15:歓迎会
その日の夜、イド村の一角にある集会所に集まって、巡礼団の歓迎会が執り行われた。
イド村の面々は多種多様な山で採れるベリーやシチュー、たくさん焼いたパン等でもてなしたが、メインディッシュはもちろん、あのエーミールが狩り取った巨大北領鹿の肉である。
それが母とカリーナの手によって運び込まれた時、「おお……!」とその場からどよめきの声が零れるようになる。
「これはこれは、見た事も無い立派な北領鹿ですな! これもレナード殿が狩り取ったので?」
隣のエーミール父に向ってそう尋ねたのはパトリックである。レナードはエーミール父の名前なのだ。
この二人、いつの間にか意気投合するようになっており、さっきから互いのグラスに蒸留酒を注ぎ合って飲み交わしている様子だった。
すっかり酒が回っているのは二人だけでなく、給仕に追われているエーミールの母とエドラお婆さんとカリーナを除いては、他の騎士団やイド村の大人たちも皆同様である。
尚、一番の上座に座っている姫殿下は準成人と言えどまだお酒を飲んでも良い年齢ではないため、ジュースの入れられたグラスを手に持って、彼らが楽しむ姿をニコニコと眺めている。
「いやいや、これを狩ったのはこいつですよ」
父が指差したのは騎士達の中に混ざって一緒に料理を食べていたエーミールである。
途端、この場がざわめき立つようになる。
「おお、素晴らしい!」
「その歳でこんな巨大な北領鹿とやり合うとは、すごいじゃないか!」
「もう立派な狩人だね!」
口々に誉めそやす騎士たちの声を聞いて、初めのうちはエーミールは誇らしげな気分に浸っていた。
が、「こんなに幼いのに……」「まだ十歳を過ぎたばかりに見えるのに……」と口々に話す言葉を聞いて、エーミールの鼻高々な気分は一気に粉々に打ち砕かれていた。
「あのー……僕、十三歳なんだけど……」
不満げにボソボソと言うエーミールの言葉を聞いて、周囲は驚いた様子になっていた。
「おお、そうだったのかい?!」
「それは悪いことをしたね、ボク」
「そうか、もうそれほどにお兄さんだったんだね」
……少しも悪いことしたって思ってなくない? とエーミールは考えていた。
(僕ってそんなに子供っぽいのかな……)
そう考えて、エーミールはしょんぼりとため息をこぼすのだった。
夜もとっぷり深まる頃になっても、騎士の面々は村の男衆と引き続き飲む様子だった。
「姫様、そろそろ」
カリーナに声を掛けられ、「はい」と言ってフェリシアは立ち上がっていた。
「皆さん、今日はありがとうございました。私は先に失礼いたしますね」
フェリシアは丁寧な物腰でそう言うと、カリーナと共に集会所を後にするようになる。
それによって時間に気付いたのはエーミール母で、うとうととしているエーミールの方へ行くと、「エーミール」と肩を揺すっていた。
「あんたも今日は帰って寝なさい」
「うーん……母さんは?」
「私はもうしばらく、お付き合いしなくちゃ。後片付けの事もあるし……」
「うん、わかった……」
エーミールは立ち上がると、目をこすりながら傍らに置いていたコートを羽織った後、集会所を出ていた。
空を見上げると月が随分と高い場所にある事に気付く。
(もうこんな時間か。通りで眠い筈だ)
家に帰ると、居間は既に暖炉が焚かれていて暖かかった。
台所には母……ではなく、若いメイドのカリーナが立っていて、食卓には父……ではなく、お姫様のフェリシアが座っている。それだけで随分と華やいだイメージになるものだとエーミールは内心で驚いていた。
「お疲れ様です、エーミール」
そう言って微笑んだのはフェリシアだった。
「うん、お姫様たちもお疲れ……」
エーミールは答えながらコート掛けにコートを掛けると居間へと入る。まるで自分の家ではないような感覚を覚え、むず痒さを感じていた。
「今、台所を拝借して、お茶を淹れているんですよ。シンバリから持ってきた物です。エーミールくんも一緒に如何?」
カリーナに声を掛けられ、そこでエーミールは(少しだけなら)と席を共にする事にした。
食卓に腰掛けると、ちょうど真正面がフェリシアで、エーミールは何となく赤くなっていた。
今のフェリシアはドレスを身に着けている。それはカリーナが来るが否や着替えさせられた物である。
だから尚更お姫様だということを意識させられ、エーミールは緊張してしまうのだ。
(や、やっぱり、何度見てもきれいな人だな……昔見た絵本に出てくる女神様みたいだ)
赤くなりながらちらちらと視線を向けてくるエーミールは見るからにうぶな少年で、フェリシアは首を傾げた後、思わず微笑んでいた。
(……可愛いわね)と感じたからだ。
そうして同時に実感したのだ。
(やっぱり、今朝の私は考えすぎだったわね。こんな子供っぽい子との事なんて、女神イスティリア様が仮に実在したとしても、気になさる筈が無いわ。大体がそもそも、医療行為だったと言うではないの)
そう考えて、ホッと胸を撫で下ろしていた。やはり心のどこかで引っ掛かっていたのだ。
そんなフェリシア達の元へ、「お待たせしました」とカリーナがお茶を並べてくれた。
お茶の入れられているカップこそは家の物だったが、中身は明らかに違う。色も香りも普段の物と全く違って、エーミールは驚いていた。
「うわ、すごい良い匂いだね……」
それからエーミールは恐る恐るカップに手を伸ばすと、ふーふーと息を吹き掛けて冷ました後、喉に通していた。
「わあ、美味しい! 美味しいよ、これ!」
はしゃぎ始めるエーミールの姿に、カリーナもフェリシアも揃って笑みを零していた。
「ああっ、可愛い! 弟にしちゃって良いですか、この子!」
そう言ってギューっとカリーナに抱きしめられ、エーミールは真っ赤になっていた。
「うわ?! あ、あの。カリーナさん?!」
「こらこら……やめなさい、カリーナ」
苦笑交じりにフェリシアが諫め、やっとカリーナは体を離してくれた。
やんわりとは言えフェリシアに諫められた事がこたえたのか、「も、申し訳ありません」とカリーナはしょんぼりしている。
(うわーっうわーっ! 女の人の体って、すっごく柔らかいんだな……)
内心でエーミールはそう考えて耳まで赤くなっていた。
結局エーミールは一気にお茶を飲み干した後、「ごちそうさま!」と言った後、そそくさと逃げるようにして自室へと引っ込んでいた。
やはりどうしたって、緊張と恥ずかしさとで居続けることができなかったせいだ。
そんなウブな少年を見送った後、二人の少女はというと。
「か……可愛いですね……可愛くないですか? 殿下」
カリーナに同意を求められ、フェリシアは複雑な気分と共に頷いていた。
「ええ、それはまあ……」
フェリシアには素直に頷くことが出来ない理由がある。
(はあ……あんなあどけない子供に、私としたことが)
そんな風に考えてしまうせいだ。
フェリシアは決めていた。
あの事は水に流してしまおう、と。
彼と自身が黙っている限り、何事も無かったも同然なのだ。