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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第一章 結束への道標
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2:協定締結

 ハッと気付いた時、カリーナが見たのは知らない天井だった。


「あ……あれ? 昨日、何してたっけ……」


 すっぽりと抜けている記憶に困惑しながら、カリーナは寝返りを打っていた。

 と、すぐ目の前に見慣れない男の寝顔があった。


「いやあぁぁぁぁ――っっ!!」


 つんざくような悲鳴の後、スパァン! という鋭いビンタが走る音が部屋中に響き渡った。


「ぬおおぉぉ?!」


 激痛と共に叩き起こされたルドルフは、ごろんごろんとベッドの上を転がっていった後、床に転げ落ち、その姿勢のまま震えていた。


「ぐああ……貴様っ俺の古傷を思い切り叩きやがって……!!」


「なっ、ななっ、なんで! なんでこんな! っあいたたぁ……!!」


 カリーナはルドルフを問い詰めようとしたものの、割れるような頭痛に苛まれて蹲っていた。


「お前なあ……」


 ため息混じりに立ち上がったルドルフは、全裸だった。もとい、パンツ一丁だった。

 ついでに、自分も知らない間に下着姿になっていた。

 だから余計にカリーナは真っ赤になって、目を白黒とさせていた。


「最低……」


 慌てて掛け布団をたくし上げながら、ボソッと呟いたカリーナに、ルドルフは激昂していた。


「いやっ最低はどっちだよ! 昨夜は思う存分盛大に吐いてくれやがって!! お陰で一張羅は全部洗濯屋行きだッ! お前の服を脱がせるのも一苦労だったんだぞ?! わざわざ宿を借りてやった人間に対して、しかも洗濯代まで出させたくせして、大した仕打ちじゃねぇか! ああ?!」


「ええっ……?! わ、私、そんなに飲んだの……?」


 確かに酒場へ行った記憶はあるが、まさかそこまでとは思っていなかったカリーナは取り乱していた。


「そんなにもかんなにも、それはもう、ベロンベロンに酔い潰れていらっしゃいましたなあ? 俺が見つけた時には舌が回らないどころか、足も立ってなかったじゃないか。そうそう、送り狼も追い払わせて頂きましたぜ? お・嬢・様?」


 嫌味ったらしくルドルフが言うと、カリーナはそれに伴って耳まで真っ赤になるようになった。


「あわわ……わ、私ったら、なんてことを……!」


 赤くなったり青くなったりするカリーナを見ていると、どうやら彼女は普段からこういう事をするタイプではなさそうだ。

 そのためルドルフはため息をつくと、当たりを柔らかくする事に決めた。


「まったく……一体、何だってあんな無茶な真似をしたんだ?」


「そ、それは……」


 カリーナはため息混じりに話そうと口を開いた。が、それもつかの間。


「あいたたたた……」


 再び頭を抱えながら蹲るようになったため、ルドルフはため息をついていた。


「まったく、世話の焼ける女だな……しばらくそこで休んでろ。わかったな?」


「なっ、なんで私があなたなんかの指示を……っいたたあ……!」


「口答えする暇があるなら寝てろ馬鹿女。俺は身を清めてくる」


 ルドルフはため息の後、さっさと備え付けの洗い場へ消えて行ってしまった。


 カリーナは部屋の傍らで煌々と火を燃やしている暖炉に視線を移した後、深いため息を零していた。


「ホント、馬鹿だ私……」


 カリーナは自己嫌悪と共に頭まですっぽりと布団を被るのだった。



 ようやくカリーナの二日酔いが取れたのは、昼も過ぎ、洗濯屋が衣服を持ってきてくれた頃だった。


「はーあぁ……結局、無断欠勤になってしまったわ。どうしよう、メイド長に大目玉食らっちゃう……」


 がっくりとうなだれるメイド服姿のカリーナを、「ケッ」と鼻で笑いながら、ルドルフは早速衣服に手を通している。

 先ほどまで、着替えるカリーナに配慮してわざわざ部屋を空けてやった事も相まって、ルドルフの機嫌は最底辺である。


(なんでこの俺が、こんな馬鹿女のために遠慮してやらねばならんのだ!)


 そればかりがルドルフは納得できなかった。

 だから、ここぞとばかりに彼女の失態をあざ笑ってやる。


「ざまあねえな。あんな無茶苦茶な飲み方をする方が悪い」


 すると案の定、カリーナはムッとした表情を向けてくるようになる。


「ふ、普段は私だって、あんな事はしないわよ。 このような失態をしてしまったのは、今回が初めてよ。ホントよ?!」


「どうだかな」


 馬鹿にした様子で笑うルドルフに何か言い返さなければ気が済まなくて、カリーナは真っ赤になりながら睨んでいた。


「だ、大体、一方的に私が悪いように言うけどね! ルドルフさんだって何を考えていたのか……! 送り狼を追い払ったとか言いながら、あなただって“そういうつもり”があったからこんな場所に連れてきたんでしょう?! でなければ、二人用のベッドがあるような部屋を選ばないのでは?!」


「あ、あのなあ!」

 ルドルフは赤面して慌てて言い返していた。


「俺だってこんな部屋を借りるつもりは無かったんだ! でも、店主が部屋がここ以外無いって言うから、仕方ないだろうがよ?!」


「はあ?! なんで……――」


「戦のせいだろ。みんなこっち方面に逃げて来ているんだ」


 ルドルフの言葉を聞いて、カリーナはみるみる怒りから悲しそうな面持ちへと表情を変えてしまった。


「……本当に、負けてしまったのよね」


 膝を抱え込んでボソボソと呟いたカリーナの言葉を聞き、ルドルフは息を飲む。


(――そうか。こいつは……――)


「もう……あの素晴らしかった国は無いのね。フェリシア様だって……」


 カリーナの瞳に暗い色が差す。

 そんな彼女の表情を見て、ルドルフは全てを悟っていた。


「……お前、フェリシア公の専属メイドだったそうだな」


「…………」


 カリーナはルドルフから視線をそむけていた。


 やはりそうなのだろう。

 彼女は専属メイドをしていただけあって、ルドルフ以上にフェリシアの今の姿がショックだった筈だ。

 今にも泣き出しそうに見える彼女の表情を見て、ルドルフは調子を崩していた。


「ったく……」


 ルドルフは頭をボリボリと掻いていた。


「だからって、あんな我を失くすほどに酒を飲むやつがいるか。自暴自棄になるんじゃない」


「……でも、私は、フェリシア様に拒まれてしまったのよ。せっかく生きていらっしゃったと思ったのに。フェリシア様がおられるとわかった以上、居ても立ってもいられない。私は一体、これからどうすれば良いのか……」


「ほう? ――だったら」


 ルドルフはむすっとした表情のまま、カリーナへと手を差し出していた。


「俺と来るか? 俺はこれから、グランシェス再興の為の組織を立ち上げるつもりなんだ。何人の有志を集められるかはわからない。しかし、俺と同じような事を望む者が居ると俺は信じている。まあ、そこにフェリシア公は居ないかもしれんが……しかし、何も動かんよりはお前の気も晴れるだろうよ。馬鹿でも馬鹿なりに役立つだろ」


「馬鹿って……」


 カリーナは不満ありげな表情を浮かべながら、ルドルフの顔と手を見比べるようになった。


 ルドルフの手は、巨体の彼に相応しい。なんとも頼りになりそうな、大きくて厚い掌をしている。


 グランシェス再興。それが叶うならばカリーナだって、そうなってほしいと思っている。

 ……――とは言え。


「私はできる事なら、フェリシア様が女王陛下になられるお姿を拝見したかった」


「まあ、その事は後で考えようじゃないか。いずれにせよ、民衆を納得できるだけのカリスマ性を持ったトップが必要であることは間違いないんだ。いつそういった人物が来ても大丈夫なように、俺達は環境を整える。その人物がともすれば、フェリシア公である可能性だってある。……多分、1%ぐらいはな」


「随分と頼りにならない確率ね」

 そう言ってカリーナは笑みを零していた。


「でも、そうね」と、カリーナは微笑んだまま続けていた。


「主がいつ訪れても構わないような場を整える事は、メイドの仕事よ。ですから、……あなたのその話、乗りますわ。そもそも、元々フェリシア様がおられるなら、私は追従するつもりで居ましたからね」


 カリーナはルドルフの手を取っていた。

 彼女の手はメイドをしているとは思えないほどに、白くスラッとした手をしている。ともすれば、どこか良い所のお嬢様と言われても違和感が無いほどに。


(まあ実際、それはそれで間違ってはいない。何しろ王位継承権持ちの姫付きのメイドをするぐらいだ。どこかの豪商の娘か、或いは貴族の家柄と相場は決まっているからな。元の身分は良い筈だ)


 ルドルフはそう思いながら、カリーナの手をしっかりと掴み、(――まあ、頭の作りは馬鹿みたいだがな)と笑みを零していた。


「じゃあ、決まりだな」とルドルフはニッとした笑顔を見せる。


「よろしく頼むぜ、馬鹿女」


 ルドルフの言葉を聞いて、カリーナは笑顔の中に怒りを含ませるようになった。


「ええ、こちらこそ。よろしくお願いしますね、馬鹿男」


 ニコニコと笑顔を交し合う二人の間で、見えない火花が飛び交う。


(志はさておいて、この人って粗暴だし口も悪いし、私の一番嫌いなタイプだわ)


 カリーナのルドルフに対する第一印象は決まっていた。

 一方ルドルフはルドルフで、カリーナに対してこんな風に思っていた。


(苦労知らずで恩知らずな上流メイドめ。顔だけは広そうだから仲間に誘ったがな、今に見ていろよ。いつか足元に這いつくばらせてやる)


 この瞬間から、二人の関係は決まったのだった。


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