17:神官の意見
フェリシアは、カイのその話を聞いても冷静だった。
一昨日、アランという名のカイの部下であるゴート兵がカイの元へ訪ねて来て、このような内容を告げた。
カイとフリストフォンが居ぬ間に留守を任せていた、グスタフという名の隊長が、独断によって反乱を起こしてしまった。
それも、パトリック卿の元へ向かい、グランシェス騎士団に合流するというカイ達の話を聞き、『これだけの後ろ盾があるなら、戦い抜けるかもしれない』と思った上での決行である様子だ。
何人がそれに参加したかわからないが、仮に参加していなかったとしても、その状況でアゴナスに居る兵士や騎士と結集するには難しい。――と。
カイはアランから聞いた内容を、フェリシアに対して、そのように打ち明けた。
しばらくフェリシアはそれを黙って聞いた後、質問したのはこれだった。
「ゴートには本来、何人の兵力があったのかしら?」
「はっ……兵士としての訓練をした者が、およそ千名。後の四千名が、民兵です。うち五百名ほどモレク人が混ざっていますが……」
「モレク人?」
フェリシアの疑問に、「その通りです」とカイは答える。
「モレク第二王国の王が課した貢租は、モレク人にも同等に課せられています。そのため、それに反発する一部のモレク人が、ドーシュ家の傘下に下ったのです。と言っても、もちろん、まるきり信用しているわけではありません。奴らは所詮、モレク人ですから」
「……そう」
フェリシアは考え込んだ面持ちになって、少しの間黙り込んだが、次いでルドルフとエリオットの方へ目を向けていた。
「エルマー地方は、どれだけの兵力が集っているの?」
それに対して答えたのは、エリオットだった。
「こっちも大半が民兵っすよ。――と言っても、気骨のある屈強な連中ばかり掻き集めてあります。元傭兵ってやつも大勢いますよ。とっくに半ば内戦みたくなってますがね、あっちも本気ってわけじゃないっすから。いつでも動ける連中なら、幾らでもいます。ええと、数なら、およそ――三千人くらいっすかね」
「三千人ですね。それで――」
次いで、フェリシアはパトリックに目を向けていた。
パトリックは頷くと、答えていた。
「旧知の騎士が、五十名ほど集まっています。いずれも、フェリシア様への忠誠心の高い者揃いです」
「そうですか。後は……――」
フェリシアが顔を向けたのは、アゴナス領主フォーゲルンだった。
フォーゲルンは答えていた。
「アゴナス兵は六千ほど居ます」
彼らの話を聞いて、フェリシアは頷いていた。
「ならば、我々が用意できる最大戦力は、およそ一万五千といったところでしょうか。しかし、そのうちの五千名は現状、身動きが取れない、と」
「――それに対して、カルカロスに集結しているというモレク兵は五万……」
そう後を繋いだ後、フォーゲルンはうーむと唸っていた。
しかしこの場に深刻な空気が流れる事は無かった。
誰もが期待しているのだ。女神イスティリアの奇跡を。
「…………」
無言でチラッと向けられたフェリシアの視線に気付き、エーミールはムッとしていた。
「姫様。お言葉ですが――」
エーミールは机に手を置くと、立ち上がっていた。
ずっと黙り込んでいた、ただ同席しているだけの『専門外』であると誰もが考えていた筈の、ただの神官が、口を開いたのだ。
もちろんエーミールは、公的な場であるため、フェリシアに対して公的な姿勢を取る事を忘れなかった。
それでも尚、その態度だけは、慣れない従士の真似事なんか、し切れるわけがないのだ。
「奇跡を期待されているんですね?」
エーミールの質問に、フェリシアは小さく頷いていた。
「……あなたと私の力があれば可能では?」
「なるほど。確かに、奇跡を起こせば窮地だってひっくり返すことができる。人は神の力の前には、ちっぽけな存在ですからね」
エーミールは固い口調で、そんな風に話していた。
「……何か不満でもありそうね」
フェリシアはそうやってつついていた。
エーミールの態度を、無視するわけにはいかなかったからだ。
エーミールは頷くと、キッパリと言っていた。
「なるべく人の力でやって頂きたい」
途端、この場がざわめくようになった。
「一体何のための神官なんだね?」
苛立たしげにフォーゲルンが言い、その後に続いて「そうだとも」と頷いたのはヴィーノだった。
「奇跡を起こせない神官なら、居る意味が無いのでは?」
カイまで肩をすくめ、そんな風に言ったため、「まあ、落ち着いて。聞いてください」とエーミールは彼らを窘めていた。
「人の力だけでやれる可能性があるからこそ、こうやって話しているんじゃないですか」
エーミールが言ったのはそれだったため、この場に動揺が走っていた。
「な、何を言っているんだ、キミは?」
唖然とした表情でそうやって尋ねたのは、フォーゲルンだった。
「そうですよ、エーミール。今しがた、話したばかりですよね? 我々の最大兵力は一万で、敵は五万と。――その上モレクは、グランシェス人と違って戦馴れしている者ばかりです」
フェリシアもまたそう話したが、エーミールは「いえいえ」と言って首を横に振っていた。
「真正面から戦うことだけが戦ではありませんよ」
エーミールはそんな風に、言ってのけたのだ。
「…………」
押し黙ったフォーゲルンは不機嫌そうだった。
ついこの前までただの村人だった神官に、一体何がわかるんだ! と言いたげな表情をしている。
そしてそれはフォーゲルンだけではなかった。
特に戦いというものを知っている、パトリックやルドルフ、カイにこそ、不快感を覚えさせたのだ。
「……おい、エーミールよ。お前、随分と偉くなったものだな?」
ルドルフはたまらずに立ち上がっていた。
「フェリシア様のお言葉があるからこそ、ここに居られるがな。専門外が余計な口を出すというなら、今すぐに退室して頂きたいところなんだが?」
「……る、ルドルフさん」と、困りながら呟いたのは、フェリシアの傍らに立っているカリーナだった。
「ルドルフ。それを決めるのは私ですよ」
フェリシアは微笑んでそう言ったため、ルドルフはばつの悪そうな表情を浮かべると、再びドカッと着席していた。
そんなルドルフを確認すると、引き続いて、「エーミールも」と、フェリシアは言葉を続けた。
「迂闊な発言はしないように心掛けなさい。幾ら女神様の寵愛を受けている神官殿と言えど、出過ぎた真似をすれば、退室して頂きます」
そう話し掛けながら、その目が『悪手ですね』と言っているので、『……ごめん』とエーミールは口パクで伝えていた。
「――それで、あなたが女神様から見せられたビジョンでは、何代前に戦の経験があったのかしら?」
引き続き、フェリシアが繋いだ言葉はそれだったため、一同は呆気に取られていた。
「ま、まさか、そいつの言う事を聞く気なんですか?」
そう訊ねたのはルドルフで、フェリシアはにっこりと微笑んでいた。
「ええ、耳に入れても良いと思うわ。彼、女神様の手によって、何十代分の王族の人生を疑似体験させられているから」
「「……へっ?!」」と、この場に居る面々が声を揃えて疑問の声を上げる。
「あ、そうだったね……僕、女神の神官になるに当たって、女神に直接、知識をこの中に入れ込まれる体験をしたんです」
そう言ってエーミールは自身の頭を指差した後、気まずそうに笑っていた。
「だから、何もわからないって事も無いと思います。多分……」
「予めその前提を話しておかないから、話が変にこじれるのですよ」
軽く咎めるように、フェリシアがそんな風に言ったため、「ごめん」とエーミールは謝っていた。
それから改めてエーミールは、この場の面々に向け、「僕の話を聞いてください」と伝えていた。




