4:裏切り者
グランシェス騎士団と合流すべく、馬を走らせたカイ達だったが、間もなく彼らは騎士団の援軍が遅れた原因と直面する事となった。
その原因は、エルマー兵だった。
あろうことか、グランシェス王国に所属している筈のエルマー兵たちが、東側より少数ながらも進軍してきて、騎士団に陽動作戦を仕掛けてきたのだ。
まさか味方である筈の兵団にしてやられるとは思っていなかった騎士団は、彼らの動向によって大混乱に陥ってしまった。
エルマー兵たちは、進行してきた騎士団に攻撃を仕掛ける傍ら、ある噂をばら撒いた。
それは、『ゴート兵団もエルマー兵団も共にモレク軍勢の前に屈した』という噂である。
モレクの大軍勢と圧倒的な力を目の前に、ゴート兵の半数は戦死、残りは逃げ出したり敵に取り入ってしまったとエルマー兵は話したのだ。
そんなもの、最後まで戦って散った仲間たちを目にしたカイ達にとって、侮辱以外の何物でもなかった。
しかし、それを信じたグランシェス騎士団は、ゴート兵の元へ援軍に向かう事は罠であると捉え、前線より遥か後方に隊を構える事となる。
その頃やっと、合流のためにカイ達は騎士団の元へ訪れた。
彼らはゴート兵の成りをしている彼らを認めると、剣を抜いた。
「いよいよ来たか! そうやって味方のフリをして仲間に加わった後、内部より混乱させた末に本隊で叩く手筈だろう! 騙されるものか! 裏切り者のゴート兵団め! 捕らえた馬鹿なエルマー兵を絞り上げたら白状したぞ! 貴様ら、この女神様の袂にある誉れ高き国を裏切るというのかッ!!」
「な、何を言っているんだ……?!」
動揺するカイ達に、騎士は聞いた噂を明かしていた。
それを聞いたカイは、怒りによって顔を上気させていた。
「ふざけたことを……! 僕達はそんな卑怯な真似など決してしていない!!」
「信用できるものか! だったら、先に行ってモレク兵と戦って玉砕してみたまえ!!」
「クッ……そんな事……!!」
カイは悔しさによって、どうしようもなくなっていた。
玉砕だと?
たった十数騎で何ができるというのか。
相手は幾万にも及ぶ大軍勢なのだ。
(ここで僕達はのたれ死ねというのか? グランシェス本国への誤解も解けず、復讐すら成し遂げられないまま、潔く死ねと?)
カイは部下達に指示を出すと、馬を引いていた。
「……副兵団長。すっかりしてやられているみたいですよ、我々は。どうするおつもりですか? まさか本当に、玉砕するとでも? それこそ、敵の思うつぼではありませんか!」
傍らで馬を走らせている部下が、カイにそう話し掛ける。
カイは項垂れると、首を横に振っていた。
「思い通りにできるとは思わせてなるものか……何か、何か策がある筈だ! 知恵を振り絞らなければ……!」
それでも、今すぐにでも斬りかかって行きたくなる自分自身を、歯を食いしばって抑え込んでいた。
結局、エルマー地方が垂れ流した噂と誤解によって、騎士団の士気はガクリと落ちた。
その結果、幾人もの騎士が戦地から逃げ出してしまったという。
「他の連中だって逃げてしまったんだ。だというのに、わざわざ我々がここに残る理由はあるのか? それこそ、とんだお人好しじゃないか」
それが逃げた者の言い分だった。
そしてそれによって、モレク軍勢の侵攻は容易になってしまった。
また、エルマー地方は、この一連の行動を手土産にする事によって、モレク側の信用を得た後、あっさりと寝返ってしまったのだ。
『強き者、長き者に巻かれる事のなにが悪であるというのか。我々には我々の暮らしが掛かっているのだ! 民の暮らしを守るために、私は最善の選択を行っただけだ!』
もし、エルマー諸侯が目の前に居たら、恐らくそんな風に話しただろう。
『裏切り者』という烙印を押されてしまったカイ達は、気付けば、ゴート地方の本城へ戻る事も許されなくなってしまっていた。
前線へ行ったゴート兵は、今や全員がモレクの傘下に入ってしまっている。
そのため、城内に引き入れることはスパイを受け入れるも同然だ――。
そう考えた居残りのゴート兵達は、決してカイ達を受け入れようとはしなかったのだ。
たった十数名、残った兵士を受け入れるために、城の守りを固めている、数千名の兵士の身を危険に晒すわけにはいかないとヨシェフ諸侯は考えた。
そのため、カイ達は援軍のために向かった先ですら、剣を向けられ追い払われた。
その結果、カイは、尊敬していた諸侯の死に目に会う事ができなかった。
ただ、全ての出来事が過ぎ去った後、『ヨシェフ諸侯や、グランシェスの王は、最後まで戦った。勇敢な死を遂げた』と人伝に聞いた。
カイはこの時初めて、声を上げて泣いた。
それを話して聞かせてくれた、外れの町に住む知人の目の前で、膝をついて、「うわあああぁぁ!!」と大声で泣き叫んでいた。
心配する仲間の手を払いのけると、カイは涙を拭い、這い上がるように立ち上がった。
その目には怒りや憎しみが滾っていた。
「今に見ていろよ……モレクの連中め……!! 絶対に許すものか……どんな手を使ってでも、血を吐いてでも、僕は貴様らを追い詰めてみせる……!!」
固く握りしめた拳を震わせるカイの姿に、彼について来たかつてのゴート兵たちは頷き合っていた。
その思いは彼らも同様だったからだ。
モレク人とは、あらゆる手を用いてグランシェス人を地の底へ叩き落した、残忍な連中なのだ。
武力で殺すだけに飽き足らず、内部分裂を誘い、誇りを汚し、疑心暗鬼を呼び込んだ。
もはや彼らに一泡吹かせない事には、死んでも死にきれない。
それが彼らの共通の思いだった。
知人に重ね重ね礼を言った後、「行くぞ、お前たち」とカイは部下に話し掛けていた。
「カイ。お前は大丈夫なのか……?」
立ち去ろうとするカイに、身を案じた様子で知人が声を掛けた。
カイは頷いていた。
「こんな状況になれど――僕は絶対に辞めないぜ。ゴート兵団を。何故なら、僕は副兵団長だからだ! 兵団長は亡きマルク=カルナールに敬意を払い、空席にしてあるが……副兵団長のこの僕が居る限り、ゴート兵団は不滅なんだ! それに、こんな僕に今でもついて来てくれる部下たちが居るんだ。だから僕は……止められても辞めないぜ」
そう話すカイに、知人は動揺したものの、やがてゆっくりと頷いていた。
「……そうか。お前がそう話す以上、僕には止められないんだろうな……」
「ああ。お前には迷惑を掛けるかもしれない。だが、お前は僕たちの存在を、ただ黙っていてくれれば良いんだ。知れば必ずモレク人は、お前や僕たちを殺してしまうだろう。だから……今後は会わない方が良いな、僕達」
そう言ってカイは軽い調子で手をひらひらと振っていた。
「達者でな」
「お前こそな」と、知人は返していた。
カイは改めて部下たちに「行こう」と話しかけた後、彼らを引き連れて知人の前から姿を消していた。
それからカイ達は、『ゴート兵団』という名の盗賊となった。
モレク人が本国から運んでくる物資を積んだ荷馬車を止め、強奪する事を繰り返す。
乗っている人々は女子供であれど等しく皆殺しにするために、誰もカイ達の顔や手口を見た者は居ない。
また、カイ達も名乗らないから、その犯行は近頃急速に増えている野盗の仕業であると処理されている。
流入したモレク人や、贅沢なモレク王並びにモレク兵達のために運ばれてくる物資は、着々と滞りを見せている。
すぐに腐敗する生もののみを選んでは手近な店に卸し、代わりにカイ達が得ている物――それは、『雪』だった。
カイは、入荷して拠点に持ち帰ったばかりの、ブロック状に加工してもらった雪塊を一つ木箱から取り出すと、それに接吻していた。
そして、微笑みながら、こう呟くのだった。
「……女神様の祝福を、我らに」




