第六話 悪者退治
街を出てラルシア村とは反対の方へ少し歩くと森が見えてきた。
この森の道を超えると峠を越えるための街道へと続く。
森の中には木漏れ日がやさしく降り注ぎ、鳥の声が聞こえる。
この事件のせいなのだろうか、荷車で荷物を運ぶ商人や馬車の周りには、商売とは縁のなさそうな屈強な人物がついて回っている。
おそらく用心棒といったところなのだろう。
殺気だった異様な雰囲気にロッドは少し嫌な予感がした。
「犯人はどんな奴なんだ?」
少し不安に思ったロッドが先を歩くサラに尋ねた。
「魔物よ」
サラはそれだけ言って立ち止まった。
ロッドの予感は的中した。
ふと大きな音が聞こえてきた。
木の枝が折れる音、そしておそらく大きな足音。
商人を護衛する用心棒、サラ、ロッド。
その場にいた戦う意思のあるものは全員が武器を抜いた。
突然大きな塊が木々を押しのけて道に現れた。
さしずめ巨大なゴリラだ。
5メートルはあろうかというその巨大なゴリラは瞬く間に目の前にあった馬車を潰し、恐怖で立ちすくむ商人を握りつぶした。
そして大きな雄叫びを上げる。
目の前で主人を潰された用心棒は武器を投げ捨て一目散に逃げ出した。
それにつられるように、武器を捨て、品を捨て、次々に人々が逃げ出した。
ロッドとサラ以外は。
「堕族3級オーガね」
サラは敵を見上げながら言った。
堕族とは生物が摂理から外れた姿である。
摂理から外れるとはつまり同族殺しをすること。
自己の利益のために同族を殺し、その罪悪感に気付いたときに魔物へと変り果てる。
堕族はもともと同族だったものを襲い続ける。
同族殺しの呪縛に取りつかれたように……。
つまり人を襲い続けるこの堕族はもともと人だったということになる。
「堕族狩りとは、解放軍ってやつはヘヴィな職業だぜ」
そんな肌肉もつかの間、オーガの次の標的はロッドたちだ。
目に入る人間はロッドたちだけなのだから当然のことだが。
オーガはロッドたちへと飛びかかり、人三人分はあろうかという拳を振り下ろした。
ロッドたちは左右に分かれ、その拳を避けた。
鈍い音と共にオーガの右こぶしが地面にめり込む。
「おぉ……、ハイパワー」
地面を一度転がり、立ち上がったロッドは地面にできたくぼみを見てそう言った。
オーガの背中、腕、足は堅い皮膚に覆われている。
胸や腹部は衝撃を吸収するための毛が生えている。
オーガは次に左腕をロッドに向けて飛ばした。
ロッドはオーガの体に近づくようにかわした。
轟音と風がかすめていく。
ロッドは拳をかわした勢いのまま、オーガの股下をくぐると同時に足を切りつけた。
確かに手ごたえはあった。
だが、オーガは全く動じなかった。
拳を振った勢いを利用して、体を回転させたオーガの裏拳がロッドに激突した。
解放の剣を拳と体の間に入れ、直撃は避けたものの、彼の体は宙を舞い、大きな木にたたきつけられ地面に落ちた。
「ロッド!」
サラがオーガの膝裏に紅龍の槍を突き立てながら、ロッドの方を見て叫ぶ。
「よそ見すんな!」
自分の上に落ちてきた枝を払いのけ、立ち上がりながらロッドはそう叫んだ。
次の瞬間、大きな獣は振り上げたこぶしを振り向きざまにサラへと振り下ろした。
大きな音がした。今度はロッドがサラの名前を叫んだ。
その時、拳の影からサラが飛び出してきた。
どうやら攻撃は当たらなかったようだ。
「そんなに叫ばなくても、当たってないわよ」
そう言ったサラは大きく肩で息をしていた。
紅龍の槍に寄りかかるように立っている。
「お前、傷が……」
ロッドがそう言ったのと同時に、鈍く何かがぶつかる音と共にオーガの叫びが聞こえた。
オーガの体勢が崩れ、片膝を地面に着いた。
「今が好機。奴の弱点は喉じゃ!」
聞き覚えのある声に、ロッドの体は反応した。
着いてある膝を足場にして喉目がけ勢いよく飛んだ。
その勢いのまま首を切り飛ばした。
首が無くなった体は、前のめりに崩れ落ちた。
それに伴う風がサラの体をよろめかせた。
茂みから出てきた男がサラの体を支える。
反射的にサラはその手を払い、紅龍の槍を喉に突きつける。
「誰?」
冷たい声が男に向けられる。
「待て待て! 敵じゃない。もう一人の宝玉の持ち主だ」
オーガの死体を乗り越えて顔を出したロッドがそう言ってサラを止めた。
オーガの死体は少しずつどす黒い粒子に分解されていき、空へと昇って行った。
カメルスへ戻る道中、三人は改めて自己紹介した。
初めて見たパールの武器は弓だった。
弓には近接戦闘を想定した刃が着いていた。
その刃の付け根に宝玉が埋め込まれている。