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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第一章 雪上の契り
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9:白い猛威

 巡礼団団長のパトリックは、時たま後ろを振り返っては団員の足取りを確認しつつ歩を進めていた。

 誰もが疲労の色濃く、まるで鉛を抱えているかのように重たげに足を運んでいるのを見て、(……そろそろか)と考えていた。


(そろそろ休憩を挟んだ方が良い)

 そうパトリックは判断すると、銀世界の中へ視線を走らせる。

 少しでも休憩に適した平地は無いかと思ったからだ。


 しかしここはどこを見ても坂になっている。


(仕方ないか。そりが滑らないように、杭を打って……)

 そうこう考えていた、その時である。


 遠くからドドドドという音が迫ってくる。

 見ると、北領鹿エルクの群れが雪原の上を走っていた。


「……あれほど多くのエルクを見るのは初めてだな」


 思わず感心してパトリックは足を止めていた。

 それは他の騎士たちも同様だったようで、同じように足を止めてエルクの群れが走り行くのを眺めようとした。


 しかし、エルクの群れはこちらへと迫ってきている事に気付いたのだ。


「……!! 皆、退避! 右へ隊列をずらせ! エルクの群れが来るぞ!」


 パトリックは急いで手を大きく振り、それに気付いた騎士たちが真横に進路を変えてエルクの群れを通す場所を空けようとする。

 しかし、二本の直線的なそりを下に取り付けているだけになっている屋形は、人のようにすんなりと方向転換する事ができない。


「急げ、急げ!」


 近くの騎士たちが屋形へと駆け寄り、長毛馬の手綱を横へと引く者や、屋形を手で押す者も出てきた。

 カリーナは邪魔になるので、後ろへと下がって騎士に場所を譲り渡す。


 その時、いよいよエルクの群れが突入してきた。


 ドドドドドと群れは騎士たちの隙間を縫い、また押し飛ばしながら駆け抜けてゆく。

 エルクにドンと体をぶつけられ、二頭の長毛馬が前足を上げて大きくいなないた。


「こら! くそっ……静まれ、静まれ!」

 慌てて騎士は馬を宥めようとするが、群れに押されてとうとう手綱を手放してしまう。

 その間にも、ドンドンとエルクが馬や屋形に体をぶつけながら走り去って行き、とうとう馬と屋形を繋ぐロープが引きちぎれた。


「!! くそっ……何故こんな事に!」

 慌てて何人もの騎士が、坂を滑り落ちそうになる屋形を押さえようとするが、エルクの群れはまだ次々にやってきては騎士たちを跳ね飛ばして行くので、ズルズルと屋形が滑ってゆくのを見送ることしかできなかった。


「姫様!!」


 騎士たちの叫び声は屋形の中に居るフェリシアに届いていた。


「何が起こっているの……?」

 フェリシアはさっきから急に激しく動き出すようになった屋形の中で立っていられず、床に座り込んでいた。


 その時また、ゴゴゴという“別の音”が聞こえたのだ。


 それは小規模な雪崩だった。

 雪が半ば飲み込むようにしてエルクの一部を巻き込みながら、屋形を押し潰すように流して行く。


「姫様ッ、姫様あぁ!!」


 パニックを起こしているエルクの群れに阻まれているせいで、巡礼団の一行は、雪の先へと消えて行く屋形をただ見送る事しかできなかった。


「姫様ああぁぁッ!!」


 騎士たちの叫び声と地鳴りの騒音が、銀色の山にこだましていた。


 雪崩の音を頼りに、滑り降りるようにして雪の斜面を下へと駆けていたエーミールは、遠くにそんな巡礼団たちの声を聞いた。


(えっ、姫様……?! まさか、下に巡礼団の人たちがいたの?!)


 エーミールは血相を変える。


(まさか……まさか!!)


 嫌な予感が脳裏を去来する。


(この雪崩は僕のせいだ! 下方向に大きな振動が起こるような真似をしたら雪が崩れるって、すぐにわかる事だろッ?! どうして僕は気付かなかったんだ!!)


 今自分を責めても仕方がない。

 今はただエーミールは駆け続けるしかできなかった。


 巡礼団が居るであろう場所へは顔も出さず、一目散に白銀色の山肌を下って行った。

 恐らく自分自身が巻き込んだであろう、明日にでも迎え入れる予定だった『来賓』の元へ向かうために。



 やがてエーミールが見つけたのは、雪崩に巻き込まれる事によってなぎ倒された樺の木々のうち一本の幹に引っ掛かるようにして取り残されている、半ば破損した四角い木の箱……のような何か。

 いや――何かではない。


(多分、あれは乗り物だ……!!)


 エーミールはすぐに駆け寄っていた。

 雪崩が起きたばかりの場所は足場が緩くて危なっかしいことはよくわかっている。

 しかし、行かないわけにはいかない。


 何度も足を滑らせ、雪の中に埋まりそうになりながらも、這うようにしてなんとか近付いて行く。

 そうやってエーミールはやっとの思いで乗り物の上へよじ登る事に成功していた。

 カバンから折り畳みの小さなスコップを取り出すと、それを使って積み重なるようになってしまっている雪をザクザクと掘り返す。

 そうして雪の下から現れたのは、割れて砕けた箱の隙間へと入り込んでいる雪の山だった。

 それらも更にザクザクと掘り進めた後、ようやくできた穴に両手を突っ込んで中に居るであろう人物を手で探っていた。


「大丈夫?! 意識はある?!」


 そうやって叫ぶが、返事は聞こえない。それでも探し続けていると、やがて案の定、手の先に何かがぶつかった。


(やっぱり誰か居る……!)


 エーミールはすぐに両手に力を籠めると、引っ張り出していた。そうやって姿を現したのは――

 銀色の腰まで届く髪をした、エーミールよりも年上に見える少女。

 そう――彼女こそが、フェリシア=コーネイル=グランシェス公である。


(この人が、お姫様……)


 一瞬エーミールは魅入りそうになるが、すぐに首を横に振る。


 白い厚手のドレスの上から毛皮のコートとケープをまとっているものの、頭から雪をかぶってしまっている上に、どうもこの箱の中は外気よりもある程度暖かいようで、雪が湿ってしまっている。


(ま、まずい。これ、防水じゃないみたいだ。衣服が濡れてる……!)


 青ざめるエーミールに対し「う……?」と、フェリシアが、やがてぼんやりとした様子で目を向けるようになる。


 その透き通るような青い瞳が、エーミールの姿を映す。


 まるで雪と氷で形作られた彫像のようだとエーミールは思った。

 その非現実的な、まるで物語に出てくるかのような女神イスティリアの如き容姿の彼女を目の前にして、思わずエーミールは呆気に取られてしまっていた。


(すごい……――話に聞いていた通りだ。本当にキレイな人なんだな)

 なんて事を、ぼんやりと考えているうちに。


「あ……なた……誰……?」


 彼女の血の気の無い唇がつむぎだしたのは、そんな台詞だった。


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