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12:責任追及

 エーミールは一人で王の書斎へ訪れていた。

 コンコンとドアをノックすると、「どうぞ」と声がしたため足を踏み入れる。


「失礼いたします」


 一応、礼儀を払った上で後ろ手にドアを閉じ、本棚に囲まれたこの部屋の奥へ足を進める。

 大きな書斎のデスクに向かって腰掛けていたのは、フェリシア一人きりである。辺りを見回しても、カリーナの姿が見当たらない。


「あれ……カリーナさんは?」


 ボソッと呟いた後、(しまった)とエーミールは感じていた。


(今はそれどころじゃないよな……)


 そう思ったが、フェリシアはすんなりと答えてくれた。


「席を外しました。恐らく、二週間は戻らないのではないかしら」


「……えっ?」


 驚きに目を見張るエーミールに対し、「仕方ないでしょう」とフェリシアは平然とした態度で言う。


「あそこで背を押してあげなければ。引っ込みがつかない様子だったから。家臣の意図を組むのも主君の仕事ですから」


 その後、「さてと」と言葉を続けながら、首を傾げた。


「それはそうとして、困りましたね。身の回りの代役を頼めるメイドは幾らでも居るけれど。執務の補佐ができる者はカリーナ以外には……後は、あなたぐらいしか居ない。本当は、良くないのですけれど。そういえば、あなたには専属メイドが居たわね。アネッテと言ったかしら、彼女を付き添わせれば、家臣も黙っていられるかも」


「あ、あのー」


 エーミールは戸惑っていた。


「……僕の事を怒るために呼んだんじゃないの?」


「ええ、そうかもしれませんね」


 サラッとフェリシアは答えていた。



「じゃあ、重大な失態を犯したばかりの僕に、どうして補佐の代役なんか」


「……あのね、エーミール」


 フェリシアはようやくエーミールを睨み付けていた。


「王とは何なのか、臣とは何なのか。あなたは未だにわからないようですね」


「えっ?」


 キョトンとするエーミールに対し、フェリシアはハッキリと言っていた。


「家臣なら家臣らしく、仕えていなさい。この私に責任があると言っているのに、何故それを押してまであなたが責任を取ろうとするの? 王に口答えをするなんて、無礼であるという自覚はありますか? 責任は私が取ると言っているでしょう」


 それを聞いた瞬間、エーミールはすぐに険しい表情を浮かべていた。


「――そんなこと、できないね。だって僕、一度もキミの家臣だなんて思った事が無いし」


「っ……――」


 言葉を失くすフェリシアに、尚もエーミールは言葉を続けていた。


「確かにさ、前に僕は家臣のフリをするって約束はしたよ? でもさ、家臣になるだなんて一度も言ってないじゃないか。それがどうして、いつの間に、キミの家臣だなんて話になってるのさ?」


「エーミール、あなたという人は……」


 フェリシアは呆れ返った面持ちになって、頭に手をあてがっていた。


「……使いにくい家臣ね。私は、あなたほどの無礼者をこれまで見たことが無い」


「そうだろうね」と言ってエーミールは微笑んでいた。


「無礼で当たり前だろ? だって、キミは僕をなんだと思ってるの? 僕は王を四十代以上も経験した。――つまり」


 エーミールはポケットに手を入れると、にっこりとフェリシアに笑い掛けていた。


「僕はキミよりも偉い」


「……――」


 余りに想定外の言葉を聞いてしまったせいで、フェリシアは絶句していた。

 しばらくの間、呆気に取られた様子で沈黙していたが、やがて遅すぎるタイミングで我に返った様子で、重々しくため息をこぼしていた。


「……今の言葉。次また言ってみなさい。あなたの首は飛んでいるわよ」


「そうかな? 僕はそうは思わない」とエーミールは答えたため、フェリシアはどうしようもなく苛々としていた。


(……何故、エーミールは。私をこうも挑発して……何を考えているの?)


 そうやって眉間に皺を寄せるフェリシアは、(やっぱり自覚が無いんだろうな)とエーミールに確信を抱かせた。

 そのため、エーミールは「フェリシア」と、彼女に話し掛けていた。


「今のキミは無理をしているんだよ。気付いてる? キミは……――“あの時ぐらい”だったよ。ああやって、天真爛漫な笑顔を見せていたのは。でも、“お姫様に戻ってから”はずっと、キミは――心からの笑顔を見せていない」


「っ――」


 フェリシアの頬は瞬時にして赤く染まるようになった。


「か、過去の事はどうだって良いでしょう? 大体、掘り返さないでと言いましたよね?!」


 思わず声を荒げるフェリシアに対して、エーミールは急に大真面目な表情を向けるようになっていた。


「どうでも良くないよ。これ以上背負っちゃダメなんだ。このままじゃ、キミが潰れてしまうよ。前みたいに素直に、僕に対して、良い気持ちも悪い気持ちも言ってほしいんだよ。でも、キミはどうやってもそうしてくれない。だから――」


 エーミールはフェリシアの目を見据えると、キッパリ言っていたのだ。


「せめて僕の責任ぐらい、僕自身に追わせてくれ」


「…………」


 思わず息を飲み、フェリシアは黙り込んでいた。


(……なるほど。だからエーミールは、自分の方が偉いだなんて言い出して……)


 そう思ってフェリシアは呆れの心境を抱いていた。そんな事を言い張ったところで、何が変わるわけでもない。と感じながら。

 そんなフェリシアを説得するかのように、エーミールは懇々と伝えていた。


「家臣の責任を負うのが主君だと言うなら、僕の方が偉いんだから、僕が責任を取っても問題は無い筈だよ。次こそ挽回する。この戦況をすべて僕に一任してほしい。この件については、全て僕の管轄だ。僕が決めるし、僕が責任を取るよ」


 しかしエーミールの言葉は、フェリシアには全く響かなかったらしい。


「……馬鹿な」と言ってフェリシアはため息をついていた。


「そんな自分ルールがまかり通るわけが無いでしょう? ただの平民で、温情によって参謀を任命されただけでしかない。飾り物の役職しか持たないあなたの首に、一体どれだけの価値があるというの? これは、私が、私こそがイスティリアの子であり、女王だからこそ」と言って、フェリシアは自身の首に手をあてがっていた。


「跳ねられた首に価値があるのですよ。それが責任というもの。おわかりかしら?」


「フェリシア。でも、僕は!」


 エーミールはとうとうムキになってフェリシアに詰め寄っていた。


「なんでだよ。どうしてそうやって、距離を開けて! 大体、そんな風に任命したのはフェリシア自身だろっ?! そうやってのけ者にしてさ! ただの一つも頼ってくれないなんて、あんまりだろ! これまで過ごしてきた日々は何だったんだよ?! 僕は……キミを深く知れたつもりになっていたのに! だけどっ、キミは……何一つ、頼ってくれないだなんて」


 悔しげに俯くエーミールの姿が余りに予想外だったせいで、フェリシアは、途端にさっきまでの感情が吹っ飛んでしまった。


(どうしてエーミールは……そうやって)


 ひどく動揺している自分に驚きながら、やがてフェリシアは恐る恐る声を掛ける。


「……泣いているの?」


「泣いてなんか……ないよ」


 俯いたままエーミールは答えたが、顔は上げてくれないし黙り込んだままになってしまった。


「…………」


 フェリシアは自身の胸がギュッと押し潰されそうになっている事に気付いていた。


(……私がエーミールを悲しませているなんて)


 そう思って悲しくなる自分自身に戸惑いを覚えていた。


(何故私は、これほどに悲しい気持ちになるの?)


「……エーミール、私は」


 やがてフェリシアは目の前の彼に話し掛けていた。

 そんな自身の行動に戸惑いながらも、フェリシアは話していた。


「私……そんなつもりじゃないの。のけ者にするつもりじゃ……だって、そうしなければ。あなたに重責が掛かってしまうと思って……」


「……フェリシア」


 少しだけ本音を聞けた気がして、エーミールはホッとしていた。

 しかし同時に思っていた。


(馬鹿だよ……キミは)


 結局フェリシアは。何もかも知らないのだろう。


 人の上に立つ方法しか知らない。

 誰かに頼ることも、甘えることも、信頼することも、肩を並べることすら知らないのだ。


(……そうやってキミは、僕が背負うべきだった重荷も我が事のように背負ってしまうんだね)


 気付けば、心許ない様子でフェリシアは視線を漂わせるようになっている。

『冷静』が服を着て歩いているような彼女がそんな態度を見せるということは、よっぽどなのだろう。

 そう考えて、エーミールはやっと表情を緩めていた。


 エーミールはもう、『僕が責任を取る』とは言おうとしなかった。

 そんな事を言ったところで、フェリシアはどうせ頷いてはくれないのだ。


 代わりにエーミールはフェリシアに歩み寄ると、そっと頭を撫でていた。


「っ……?!」


 驚いた様子でビクッとなった後、目を見開くフェリシアに、エーミールは伝えていた。


「――わかった、キミに従うよ。でもね、フェリシア。これだけは約束してほしいんだ。どうしても辛い事があったら、我慢しないで。きちんと、話すんだよ。わかったね?」


 まるで子供に接するかのような声色で話し掛けながら、ゆっくりと頭を撫でていた。

 フェリシアは絶句して固まっていたが、やがてみるみると頬を真っ赤に染めて行くなり、エーミールの手を押しのけていた。


「わ、わかりましたから……もう、いい加減にしてくださいっ……」


 そうは言うが、動揺した様子で声はすっかり震えている。

 エーミールは苦笑すると、「そうだね」と頷いていた。



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