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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 沈黙の戦地
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8:不死の兵

 塹壕を左右に回避したモレクの馬群は、先陣を切って次なる地点へと迫っていた。

 横伸びに広く張られた膝程の高さの石垣の上に、クロスボウの射手たちが陣を張っていたため、彼らが新しい矢をつがえるよりも早く、モレク騎兵は馬を走らせる。

 その時、草地に横一本ピンと張られた紐が馬の足を引っ掛け、次々と馬は倒れ、騎兵たちは落馬していた。


「くそ! また紐で引っ掛ける罠か! 草が邪魔でどこに張られているかわからん!」

「焦って先行するなよッ、やつら、それが狙いの――」


 モレク兵が言い終わるよりも先に、グランシェス兵の放ったクロスボウの矢が兵の額を貫いた。


「グッ……」


 バタンと倒れるモレク兵を筆頭に、次々と飛んできたクロスボウの矢を受け、騎兵たちは伏して行く。

 その間にも後続の馬が紐があったらしき場所を飛び越えると、突撃して行って、一部の兵は転がるようにして石垣の上から逃げて行ったものの、逃げ遅れた射手は、ランスによって串刺しにされていた。


「数で押せ!」と誰かが言って、まだ馬に乗っているモレク騎兵が馬を操り、石垣をひょいと飛び越える。

 そんな彼らの後方から、大勢のパイク兵がパイクを抱えながら追従してくる。


 キャスペルは既に馬を失くしていたので、パイク兵の中央に立つ形で旗を掲げながら、「突撃せよ!」と尚も命令する。


 更に後続の銃兵、そして弓兵と、次々と先陣に倣って石垣を越えて行き、更に後ろから続く大砲を押した兵たちが、背負っていた槌を振るって石垣を壊した後、ようやく障害物の取り除かれた道を通って前に続いて行く。


 そうやって追い掛けてくるモレクの軍勢から逃れるようにして、走って行ったグランシェスのクロスボウ兵たちが次に改めて陣を構えたのは、先ほどと同じように横伸びに張られた石垣の上だった。


「また同じような手段を取る気か! 二度も同じ手に掛かると思うなよ!」


 キャスペルはそう言うと、手を振って兵に合図を送る。

 するとパイク兵の陣が左右に別れ、後ろから銃兵がやってきたと思えば、彼らはいっせいに銃を構えていた。


「撃てーッ!!」


 ズドンッ、ズドン! と、黒色火薬の爆発によって、銃口から弾が放たれる。

 彼らの扱うマスケット銃というのは、反動が大きく、着火から発射までの時差も存在しているため、命中精度はあまり良い方ではない。

 しかし、石垣の上で構えていたクロスボウ兵の陣形を崩すには十分だったようで、彼らは今度は左右に散開するようにして、わらわらと逃げて行った。


「よし、突撃だ!」と、キャスペルが言ったため、騎馬兵は今度は縄に気を付けて速度を落としながら、石垣を飛び越えていた。と、次の瞬間。


「うわあぁっ!」という兵の声と、馬の嘶く声がする。

 そのすぐ後ろをついて歩いて行ったパイク兵たちまでもが、「うおぉっ!」と声を上げながら急に姿を消したため、一瞬、なにがあったかわからなかった。


「今だ、撃てッ!」と、そう言ったのはキャスペルではない。


 それはグランシェス第六隊隊長の、エーヴェルト=レイヨンボリだった。

 エーヴェルトの指示に従って、石垣の裏手にて、身を伏せてクロスボウを構えていた射手たちが一斉に矢を射った。

 彼らがクロスボウの先を向けていたのは、石垣のすぐ裏手に掘られた穴である。


 モレク兵たちは、石垣で死角になっていた場所に設置された穴に落下していたのだ。

 袋のネズミとはこのことで、こうなると逃げ場も無く、次々と彼らは放たれたクロスボウの餌食となった。


 彼らは、矢を受けると次々と倒れて行った。

 その様相が初め、石垣が死角を生み出しているためにわからず、キャスペルは走り寄って覗き込もうとした。

 しかし、それを射手が見逃す筈がない。

 何人かがクロスボウをキャスペルへ向け、発射したのだ。


「ムッ……!」


 キャスペルは咄嗟に腰の鞘から剣を引き抜くと、一本、二本、三本と、次々に矢を叩き落していた。


「なんだあいつッ、化け物か?!」


 動揺が広がるグランシェス兵の中で、他にも遅れて矢をつがえた者がクロスボウの引き金を引いた。

 するとちょうどキャスペルの死角になっていたようで、真っ直ぐ放たれた矢がキャスペルの後頭部を捕らえたのだ。


「グオッ……?!」


 キャスペルはそのまま地に倒れ込んでいた。


「キャスペル様っ?!」

「キャスペル様が射られたぞ――ッ!!」


 モレクの兵たちは次々と倒れているキャスペルの元へ走り寄るようになる。

 そして、「いったん陣を下げろ! 後退だーッ!!」と、彼らは言って、陣を率いてゴートの方面へと去って行ったのだ。


「や、やったのか……?」


 そう呟いたのは、第六隊の指揮を取っていた、エーヴェルトである。

 しかし、逃げ去っていくモレク兵の軍勢を見て、みるみると実感するようになったのだ。


「や、やったぞ!! やったぞ、我々は勝ったんだ――ッ!!」


 エーヴェルトの声の後、その他のあちこちに身を潜めていたグランシェス兵たちが立ち上がって、「やった!!」「やったぞォ――!!」と、歓声の声を上げた。


 こうして、グランシェス城防衛戦の幕は閉じた。

 ――……と、思われたのだが。





 翌朝、「……なんですって?」と、思わず声を上げたのは、謁見の間で偵察兵の報告を受けたフェリシアだった。


 偵察兵は膝をついた姿勢のまま、「はっ」と頷いた後、改めて説明を行っていた。


「明朝、南手より行軍している敵影を発見。先頭は、キャスペル=シェンバーと見られる、旗を掲げた赤毛の騎士でした。兵の総数は、およそ三万八千……」


「……そんな、まさか」と呟いたのは、フェリシアの傍らに居るカリーナだった。


「昨日の戦で、少なくとも五千ほどの兵は減らせた筈ではなかったか? そのように報告を受けた筈だが……」


 そう言って、眉間に皺を寄せているのはパトリックである。

 この場に居る三人とも、兵の言葉を信用することができなかったのだ。しかし兵はというと、「それが……」と青ざめた面持ちで口を開く。


「今朝、回収する予定だった、罠に掛かったモレク兵の死体の半ばほどが、夜のうちに忽然と消えたようなのです。まさかと思いますが」


「……まさか、死者が蘇ったとでも?」


 フェリシアの問いかけに、兵は首を横に振っていた。


「さ、さすがにそのような事は……! ……しかし、そうでもない限りは……」


 口を閉ざすようになった兵は、自身の見た物がまるで信じられない様子である。

 やがてフェリシアは、「……わかりました」と言って頷いていた。


「ご苦労様です。下がりなさい」


 フェリシアに言われ、「はっ」と頷いた後、兵はすぐに謁見の間を後にしていた。

 フェリシアはすぐに傍らのパトリックとカリーナに向かって、言っていた。


「パトリック、再度兵を布陣してください。……カリーナは、改めて市民を避難させるように」


 そう告げた後、それぞれ命じられた仕事のために走り去って行く二人の家臣を見送ってから、フェリシアはギュッと拳を握りしめていた。


(……昨日のうちに、こちらの兵だって一千人近くが死んでしまったというのに。用意してくれていた罠も、多く使ってしまった。だというのに、モレク兵はほとんどが元通りということ? ……一体、どういう事なの?)


 フェリシアは自身の手をそっと唇にあてがっていた。


(これが戦神ダンターラの信徒を敵に回すということなの? 何か手立ては……他に、もっと手立てがあれば良いのに……!)


 フェリシアは情けなさと悔しさを感じていた。

 何故なら、結局自身は、エーミールにただ与えられたものをなぞるしかできていないのだ。

 予想外の事が起きて、次の手次の手を考えて行かなければならない時、一体何をどうやったら、名案が浮かぶというのだろうか。


(まるで人以外のものを相手にしているかのような現状。そういえば、イェルド王も十人以上の騎士をたった一人で相手にして、無傷で居たわね……)


 ――怖い。と、一瞬たりとも感じてしまった自分自身に、フェリシアは失望していた。


(私がしっかりしなければ、他に誰が居るというの!)


 フェリシアは自身を叱咤すると、ようやく口元から手を外し、顔を上げていた。


「……こうなれば、徹底的にやり合うしかない……後は無いのだから。最後まで足掻いてみせます」


 フェリシアは青ざめた面持ちのまま、そんな風に呟いていた。



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