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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 北領の決起
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4:辺境小国

(僕には、グスタフの気持ちが痛いほどわかる)


 カイは一概に彼を責める気持ちにはなれなかった。

 グスタフ=ブロンストは、共に戦地を生還した仲間なのだ。そして、モレクへの煮え滾るほどの憎悪を共有している同士でもある。


(僕だってそうだ。今か今かと、やつらを皆殺しにする機会を待ち続けている!)


 カイは青ざめた表情のまま、馬の手綱をギュッと握り締めていた。


(しかし、何故今なんだ! 何故、もう少し待てなかった?! 何故……!!)


 カイは心中で激しくグスタフの事を叱責しながら、雪深い雪原の上、他の五人と同様、先導するパトリック卿を追いかける形で長毛馬を走らせる。


 出来る事なら、今すぐにでもゴート地方へ引き返したかった。

 しかし、交戦状態に入ってしまったなら、戻ることは難しいだろうとパトリックは話す。


「それよりも、カルカロスへ向かおう」


 パトリックはそう話した。

 パトリックが集めた騎士団を動かせない理由が、アゴナスの主都カルカロスにあるらしい。


「まずはそれを解決せねばならぬ。残念だが、動き出してしまっている以上、主君を待つ時間は無い……!」


 パトリックは先頭で長毛馬を走らせながら、そう話していた。

 しかしパトリックは、歯噛みせざるを得なかった。


(間に合うか? どうにかできるのか? 我々の力だけで……)


 しかし、どうにかせざるをえないのだ。

 この場に主君が居ない以上、自分たちの力だけでどうにかしなければならない。


(ああ、くそっ……! フェリシア様が居てくだされば、或いはと思ったのだが……!)


 今それを考えても仕方がないことはわかっていた。

 しかし、考えざるを得なかったのだ。


 世間が貴族主義である以上――否、グランシェスの人民と言う存在が、長らくの間女神との関係によって暮らしを成り立たせてきていた以上、どうにもならない面が存在してしまっているのだから。



 そして、そうやってパトリックが歯噛みする理由は、アゴナスの主都カルカロスの城に住む、領主フォーゲルン=モスコフ=アゴナスにあった。


 カルカロス――そこは、高い丘や低い丘が連なっている、階段が多い景観が特徴の、雪深い中に聳える町である。

 そんな町を主都として持っているアゴナス地方は、唯一モレク第二王国の配下に下っていない旧グランシェスの地域である。


 モレク第二王国と異なり、アゴナスは物質調達を輸入には頼っておらず、北領犬と狩人の手による狩猟などで日々の糧を得ているのが実情だ。

 とはいえ、モレク第二王国が行っている貢租の上昇は、アゴナスにとってもいい加減、他人事ではなくなってきた。

 その切欠を作ったのが、ちょうどルドルフ達がゴート地方に着いたばかりの頃の事。今から、二週間ほど前の話である。


『近頃流通が滞っていて、どうにもならなくなっている。“友好国”として、そちらの助けを借りたい。ついては、食糧の融通を願いたい』


 モレク第二王国から訪れた勅使が手紙を読み上げた時、ふざけたことを言っている。と領主フォーゲルンは感じた。

 フォーゲルンは無意識のうちに、腰掛けている石の玉座の手すりの部分を指で叩いていた。


「……北領の民というものは、女神様より承る糧の必要以上は無い。しかし、必要以下も無い。そうやって、日々を生きている。モレク人とて、北領で暮らすと決めたなら、女神様の仕来りに従わなければならないと私は思うのだが……」


「我々が信望しているのは、戦神ダンターラ様ですから」


 勅使はフォーゲルンの目を真っ直ぐに見ながら、キッパリとそう答えた。

 生意気なやつだとフォーゲルンは思った。

 そもそも、目の前の勅使は貴族どころか、特別な肩書すら持たない、ただのモレク騎士であるという。こちらも随分と舐められたものである。


(だったら、私もこの者に礼儀を払う必要はあるまい)


 そう考えて、フォーゲルンは手すりに肘を掛けると深々とため息をついた。


「お前は、地の神という物を知らぬのか? 地の神とは、その土地にしか根付く事の出来ない神のことだ。地の神は己の土地においては、異の神に勝るのだ。お前たちが連れてきた戦神は、間違いなく異の神だ。女神様をおざなりにしていれば、このままでは、今に不幸な目に遭うに違いない」


「…………敗戦者のくせに、何を仰るか。我々の前に、女神は何の脅威ももたらしませんでしたな?」


 恐れ知らずにも、勅使はフォーゲルンに対して嘲笑うかのような笑みを見せていた。

 フォーゲルンは苛立っていた。


「グッ……!」


 フォーゲルンは、バンッと手すりを叩いていた。


「あれは、時の王位継承者であるフェリシア公が女神様を怒らせたからだ!! 女神様の加護さえ正しく働いてさえいれば、お前たちなど……!!」


「加護さえ働けば、ですよね?」と言って勅使はニヤニヤと笑った。


「イスティリアというのは、加護を得る為には王族の儀式と信仰が要るってことぐらい、知っていますよ。この土地から見れば我々は異人ですがね。一応、八大神として有名な神様ですからね。これといった加護が無いのに、どうして八大神なのか、わかりかねますがね」


「…………」


 無言で震えながら勅使を睨み付けるフォーゲルンを、勅使は欠片も恐れた様子が無い。

 それどころか、舐め切った態度で尚も話を続けるのだ。


「まさかアゴナスは、我々と対等に対話できる関係であると考えてはいないでしょうね? あなたが女神の加護を得ているとでも? しかし先に言ったように、我々だって知っていますから。女神の加護を得るには、銀髪の王族による儀式と信仰が必要なんだという話ぐらいは。銀髪ですら無い身で、そんなあなたが、どうやって女神の加護を得る気なんでしょうね? 我々としてはね、きちんと戦っても良いんですけどね?」


「ぐぬぬ……!!」


 フォーゲルンは歯噛みするしかできなかった。

 幾らも下の身分の者から馬鹿にされたような目を向けられても、甘んじているしかできないこの身を実感し、フェリシアを恨んでいた。


 真っ赤になるフォーゲルンの破裂しそうな程に膨らんだ怒りを感じ取り、勅使は「おっと」と言って肩をすくめていた。


「随分とお怒りの様子ですがね、まかり間違っても、この私を処刑しようなどとは思わない方が良いですよ。あなたの部下でも、あなた自身でも、誰かがこの私の心身を危機にさらした時点で、十分に開戦理由になりますからね」


「わかっておるわ!!」


 思わずフォーゲルンは怒鳴り声を上げていた。


「領主であるこの私を脅しつけようとは、大層立派な身分ではないか……! くそっ……この私にどういった返事を求めているのだ、そちらの君主は……」


 怒りを噛み殺し、声や体を震わせながら、ようやくフォーゲルンは勅使にそうやって尋ねていた。

 勅使は微笑むと、「当然ながら――」と言って切り出した。


「無償の援助を。頂けるに決まっていますよね、小さな小さなアゴナス“小国”の領主殿? もちろん、我が君主は私などと違って礼節を弁えているお方ですから、見返りをご用意されておられます。それは、“あなたの国の防衛”です。異国の軍事的な脅威にさらされた際は、我が国があなた方を守って差し上げます。これで十分に対等な取引であると思うのですが。如何です?」


(なにが対等だ!!)


 フォーゲルンは内心で言い返していた。

 防衛も何も、こんな雪に閉ざされているような辺境の土地である。


 北端の地と呼ばれるだけあって、リュミネス山を越えた更に向こう側にある、断崖絶壁の『世界の果て』と呼ばれる山岳を超えられる者などこの世には居ない。ここより北に世界は無いと言われている。

 ここがまだグランシェス王国の一部であった頃には、モレク王国以外にも、地続きに隣接した国は二ヵ国ほどあった。

 しかし、アゴナス以南の領地がモレク第二王国になってからは、隣接する国家など、この一国だけなのだ。


(私の領地が危機にさらされる時には、もはやお前たちの国が滅びた後と決まっておろうが!!)


 内心でフォーゲルンは毒を吐きながらも、勅使に対してはこう答えていた。


「……良いだろう。お前の王が話す条件を、我々は飲もうではないか……」


「さすが、持つべきものは友好国です」


 勅使はそう言って笑ったが、フォーゲルンは震えを抑えるので精一杯だった。


(何が友好国だ……あの、モレクの王子! 所詮、父親に与えられた武力によて制圧した土地に、第二王国などという新たな国を作って、王様ごっこをやっているに過ぎぬ若造でしかないではないか!)


 恭しく礼をした後、立ち去る勅使を見送った後、フォーゲルンは深々とため息を吐き出していた。


 グランシェスの時代は良かったと。がらにもなく、老輩じみたことを考えてしまう。


「こんな時代に領主などやるものではないな……引退して、座を息子にでも譲り渡したい気分だ……」


 周りの誰にも聞こえないような声で、玉座の上、ボソボソとフォーゲルンはぼやいていた。



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