3:モレクの反乱
玉座にて兵の知らせを聞いたイェルドは、困惑していた。
「なんだって……? お前は何を言っているんだ……?」
我が耳を疑っていた。それもその筈である。
「どうやらゴート地方にて、暴動を起こしていたグランシェス人の反乱勢力に、モレク人が加わったようなのです……!」
彼は青ざめた顔をして、そのように告げた。
「……それは真か? 裏付けは?」
イェルドは気を取り直すと、聞き返していた。一体何が起こっているのか、把握しきる事ができない。
兵士は、「はっ」と言って姿勢を正すと、改めて筋道を立てながらイェルドに伝えていた。
「暴動を起こした勢力を、ゴート地方に滞在しているモレク兵が砦へと追い込んだ後、しばらくの間、そこでこう着状態が続いていた事は陛下もご存知の通りです。しかし、いよいよ――あちらが反撃を開始してきたのです! それも、マスケット銃を使って!」
兵士の言葉を聞いて、イェルドは目を見開いていた。
本当なら、グランシェスにマスケットは無い。銃兵も居ない。彼らは雪の多い国の民だから、天候に左右される火薬武器を所有していないのだ。
つまり、敵勢力がマスケット銃を扱っている事そのものが――モレク人の反乱を意味している。
「な、なんだって……?」
眉間に皺を寄せ、震えるイェルドに兵士は「その上――」と、更に続けた。
「ゴート地方内の各方面より、武装した賊が――否。モレク兵が、各所の町を制圧しようと動き出しました。警備に当たらせている兵で対処しようとしたら、やつらはあっさりと逃げて行ったのですが――追うと、その先の砦にまた、多くの銃兵が……――あの数では、対処のしようがありません!」
「敵兵力は、どれほどか把握しているか?」
イェルドの質問に、兵士はためらった後、答えていた。
「…………分散された各砦に、およそ四千ずつの人影が。よって、恐らくは、規模二万程かと……――」
途端、この場にどよめきが走るようになる。
謁見の間の通りの左右に置物のように並んで立っていたモレク騎士たちが、思わず動揺の声を漏らしたせいである。
そんな中で、兵士が更に声を上げる。
「その上、うち千ほどもの銃兵が各所に詰めているようなのです……! イェルド様! 我々には援軍が必要です!」
銃兵の数を聞いて、いっそうモレク騎士たちのどよめきが多くなった。
そんな中、「静まりたまえ」と簡潔に言ったのは、玉座の手前側の脇に立っている、イェルドの腹心であり、近衛と参謀役を兼任している、黒金の鎧を身につけた赤毛の騎士。キャスペル=シェンバーだった。
再び静まった謁見の間にて、やがてイェルドは静かに頷く。
「――状況はわかった」
イェルドの返事に、兵士は「はっ」と返答をすると首を垂れる。
「…………」
眉間に皺を寄せたまま、黙り込むイェルドの方へ歩み寄ったのは、キャスペルだった。
「如何されますか? 陛下。我々でも、所持している銃兵は精々が八千規模です。各所に千ということは、銃兵が五千も控えているという事に……これは、厄介なことになっていますね」
キャスペルに話し掛けられ、「……そうだな」とイェルドは静かに答えていた。
「まさか、我々の同胞が土着の民族であるグランシェス人と手を組むとは。その上、銃兵がそうも数を揃えているとするなら、これはモレク本国からの流入者と考えた方が良いかもしれぬ。一体、何が起こっているのか……――」
「……貢租が響いたのかもしれませぬ。グランシェス人にとっては平等主義に見えても、モレク人にとっては日和見に見えていたのかも……――」
「しかし、貢租はモレク本国と関係が無いのでは?」
イェルドの返答に、キャスペルが沈黙するようになった。
そんなキャスペルに対し、イェルドもまた青ざめた顔で黙り込むようになる。
身に覚えのない銃兵が、ゴート地方には五千規模。
確かに、本国に対してはずっと物資の支援を頼んではいた。
父王は、嫌な顔せずにそれを受けてくれていると思っていたのに……。
「……父上は……――」
嫌な予感を口にしかけるが、イェルドはすぐに首を横に振っていた。
「……とにかく。対処に当たるしかあるまい」
そう言ってイェルドはひじ掛けをグッと握っていた。
そんなイェルドに、キャスペルが口を開く。
「本国に援軍は……――」
言い掛け、キャスペルは口を閉ざしていた。
果たして援軍を求めても良い状況なのだろうか?
それを図りかねて沈黙するうち、「いや」とイェルドが答えるようになる。
「父上の意図が見えない今は、控えておこう。確かに、軟弱者集団であるグランシェス人と違い、同胞が敵に回ったとなると、油断して掛かるわけにもいかなくなってしまった。しかし規模はまだ二万。それに対し、こちらには五万の兵力があるのだ。どうやら敵陣はモレク式の戦術を使うようだが、しかし、全員がモレク人であるとは考え難い。敵勢力には、グランシェス人も混ざっている筈だ。よって、実質的な兵力は、二万以下であると考えても良いぐらいだろう」
「しかし、あまり油断をしていては……――」
「わかっている。よって――」
イェルドは目の前に居る兵士を指差していた。
「四万。倍の規模となる四万の兵をゴート地方に向け、出兵させよう。これ以上兵力が増える可能性がある以上、迅速に制圧する必要がある! 出来る事なら、交易の妨げとなっていた野盗の掃討も終わらせたいところだが――その前に、勅使を父上の元へ派遣した方が良いかもしれん。とにかく、父上の意図が知りたい……」
イェルドの言葉に、キャスペルは頷いていた。
「では、勅使は私が務めましょう。私なら、本国の陛下とも面識があります」
「そうだな、それが良いだろう。頼んだぞ、キャスペル。……――しかし」
イェルドは、すぐさま退室するキャスペルを見送りながら、唇を噛んでいた。
「本当に、父上の意図が見えない……」
イェルドの苦々しい思いも無理は無かった。
彼は――否、彼らは知らなかったからだ。
父王がモレク本国から送り続けていた、物資の内容に掛けられていた『配慮』を。
いささか慌ただしくなる謁見の間の風景を、フレドリカはイェルドの斜め後ろに立ちながら、ぼんやりと眺めていた。
淡いウィスタリアの色をしたドレスを着せられ、まるで着せ替え人形のように、これといった表情を浮かべる事無くそこに立っている。
「…………」
フレドリカは黙り込んだまま、彼女一人だけはまるで別の世界に居るかの如く、表情をピクリとも変えなかった。
(……――反乱)
フレドリカは彼らの話を聞いていたが、特に心が動かされることはなかった。
(どうせ、私には関係の無い話だから……)
そんな風に考えていたからだ。
全てを諦めているフレドリカは、この先モレク第二王国がどうなろうとも、関心が無かった。
どんな状況であれど、一人にしておいてくれれば、そっとしておいてくれれば、それで良い。とフレドリカは考えていた。
そんな時、ただでさえ慌ただしい、この謁見の間に、また別の兵士が駆け込んできた。
「陛下! たっ、大変です!」
また血相を変えた兵士が一人増えた。と思って、イェルドはうんざりしていた。
「一体どうしたというのだ? ゴート地方の件なら既に聞いた。今は忙しいから、後回しに――」
「ゴート地方ではありません!」と、その兵士はイェルドの前まで来ると、叫んでいた。
「アゴナス地方です!! そこで――フェリシア=コーネイル=グランシェスを名乗る銀髪の女が、アゴナス領主の手引きの元、演説をしたと……――」
「なにッ――?!」
イェルドは顔色を変えていた。
(悪い事は重なるものだ……)
そんなイェルドに、兵士が問いかけてくる。
「やつら、我々を裏切って、グランシェスにつくつもりのようですよ。如何いたしましょう?」
「良い、後回しにしておけ!」とイェルドは答えていた。
「アゴナスはどうせ、どう足掻いたところで兵力は六千ほどしか無い。四万の兵士を出兵させたところで、こちらの規模は一万だぞ。大体、アゴナスに至っては、弱いグランシェス人しか居ない。そんな事よりも――今は、ゴート地方の事だ」
イェルドはそう話しながら、スッと玉座から立ち上がると、傍らに居るフレドリカに優しく声を掛けていた。
「フレドリカ、行きますよ。ついてきなさい」
「……はい」とフレドリカは頷くと、イェルドの後に続いて謁見の間を出て行った。
イェルドはフレドリカの歩む速度に合わせ、廊下をゆっくりと歩きながら、考え事をしていた。
(……フェリシア姫。病死したと聞いたが、本当に本物なのだろうか? 気にはなるものの……――)
イェルドは表情を引き締めていた。
「……今はゴート地方が先決だ。戦神ダンターラの信徒ほど、戦う相手として強敵は居ないのだからな」
イェルドはそんな風に、独りごちていた。




