第二話
「一点突破だ。真空剣!」
ロッドが解放の剣を横一線に振ると再び空気の塊が打ち出された。
銀色の甲冑が砕ける音と共に三人ほど銀の兵士が一気に吹き飛んだ。
包囲網が崩れた隙を着こうとロッドが走り出そうとしたとき、ロッドの鼻先をかすめてサラの紅龍の槍が突き出された。
「何す……」
ロッドが文句を言いかけた時、悲鳴が上がった。
「詰めが甘いわよ」
サラが槍を引き抜きながらそう言った。
右肩を貫かれた銀の兵士が悶えながら大きな音と共に床に倒れこんだ。
「あの女、解放軍だ」
「さっきの警鐘はこいつか」
「逃がすな」
「殺せ」
銀の兵士たちは、口々にそう叫んだ。
「厄日だ。数十分前まで平和だったのに」
ロッドはそういうと大きなため息をついた。
「平和な生活に戻るには外に出ないと」
サラは槍を構えなおした。
「わけわかんないけど、死にたくないからな」
ロッドも解放の剣を握り直し辺りへの警戒を強める。
サラが先陣を切って銀の兵士に飛びかかった。
どれほど繊細な槍裁きなのかわからないが、サラは確実に甲冑の隙間を一突きにしていった。
幼少期から剣技を学び腕に自信のあったロッドだったが、この薄暗い中で訓練された兵士の相手にはかなり苦労していた。
しかし、解放の剣に宿る不思議な技を使い、次々に銀の兵士たちをふき飛ばしていった。
段々銀の兵士の数が減ってきたと思った矢先、ロッドたちを追っていた銀の兵士たちが合流した。
二人はじわじわと囲まれていった。
ロッドとサラの背中があたり、背中合わせになった。
二人とも息が切れている。
サラは傷が開き辛そうだ。
「いけるのか?」
ロッドは前を向き、銀の兵士たちから視線を外さずにサラに言った。
「大丈夫よ」
サラは驚くほど冷静にそう言った。
血が足りなくなって自分の置かれている状況が理解できていないのではないかと思うほどに。
次の瞬間、ロッドに向かい銀の兵士が切りかかった。
待っていましたと言わんばかりに、ロッドはその銀の兵士の剣の軌道から体をかわし、すれ違いざまに切り捨てた。
それを皮切りに、ロッドとサラは次々に銀の兵士を倒していった。
数々の悲鳴が開けた空間にこだまする。
そんな中
「サラってませてるよな? 俺と同い年くらいだろ?」
ロッドが突然そう言った。
確かにロッドが十七歳、サラは十八歳だ。
次の瞬間、最後の銀の兵士がうめき声をあげながら倒れた。
サラは肩で大きく息をしながら、返り血を浴びた顔でロッドの方を向いた。
「この状況でよくそんなこと言えるわね。理解に苦しむわ」
彼女は呆れた顔でそう言い、紅龍の槍についた血を振り落した。
ロッドはサラに苦笑いを向けた。
現実から目をそらしていないと自分が保てなかったのだ。
いくら剣術を学んだといっても、本当に人を切る機会などそんなになるものではない。
まして、摩訶不思議な体験の連続だ。
泣いて喚いていてもおかしくはない。
サラが大きな扉に向かって歩き始めた。
一歩、二歩、三歩目だった。
ロッドは大きな影と共に声をあげてしまいそうなほどの寒気に襲われた。
彼は飛びかかるようにサラの背中を思い切り突き飛ばした。
サラは前につんのめり床に倒れた。
サラが振り向くと同時に金属と金属が激しくぶつかる音がこだました。
ロッドの解放の剣ははじかれ、彼の体は宙を舞った。
受け身をとる暇もなくロッドは床にたたきつけられた。
サラがロッドの名を叫ぶ。
二人の間に立つその男は、さっきまでの銀の兵士とは明らかに違った。
2メートルはあろうかという巨体に、自分の身長ほどの大剣を軽々と片手で持ち、体をすっぽりと覆う大きな盾を携えていた。
まさに巨兵だ。
銀の巨兵はサラの方を向く。
そのころにはサラは起き上り、槍を構え臨戦態勢をとっていた。
銀の巨兵は大剣を振り上げ、サラ目がけ振り下ろした。
サラがそれをかわそうとした瞬間、体勢が崩れた。
膝の力が抜け、腰が落ちた。
避けられないと悟るや否やサラは槍を横に掲げ大剣を受け止めた。
がしかし、受け止めきれない。
銀の巨兵はサラの防御をものともせず大剣を振りぬいた。
大剣は大理石の床を粉々に砕きめり込んだ。
サラは押しつぶされるように床に体を叩き付けた。
彼女は痛みで体をくねらせた。
ロッドは巨兵に飛びかかりながら真空剣を放つ。
巨兵は振り返り大きな盾で真空剣をはじいた。
その勢いのまま巨兵の盾が空中で身動きの取れないロッドを襲う。
鈍い音と共に彼の体は弾き飛ばされた。
床に転がったロッドを一瞥し銀の巨兵はサラの方へ向き直った。
「まだだ、デカブツ」
痛みに顔をゆがめながら、ロッドがよろよろと立ち上がり、銀の巨兵に切りかかる。
『下せ。天空の怒りを』
自分の心臓が破裂するかと思うほどの大きな鼓動が、ロッドの耳の中に響いた。
解放の剣が黄色い閃光を放つ。
その閃光に気付いた巨兵が振り返り再び盾を構えた。
悪夢再び。
ロッドの剣はもう止めることができない。
せめてダメージを減らそうとロッドは向かってくる盾目がけ思い切り解放の剣をぶつけた。
「パニッシュ!」
金属音が響くよりも早く稲妻が光り、雷鳴がこだました。
銀の巨兵は盾から伝わった雷撃により全身を痙攣させた。
突然ロッドは糸の切れた人形のようにその場に倒れこんだ。
体がしびれて力が入らない。
目の前には銀の巨兵が立っている。
ロッドは雄叫びを上げながら体に目いっぱい力を入れようとするが、力が入るのは声ばかりだった。
その時、鈍い音がして銀の巨兵は崩れ落ちた。
首には紅龍の槍が突き刺さっていた。
サラは槍を引き抜くとロッドの前に座り込んだ。
彼女がせき込むと、それに伴って血が飛び散った。
その鮮血がロッドの顏にかかる。
サラはロッドの体をその華奢な体で抱き起し、ロッドの腕を自分の肩に回し、ロッドを引きずるように歩き始めた。
一歩一歩が重い。
彼女の息は荒く、服は血が滲み真っ赤に染まっている。
「俺はいいから」
ロッドはそう言ったが、サラには聞こえていなかったのかもしれない。
すぐにサラの足がもつれ二人は倒れこんだ。
すぐそこに大きな扉がある大きな部屋には一切の音が無くなった。
当然ロッドはしびれて動けない。
さらにサラはピクリとも動かない。
ロッドは悪態を着きながら必死に体を動かそうとした。
少し経つと段々体のしびれが取れてきた。
しびれの残る体でふらふらと立ち上がり、扉へと走った。
すぐそこにあるというのに何度も転んだ。
ようやく扉に手が届き、出せる精一杯の力で扉を押し開けた。
今が一日のいつなのか理解できなかったし、するつもりもなかったが、外はうっすらと明るかった。
すぐ近くに村らしき建物の集団が見えた。
ロッドはすぐさまサラのもとへ行き、彼女を抱え上げた。
体の痺れは大分取れてきた。
彼は村をめざし走り出した。
その時は必死で体の痛みなど忘れていた。
小さく見えていた建物の数々が、見る見るうちに大きくなってきた。
しばらくして「ラルシア村」そう書かれた村の入り口に建てられた看板の前にロッドは立っていた。