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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 北領の決起
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1:エルマーの有志

 この町に訪れたのは、何週間振りだろうか。

 エルマー地方の主都ウェストザートの、石造りの灰色の街並みは、今日も雪によって真っ白い無垢な色へと塗り替えられている。


 まだ雪かきの終わらない明朝の道、足跡をつけながら歩くのは、四人連れの少々目立つ男女だった。

 いずれも育ちが良さそうな手入れが行き届いた衣服を身に着けている。


 一人は、見るからに武人といった風貌の、頬に古傷を持ったガタイの良い大男。鉄鎧の上からコートを羽織り、腰に一振りの剣を吊るしている。

 一見硬派に見えるその男が、「だからだなあ」と言って、ウンザリとしたような面持ちを浮かべ、自身のターコイズグリーン色をした短髪をポリポリと掻く。


「そんなつもりは無い、と言っているだろ?」


「どうでしょうかね」と応じたのは、彼の傍らを歩いている整った顔立ちを持つ若い女だ。

 栗色の髪をお団子に結い上げており、ロングスカートのワンピースにコートといったごく一般的な格好をしているものの、キチッとした性格と気品の良さが良く出ている。


「ルドルフさんの事だから。隙あらばとか思ってるんでしょ?」


 つまらなさそうに唇を尖らせるカリーナ=ヴィステルホルムの姿に、「だからだな」と、ルドルフ=セーデルクは頭を抱えていた。


「前のはその、悪かったと言ってるだろ? だからそうやって、掘り返すのはやめてくれないか?」


 そうやってちょっとした口喧嘩を繰り広げている二人の姿に、後方を歩いている若い男と老爺は揃って苦笑いを浮かべていた。


(会った時は一方的に立てていた様子だったから、我が目を疑ったものだが。思った以上にフランクそうな関係だな)と、改めて前の二人を分析しているのはカイ=セリアンという男である。

 そのサラサラの黒髪は見る者に神秘的な印象を与え、優男風の整った顔立ちも相まって誰もが彼には美青年という評価を下すだろう。

 モノトーンカラーのコートを身に着けている彼は、(まあ、それはそうに違いない)と一人納得して頷く。


(ヴィステルホルム嬢ほどの貴族なのだから、庶民と肩を並べているだけでも十分驚愕に値するほどだ。この、ルドルフという男は、どうやらよほどの信頼を得ているようだが……僕は正直、粗暴な者は苦手なんだ)


 そのように考えながら、ふとカイが傍らに目を向けると、そこでは老爺がにこにことした笑みを浮かべていた。

 白髪の髪をオールバックに整えているこの老人こそ、フリストフォン=ドーシュという名の上位貴族。今や敵対勢力であるモレク第二王国国王の妃とされてしまっている、フレドリカ公の実祖父であるが――。


「……上機嫌ですね」


 ぼそっとカイが指摘すると、「……そうかな」とフリストフォンが微笑した。


「やはり明瞭な者との出会いは、気分を良くしますか」


 そう言って微笑んだ後、(僕のような裏がある者と違ってな)と、カイは思ったが、どうやらフリストフォンはカイの言外に秘められている意図に気付いたようで、「ふふ」と笑った。


「それだけではない。キミへの誤解が解けた事についても、私の機嫌を良くしている理由の一つだ」


「…………」


 カイは面食らったような表情を浮かべた後、わずかに頬を染めて視線を逸らせていた。

 そうやって冷静を装う若者の姿に、またフリストフォンは皺を深くさせて笑っていた。





 ルドルフ達が、カイとフリストフォンを案内した先は、一件の宿酒場である。


「よう、久しぶりだな!」


 ルドルフはそう言うなり、『アーシェル宿場』と書かれた看板が掛けられたドアを開いていた。

 今はブレックファーストを準備している時間帯であるため、入ってすぐの場所にある食堂内に客の姿は無い。


 しかし、ちょうどテーブルの用意をしている途中である店員女性がおり、その女性はルドルフの声を聞くなり、ガバッと振り返ってきた。


「ルドルフ様……!!」


 パーッと表情を輝かせるなり、大きな三つ編みが結われた淡い藤色の髪を揺らして駆け寄ってきたのは、この店の看板娘であるセシリア=アーシェルである。


「セシリア、元気にしていたか?」


 ルドルフが声を掛けると、セシリアはみるみる両目に涙をためるようになり、ガバッとルドルフに抱き着いて来るようになった。


「ああ……本当に、ルドルフ様なのですよね?! これって夢じゃないですよね?! ああ……お会いしたかったです……!」


 感極まった様子で話すセシリアの背中を抱きしめようとして、ゆっくりと手を伸ばしかけたルドルフが見たのはカリーナの冷ややかに突き刺さってくる視線だった。おかげで、伸ばしかけた手の行き場を失ったまま、ルドルフは硬直するしかない。


「お……おう……。と、とりあえず、離れてはくれまいか……?」


 しどろもどろ言われ、セシリアはパッと頬を染めるようになった。


「あっ……し、失礼しましたっ!」


 慌てて身を離すなり、逃げるようにして厨房へ駆け込んだセシリアの姿を見て、ルドルフは苦笑いを浮かべる。


「……あの人、相変わらず積極的ね……」


 ボソボソとカリーナは呟き、カイとフリストフォンはさっきの道すがらの二人の口論の意味を悟り、揃って苦笑していた。



 少しして、セシリアは父親である店主を連れて戻ってきた。


「先ほどは、どうも……」


 気まずそうにもじもじとするセシリアに対し、店主はルドルフ達に頭を下げるようになる。


「よく尋ねに来てくださいました、ルドルフ様。あなた方の言いつけ通り、我々は我々にできる事をやらせて頂いています」


「ああ、悪いな」と言った後、すぐにルドルフは深刻な面持ちになっていた。


「……しかし、大層な事を頼んでしまったと思っている。俺たちが発った後、すぐに貢租が上がって行くようになったと聞いた。俺たちは思った以上の負担をあんたたちに強いてしまったんじゃないか?」


「とんでもない」と言って顔を上げた店主の表情は、思った以上に生き生きとしていたため、ルドルフは驚いていた。


「あなた様のお陰なんですよ。確かに暮らしは厳しくなりました。でも今、この町は変わってきているんです。簡単な言いがかりで投獄されないようになったんですよ、私たちは!」


 店主の言葉に、ルドルフは驚いていた。


「それは本当か? しかし、だったら一体どうして……――」


 驚いているのはルドルフだけではない。カリーナも同様だった。

 そこまでの事が出来るとは、とてもではないが思ってはいない。まさか、エルマーの環境が変わるなどとは……。


「その説明は私がしましょうか?」


 セシリアはそう言ったが、ふとドアが開いた時に鳴るドアベルの音を聞いて、「あっ」と微笑んでいた。


「――説明してくれそうな方がいらっしゃいましたね」


 セシリアがにこにこと笑うので、一行は振り返っていた。

 するとそこには、ダークブラウンの髪をした切れ長の目を持つ壮年の男が立っていたのだ。


「ハンス隊長?!」


 驚きに目を見張るルドルフの傍らで、カリーナが佇まいを直していた。


「ルドルフ。なんだ、帰って来ていたのか?」


 ハンスは驚きながらも、店内へと入ってきた。

 ハンスの傍らには、もう一人、砂色の髪をした、ヒョロ長体系の男が居た。彼こそが、本来ルドルフが用事のあった相手であるエリオット=フレーリンだった。


「お嬢じゃねぇか!」


 ニコニコと笑うようになるエリオットに対して、「ごきげんよう」と言ってカリーナはにっこり笑っていた。

 その隣でルドルフが、「……真っ先に挨拶する相手は俺じゃないのか」とぼやいてガックリと肩を落としていた。


「それよりも、そちらの方々は?」


 ハンスがおもむろに尋ねてきたのは、ルドルフ達の傍らにいる、カイとフリストフォンについての事だった。

 と言っても、その身なりを一目見てすぐに貴族であると見抜いたようで、示し方は丁寧な物だった。


「ああ、この者たちは……――」


 ルドルフは傍らのカリーナに目を向け、カリーナが微笑んだため、話しても支障は無いと判断して伝えていた。


「こちらが、フリストフォン=ドーシュ卿。そしてこっちは、その従士であるカイ=セリアン卿だ」


「……僕の事は“こっち”と示すのか。一応、下位貴族なんだが……」


 堪らずにカイは苦笑いを浮かべていた。


「ほう」とハンスは眉を持ち上げた後、すぐに胸の前で腕を曲げて二人に対して挨拶をしていた。


「フリストフォン卿、並びにカイ卿。お初にお目に掛かります。私は、エルマー兵団第八隊長のハンス=エンジェンスターと申します。以後、お見知りおきを」


 そんなハンスに、カイとフリストフォンはそれぞれ挨拶を返していた。

 自己紹介が一通り終わる頃、「――さてと」と、タイミングを待っていたルドルフが声を掛けていた。


「次はそちらの話を聞かせてくれませんか? 隊長。一体、どういう風の吹き回しで、隊長とエリオットが一緒に居るんです?」


 ルドルフの向けた疑問に、「それは」と言ってハンスは微笑した。



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