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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第一章 雪上の契り
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14:二人の秘密

 フェリシアの傍らに居る専属メイドのカリーナは、本当にうるさかった。


「検温に来ましたよー」と言ってドアを開けるエーミールの元に駆け寄ってきたのはカリーナだった。


「えっ、エーミールくんが検温するの?」と、カリーナは驚きに目を開いている。


「うん、そうだよ」


 何をそこまで驚くのかが理解できないまま、エーミールは早速暖炉の方へ行くと、傍らに一度水入りの鍋を置いた後、火バサミを手にして火の調節を始めていた。


 そんなエーミールの傍らにカリーナが歩み寄ってきた。


「すごいわね。専門的な技術がいるから、検温が出来る人って、首都でも限られているのだけど」


「お医者っていう仕事があるんだってね。母さんに聞いたよ」


 そう答えながらエーミールは薪を並べ終えると、傍らにある足つきの網を暖炉の中に置き、その上に鍋を置いていた。

 エーミールの隣では、カリーナが同じようにしゃがみ込んで暖炉の火を覗き込んでくるようになった。


「王様は誰でも計測できるような道具を、学者に開発させようとはしているみたいだけどね。難しいみたいね」


 まだ話が続いているから、「ふうん」とエーミールは頷いていた。

「そうなんだ。でも、イド村の人は誰でも検温できるよ」


「えっ、ホントに?!」と、カリーナは目を見開いてエーミールを見る。


「うん。子供の頃から教え込まれるから……健康な体温と冷たい体温と熱い体温の違いがわからないと、死活問題だからって」


「へええ、そうなんだあ。あ、もし良かったら、私にも教えてくれない? 何かと役に立ちそうだし」


 カリーナは熱心にメモなんて取りながらエーミールに根掘り葉掘りとイド村の知恵について聞き出している。


 そんなに聞いてて楽しい話なのかな? とエーミールは疑問に思っていた。





 一通りフェリシアの体温を見た後、「はい、おしまい。健康そうだね」と笑いかけた後、エーミールはフェリシアから離れていた。


「ふむふむ」と言いながら傍らではカリーナが熱心にメモを取っている。

 そんなカリーナにエーミールが講釈を垂れている。


「こういうのは感覚なんだよね。後は繰り返して慣れるしかないんだ。通常時は今みたいに、口、脇、首、この三つで良いんだけど、雪の病になっている人っていうのは、体の内側の体温が問題らしくて。どれだけ外側を温めても内側の体温が上がらないと良くならないんだよ。だから、外側を触るだけの方法だと正しくわからないんだよね」


「なるほど」


 何やら勉強会を始めている様子の二人を、フェリシアはベッドに腰掛けながらボーっと眺めていた。

 すると、ふとエーミールと目が合ったため、フェリシアは思わず赤面してしまう。

 とりあえず今二人がやっている話題が問題なのだ。


(カリーナもカリーナよ。検温方法なんて、そこまで根掘り葉掘り聞かなくても……。思い出さないように勤めていることを思い出してしまうじゃないの。だ、大体、こんな子供にお尻を見られたからってなんなの? いっそカボチャか何かと思えれば気にもならないのに。ああ、平民に人権が無ければカボチャ扱いで良かったのだけれど)


 この王女、大人しそうな顔をしながら内心で不穏なことを考えていた。


 はーっと憂鬱そうに溜息をこぼすフェリシアは、まるで雪解けを待つ白雪の如く可憐な美しさを持っていた。

 だからカリーナと話している途中だというのに、エーミールはつい、目を奪われてしまう。


「エーミールくん?」とカリーナに声を掛けられ、怒られる! と思ってエーミールは慌てて顔の方向を戻したが、どうやらそうではなかったらしく、カリーナはメモ書きを終えていたようだった。


「ありがとう、教えてくれて。勉強になったわ」


「う、うん……」


 エーミールはそわそわとしながら頷いていた。

 そんなエーミールの態度に気付かないまま、「ところで――」とカリーナが話を続ける。


「てっきり私、エーミールくんのお母さんが検温に来てくださると思っていたのよね。だから、キミで驚いちゃったわ」


「あ、うん。母さんは今忙しくてさ。この村って見ての通り、人が少ないんだよね。もしかしたら、しばらくは僕がお姫様担当をさせられるかも」


 あはは……と気まずげにエーミールは笑う。

 せっかく女手がある家に来たのに、これじゃ意味無いよなあ。なんて思いながら。


 しかしカリーナはその事自体は気にならなかったようで、「人手は足りてるの?」と尋ねてくる。


「うーん……どうかな。微妙なのかもしんない。だって、こんな時間から巡礼団の人たちの晩御飯を作ってるんだよ」


「あらあら、それは大変ね。だったら、私が手伝ってあげるわよ。遠慮する必要なんて無いわ。私はこれでもメイドだし、それにエーミールくんには先生をしてもらったしね、そのお礼よ」


 それからカリーナは部屋を出て行った。


 そのせいで、バタンとドアが閉じられた時、この場にはエーミールとフェリシアの二人が取り残されるようになってしまった。


「……あ」と呟くエーミールは、なんとなく気まずさを覚えていた。


「エーミールは忙しくないのかしら?」

 ふと話し掛けてきたのはフェリシアだった。


「あ、うん」と頷きながらエーミールは彼女の方を振り返る。

「僕はまだ子供だからね。できる事が限られてるんだよ……はは……」


 自虐っぽく笑うエーミールに、フェリシアは目をぱちくりとさせる。


(子供……そうなのよね。この子って、誰が見ても子供っぽいというか……背の高さから見たら私とは二つくらいしか離れていないのでしょうけれど、どう見たってそれ以上に幼いのよね。首都ではまず見ないだろうなってぐらい、幼いタイプ)


 そんな子供相手にヤキモキしても仕方ない気がしたが……もう一つある不安を払拭するため、フェリシアは話しかけていた。


「ねえ、エーミール。今朝話した事は覚えているかしら?」


「え? ええっと……なんだっけ」


「はあ……もう忘れたの?」


 予想通りのリアクションすぎて、フェリシアはガックリと脱力していた。

 そもそも彼は事の重大性を全く理解していないのだろう。


「私があなたに肌を触られたり、接吻をされたことは、秘密にしなさい。と言っているの」


「あ、ああ~……」


 エーミールは赤面しながら視線を漂わせていた。

 改まって、何でそんなこと言うんだろ? と考えながら。


「それから、もう一つ秘密にしておいてほしい事が増えたわね」とフェリシアは溜息を付いていた。


「え?」と尋ねるエーミールが見たのは、ムッとした表情で頬を染めるフェリシアである。


「今朝、私が……そ、その。お尻を見せてしまったことも……秘密。わかるでしょう?」


「へっ?! あ、ああ、あれは事故だよ、事故! 僕も気にしてないよ!」

 ……と言いながら、真っ赤になっている辺り、気にしているのだろう。

 それを察知してフェリシアは重々しい溜息をこぼしていた。


「私だってホントは、こんな事を話すのは不本意なのよ? でもエーミール、あなた理解していないでしょうけれど、もしこれが知れ渡るような事があったら――下手をすれば、あなたは打ち首よ」


 ジッとフェリシアに見つめられ、エーミールはさっきまでの熱はどこへやら。ピシッと固まっていた。


「う、ううう打ち首?!」


 驚きふためくエーミールの姿に、やっと重大性を理解してくれた……と思って、フェリシアは溜息をついていた。


「ええそうよ。女神イスティリア様というのは雪と氷の女神であると同時に、純愛の神様という側面も持っているのよ。だから昔からずっとグランシェス王族には決められていることがあってね。――それは、『生涯においてたった一人としか契ってはならない』という契約よ。それを破ると、加護を得られなくなるどころか、呪詛を受けてしまうという言い伝えがあるの」


「……契り?」と、エーミールは首を傾げていた。

 お姫様は難しい言葉を使うんだなあ。と思ったからだ。


「そうよ」と、フェリシアはまた溜息をこぼしていた。


「つまり、結婚する相手以外とは接吻等をしてはいけないというルールがあるの」


「ええっ?!」

 エーミールは驚愕していた。


「そ、それじゃあ、僕がお姫様と結婚するの?!」


「そんなわけがないでしょう?!」


 フェリシアは慌てて否定していた。


「私にはちゃんと、モレク第二王子のイェルド=ヴァルストン=モレク様という婚約者が居るのだから! 万が一にでも間違いがあってはならないように、きちんと身分も立場もしっかりとされているお方が婚約者として決められているのよ。だというのに、エーミールときたら……!」


 フェリシアは何度目ともわからない溜息をこぼしていたから、エーミールは慌てていた。


「ご、ごめん! 悪かったと思うよ。でも、ああしないとお姫様は……――」


「……ええ、わかっています。だからあなたとの事は不問にしておいてあげると言っているの。それを自ら表沙汰にするような、馬鹿な真似はしないように心掛けなさい。世間的にこの事がどれだけ重大であるか、しっかりと胸に刻み込んでおくのよ」


 フェリシアはエーミールに不機嫌そうな目を向けているが――

 きっとそれが彼女の優しさなのだろうとエーミールは感じていた。

 フェリシア=コーネイル=グランシェスというお姫様は、優しい性格をしているのだ。


 ――でも、それなら。


「そのルール、守らなくても大丈夫なの? 加護が受けられなくなるって、それってつまり、グランシェス王国は……」


「平気ですよ、多分」とフェリシアはサラッと言っていた。


「こういうのは、どうせ迷信やげん担ぎの類なのよ。グランシェス王族が女神の子だというのも、権力を高めるために昔の王が作り上げた伝説なのだろうし、戦になっても雪の加護が得られるだなんていうのも、諸外国を脅すための迷信に決まっているわ。神託だって、神官様が適当に考えた言葉をそれっぽく並べ連ねているだけなのよ」


「あ、あの、お姫様? それ、お姫様が言っても良いのかな……」


 思わず苦笑いするエーミールに、「わかっているわ」と答えた後、フェリシアは悪戯っぽく微笑むようになった。


「だから、何度も言っているでしょう? これは――“二人だけの秘密”。わかりましたね?」


「う、うん……」とエーミールは頷きながら、また目の前に居るキレイな王女様に目を奪われていた。


 こんな身分のある人との間の、二人だけの秘密。


 それは十三歳の少年にとって、刺激的でドキドキとする体験だった。


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