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13:結末

 ルドルフは足早に厩舎へ向かうと、繋がれていた長毛馬のうち一頭に鞍を乗せていた。


(一刻も早くエルマーへ向かわなければ……!)


 切羽詰まった思いと共に、馬に跨ったところで、歩み寄ってくる人物に気付いていた。


「何も持たずに行くつもり?」


 つっけんどんな態度でそんな風に声を掛けてきたのは、カリーナだった。


「……無駄話か? 付き合ってる暇は無い」


 そう言って馬を走らせようとしたルドルフを、「待ちなさいよ」と言ってカリーナは引き留めていた。


「今から敵の本拠地に行くというのに、その恰好じゃ良くないでしょ? これ、持ってきたから。身嗜みを整えてあげるわよ」


 カリーナがルドルフに見せてきたのは荷袋で、ルドルフは自分が騎士団の鎧を身に着けている事に気付いた後、ため息をこぼしていた。


「……ああ、わかったよ……」


(クソ。俺、冷静じゃないな……)


 そんな風に思い、ばつの悪い気持ちになるのだった。





「……――で、なんで着替え終えたってのに、お前まで一緒にくっ付いて来てんだ……」


 そうぼやきつつ、馬を走らせるルドルフの前には、ちゃっかりとカリーナが座っていた。


「だって、あなた一人では頼りないんだもの。あなたって馬鹿だから、どこで猪突猛進に突っ込んでへまをするかわかったもんじゃないわ。やはりここは私のように、知略が得意な者が居なければ」


「……嘘吐きの間違いじゃあるまいか?」


 ボソッと呟いたルドルフに対して、「なんですって?」とカリーナが横目で睨み付けてきた。


「なんでもない」と、ルドルフは慌てて答えていた。


 それでなんとかカリーナの小言からは逃れられたものの、ルドルフにはどうしても気になることが出来ていた。


「お前、良いのかよ? 陛下の事はどうするつもりだ?」


「ご心配無く。他のメイドに代役を頼みましたから」


「いや……代役って。さすがにメイドじゃ、補佐官の代わりにはならんだろ?」


「それについてはエーミールくんがいるから。……あの子は、あれだけ優秀なんだもの。私なんて、いつかは用済みになる日が来るのよ」


 後半はカリーナの声が小さすぎて、ルドルフは聞き取る事ができなかった。


「なんだって?」とルドルフが問いかけると、「なんでもないわよ」とカリーナは不機嫌そうに答えていた。


 それから黙り込むようになったカリーナの背中を見て、(……相変わらず、可愛げの無いやつ)とルドルフは思うのだった。





 カルディア地方からエルマー地方まで、どれだけ馬を飛ばしても一週間ほど日数が掛かってしまう。

 到着した頃には、とうの昔に全てが終わった後だった。


 町の半ばが壊されており、あの、かつて賑わっていたアーシェル宿場までもがボロボロに壊されていた。

 ルドルフは廃墟と化した店内に入り、一通り見て回った後、今度は住宅地の方へと足を運んでいた。


 向かった先は、ハンスの家だった。住宅地の方はあまり建物が壊れた様子は無かった。

 ドアをノックして待っていると、通りすがりの男が声を掛けてくるようになった。


「なんだ。兄さん、この家に用事でもあるのか?」


「…………」


 ルドルフが目を向けると、男は話していた。


「あんた、あまり見ない顔だし、よそ者なんだろ? こんな場所に来ない方が良い。この家の住人はな、ハンスというクーデターを目論んだ大悪党の家族だったんだよ。ついこの前処刑されたせいで、今では空き家になっている。……まったく、だから俺は言ったんだ。『当たらず触らずが一番だ』って。こうやって身を小さくして生きているうちは、グランシェス人だって生きて行けるんだからさ……」


「……他には誰が処刑された?」


 ボソボソッとルドルフは尋ねたから、男は驚いた様子で身を竦ませていた。その声が余りに不機嫌そうに聞こえたからだ。

 しかし、男が目を向けると、目の前の大男は腑抜けて落ち込んだような、気の抜けた面持ちをしている。

 そのため男は安心して、今の質問に答えることにした。


「――ああ、それはもう、たくさんの連中が連れて行かれたとも。抵抗した連中は、あいつらが持っている銃で、パーンと。頭を撃ち抜かれていた。あんなにおぞましい光景を見たのは、生まれて初めてだった。アーシェルの所も、あんな事をやっていたからな……。あそこの店、俺は好きだったんだが。特にセシリアちゃんっていう女の子が可愛くてさ……――ああ、名前を言われてもわからないよな? まあ、つまりは、反乱軍の肩入れなんかすべきじゃないということだ」


 男が話し終わらないうちに、ルドルフはくるっと背を向けて立ち去ろうとしていた。

 カリーナはそれに気付くと、「あ、ありがとうございました」と男に対して礼を言った後、慌ててルドルフの後を追い掛ける。


「ちょっと。幾ら嫌な事を聞いたからといって、お礼も何も言わないのは良くないわよ」


 そう言ったが、ルドルフは何も言い返そうとしなかった。ただジッと押し黙っている。

 そのため、カリーナもまた黙り込むようになっていた。しかしそうやって沈黙すると、考えたくも無い事をアレコレと考えてしまうのだ。


(戦争だから。……でも、戦争だからって……)


 カリーナは泣きたい気持ちをグッと飲み込んでいた。





 結局、ウェストザートの市街をぐるりと歩き回った結果得られたのは、“そこに誰も居ない”という空虚に似た実感だけだった。

 気付けばルドルフは、ぼんやりと歩いているだけの様子だったので、カリーナが彼の腕を引っ張って連れて行き、今日の宿を取っていた。


 一人用の部屋を二つ取って、ルドルフを部屋に押し込んだものの、未だに彼はぼんやりと立ち尽くしているだけだったせいで、カリーナは不安を覚えていた。


「……大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ」とルドルフが返事をした。


(……絶対大丈夫じゃないわね)とカリーナは確信していた。



 我に返った時、ルドルフは一人用の宿部屋にある椅子に腰掛けていた。

 目の前には小さな丸テーブルが一つ。


(……ああ、そういや、カリーナに連れて来られたんだったな。あいつももう部屋に引っ込んだか)


 そんな風に考えていると、カチャリ。と、カップが目の前に置かれた。

 カップの中ではベリーのスープが湯気を立てている。


「……あ?」と顔を上げると、そこにはカリーナがお盆を手にして立っていた。


「小さなキッチンがあったから。勝手に使ったわよ」


「……そうか」とルドルフは頷くと、どこか遠くを見るようになった。

 カリーナはため息をついた後、テーブル越しにあったもう一脚の椅子に腰掛けていた。


 ずっと黙っていると、やがてルドルフが口を開くようになった。


「お前さ。なんでここに居るんだよ?」


「べつに。居て悪いの?」


「悪くは無いがな、…………」


 沈黙を始めたルドルフを、「……なによ?」とカリーナは睨んでいた。

 すると、ルドルフの困ったような表情と目が合った。


「いや、な。……小言を言うつもりなのかと思ったんだが」


 しどろもどろ言いながらそっぽを向くルドルフの姿が珍しくて、カリーナは目を丸くさせていた。


「私だって、いつでも何にでも文句を付けながら生きているわけじゃないわよ」


「そうかあ?」


「そうかって……私の事を一体何だと思って……」


 カリーナは思わず文句を言いそうになったが、しかし、本当はそんな事が言いたいわけじゃない。

 それに気付くと、ようやく、ポツリポツリと打ち明けていた。


「……だってあなた、落ち込んでいるじゃない。ほっとけないじゃないのよ。そうやって、黙り込まれてしまうと……」


「馬鹿だな、お前。落ち込んでいる男なんざ、放っておけばなんとでもなるんだよ」


「そうかしら?」


「そうなんだよ。まったく、つくづくお節介な女め」


 ルドルフが眉間に皺を寄せるのを見て、カリーナは肩を落としていた。


「……悪かったわね、お節介で。でも、仕方ないじゃない。私はずっとそういう女なの。これが性分なのよ。だから、あなたのことだって……どれだけ疎ましく思われたところで、放ってなんかおけないわよ……」


「……馬鹿なやつ」


「馬鹿で結構よ」


 カリーナがそう答えたため、ルドルフは黙り込んでいた。


(まったく……この女は。相変わらず、可愛げのない)


 そう思いながら視線を向けると、カリーナが今にも泣き出しそうな表情をして俯いている事に気付いた。

 そのためルドルフは、ギョッとなってしまう。


「お、おいおい。なにをやっているんだよ?! こんなんじゃ、俺が悪いみたいじゃないか! クソ、調子が狂う……!」


「――だって」と言った途端、カリーナの両目からボロボロと涙が溢れ出してきた。


「こんなのあんまりじゃない! 誰も居ないなんて! 誰も助けられなかったなんて……!!」


「お、お前なあ。泣くぐらいならついて来るなよ……!」


「だって、仕方ないじゃない! ルドルフさん一人じゃ不安だったんだもの!!」


 そう言いながら泣きじゃくるカリーナの姿を見て、ルドルフはほとほと困り果てるしかできなくなってしまった。


「あ、あのなあ……」


 ルドルフはしばらくの間、頭をぼりぼりと掻きながらウーンと悩んでいた。

 しかし、いつまで経っても泣き止まないカリーナの姿にしびれを切らすと、ガタリと椅子から立ち上がっていた。


「ああもう、クソっ、面倒くさいやつ!」


 そう言うなり、ルドルフは乱暴にカリーナを抱き寄せていた。


「っ……――?!」


 目を丸くするカリーナの頭をグシグシと撫でながら、「いいから泣き止めよ!」とルドルフが言う。


「……あの、ルドルフさん。髪の毛が乱れるからやめてほしいんだけど」


 ボソッとカリーナが言ったため、「可愛くねえ!!」と、いよいよ叫んでルドルフはカリーナを離していた。

 そんなルドルフに対し、カリーナはくすくすと笑った後、目尻の涙を拭っていた。


「――でも、ありがとう」


 そんな風に言ってはにかむカリーナの姿を見て、ルドルフは呆気に取られていた。


(う、嘘だろ?! あのカリーナが……――)


 礼を言った上に、笑うなんて!!


 それに気付くと共に、ルドルフの顔がみるみる真っ赤になっていく。

 口をポカンと開けたまま硬直するルドルフの様子に気付くと、カリーナは首を傾げていた。


「……あの? どうしたの?」


「ッ――だあーもう! 良いから帰れ、帰れ!!」


 ルドルフは慌ててカリーナを部屋から追い出していた。

 バタン! と乱暴にドアが閉められ、「……なに、あの人……」とカリーナは怪訝な表情と共に呟くのだった。



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