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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 北領の決起
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10:残りの疑惑

 結局フェリシアは、フォーゲルン卿という大切な先方の前で、二人分の家臣の手による無礼を働いてしまった。

 が、この二人の家臣は、フォーゲルン卿の家臣でもあるという。

 結局、どちらに責任の所在があるかという結論の出ないまま、後から入ってきたルドルフと、カイという初対面の男の存在まで同席する事となってしまった。


「あなたが……あの、フェリシア公ですか……」


 カイは目を見開き、しばらくの間呆然と黙り込んでいた。

 片やルドルフの方は、フェリシアの態度や雰囲気を見て驚いた後、「そうか……あの、どこからどう見ても甘えん坊だった少女が。元に戻られたのだな」と、呆気に取られた様子で呟いた。


 今や、テーブル越しに対面する形でソファに腰掛けている、フェリシアとフォーゲルン以外は、五人の人間が、後方に控えるようにして並んで立っているという状態になっていた。


「……なんだか賑やかになりましたね」


 フェリシアはため息をついていた。

 そんなフェリシアに気遣った様子で、フォーゲルンが言った。


「話の途中で、勝手に入ってくる者が悪い。この者達には早急に退席させましょう」


「いえ、その必要はありません」


 フェリシアは穏やかな態度で、そう答えていた。


「わたくし、ちょうどこの後あなたにも用件があったのですよ、ルドルフ。人探しをする手間が省けました」


 そう言ってフェリシアはソファから立ち上がると、ルドルフの方を振り返ったため、ルドルフは目を見開いていた。


「お、俺……――じゃなかった。わ、わたくし、ですか……?!」


 名指しである事に驚いて動揺するルドルフに、「ええ」とフェリシアは頷いた。

 そんな風に、前と今とで余りに印象の違うフェリシアの姿に、ルドルフは戸惑いを隠せなかった。


 そんなルドルフに対して、フェリシアは堂々とした態度で、それでいて優しげな面持ちで、尋ねてきたのだ。


「前にあなたは、グランシェスを再興すると話していましたね。その後、経過は順調かしら?」


「っ……――」


 ルドルフは息を飲んでいた。

 その好意的な眼差しが物語っている。まさか、フェリシア公は――


(俺達が欲している頂に立つ気でいてくれるというのか……?)


 願ったり叶ったりとはこの事だろう。

 しかし同時に不安も覚えていた。前のように甘えた幼児じみた態度を取ってもらっては困るのだ。

 傍らにエーミールが居続ける以上、その不安が常に付きまとう。


(本当にフェリシア公は、あのフェリシア公にお戻りになられたのだろうか……?)


 パトリックやカリーナは確信している様子だが、以前のフェリシアをよく知らないルドルフにとっては、すぐに確信できる事ではなかったのだ。


 しかしやがてルドルフは答えていた。


「……幻滅させるような成果ではない」


「そう」と言ってフェリシアは頷いた。


「ならば、あなた方はここに同席しなさい」


 そう言った後、フェリシアはルドルフから背を向けて元通りソファに腰掛けた。

 その瞬間、ルドルフは緊張して汗をかいている自分に気付いていた。


(……これがあの、フェリシア公か?)


 自分自身に戸惑いを覚えたが、間もなく、ギュッと拳を作り、ニヤッとした笑みを浮かべる。


(……可愛い顔をしておきながら、大した風格をお持ちじゃないか。面白い……)


 次にはルドルフは決心していたのだ。

 パトリック卿やカリーナが望むようになるべきだと。


(俺たちの頂は、なんとしてもフェリシア公になってもらう!)


 ルドルフはそんな風に考えていた。



「先ほど、フォーゲルン卿に伝えたように……――私は、モレク第二王国に宣戦布告を致します。そして、グランシェス王国を取り戻します」


 改めて、フェリシアはフォーゲルンに向かってそう前置きする事によって、後から来た四人に対して、およその話の流れを伝えていた。


「「…………――!!」」


 四人は揃って驚きに目を見開いたが、誰も言葉を発しなかった。

 上位者の会話に割って入る事は不敬であるからだ。


 フォーゲルンはフェリシアの意図をくみ取って、頷いた後、話していた。


「わかっております。そして、私はあなたに協力するというお約束ですな」


「ええ、その通りです」


「――フェリシア公が女神様の加護を再び得られたと仰るなら、そして元通りの聡明さをお持ちになられているならば、私は反対は致しません。しかし、一つだけハッキリさせて頂きたい事が御座います」


 フォーゲルンは身を乗り出すと、今度こそフェリシアの意図を聞くがために質問を向けていた。


「あなたは未だにそこのイド村の田舎者を側に着けておられる。その意図をお尋ねしたい」


「……女神の真意であると、先に伝えましたね?」


 フェリシアは答えていた。


「ええ、お伺い致しました」と、フォーゲルンは頷いていた。

 ――しかし。


「しかし、ですぞ」


 フォーゲルンはこればかりは見過ごす事ができなかったのだ。


「先ほど、パトリック卿が剣を向けた時……身を挺してお守りになられましたな。ただの庶民を、ただの田舎者を。あなたがそこまで心動かされる理由を私は知りたい。そしてそれは私だけではない。この場の皆が思う共通の疑問でしょう」


 フォーゲルンはじっとフェリシアの目を見据えていた。フェリシアの真意を見抜くために。

 しかしここで穏やかな態度を崩さないのが、フェリシアという人物なのだ。


「……そうですね」と、フェリシアは頷いた。


 だからこそ、尚更。さっきフェリシアがパトリックの前に立ち塞がり、かつての家臣を睨み付けた態度が、フォーゲルンの引っ掛かりとなる。


「それがこの場に居る皆にとって欠かせない事項というなら、私は明かしましょう」


 フェリシアはそう前置きの後、ゆっくりと話していた。

 といっても、エーミールから直接的に話を聞き、また、奇跡をその身で体感したフェリシアにとっても、どこから話せば良いものか戸惑うような事柄だった。


「私たちは先日、遅ればせながら、リュミネス山山頂のイスティリア大神殿へ参りました。そこで大神官様の祈りを通じ、女神様の真意を伺ったのです……」


 フェリシアの話はここから始まっていた。


 その時、女神イスティリアのメッセージを受け取ったのはエーミールで、エーミールはそこで多くの物を女神から託された事。

 その力によって、フェリシアは欠損した思考能力や記憶を呼び覚ます事ができた事を、この場に居る全員に話して聞かせていた。


「……馬鹿な」と呟いたのはフォーゲルンだった。


「女神の声を伺うことができるのは、女神信仰の最上位者である大神官様のみです。確かに、イド村の者が年を取れば大神官になるとは聞いている。しかしそれは、何十年にも及ぶ長らくの間聖域であるリュミネス山にて暮らし続け、聖なる空気を吸い続ける事によって得られる清浄さ故の事であると、私は聞いております……! フェリシア公よ。そのような嘘をついてでも、聡明さを取り戻された未だに、その田舎者を重用したいと仰るのか……?」


 フォーゲルンは青ざめた面持ちをしていた。

 彼は全くフェリシアの今の話を信用しなかったのだ。

 それはフォーゲルンだけでなく、この場に居る他の人々も同様だろう。

 それほどまでに、この話は突拍子が無さ過ぎるのだ。


「……私も、最初のうちは我が目を疑う思いでした」


 フェリシアはそう話した後、沈黙するようになった。

 どうやって、自分でも突拍子が無いと思うような話を、目の前の彼らに信じさせようというのか。


(……意図が、意味が、確証を感じさせるに値するような“何か”が無いものから順に迷信と呼ばれ、まやかしと呼ばれる。……この話には、確証を感じさせる“何か”が欠落しているのよ。一千年もの間信じ続けられてきた女神信仰を、たった一人の言葉で簡単に覆せるものですか……)


 フェリシアは考え込んでいた。

 神を神と信じさせるには、ただ一つ――“奇跡”がいる。


 フェリシアだって、奇跡を自分自身の体で経験しなければ、エーミールの事を信じられなかっただろう。

 彼の事をよく知らない第三者ならば、尚更だろう。


 ずっと続くようになった沈黙によって、ふと――ずっと沈黙を保ち続けていたエーミールが口を開いた。


「……神たる奇跡によって、証明を求めるならば、今ここで、ご覧に入れても構いません」


 エーミールがそう言うので、一同は驚いて、エーミールへと視線を向けていた。


「……引き起こせるとでも? 奇跡を?」


 フォーゲルンの質問に、エーミールは頷いていた。


「はい」


 エーミールの迷いの無い返事に、この場に動揺が走る。

 そんな中、「……ただ……」と言葉を続けるエーミールの目は、フェリシアの方へ向けられていた。


「女神の奇跡を披露しようと思えば、“社”に負担が……。白いブレスを引き受けるだけなら、どうにでもなるけれど、さすがに、力を使役するとなると……。ブレスに持たせてある“概念”を現実の肉体に過剰に重ねてしまうような行為は……あまりやりすぎると……」


 ブツブツとエーミールは周りのわからない事を呟いていた。

 そんなエーミールに向けてフェリシアは一言、「やりなさい」と言ったのだ。


 フェリシアはエーミールを真っ直ぐ見ると、有無を言わさない態度で言った。


「この場に居る皆に、奇跡を披露なさい。女神の神官たる、あなたの力によって」


 フェリシアはその透き通るような青い瞳を、ジッとエーミールに向けていた。

 彼女はこれによって、エーミールの地位をひとまず『女神の神官』として定着させようと考えたのだ。


 いや、むしろ、フェリシアの目が訴えている。

『あなた、そんな事ができるなら、何故もっと早く言わないの? さあ、やりなさい。今すぐやりなさい!』と。


 エーミールは苦笑した後、すぐに決断していた。


「一度だけ。これだけ。……これきりにしておいてほしい」


 エーミールはそう前置きの後、自身の姿勢を正すと、フェリシアに対して、立ち上がって側に来るようにと丁寧な言葉で伝えた。


「……フェリシア様」と呟いて、不安げな面持ちをフェリシアに向けたのは、カリーナだった。

 フォーゲルンとパトリックは不快そうな表情を浮かべていたし、カイは怪訝そうな表情をしていた。

 ルドルフだけは、興味深そうな眼差しを向けていた。


「……構いません」と言ってフェリシアはため息の後、立ち上がった。


 エーミールの隣へ歩み寄ったフェリシアを確認すると、エーミールはこの場に居る五人に向けて、「これより女神降臨の儀を行います」と伝えていた。



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