第八話 軍事都市
馬車に揺られること丸一日。
軍事都市ミルタリアスの正門前にロッドたちはいた。
「まさに軍事都市……」
ロッドは盾の名にふさわしいそびえ立つ城壁を見上げそう言った。
ミルタリアスは円形の都市で、外側をぐるりと城壁で完全に囲まれていた。
現在はこの要塞都市が解放軍の拠点になっているというわけだ。
大きな正門には門番が数人いた。
サラの顔を見て驚いた兵士もいたが、すぐさまサラへ向かい胸に拳を当て敬礼した。
サラも同様に返礼する。
敗走した部隊の兵士がふと現れたのだから無理もない。
「ここの人たちは全員反帝国側なのか?」
大きな音を立て開く門を見上げながらロッドが尋ねた。
「全員が兵士というわけじゃないけどね」
そういってサラは馬車から降りた。
ミルタリアスの大きな口が三人を飲み込んでいく。
ミルタリアスは限られたスペースで人々が暮らしやすいように特化していた。
多くの建物が高くそびえ立ち、土地を立体的に利用できるようになっていた。
その他に目を引くものといえば、軍事都市の余興といえばといわんばかりの闘技場だ。
三人はミルタリアスの中で最も高く大きな建物の前にいた。
「ここが、解放軍の本部よ」
サラはそう言って、質素な装飾が施された鉄の扉を押し開け、ロッドとパールを招き入れた。
木製の階段を四階まで上り、石でできた通路を進むと、一番奥に大きな扉が見えた。
その扉をサラがノックする。
「入れ」
低く切れのある返答が扉の奥から聞こえた。
サラが扉を開け、三人は部屋の中へと入った。
中では三十代後半くらいの男が、正面の重厚な机に座り何やら書類を描いていた。
「ヴロン総長。サラ・ビアズリー、ただいま帰還しました。」
サラは門番が見せたように拳で自分の胸を叩き敬礼した。
その姿勢は洗練されており、彫刻のような美しさだった。
サラの言葉を聞き、ヴロンは顔を上げた。
口の周りには、とても整えられた頭髪の色と同じ色の髭が生えている。
「よく戻ってくれた。参番隊隊長」
ヴロンは歯を見せて笑みを浮かべながらそう言った。
「戦況は思わしくなかった。私も現場にいながら助けに行くことが出来なくて悪かったな」
ヴロンは額に手を当てて顔を伏せ、一つため息をついた。
「ちょっと待て、お前サラが危険なのを知って見捨てて逃げたのか?」
語気を荒げ、ヴロンに詰め寄ろうとするロッドを、サラが止める。
パールはその後ろで腕を組み、事の成り行きを見据えるようにどっしりと立っていた。
「熱くなるな、宝玉の使い手」
顔を上げたヴロンはたしなめる様にそう言った。
何故そのことを知っているのかとロッドが不快感を残したまま言うと、報告してあったのだとサラが答えた。
「大局を見ろ。私は解放軍すべてを背負っているのだ。サラの命と引き換えにはできん」
ヴロンはそう話しながら、サラが懸命に止めるロッドの前まで出てきた。
さすがに解放軍をまとめているだけはあるといったところか。
その眼光には鷹のような鋭さがあった。
いくつもの死線を乗り越えてきたことがわかる。
そしてその死線を乗り越えるだけの肉体を持っていることが伝わってくる。
「サラは竜神に選ばれておる。知らんわけではあるまい」
堅く口を結んでいたパールが口を開いた。
ロッドとは対照的に静かな口調だ。
「神の力はそんなに陳腐なものじゃない。使い手が死ねば次の使い手が選ばれるだけだ」
ヴロンはロッドを飛び越えてパールに視線を移しそう言った。
「選ばれるだけって……、人の命を何だと思ってやがる!」
「ロッド!」
体にしがみつくサラをものともせず、ロッドは解放軍総長の胸ぐらをつかんだ。
怒りが満ちた彼にはサラの声は聞こえていない。
両の耳が熱くなり、全身の血液が怒りで沸騰しそうだ。
今にも殴りかかりそうになった瞬間、乾いた音と共にロッドの腕をはじき、パールが一触即発な二人の間に割って入った。
「ロッド、戦う相手を間違うな。ワシはパール、こいつと共に入隊したい」
パールは真正面からヴロンの目を見据えそう言った。
「これで、宝玉の使い手が勢ぞろいというわけか」
パールの顔をまじまじと見るヴロンの眉毛がぴくりと動いた。
「お前……、なるほど」
自分の中で何かを解決したヴロンは声を出して笑った。
「運命とは皮肉なものだな」
笑みを浮かべたままヴロンはパールへそう投げかけた。
パールは返答を拒否するように視線を逸らした。
「とにかく、入隊試験だ。闘技場まで来い。もっとも、女に止められるような男が合格するかはわからんがな」
ヴロンはロッドたちの横を通り過ぎ、笑いながらそう言って部屋を出て行った。
その言葉に我に返ったサラは、ロッドを締め付ける腕をほどき一言謝った。
ロッドは獣のように歯を見せ、拳を怒りで震わせていた。
「気に食わねぇ」
ロッドが悪態を着く。
「解放軍の総長としての判断は間違っていないわ」
目を伏せながらサラがそう言った。
鬼神による世界の崩壊はすべての時代に影響を及ぼす。
しかし、この時代の人々にはこの時代なりの事情がある。
「わかってるさ。俺が考えてることが理想論だってことは……」
今にも辺りにあるものに八つ当たりしそうだが、その怒りを抑え込みロッドは下唇を強く噛んだ。
薄くだが、悲しげな表情を浮かべ、サラはロッドの名をつぶやいた。
「とにかく入隊試験じゃ。憂さ晴らしぐらいにはなるじゃろ」
パールは首を鳴らしながら扉へと歩き出した。
ロッドは右の拳を左の掌に叩き付けて、気合を入れなおした後パールの後を追った。
二人の後ろ姿からは怒気のオーラが見えそうなほど威圧感で溢れていた。
部屋に残されたサラは、目を閉じ複雑な表情を浮かべていた。
その心の中で何を思っているかはわからない。
廊下の方からロッドのサラを呼ぶ声がするとサラはいつものように涼しげな表情を取り戻していた。
「さっきヴロンが言ってたのはどういう意味だ? 運命がどうのって……」
解放軍本部の廊下を歩きながらロッドがパールに尋ねた。
「すまぬが、今は何も聞かずにいてくれ」
パールの表情はとても苦しそうだった。
その表情を見たロッドたちはそれ以上何も聞くことが出来なかった。
木造と石造の融合といった言葉が似合いそうな巨大な円形の闘技場は、まるで観客の不満を吐き出す管楽器のように怒号と歓声が噴き出していた。
観客席で騒ぐ民衆は、全身で感情を表現し、声帯の限界に挑戦するかのように雄叫びを上げていた。
「試験の内容は?」
手をぶらぶらと振り、体をほぐしながらロッドがヴロンに尋ねる。
ロッドたちは闘技場の選手控室にいた。
武器をサラに預けた事以外にロッドとパールの装備に変化はみられない。
前座でもやっているのだろうか。
会場を包む歓声が地鳴りのように聞こえる。
「ここでは毎日闘技が行われている。命を懸けるなど、バカみたいなことはしないが」
雑な作りの木の椅子に腰かけ笑みを浮かべてヴロンが話す。
「今日のメインイベントでうちの兵たちと戦ってもらう」
彼は解放軍の紋章が刻まれた甲冑を指さしそう言った。
観客の騒ぎを耐えるように控室の天井が軋み、ほこりが落ちてくる。
「素手で戦うのか?」
胸当ての位置を調整していたロッドが手を止めて言った。
「そこにあるやつから好きなのを持っていけ」
ヴロンが顎で示した先には木の棒が並んでたてられていた。
ちょうど解放の剣と同じぐらいの長さのものと、紅龍の槍と同様に身の丈を超えるほどの長さの二種類がある。
パールがそこへ歩いて行き、短い木の棒を二本抜いた。そのうち一本をロッド目がけ投げた。
「相手は真剣ではあるまいな?」
パールは木の棒を振り、感触を確かめながら言った。
「力を示せ。宝玉の使い手たち。俺が求めるのはそれだけだ。闘技のルールは簡単。戦いをやめたものが敗者だ」
そう言い残し、ヴロンはサラを連れ控室から出て行った。
「剣術もできるのか?」
木の棒を抱えるように椅子に座っているロッドがそう言った。
パールは退屈そうに木の棒を見つめている。
「使えん」
木の棒からロッドへと視線を移しパールが言った。
その顔は不敵に笑っていた。
ロッドの口からは苦笑いが漏れた。
一抹の不安を覚える。
その時、場内にこれまでで一番大きな歓声が巻き起こった。
戦いへの本能なのか、ロッドたちは反射的に立ち上がった。
これも闘争本能からなのだろうが、二人の顔には笑みが見える。
ほどなくして、闘技会場への案内のために一人の男が現れた。
「いっちょ、やってやりますかぁ!」
「ワシの使命のためにも、こんなところでは躓けんわ」
各々気合を入れ、二人はお互いの拳を突き合わせた後、会場へ向かった。ゲートが開き、檻から解き放たれるように二人は闘技場へ入った。
それを合図に歓声が巻き起こる。
こういった娯楽でもないと不安に押しつぶされるのだろうか。
地面も空気も震わせ人々の声が轟く。
闘技場の観客席は人で埋め尽くされていた。
その最前にある特別席にヴロンは座っていた。
その横に立ちサラが視線を送っている。
ヴロンの合図とともに、対面に位置する大きなゲートが開き、木の棒を持った十数人の屈強な男たちがロッドたちに迫る。
それと同時に歓声がより一層大きくなる。