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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 北領の決起
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17:神官の意見

 フェリシアは、カイのその話を聞いても冷静だった。


 一昨日、アランという名のカイの部下であるゴート兵がカイの元へ訪ねて来て、このような内容を告げた。


 カイとフリストフォンが居ぬ間に留守を任せていた、グスタフという名の隊長が、独断によって反乱を起こしてしまった。

 それも、パトリック卿の元へ向かい、グランシェス騎士団に合流するというカイ達の話を聞き、『これだけの後ろ盾があるなら、戦い抜けるかもしれない』と思った上での決行である様子だ。

 何人がそれに参加したかわからないが、仮に参加していなかったとしても、その状況でアゴナスに居る兵士や騎士と結集するには難しい。――と。


 カイはアランから聞いた内容を、フェリシアに対して、そのように打ち明けた。

 しばらくフェリシアはそれを黙って聞いた後、質問したのはこれだった。


「ゴートには本来、何人の兵力があったのかしら?」


「はっ……兵士としての訓練をした者が、およそ千名。後の四千名が、民兵です。うち五百名ほどモレク人が混ざっていますが……」


「モレク人?」


 フェリシアの疑問に、「その通りです」とカイは答える。


「モレク第二王国の王が課した貢租は、モレク人にも同等に課せられています。そのため、それに反発する一部のモレク人が、ドーシュ家の傘下に下ったのです。と言っても、もちろん、まるきり信用しているわけではありません。奴らは所詮、モレク人ですから」


「……そう」


 フェリシアは考え込んだ面持ちになって、少しの間黙り込んだが、次いでルドルフとエリオットの方へ目を向けていた。


「エルマー地方は、どれだけの兵力が集っているの?」


 それに対して答えたのは、エリオットだった。


「こっちも大半が民兵っすよ。――と言っても、気骨のある屈強な連中ばかり掻き集めてあります。元傭兵ってやつも大勢いますよ。とっくに半ば内戦みたくなってますがね、あっちも本気ってわけじゃないっすから。いつでも動ける連中なら、幾らでもいます。ええと、数なら、およそ――三千人くらいっすかね」


「三千人ですね。それで――」


 次いで、フェリシアはパトリックに目を向けていた。

 パトリックは頷くと、答えていた。


「旧知の騎士が、五十名ほど集まっています。いずれも、フェリシア様への忠誠心の高い者揃いです」


「そうですか。後は……――」


 フェリシアが顔を向けたのは、アゴナス領主フォーゲルンだった。

 フォーゲルンは答えていた。


「アゴナス兵は六千ほど居ます」


 彼らの話を聞いて、フェリシアは頷いていた。


「ならば、我々が用意できる最大戦力は、およそ一万五千といったところでしょうか。しかし、そのうちの五千名は現状、身動きが取れない、と」


「――それに対して、カルカロスに集結しているというモレク兵は五万……」


 そう後を繋いだ後、フォーゲルンはうーむと唸っていた。


 しかしこの場に深刻な空気が流れる事は無かった。

 誰もが期待しているのだ。女神イスティリアの奇跡を。


「…………」


 無言でチラッと向けられたフェリシアの視線に気付き、エーミールはムッとしていた。


「姫様。お言葉ですが――」


 エーミールは机に手を置くと、立ち上がっていた。

 ずっと黙り込んでいた、ただ同席しているだけの『専門外』であると誰もが考えていた筈の、ただの神官が、口を開いたのだ。


 もちろんエーミールは、公的な場であるため、フェリシアに対して公的な姿勢を取る事を忘れなかった。

 それでも尚、その態度だけは、慣れない従士の真似事なんか、し切れるわけがないのだ。


「奇跡を期待されているんですね?」


 エーミールの質問に、フェリシアは小さく頷いていた。


「……あなたと私の力があれば可能では?」


「なるほど。確かに、奇跡を起こせば窮地だってひっくり返すことができる。人は神の力の前には、ちっぽけな存在ですからね」


 エーミールは固い口調で、そんな風に話していた。


「……何か不満でもありそうね」


 フェリシアはそうやってつついていた。

 エーミールの態度を、無視するわけにはいかなかったからだ。


 エーミールは頷くと、キッパリと言っていた。


「なるべく人の力でやって頂きたい」


 途端、この場がざわめくようになった。


「一体何のための神官なんだね?」


 苛立たしげにフォーゲルンが言い、その後に続いて「そうだとも」と頷いたのはヴィーノだった。


「奇跡を起こせない神官なら、居る意味が無いのでは?」


 カイまで肩をすくめ、そんな風に言ったため、「まあ、落ち着いて。聞いてください」とエーミールは彼らを窘めていた。


「人の力だけでやれる可能性があるからこそ、こうやって話しているんじゃないですか」


 エーミールが言ったのはそれだったため、この場に動揺が走っていた。


「な、何を言っているんだ、キミは?」


 唖然とした表情でそうやって尋ねたのは、フォーゲルンだった。


「そうですよ、エーミール。今しがた、話したばかりですよね? 我々の最大兵力は一万で、敵は五万と。――その上モレクは、グランシェス人と違って戦馴れしている者ばかりです」


 フェリシアもまたそう話したが、エーミールは「いえいえ」と言って首を横に振っていた。


「真正面から戦うことだけが戦ではありませんよ」


 エーミールはそんな風に、言ってのけたのだ。


「…………」


 押し黙ったフォーゲルンは不機嫌そうだった。

 ついこの前までただの村人だった神官に、一体何がわかるんだ! と言いたげな表情をしている。


 そしてそれはフォーゲルンだけではなかった。

 特に戦いというものを知っている、パトリックやルドルフ、カイにこそ、不快感を覚えさせたのだ。


「……おい、エーミールよ。お前、随分と偉くなったものだな?」


 ルドルフはたまらずに立ち上がっていた。


「フェリシア様のお言葉があるからこそ、ここに居られるがな。専門外が余計な口を出すというなら、今すぐに退室して頂きたいところなんだが?」


「……る、ルドルフさん」と、困りながら呟いたのは、フェリシアの傍らに立っているカリーナだった。


「ルドルフ。それを決めるのは私ですよ」


 フェリシアは微笑んでそう言ったため、ルドルフはばつの悪そうな表情を浮かべると、再びドカッと着席していた。

 そんなルドルフを確認すると、引き続いて、「エーミールも」と、フェリシアは言葉を続けた。


「迂闊な発言はしないように心掛けなさい。幾ら女神様の寵愛を受けている神官殿と言えど、出過ぎた真似をすれば、退室して頂きます」


 そう話し掛けながら、その目が『悪手ですね』と言っているので、『……ごめん』とエーミールは口パクで伝えていた。


「――それで、あなたが女神様から見せられたビジョンでは、何代前に戦の経験があったのかしら?」


 引き続き、フェリシアが繋いだ言葉はそれだったため、一同は呆気に取られていた。


「ま、まさか、そいつの言う事を聞く気なんですか?」


 そう訊ねたのはルドルフで、フェリシアはにっこりと微笑んでいた。


「ええ、耳に入れても良いと思うわ。彼、女神様の手によって、何十代分の王族の人生を疑似体験させられているから」


「「……へっ?!」」と、この場に居る面々が声を揃えて疑問の声を上げる。


「あ、そうだったね……僕、女神の神官になるに当たって、女神に直接、知識をこの中に入れ込まれる体験をしたんです」


 そう言ってエーミールは自身の頭を指差した後、気まずそうに笑っていた。


「だから、何もわからないって事も無いと思います。多分……」


「予めその前提を話しておかないから、話が変にこじれるのですよ」


 軽く咎めるように、フェリシアがそんな風に言ったため、「ごめん」とエーミールは謝っていた。

 それから改めてエーミールは、この場の面々に向け、「僕の話を聞いてください」と伝えていた。



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