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17:帰還

 そこをただ歩くだけで、辺りから感嘆の声や吐息がこぼれるのだ。


 グランシェス城内のメイドの間では、近頃ちょっとした噂が流れるようになっている。

 それは、『とてつもなく美形の兵士が居る』という噂である。


 闇よりも深い黒髪に、物憂げで神秘的なヘーゼルカラーの瞳。

 その噂話の人物とは、下位貴族であるカイ=セリアンその人である。


 カイはどこを歩いても良く目立つ。メイドたちはすれ違うだけで皆一様に足を止めて囁き合う。

 今もまた、廊下ですれ違った二人連れのメイドがどちらも足を止めて、カイの方を振り返りながら囁き合っている。


 そんな風に女性陣の注目を集めているカイだが、彼にも悩み事が存在する。

 それが益々物憂げな表情として魅力を高めているのだという事を、彼自身は気付いていないが……。


「はあ……どうしたものか」


 ため息をこぼすカイの目の前に現れたのは、今回第四隊長に任命されたカイと共に第五隊長の指名を受けた、グスタフ=ブロンストである。

 紫紺の色をした髪を持つ、隻眼のその男は、廊下の向こう側から歩み寄ってくると、「カイ隊長!」と話し掛けてくるようになった。


「聞きましたよ! この前、変質行為で女王陛下から厳重注意を受けたんですって?!」


 途端、ざわっと遠巻きにどよめきの声が上がる。それは今しがたすれ違ったメイド達の物である。

「見掛けは王子様みたいなのに……」「意外とダイタンなのね」という会話が聞こえてきたため、カイはこめかみをヒクつかせていた。


「それはこの場で言うような事なのか?」


「いや、でも! 吃驚してしまいまして!」


「……あれは誤解だ。誓って言うが、僕はフレドリカ様に対してそのような、破廉恥な行為は働いていない」


 途端、「なっ……――!!」と言って、グスタフが口をポカンと開け放つようになる。


「な……なんだよ」


 たじろぐカイに対し、やがてめいっぱい溜めた後、グスタフが放った言葉はというと。


「カイ隊長……フレドリカ様がお相手という事は……――つまり、その。……ロリコンだったんですね……」


 しみじみと言い辛そうに呟かれたセリフを聞いて、ブッとカイは吹き出していた。


「そんなわけがないだろう?!」


 カイは慌てて言い返したものの、どうやら今の会話の内容もメイド達の耳に届いていたようだ。


「見掛けはマトモなのに……」「意外と危険なのね」


 さっきと全く異なったニュアンスのひそひそ話が聞こえて来て、カイは眉間に深く皺を刻んでいた。


「……グスタフ」


 カイは沈鬱な声で話し掛けたが、まるで悪びれていないグスタフは元気良く「はい!」と返事をする。


「後で始末書を書いておけ」


 冷めた面持ちで言うなりスタスタと歩いて行くカイの後ろ姿を見て、グスタフは笑顔で「はい……」と言い掛けた後、「はい?!」と聞き返していた。


「ちょ! 隊長、待ってくださいよ! なんで急にそんな話に?!」


 慌ててカイの後ろを追い掛けるグスタフは、とことん鈍感なのだろう。


「自分の胸に手を当てて、よーく考えておくんだな」とだけカイは答えていた。





 昼の最も早い時間に、会議室へ招集が掛けられた。

 会議室に集ったのは、隊長階級以上の面々である。

 まだ到着しない上座を開けて、反時計回りに、第一隊長のハンス、第二隊長のエリオット、第三隊長のロバート、第四隊長のカイ、第五隊長のグスタフ、第六隊長のエーヴェルトという順に次々と兵隊長たちが腰降ろすようになる。


 間もなく、ドアがガチャリと開いて、エーミールが入ってきたため、兵達は揃って立ち上がった。この後すぐに女王陛下が来るから敬礼しなければならないと思ったからだ。

 ――が、入室したのはエーミールだけで、エーミールは一人で末席に腰掛けていた。


「なんだよ、エーミールだけかよ。拍子抜けさせやがって」


 そう言ったのはエリオットで、エーミールは苦笑していた。


「ごめん。陛下なら後で来ると思うよ」


 エーミールがそう言ったため、立っていた兵達は元通り着席していた。


「……女王陛下はどうされたのだ?」


 気になって、そう声を掛けたのは第一隊長のハンスである。

 そこでエーミールは答えていた。


「カリーナさん達と一緒に来ると思います。早朝のうちに呼び出されて、戻ったからもう良いと、僕は補佐官代理を解任されましたから」


「……とうとう戻ったのか」


 ハンスは表情を引き締め、普段お喋りな筈のエリオットもまた黙り込むようになった。

 そうやって緊張した様子を見せるエルマー出身者の面々を見て、カイやグスタフ等ゴートから来た兵たちはキョトンとしていた。


「……何かあったのか?」


 カイが口を開いた、その時である。

 ガチャリとドアが開き、フェリシアが姿を現した。

 フェリシアの後ろにはカリーナがおり、それに続き、パトリックとルドルフが入ってきた。


 そのため、先に待っていた一同はスッと立ち上がると、フェリシアに向かい、拳を胸の前に掲げる姿勢を取っていた。


「お待たせいたしました」と言ってフェリシアは上座に着席する。

 それに続き、パトリックとルドルフもまた着席したため、立っていた面々もまた改めて椅子に腰掛けていた。


 そんな彼らにフェリシアは早速話し掛ける。


「早朝頃、ルドルフ達がここへ帰還しました。彼らにはエルマー地方の情報を持ち帰って頂いています。――報告を」


 フェリシアに言われ、「はい」と頷いたのは傍らに立っていたカリーナである。


「エルマー地方にて反乱活動を行っていた市民たちは……――残念ながら、私たちが到着する頃には既に処刑に処された後でした。ウェストザートではモレク派とグランシェス派とで土地を別けていましたから……モレクにとって、反乱者の特定が容易かったのでしょう。死者数は……――およそ二万名に及ぶかと……」


 カリーナが語るのを、ルドルフは沈黙して聞いていた。


「二万……」


 小さく呟き、膝の上でギュッと固く拳を握りしめたのはハンスだった。

 エリオットやロバートも沈鬱な表情を浮かべ、押し黙るようになった。


 そんな中、口を開いたのはカイである。


「……陛下」


 フェリシアが頷いたため、カイは話していた。


「今こそ弔い戦をせねばなりません」と、カイは語っていた。


「ゴートでは主君が殺され、エルマーでは多くの民衆が殺されてしまいました。このまま何もせずに黙っていられる者は居るでしょうか?」


「あなたの仰りたいことはわかります」と、フェリシアは答えていた。


「……しかし、今はまだその時ではありません。まずは次の戦いに備えて、体制を整えなくては。それに、やみくもに立ち向かってどうにかなるものでもありません。その事は、直にモレク軍と向き合ったあなた方が一番良くわかっている筈ですよ」


 フェリシアの返事を聞いて、カイはグッと押し黙っていた。

 そんなカイの様子を見るなり、次に口を開いたのはグスタフだった。


「……確かに、陛下の仰る事は尤もです。しかし――」


 グスタフは語っていた。


「我々はこれまでも、度重なる我慢を強いられてきたのです! そしてやっと反旗を翻せるかと思いきや、ただの囮役ときたものだ。挙句、主君を失い、一般人に対する大きな被害をも出している! 私は今回の戦、作戦としては勝ったのかもしれませんが、実質的には負けていると感じております……!」


 グスタフの挑むような眼差しはエーミールの方へ向けられている。

 フェリシアは小さく頷いていた。


「では、あなたは何をもってすれば勝ちになるとお思いですか?」


「そんなもの、決まっています」と、グスタフは言う。


「せめて同じだけの被害が相手にも無ければ、溜飲も下りませんよ!」


 グスタフの言葉を聞いて、一同は沈黙するようになった。

 誰もがそれぞれ言いたい事の詳細は違う筈だが、『溜飲』については概ね同意なのだろう。


「……ルドルフ。あなたはどう思う?」


 フェリシアが次に質問を向けたのはルドルフだった。


「エルマーの姿をその目に見て、あなたはどう感じましたか」


 フェリシアに透き通った青い目を真っ直ぐ向けられ、ルドルフは「むう」と唸っていた。


「……何も思わないわけがない。しかし……――」


 ルドルフはフェリシアの目を見返すと、顔を上げ、ハッキリと答えていた。


「この借りは次の作戦で返してやります……! 私は、今回の件で腹を括ったのです。絶対に諦めてなるものか! 仲間の犠牲を、無駄にするわけにはなりません。この戦争、何としてでも勝ちましょう! そして、モレク人をこの土地から追い出してやるのです!」


 グッとルドルフは拳を握りしめていた。

 その瞳に宿る闘志は、欠片も衰えた様子を見せない。


「……ルドルフ」と呟いてフェリシアは微笑んでいた。


「正直なところ……――あなたをエルマー地方へ行かせた事、心配していました。決意が鈍ってしまうのではないかと。……しかし、要らぬ杞憂だったようですね。やはり、カリーナを同行させて正解でした」


 そんなフェリシアの言葉を聞き、カリーナは赤面していた。


「わ、私は、今回はあまり役に立たなかったような……」


「……そんな事もあるまい」と、小声で応じたのはルドルフで、カリーナは面食らった様子で黙り込むようになる。

 そんなカリーナの様子を見て、小さく笑ったのはフェリシアだった。


「何はともあれ」と、フェリシアは語り始めた。


「これでようやく全員が揃いましたね。次の戦は恐らく、籠城戦となるでしょう。エーミールに名案がある様子なので、今回も彼の提言に従い、着々と仕度を進めている途中です。必ずやこの城を守り抜きましょう!」


 フェリシアの言葉に対し、兵達は声を揃えて「「はいっ!」」と答えていた。



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