12:巡礼団到着
盛り上がった雪に半ば埋もれた形で、半壊したそれはたたずんでいた。
「…………」
この場には重苦しい沈黙だけが支配していた。
中には、崩れ落ちて啜り泣きを始める者まで居る。
「……黙れッ、泣くな!」と叫んだのは、白銀の鎧の上から毛皮のサーコートをまとっている、巡礼団団長のパトリックだった。
「姫様はまだ生きている……絶望するにはまだ早い!」
そう叫びながら、パトリックはグッと拳を握り締める。ギリギリと力の限り握り締め、震えを押しとめていた。
「そうだ、まだ、まだだ……!」
パトリックはやがて、一歩、二歩と半壊した屋形の方へと歩みだしていた。
確認するのが怖くないといったら嘘になる。今すぐに逃げてしまいたいほどの恐怖が喉元まで込み上げている。
しかしここで折れてしまっては、団長を任されている身である以上、恥以外の何者でもない。
やっと泣き止んだ面々に見守られる中、パトリックはやがてゆっくりと屋形の方へと歩み寄る。
そして――気付いたのだ。
盛り上がった雪によって死角となった方向に点々と続いて行っている足跡に。
(まさか、この先に姫様が……――?!)
パトリックはザクザクと足早に屋形及び崩れた雪の周りをぐるりと回ると、足跡を追い掛けて行った。その後を巡礼団の面々も歩いて追うようになる。
やがて見つけたのは、樺の木の根元。
姫が身に着けていた筈の衣服が落ちており、更に足跡が森の奥へと続いている。
「こ、これは……――」
パトリックは表情を強張らせていた。
(――どう、解釈すべきだ?)
パトリックは混乱していた。
まず、姫は――無事……無事?
いや待て、冷静になれ。この痕跡から推測するに、一つ確かなことがある。
……――姫は恐らく、現在、全裸で雪山を徘徊しているに違いない。
「ぬあああああああぁぁぁぁぁ――!!」
いきなり叫び声を上げた団長の姿に、後方で見守っていた巡礼団員たちはビクッと竦み上がる。
「ど、どうなさいましたか?!団長!」
背後から声を掛けてきた騎士に対し、パトリックは叫んでいた。
「姫様がご乱心だ!! お、恐らくは、先の雪崩で雪の呪いにでも掛かってしまったに違いない……! なんということだ……女神イスティリア様は加護をお与えくださる事を拒みになられたということなのか……? だとしたら、何故だ……」
パトリックの青ざめた表情と、彼の視線の先にあった脱ぎ散らかされたままのドレスを見つけ、騎士全体に沈鬱な空気が流れ始めるようになる。
「な、なんと。姫様が……」
「是非ともそのお姿を拝見した……いや、おいたわしや……」
「いやいや、ここは総力を持って捜索に乗り出すべきでは……?」
「そ、そうとも……我々は姫殿下の為に編成された巡礼騎士団ではないか!」
鼻息が荒くなりながらもこの場に捜索の気概が膨らみ始める中、歩み出たのは一人のメイド――姫付きのカリーナである。
カリーナはドレスの方へ歩み寄ると、丁寧にそれらを折りたたみ始めていた。
その後、ボソッと一言。「……あなた達最低です」と呟いたせいで、騎士たちはいっせいに押し黙って、それぞれがそれぞれの方向へ視線を漂わせるようになった。
「大体っ」と、カリーナはガバッと立ち上がるなり騎士たちの方を振り返っていた。
「全裸で徘徊だなんて、そんな馬鹿な事がありますか! もう少し考えられないの?! 例えば誰かに浚われたとか!」
「いやしかし、カリーナ嬢。よく見たまえ」と、パトリックが足跡の方を指差した。
「確かにこれが大きな男の物ならそれも考えたが、この大きさ。どう見ても……」
「た……確かに、女性か或いは子供か、そのようにしか見えないことは確かです、ですが……」
カリーナは言葉を詰まらせる。
その後一同は、うーんと考え込むようになっていた。その時である。
足跡が続いている森の方からガサガサと音がしたかと思うと、そこから二人の狩人が姿を現したのだ。
狩人としてお約束であるクロスボウこそは背負っていないものの、どちらも毛皮の分厚いコートやズボンなど纏っている。
一人は少女とも少年ともつかないほどにあどけない顔立ちをした子供で、もう一人は成人男性である。
二人とも灰色の髪をしていたせいで、彼らがイド村の者であるとパトリックはすぐに気付いていた。灰色の髪はイド村の“先住民”のみに見られる特徴だからだ。
「巡礼団の人だ!」と、子供の方がこちらを指差して目を輝かせている。
「おお、これはこれは」と男の方も表情を綻ばせるが、こちらはそんな気分にはなれないのだとパトリックは考えていた。
「こちらにいらっしゃったのですね。探しておりました、すぐにイド村へご案内致します。この森を辿ればすぐですので」
男はそう言うが、パトリックは首を横に振っていた。
「申し訳ないが……今はあなた方の歓迎を受けている場合ではないようだ。姫様が……ああ、姫殿下が……」
なんとおいたわしい。
今頃全裸で雪山を駆け回っているのだと言って、彼らは信じてくれるものか。
そう考え、パトリックは涙を呑む。
そんな壮年の騎士に対し首を傾げた後、メイドが手に抱えるようになったドレスを見て、「ああ」と手をポンと叩いたのは子供の方。エーミールだった。
「お姫様なら、雪の病になっていたから僕が脱がせてイド村に連れて行ったよ。ドレスも持って行ければ良かったんだけど、手が足りなくて……」
「は?! で、では、この足跡は……?」
唖然とするパトリックが指差した足跡を見て、「ああ」とエーミールは笑う。
「僕の足跡だよ、ほら」と言ってエーミールは自身の足を持ち上げていた。
なるほど確かに目の前の子供は、姫殿下と同じだけの背丈であり、足の大きさもそう変わらないようだ。
「そ、そうか……キミのような子供が。ふ、ふふ、ふはは……」
パトリックは膝をガクッと雪の上についたかと思うと、次の瞬間。
「ぬああぁぁ――!!」と叫びながら腰の剣をジャキッ! と引き抜いていた。
「貴様か! 貴様が姫様をキズモノにしたというのか! かくなる上は、子供とは言え容赦はせんぞ!!」
「なにっ、エーミールが?!」
ハッと顔色を変えたのは父だった。
「お前、姫様になんてことを……! しかし俺は父親! 息子を守るのが親の務め……かくなる上は……!」
父は表情を引き締めると、びしっと親指で自らを指しながら、巡礼団たちに向かって告げていた。
「真犯人は息子ではない! この俺だあぁぁ――ッッ!!」
「「なにいぃぃ――ッ?!!」」と、騎士たちが揃って声を上げるようになる。
瞬く間にこの場で次々と剣を引き抜いて追い掛け始める騎士一同と、片や逃げ回り始める父の姿を見て、エーミールは慌てていた。
「ちょっと、父さん?! 僕、なんもしてない! 応急処置以外は何もしてないんだから、頼むから話こじらせないで!」
「……なんかごめんなさいね。ところで、姫様は今はどちらにいらっしゃるの?」
そんな風に話し掛けてきたのはメイドさんだった。
その彼女の、この辺りではまず見ないような小奇麗な身なりと整った顔立ちを見て、エーミールはつい赤面していた。
(お姫様もすごくキレイだけど、それ以外の人もお城の人ってキレイなんだなあ)と内心考えていた。
「い、今は僕の家に居るんだ。母さんたちが手当してくれたから、お姫様はもう元気になってるよ。念のために数日は様子を見た方が良いだろうけど……」
「そう、ありがとう。感謝するわ。私はカリーナ=ヴィステルホルム。ヴィステルホルム家の中位貴族にして姫様の専属メイドよ。キミは?」
にこっと微笑み掛けられ、エーミールは慌てて答えていた。
「ぼ、僕は、エーミール=ステンダール。イド村の狩人見習いだよ」
「よろしくね、エーミールくん。案内をお願いできるかしら?」
カリーナに尋ねられ、「うん!」とエーミールは頷いていた。