4:馬を繰る
「私が最も心当たりのある人物は、今はアゴナス地方の西部にあるコルホラの町に住んでおられるわ」
カリーナがそう言ったため、ルドルフの長毛馬に荷を括り付け、相乗りで行く事となった。
ルドルフが繰る馬の前にカリーナを乗せ、雪で埋もれた白い大地の上を走らせる。
「……何故、この私が」
カリーナの不満たらたらな呟きに、「それは俺のセリフだ!」とルドルフは返していた。
(まったく、相変わらず恩知らずな女め!)と思ってルドルフはイラついていた。
大体、カリーナが「私、馬に乗れないわよ」なんて言わなければ相乗りなどせずに済んだのだ。
その後に続く「馬ぞりを借りないの?」というセリフにはルドルフは腹が立って仕方が無くなった。
思わず、「どこにそんな金があると思う?」と言ったら、「無いの?」という返事が返ってきた。
「あるわけないだろ。庶民の財政を舐めるなよ!」
ルドルフがそう言うと、カリーナはため息をつくようになった。
「仕方ないわね……。私が借りるしかないか」
それこそ馬鹿丸出しの行動だとルドルフは思った。
「この先どう転ぶかわからん状況で、無駄金を使う馬鹿があるか」
「じゃあどうするのよ。自作できる?」
「なんでそうなるんだ! 俺は加工屋ではない! そもそも、御者なんてやってられるか! まるで馬鹿女の下僕じゃないか!」
そう主張するルドルフに、カリーナはむっとした表情を浮かべるようになった。
「それのどこが不満なの?」
「ふざけるな! クライアントならともかくなあ、俺はこれと決めた主以外、誰の下にもつかん主義だ!」
「……とんだ礼儀知らずがあったものね。あなた、子供じゃないんだから」
呆気に取られるカリーナを、「お前なあ!」とルドルフは怒鳴っていた。
「大体俺にはお前に礼儀を払う義務なんて無いんだよ! 操を救われた分際で、よくもまあそこまで憎まれ口を利く事ができるな?!」
「あら、義務ならあるわよ。私は貴族、あなたは平民」
ピッとルドルフを指さして、当たり前のような顔をして告げるカリーナは、要するに、根っこから身分主義者なのだろう。
「こうして庶民と口を利くだけでもありがたいと思ってほしいくらいだわ」
と、更に一言余計に言われたため、ルドルフは腹が立って仕方なくなっていた。
「このクソ女……!」
ぶん殴ってやりたくなったが、女に手を上げるのはルドルフの主義に反している。
「くそー……今に見ていろよ……!」
唸るルドルフに、「へえ、何を見せてくれるの?」とにっこり笑うカリーナに、ルドルフは怒り心頭だった。
(つまり、真剣に恩を感じていないという事か、この女は! なんだそれは! 助けてやらなければ良かった!)
とは言え、結局なんだかんだと言い争いの後、相乗りに落ち着いたのだが……。
「どうしてこんな事になってしまったのかしら。まさか庶民に相乗りを強要されてしまうなんて。ああ、フェリシア様。お会いしたいです……」
馬の上で隠しもせずに堂々とため息をこぼすカリーナの姿に、ルドルフは腹の底からため息を吐き出していた。
「ったく、まさかこんな高飛車だとは……。お前の主様の方が、よほど謙虚だった気がするんだが」
思わずぼやいたルドルフに、思いの外カリーナは腹を立てるよりも、深刻な表情を浮かべるようになった。
「……もちろん、フェリシア様だって身持ちはしっかりとしていらっしゃいましたよ。私がお声掛けするまでもなく、庶民と貴族と王族はきちんと別けられておられたわ。でも、フェリシア様があんな風にお変わりになってしまわれるなんて、私でもびっくりしているのよ」
「ってことは、元のお姫様はお前並みに貴族主義者だったってことか? 前にパレードで拝見した姫様は、あんなお優しそうな面持ちをされながら……うお、ちょっとショックだ」
「なにを馬鹿なことを……そりゃあ、フェリシア様はお優しく思慮深い方でしたから。庶民が見て、自分も受け入れてもらえると勘違いしてしまうのも無理はありませんわ。でも、フェリシア様はお姫様だから。フェリシア様のお側に居られるのは、私のような躾も作法も行き届いた貴族だけと決まっているから」
「なんか馬鹿にされているようで腹が立ってならんが、とりあえずお前がお姫様馬鹿だってことは十分に伝わってきたぞ……」
「以前のフェリシア様が嫌いな家臣など、この世界のどこにも居ないのよ!」
カリーナはそう言って力説していたため、ルドルフは呆れ返っていた。
「確かにな、民衆からも大した人気だった。伝え聞く話はどれも立派なエピソードだったし、前にお姫様が病死なさった時には、お姫様の顔も知らない民衆がこぞって集まって、エルマー地方でも追悼式が行われたぐらいだった。だからこそ俺はお姫様に期待を寄せたんだ。子供っぽくなってたって、なんとか隠せれば……と思ってな。でもありゃあ、無理だったな。お前も、すっぱりあきらめた方が良い。見ただろ? あのお姫様の体たらくを」
「それはそうだけれど」と言って、カリーナは唇を噛むようになった。
しばらく沈黙が続く間、二人ともが同じ事について思いを馳せていたのだろう。
「……大体、エーミールの、あの甘やかし方はなんなんだ。もう少しなんとかならんのか? あれは、半分以上はエーミールの責任だろ……」
ボソッと呟いたルドルフの独り言に、「そう、それです!」とカリーナが声を上げていた。
カリーナも同じことを考えていたのだ。
「躾も作法もろくに教えずに甘やかす一方で……! 一王女を教育するぐらいですから、幼少の砌ならば猶更、厳しく接する必要があるんですよ! 彼は教育学のキの字も知らないわ。やはり私が教育係として残るべきだったんだわ、フェリシア様の為にも!」
うんうんと頷くカリーナの姿に、下手に油を注いでしまったと思ってルドルフはギョッとしていた。
「おいおい、まさか今更降りるとか言い出すんじゃないだろうな?! 頼むから仲介役はちゃんと果たしてくれよ!」
「わかってるわよ。でも……ああ、フェリシア様……! おいたわしや……! 必ずや、わたくしめが環境を整えて差し上げますからね! その暁には今度は女王陛下として、お城へ戻って頂くのです!」
決意を改めるカリーナを見て、ルドルフは思わず苦笑いを浮かべていた。
「まあ、今の状態で女王が務まるかはさて置いて……あれだけ元は人望があるプリンセスなんだ。王位継承権を持たない王女様ぐらいまでは身分を回復できるかもしれんな。言いたい事や不満は山々あるだろうが、そのためにも、今は精々気張ってくれ」
「当然よ!」と、カリーナは返していた。
そんなカリーナを見て、内心でルドルフはホッとしていた。
不安要素や不満点は幾らもあるものの……――
(今の会話で十分に確信が持てた。少なくともこいつは裏切らない)
一番案じるべき心配がカリーナには無い。
例えばモレク第二王国の国王イェルドが、フェリシアを好待遇で歓迎すると言い出さない限りはカリーナはグランシェス復興に協力してくれるだろう。
その点、開戦事情を聞くからに、イェルドがフェリシアを歓迎することなど、まずありえないわけで。
(ムカつく女ではあるが、身分も腕前もしっかりとしている。その上信用も十分に置けるとくれば、使い道がいくらでもある。姫様お付きのメイドをやっていたぐらいだ。掃除洗濯だけが能じゃない。秘書業を一通りこなせる能力だって、こいつにはある。これから存分にこき使ってやるとするか)
口に出せば確実に喧嘩になるであろう事をこっそりと考え、ルドルフはニヤリと笑みを浮かべるのだった。




