第四話
数分後、ロッドは目的地の前にいた。
「一体どういうことだ?」
ロッドは口からもれる声でそう言ったが本当は今すぐに叫びたかった。
ここがラルシア村だとすれば、自分の住んでいた家があるはずの場所には家がなかったのだ。
ロッドの目の前には酒場という看板を掲げた建物が建っている。
彼が思い切りドアを押すと鍵がかかっていた。
彼は何度も開けようと試みたが結果は同じだった。
ますます疑問の渦に飲み込まれていく。
疑問だけが生まれ答えがない。
ロッドは大きくかぶりを振った。
すべての疑問を払うように。
そしてサラの待つホテルへと足を向けた。
ホテルの扉を開けるとローラルがフロントに座っていた。
「おや、お帰り」
ローラルは新聞に目を落としながらそう言った。
「サラは?」
ロッドは足早にフロントの机に詰め寄り言った。
「心配するんじゃないよ。あたしゃ医者だよ?傷は深くなかったし大丈夫だよ」
ローラルはがさがさと音をたてながら新聞を一枚めくった。
ロッドは彼女の言葉を聞き、安心して深く息をついた。
「そう言えば、何で帝国軍の名前を出しただけで助けてくれたんだ?」
ロッドはローラルの不可解な行動を思い出して聞いた。
それを聞いてローラルはロッドを新聞越しにじとっとにらみつけた。
しかし、すぐに新聞を畳んでフロントの机の上に置き深いため息をついた。
「あんた見ない顔だけど奴らの仲間ってわけじゃなさそうだね…」
襲われていたわけだし、とローラルは小さな声で付け足した。
そして、少し声のボリュームを下げて話し出した。
「ラルシア村の人たちは帝国軍を嫌ってるのさ。税金と称して不当に金を巻き上げ、払わない奴はことごとく殺す。お上は帝国軍を持て余してるんだよ。もはや暴走さね」
サラの肩書について「解放軍」と言っていた理由がこれだ。
国は解放運動を支援している。
飼い犬を飼い慣らせなくなったので他人に任せているようなものだ。
国の状態にも呆れるが、帝国軍の悪行には目をそむけたくなる。
「サラに会えるか?」
「意識は戻ってるよ」
ローラルはそう言って地下への扉を開け、
「完治までは1週間、それまでは外に出さない方がいい。見つかるとまた面倒なことになるからね」
と言って扉を閉めた。
地下室に入るとサラはマグカップでコーヒーを飲んでいた。
そこまで部屋自体が広くないためコーヒーの香りが部屋に充満していた。
腕や足など露出されている部分は所々包帯で巻かれていた。
カップを持つきれいな指は見えていたが、そこから伸びる右腕は痛々しく包帯が巻かれていた。
服や鎧の一部は血に染まったままだ。
血のにおいを隠すためにコーヒーを淹れたのではないかと思うほど、生々しく血のシミがついている。
「君には聞きたいことがある」
ロッドはそんなサラの姿を見かねて視線を外すように椅子に座った。
「そうね……、何から話せばいいかしら?」
サラはコーヒーの入ったカップを持ったまま、ロッドに向き直って静かに言った。
「まずは、この世界は何なのか教えてほしい」
ロッドは人差し指で空中に円を描きながら言った。
これがロッドの中にある最大の疑問だった。
あの黒い穴に入ってからというもの、どこへきて何が起こっているのか彼にはずっと謎だった。
たどり着いたこの村は自分の故郷と同じ名前だったが自分の家があるはずのところには自分の家はなかった。
同じようで違う世界、それが彼に不安を与え続けていた。
「すぐには理解できないかもしれないわ」
サラは言いにくそうに少しうつむいた。
「嘘じゃないなら、なんだって今よりはマシさ」
ロッドはそう鼻で笑った。
「この世界はあなたから見れば過去の世界よ」
普通の感覚ならば、笑い飛ばすのだろうか。
馬鹿にするなと怒り狂うのだろうか。
「いわゆる、タイムトリップってやつだな…」
不思議とロッドは自分の中で納得できるものがあった。
彼はテーブルの上にあったポッドに紅茶の茶葉を入れてお湯を注いだ。
ロッドが紅茶を注ぐまでの数十秒、部屋には沈黙が下りた。
しばらくしてティーカップに紅茶が注がれ、それがロッドの口に運ばれる。
「あの穴の中に入る前に俺に声をかけたな?何で過去に俺を導いたんだ?」
落ち着いた口調でロッドはそう尋ねた。
「あなたの力が必要だったのよ」
「剣の力だろ?」
ロッドはすかさずそう言った。
「剣の力はあなたの力よ。あなた以外には使えないもの」
そう言うとサラはコーヒーを一口飲んだ。
「なんで宝玉の力が必要なんだ?」
ロッドはそう言いながら宝玉と呼ばれる黒い球体を見つめた。
その球体はすべての光を吸い取りそうなほど黒かった。
「世界の破滅を防ぐためよ」
サラは一切表情を変えずにそう言った。
話のスケールは大きかったが、タイムトリップが起こった以上、その言葉を飲み込むのに抵抗などロッドにはなかった。
サラは、こんな言い伝えがあると前置きをしてから昔話を始めた。
太古の昔、この世ができて間もないころ、世界は争いに満ちていた。
世界の覇権を争い、人知を超える力を持った者たちが大地を揺るがし、天を裂き、海をひっくり返し血で血を洗っていた。
その中でも世界を壊さんと暴れていた三匹の鬼神がいた。
それを止めんと二人の武神と一匹の竜神が立ち上がった。
武神と竜神は激闘の末、三匹の鬼神を倒した。
しかし、倒れ際、鬼神たちは自分たちの力を宝玉にこめ三つの違う時代に隠した。
それが目覚めぬように武神と竜神も自分たちの力を宝玉にこめ後を追わせた。
「俺もその話はじいちゃんから聞いたよ。」
話を聞き終わる頃には、カップの紅茶は飲み干されていた。
次にサラが話し始めたのはロッドがいるこの時代の話だった。
今彼らがいる時代に鬼神の宝玉が一つあるのだという。
力を取り戻した鬼神の宝玉が三つそろえば、この世は再び崩壊に向かうという。
人間程度では太刀打ちできない圧倒的な争いが再び繰り返されるのだ。
宝玉が一つの時代に集まってきているということは、何者かが鬼神の宝玉を目覚めさせたことを意味しているという。
「つまり、俺がここで駄々をこねたら、世界は終わりってわけだ」
ロッドは肩をすくめてそう言った。
「そういうことね。もし、この時代でそうなったら、未来から来たあなたの存在はなかったことになるわね」
真意はわからないが、サラは少し微笑んだように見えた。
「嫌なこと言うなよ」
ロッドは想像できない恐怖に身震いした。
「まぁ、そうならないためにも戦わなきゃいけないんだな」
彼は自分に言い聞かすように、自分の胸に手を当ててそう言った。
サラは鬼神の宝玉に関する情報を収集するために解放軍に身を置いているそうだ。
規制の激しい帝国側の人間より、裏に通じやすい解放軍側の方が情報収集しやすいのだ。
「俺も帝国軍に入れてほしい。いくつか腑に落ちないこともあるけど、この村のために戦うよ」
ロッドは天井を仰ぎながらそう言った。
「この村?」
サラはいぶかしげな顔をして返した。
ロッドが自分の生まれた村の名が「ラルシア村」であり、ここと同じ名前だと伝えると、
「戦う理由は何でもいいわ。解放軍へは私が紹介する。合流は早い方がいいわ。私も早く戻らないといけないし」
サラはそういうと残ったコーヒーを飲みほし、カップをロッドへ渡した。
「でも、ローラルが一週間は安静って言ってたぞ」
ロッドは空のカップをテーブルに置きながらそう言った。
彼がカップをテーブルに置き、サラの方を向き直るとほぼ同時に、サラはロッドへ顔を近づけた。
「今夜抜け出すわ」
ロッドが驚いて顔を離すよりも早く、サラはそう言った。
コーヒーの香りがロッドの鼻の中に風と共に入り込む。
「身体は?」
ロッドはサラにつられるように小声で話した。
「こんなのどうってことないわ」
サラは顔を離すとそう言って髪を右手でかき上げた。
思わずロッドの口からため息が漏れる。
その後、この宿を抜ける時間を決め、ロッドは部屋を後にした。
「思い通りになりそうね…」
ロッドが上がっていく階段の足音を聞きながら、サラは微笑みを浮かべて小声でつぶやいた。