいそうなほどに、彼女とは遠く高い存在であるように思える。


(――でも、エーミールだってそんな女王陛下の隣で立派にやってるんだ)


「……俺も何かしたい」


 ボソッとシグムンドが呟いたのはそれで、フェリシアは目を丸くさせていた。


「え?」と問い掛けるフェリシアを真っ直ぐ見据えると、シグムンドは、ここに来てずっと考えていた思いを打ち明けていたのだ。


「俺も何かしたいんです! ここの人たちは皆生き生きしてるし、エーミールだって頑張ってる。俺、北領犬サバーカの面倒を見るぐらいしか出来る事は無いけど……それで何ができるのかはわかんないけれど、でも、何でもいいから、エーミールみたいに何かやりたいんです。俺のこの特技を生かしてみたいんです!」


 そこまで言い切った後、フェリシアばかりか、パトリックやカリーナまでもキョトンとした表情を浮かべている事に気付いた。

 シグムンドは引け目を覚え、力なく首を横に振っていた。


「……わかってます。いきなりそんなこと言われても、困りますよね。この町はどうも、北領犬サバーカなんてほとんど居ないみたいですし……」


 それからシグムンドは押し黙ってしまった。

 それはいかにも若者らしく青い動機だと思わせたが――


「……熱意はあるようですぞ、陛下?」


 そうフェリシアに話し掛けたのはパトリックだった。

 愚直さを覗かせる青さが、パトリックは決して嫌いではなかったのだ。

 そんな家臣の思いを汲み取って、「……ええ」と頷いてフェリシアは微笑んでいた。


「……少し、心配していたの」


 やがてフェリシアが話し始めたのはそれだったため、周囲はキョトンとしていた。

 彼らに聞かせるようにして、フェリシアは穏やかな口調でゆっくりと話していた。


「エーミールは元はイド村の少年です。それを私の都合でここまで引っ張ってきて、元の暮らしとは全く違う事を要求して。それが負担になってはいまいかと気になっていました。彼は弱音や泣き言を、私に対しては何も話してはくれないけれど……でも、彼は。そう言う人だから……私も聞くことができなくて」


「でも、シグムンドなら……あなたなら」と言ってフェリシアは微笑んでいた。


「エーミールにとって旧知の友人であり従兄でもあるあなたが身近に居てくれるなら、きっと、これほど彼にとって心強い事は無いと思うの。だから、あなたがそう言ってくださったことは彼に力を与えてくれると思います」


 フェリシアに笑顔を向けられ、あっそうか。とシグムンドは周囲が行っていたエーミールに纏わる噂を思い出していた。


(そうか。陛下はエーミールとお付き合いされているから、エーミールの事が心配なんだろうな)


「――とは言え、仕事が無ければどうにもなりませんからね。何か訓練士の仕事は無いか尋ねてみますから、それまでしばらくお待ち頂けますか?」


 フェリシアの質問に対し、「は、はい!」とシグムンドは頷いていた。


「俺、頑張ります。陛下の想い人の為にも。だから、よろしくお願いします!」


 シグムンドの言葉に、「「……はっ?」」と声を揃えて疑問符を発したのは、目の前に居る三人である。


「え? ……あの、エーミールって陛下の恋人ですよね? あの、兵士の人が噂していたんですが」


 何か悪いことでも言ったのか? という気分になって、焦りを覚えるシグムンドの目の前では。

 カリーナとパトリックがそれぞれ、何か物言いたげな目をフェリシアへ向けるようになっていた。


「「陛下……」」


 異口同音に今にもため息を吐き出しそうな声色で呟かる一方、フェリシアが口元に手を当てて、うーんと唸り声を零す。


「私、そんな噂になるような事をした覚えなど……――あ」


 最後にぽろっと零れた声を聞いて、二人の家臣は眉間に皺を寄せるようになった。


「迂闊でしたな、陛下」

「内密にする予定では無かったのですか?」


「いえ、その。……ちょっと、そちらの件も考えた方が良いですね……」


 フェリシアは肩を落とすと、ため息をこぼしていた。

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