プロローグ
事の起こりはいつからだったか、それを覚えている者は既に居ない。
ただ少なくとも一千年前には、既にその国があったという。
雪の国グランシェス――
世界の最北に位置すると言われる、北領の国。
常冬のその国は、いつも雨ではなく雪が降る。
雪と氷を司る、白銀の髪と青い瞳を持つ、美しい白き女神イスティリア。
グランシェス王国が、彼女の加護を唯一受ける事が許されている国である理由は、その国の王族が『イスティリアの子』と呼ばれる血脈を持っているからこそ。
女神と同じ髪と瞳の色を受け継ぐこの国の王族は、古の頃に女神と人間の間に産まれた赤ん坊が祖先となって代々血脈を繋いでいる半神半人だという。
王族が一身に女神の加護を受けているからこそ。
北領の民グランシェス人たちは、雪深い土地の中でも逞しく生き続ける事ができる。
人々が住まう純白の大地の上に、今日もしんしんと雪が降り積もる。
まるで純白の花弁が舞い落ちるかのように、白銀色をした女神の破片は大地を純潔の色で飾り続ける。
とはいえ女神の証明は“それ”しか無かった。
姿も形も見えない、偶像を作り上げるしか存在を明かすことができない。
曖昧で漠然とした『神』という定義の中、時代が下るにつれ、巡礼者や祈りを捧げる者が減り続けていたとしても。
今日も女神は独り、白い大地に雪の加護を与え続ける。
声を掛けず祈りを捧げなかったとしても、白銀の髪の者が居る限り、彼らが戒律を守っている限り、その加護は絶えることが無いのだと、グランシェスの民は誰もが信じている。
どれが寓話でどれが史実か、それが定かではなくなった今のこの時代でも、少なくとも、イスティリアの子は絶える事無くこの国を治め続けている。
雪の中に埋もれながらも、雪と共に在り続ける。
それが最北の王国グランシェスである。