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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 北領の決起
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3:集結

 更に幾週か掛けて馬を走らせた後、夕刻に差し迫る頃。

 雪深いアゴナスの地にあるコルホラの町に、面子を一人増やして五人となった一行は到着していた。


 エルマーでは、結局、エリオット以外にもハンスという指導者が居たため、どちらを代表者として連れて行くかという話になった。

 しかしハンスは、ウェストザートの町にとって欠かせないブレーンであったため、予定通りにエリオットを連れて来る事にした。


「ほ、ホントに俺なんかがあの、副騎士団長に会うのかよ……?!」


 エリオットはガチガチに緊張した様子になっていた。

 どうやら、さすがのエリオットでも緊張する相手はいるようだ。


「“お貴族様”はヘナチョコなんだろ?」


 ルドルフはそう言ってからかうように笑ったが、「副騎士団長は別だろ!」とエリオットは言い返していた。


「なにせ、相手は騎士団だぜ、騎士団! うう、身震いしてきた……」


「アゴナス地方はいっそう寒いものね」


 そう言って微笑んだのはカリーナだった。


「いやいや、寒さのせいにされちゃあ困るぜ、お嬢!」と、エリオットは言い返していた。



 踏み固められたコルホラの大通りを突き進んだ先に、貴族用の邸宅地がある。

 その中でも一際目立つ大きな領主館が、かつてグランシェス騎士団副騎士団長だったパトリック=エストホルムが住んでいる館だ。


 館の敷地と外部とを仕切っている門を叩くと、間もなく館内からメイドが姿を現した。


「お久しぶりですね。パトリック卿はご在宅ですか?」


 カリーナが声を掛けると、「少々お待ちください」と言ってメイドはすぐに館内へ引き返すようになり、五人は少しの間門の前で待たされる事となった。


「しかし、グランシェス副騎士団長ともあろう方が、先の戦を、よくぞ無事に生きながらえているものだな」


 領主館の佇まいを見上げながら、かつてルドルフが抱えた疑問と同じことを、ふとカイが口にしていた。

 それに対して答えたのはルドルフだった。


「モレクはパトリック卿が元副騎士団長だとは知らないようだからな。結局、任期が短かったから、モレクとのいざこざがあった頃の副騎士団長については、逆にグランシェス人にとっては馴染みが無いんだよな。戦時は、別の人物が副騎士団長をやっていたんだよな?」


 ルドルフが質問を向けたのはカリーナで、カリーナは「ええ、そうね」と言って頷いた。


「それだけが要因ではないのでしょうけれどね。公的な場へは、普通は騎士団長が向かって、副騎士団長というのは留守を任される立場である事が多いですから。もちろん例外はあるけれど、世間的には、騎士団長の名は知れても副騎士団長の名を知らない方の方が多いのよね」


 そうやって話しているうちに、メイドが館内から姿を現した。


「お待たせいたしました。どうぞ、こちらです」


 そう言ってメイドは門を開けると、ルドルフ達五人を敷地内へ招き入れた。



 広い客室のソファに腰掛けて、パトリックは待っていた。

 黝い髪をオールバックに整えているその中年の男は、気品がある上等な身なりをしているものの、その鋭さを秘めた眼差しは確かに騎士たるそれである。


 その男は部屋へ入ってきた五人の客人の姿を見ると、スッと立ち上がるなり、カリーナとルドルフに対して笑顔を向けてきた。


「久しぶりだな、二人とも。どうやら、順調なようだな?」


 パトリックの視線は、ルドルフ達が連れてきた三人の男の方へと向けられていた。


 カイとフリストフォンとエリオットは、すぐにパトリックに対して挨拶をしていた。


「私は、カイ=セリアンと申す者。こちらにおられる、フリストフォン=ドーシュ卿の従士を務めておりまして、ゴート兵団副兵団長です」


 さっと礼をしてそう名乗るカイと、一方でエリオットは、ガチガチに緊張した面持ちで大慌てに名乗りを上げる。


「お、おおお俺は、エリオット=フレーリンだ! いや、です! でーだ、その、エルマー地方から来ましたっ!」


 対照的な二人の姿に、パトリックは笑い声を上げていた。


「ハッハッハ。さすが、ルドルフ殿が連れてきただけあって面白い者達ではないか」


「そ、そうですね……」と答えながらも、ルドルフは思わず苦笑いを浮かべていた。

 そんなルドルフに、パトリックは早速本題を話す。


「私も、ルドルフ殿に約束した通り、巡礼団の伝手を辿って行く事によって、数十名規模の元騎士の協力者を募ることができたよ。これでなんとか、私としてもキミに協力する事ができそうだね。ここまで来れば、後はフェリシア公をお迎えするだけとなったな?」


 パトリックのその言葉に、カイとフリストフォンとエリオットは、揃って目を見開くようになった。


「お、おいおい、ルドルフよ……約束って、協力って、どういう事だ? あんた、騎士団の一員だって話していたよな?」


 真っ先にルドルフに突っかかろうとしたのはエリオットだった。


「いや、そんな事よりも……!」


 カイはエリオットの話を遮るようにして、パトリックに対し食い入るようにして質問を向けていた。


「フェリシア公だと?! 今、あなたはフェリシア公と仰ったのか?!」


「…………」


 パトリックはルドルフとカリーナを交互に見比べ、彼らが目の前の三人に何も語っていないことを悟っていた。


「エリオットさん」


 カリーナは一歩歩み出ると、エリオットに対してにこりと微笑んでいた。


「まさか、私たちが嘘をついたとでもお思いかしら? ルドルフ様は紛れもなく、再編されたグランシェス騎士団に所属する、副騎士団長ですよ。そして私が、庶民上がりの副騎士団長様をフォローするために就けられた補佐。ですよね、パトリック卿?」


 カリーナはパトリックの方を振り返って微笑んでいた。


(――ああ、そうか)


 パトリックは笑みを浮かべていた。


「そうだとも。この者は私が直々に、副騎士団長として任命したのだ。といっても――階級章はまだ無いのだがな。……きちんと渡すことができるのは、主君がお戻りになられた後になるだろうな」


「なっ――?! ぱ、パトリック卿まで何を……?!」


 ルドルフは思わず動揺の声を上げていた。

 まさか公明正大と思っていたパトリックまでもがカリーナの出任せのハッタリにこうして付き合い始めるとは思わなかったのだ。


 十分に人は集まったんだ。もういい加減、ハッタリなんかやめてしまおうじゃないか。

 本当は、俺はただの元エルマー兵のルドルフで、最初にパトリック卿やカリーナを巻き込む形で俺が始めた事なんだ。


 ルドルフはそう切り出したかったが、結局、切り出すタイミングを見つけられないまま、話がすぐに移り変わってしまった。

「フェリシア公の事だったな」と、パトリックが今度はカイの疑問に答え始めたのだ。


「その前に、立ち話も何だろう? 座りたまえ」


 パトリックに促される形で、五人はソファの席に腰掛けるようになっていた。

 といっても、全員が座れるわけではなかったため、カイとカリーナは傍らに立ったままになった。


 パトリックもまたテーブル越しに彼らと対面する形でソファに座り直すと、話し始めていた。


「フェリシア公は病死したと公に言われているがな。実は、そうではないのだ……」


 パトリックの話はそこから始まっていた。



 今は亡き国王ロジオンが、公的には病死と発表する傍ら、凍死させるつもりでフェリシアを北端の地へと追放したこと。

 代わりに受け入れた養子がフレドリカだったこと。

 今、モレク第二王国の王をやっているイェルドの妻に、本当になる筈だったのは、フェリシア公であること。


 それらの事情を、パトリックは彼らに話して聞かせていた。


 そうやってフェリシアが生きている旨を伝えたものの、しかし、ロジオン公がフェリシアを追放した理由である、『女神の神託』の事を彼らに伝えなかったのは、パトリックの個人的な感情による物だったのかもしれない。


 パトリックにとって、未だに受け入れ難かったのだ。


 あの、配下の誰もが仕えられる事を誇りに思っていた程に、非の打ちどころが無く麗しい姫君の運命の相手が、まさか片田舎の、何の特技も特徴も持たないあどけない少年であるだなんて……。


 語る途中のパトリックの表情に苦しげなものが紛れ込んでいる事に、傍らで見ていたカリーナは気付いていた。

 そして、彼が浮かべるその表情の理由も。


(……フェリシア様。今頃、どうなさっているのかしら?)


 そうやって考え事をしていた、その時である。


 コンコン、という、ドアをノックする音が聞こえた。


「失礼いたします」と入ってきたのは、先ほどルドルフたちをこの部屋に案内したメイドだった。

 彼女は困ったような表情を浮かべているので、「どうした?」とパトリックが声を掛ける。


 するとメイドは「あの」と口を開いた。


「門の前に来訪者が。しかし、見掛けない者で……」


「何と名乗っている?」


「ゴート兵団と。ゴート兵団のアラン=トーカと名乗っておられます」


「なにっ……?!」


 思わず声を上げたのは、カイだった。

 カイの顔色を見て、パトリックは察していた。


「キミの仲間か?」


「は、はい。しかし、何故……?」


 動揺するカイの態度を見て、パトリックは、新しい来訪者をここへ案内するようにとメイドに告げた。



 少しして、メイドに連れてこられる形で部屋に入ってきたのは、チュニックの上からコートと白い毛皮を羽織った赤毛の少年だった。

 その姿は間違いなくゴート兵団のもので、また、この場に居るパトリックとエリオットを除く四人が知る人物――ゴート兵団の中でも最も若い、アラン=トーカその人だった。


 カイはソファに座っているフリストフォンと目配せしあった後、アランの方へ足早に歩み寄っていた。


「アラン。何故ここに来た? お前たちには、ゴートを任せていたよな?」


「は、はい。ですが、副騎士団長。実は副騎士団長達がパトリック卿の元へ出掛けた後、大変な事になってしまって……!」


 そう話すアランは、青ざめた表情をしている。


「何があった?」


 顔色を変えて応じるカイに、アランは答えていた。


「ドーシュ家に帰属していた民の一部が、暴動を始めたんです!」


「なに……?!」


「お、俺たちは止めたんです! 今は留守ですから、我々は尚更、副兵団長の意向に従うべきだと言いました! ですが、もう我慢ならないって……後ろ盾があるならやれる筈だと、言い出して!」


「誰がそんな事を言い出したんだ?」


 カイの質問に、アランは「グスタフ=ブロンスト隊長です!」と答えていた。


「…………!!」


 カイは驚愕に目を見開いていた。何故なら、グスタフという人物は、カイが自分たちが不在のゴート兵団を任せた人物だったからだ。


「……カイ。グスタフといえば……」


 顔色を変えているのはフリストフォンも同じだった。


 そんな彼らの様子を見て、「……ふむ」とパトリックは頷いていた。


「どうやら、あまり時間の猶予は無さそうですな?」


 パトリックが目の前のフリストフォンにそう話し掛けると、フリストフォンは重々しい面持ちで頷いていた。



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