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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 北領の決起
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5:非剣の騎士団

 フォーゲルンは不本意ながら、モレク第二王国の意向に従って、隣のカルディア地方へと自分たちの糧を輸出しなければならなくなってしまった。

 とは言え、こんな雪に閉ざされた土地の中、余裕があるわけではないのだ。

 自分達が食べる物を削っての、モレク第二王国への援助。もちろん不満が上がらないわけがない。


 無責任な民衆は、無責任な立場から根も葉もない噂話を交わし合って批判をする。


「領主様は、あの新しい戦神の王国と蜜月であるようだ。なにしろ、我々から吸い上げた貢租を輸出しているんだぜ。そうやって、輸出で得た利益を独占して、一人だけ豊かになっているに決まっている。だって、ここまで苦労を課しておきながら、我々には欠片も還元されないじゃないか」


 彼らが多くの手間を掛け時間を掛けて、一年を乗り越えるために蓄えていた保存食の大半を持って行かれてしまった。

 狩猟という不確定な手段に食糧の大半を依存している、雪のこの土地にとって、それは欠かせない物だったのに。


 民衆から不満が噴出するのは、仕方がない事だとフォーゲルンは受け取った。

 そうやって批判を甘んじて浴びながら、実は何も受け取っていないのだということを、フォーゲルンは民に向けて話せなかった。

 そんな事を馬鹿正直に打ち明け、万が一にでも戦への気運が高まってみろ。


(女神様の加護を持たない我々にとって、モレクは途方も無く強大なのだ。誰も幸せにはなれん……! 私が苦汁を飲みながら保っているこの平和を、壊させてなるものか……!!)


 キリキリと胃を痛めながらも、フォーゲルンはアゴナス兵に告げて取り締まりを強化する事に決めた。

 民衆の不満が高まっていることは、よくよく理解している。

 だからこそ、いつどこで発起が起きてもおかしくない。


 組織立って武力を集められると困るのだ。アゴナスの平和を脅かされるわけにはならない。

 とはいえ、まさか集会を禁止するわけにもいくまい。

 そのためフォーゲルンは、兵士を除いた一般市民の武器の所持を禁止する事に決めた。


 正確には、取り上げるとは伝えなかった。

 ただ、『治安悪化を改善するため』という名目で、武器の所有者は当人のまま、アゴナス城の武器庫で保管することにしたのだ。


 意外にも、フォーゲルンが出したこの御触れは反対意見よりも賛成意見の方が多かった。

 実際、治安悪化による賊の出現によって困らされていた人々が存在していたからだ。


 それに、最低限の小さな武器の所持は許されたし、クロスボウ等の狩猟道具は、武器ではないと認識されたため、猟師の仕事に支障は無かった。

 また、例えば旅行時の自衛など、筋の通った理由さえ伝える事ができれば、いつでも武器は返してもらえる。

 そもそも、フォーゲルンが規制した武器というのは、長剣や槍や戦斧や戦槌といった類であり、一般人の大半が通常は所持していないような物である。


「まあ、スコップがあればな」

「スコップが規制されるわけじゃないし、どうでも良いよ」


 一般人の意見など、精々その程度だった。


 これによって困る者といえば、賊と――それから。



(我々のような立場の者に限られているのだ)と、馬を走らせながらパトリックは考えていた。


 とは言えパトリックとて、一つの町をフォーゲルン卿から一任されている立場である。そのため、フォーゲルンの気持ちも事情も、理解しているつもりだ。

 また、パトリック自身は町長という立場上、武器を取り上げられなかった。


 そのため、ルドルフもカリーナもカイもフォーゲルンもエリオットもアランも、外部から来た、この六人の者達は、アゴナスの今の状況をよく知らない。詳しく説明する暇も無く馬を走らせてしまっている。

 だからパトリックは、カルカロスへ向かう道すがら、馬上から後続する六人に説明を行っていた。


「外部から来た者については、町に入る時は武器を所持していても引き留められないんだがな。注意深く見ていれば、代わりに、兵士がよく観察している事がわかるはずだ。自ら領主へ出向いて、武器を預ける者が大半だからだ。しかし、町から出る時には間違いなく声を掛けられる。その時に武器の取り扱いに関する案内が聞ける筈だぞ。くれぐれもその時に、変に抵抗して投獄されんようにな。私とて犯罪者の知人が居ると思われると困るからな。ハッハッハ」


 冗談交じりに話した後、パトリックは笑い声を上げていた。


 パトリックは飄々と話しているが、騎士団がすんなりと動けない理由はここにあるのだ。

 町長という役割を持つパトリック自身はまだしも、他の騎士達は武器を所持する事が許されていない。

 そのため、武器を持って出掛けようとなると、なんとかフォーゲルンに納得してもらう必要がある。


(それにもう一点、欠かしてはならぬ事がある)


 もう一点の方こそが、例えどれだけ愚直であろうと譲ってはならないものなのだ。


(我々はモレクに抵抗する気があるのだと。フォーゲルン卿に伝え、納得して頂かなければならぬ!)


 今はフォーゲルン卿の家臣である以上、そして騎士道を胸に抱く者である以上、そればかりはパトリックにとって、譲れる物ではないのだ。

 しかし、フォーゲルンを説得するための材料が決定的に不足している事を認めないわけにはいかなかった。


 フォーゲルンは、ある種グランシェス貴族らしいグランシェス貴族なのだ。

 つまり、民と地の平和と平穏を愛している。

 それを脅かすものを、決して彼は認めてはくれないだろう。よほどの事情や、或いは納得できるような『材料』が無い限りは。


(フォーゲルン卿は、二度目の敗戦を認めてはくれぬだろう……確かに我々は、軍勢を作るに十分なほどの人の数“だけ”は集まった! ルドルフはよくやってくれた! しかしそれでは不確かなのだ。負け戦とは言わぬが、確信が無い。それでは、あの領主様が重い腰を上げてくれるとは思えぬ……! 勝利を確約するような“何か”が無ければ。確約を実感させられるような事を、フォーゲルン卿にお伝えする必要があるのだ……!)


 パトリックはカルカロスへ向かう道すがら、顔にこそは出さなかったものの、ずっと考えていた。


(考えろ。考えろ!)と。


(何か良い案を出さなければならぬ……時は待ってはくれないのだぞ!)


 しかし、パトリックが名案をひねり出すには、カルカロスまでの距離が無さ過ぎたのだろう。

 結局、何の案も思いつく事が出来ないまま、一行はとうとうカルカロスに到着したのだ。


 一際高い丘の上から、雪の帽子を屋根に被った城が見下ろしてきている、カルカロスの白い街並み。


 パトリック達は乗ってきた長毛馬を町の入り口にある馬屋に預けた後、カルカロスの町へと続く西門をくぐっていた。


「……――さて、行くとするか」とパトリックは話し掛けていた。


「フォーゲルン卿の元へ、まずは足を向けよう。が、その前に……」


 パトリックは六人の方を振り返ってきた。

 彼が言いたいことを、この場の誰もが理解した。


「……幾らなんでも、これは大所帯すぎる。悪いが、何人か待機していてくれたまえ」


 パトリックの提案に、この場の誰からも反対意見は出なかった。





 その頃、時同じくして、カルカロスの北門に一台の犬ぞりが停まった。


 木枠を組み立てただけのそのそりをここまで引いて来たのは、白くて長い毛並みを持つ一匹の立派な北領犬(サバーカ)だった。

 次いで、ギュッと雪を踏んだのは、そりから降りてきた革のブーツを履いた足だった。


「お疲れさま、ヴィズ」


 そう言ってそり犬の頭を撫でるのは、色白だがしっかりとした手。

 その手の持ち主は、灰色の髪をした準成人頃の年齢の少年だった。

 キャラメル色の瞳をしており、辺境にあるイド村特有の染色の無いコートを身に着け、クロスボウと黒い矢筒を背負っているているその少年は、どちらかといえば可愛いと表現する方がピッタリの顔立ちをしている。

 しかし背丈は年相応の高さがあり、服の上からはわからないものの狩人らしい安定した体格を持っている。


 一通りヴィズの頭を撫でた後、ふと、その少年はまだそりに乗っている少女に気付いていた。


「フェリシア、降りられる?」


 彼は自然な態度でスッと手を差し出した。

 そんな彼に「お構いなく」と言って微笑んだのは、肩の下辺りで切り揃えられた銀色の髪を、レースや花飾りがあしらわれた、白雪と同じ色のバレッタで留めている小柄な少女だった。


 誰もが目を見張るほどの、透き通るような美しさを備えたその少女は、手で制する事によって彼の手を引かせた後、自らの足で、その真っ白い地上へと降り立つ。


「エーミール、ありがとう」と言ってフェリシアは目の前の彼に微笑み掛けていた。


「でも、一つだけ忠告させて頂戴。以後くれぐれも、私には気軽に触れないでくださいな」


 にこっとフェリシアは気品を感じさせる笑顔を向けるので、エーミールはガッカリしていた。


「細かいんだな、今時のグランシェス王族は。スーラの時はそんな事、規定はしていなかったよ?」


「時々あなたは困惑することを言い出すのね」と前置きの後、フェリシアはふと笑顔を消す。


「……でも、イスティリア様があなたに教えたのですよね……それらの全てを。スーラの名前ぐらいなら、私も知っていますよ。グランシェス建国の父と、私の教育担当をされた先生から伺っています」


「そうなんだね」と言ってエーミールは微笑んだ。


「途中で伝承は形を変えたりしているものの、先人の事を、この時代までしっかりと勉強してくれたんだよね。嬉しいよ」


「……エーミール」と、フェリシアは曖昧な笑みを浮かべていた。


「私は少なくともあなたを信じていますよ。でも、他の人が見れば、今のあなたはきっと変わり者にしか見えません。気を付けた方が良いわ」


「うん……そうだよね」


 エーミールは素直に頷いていた。

 自分だって、フェリシアの足を引っ張りたくてここに立っているわけではない。


「行こうか、フェリシア」


 エーミールはフェリシアにそう声を掛けていた。


「グランシェス、再興するんだろ?」


 エーミールの言葉に、フェリシアは「ええ」と言って頷いていた。


「参りましょう、エーミール」と、フェリシアもまたエーミールに対して声を掛けるのだった。



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