第十三話 零番隊会議
零番隊と札の掲げられた会議室に入るとナガレを含めて三人が談笑していた。
お互いの自己紹介などしていたようだ。
ロッドが入ってきて三人は右こぶしを胸に当て敬礼してロッドを迎えた。
「あれ、これだけ?」
いくら周りを見ても他に人は見当たらない。
部屋もそれほど大きいとは言えなかった。
「ここには小隊長しかいないッス。他の隊員は外で待機ッスよ」
赤髪の青年が答えた。
「えっと……」
ロッドはヴロンに渡された書類に慌てて目を通す。
「こいつはラッツェル。俺はティラミス。あんたの隊に配属になってる」
もう一人の屈強な銀髪の男が図太い声でそう言った。
ロッドの手元にある書類には確かに二人の名前がある。
ナガレと合わせてこの三人が零番隊の小隊長を務めることになる。
年齢はロッドの少し上と言った感じだが、ラッツェル、ティラミス共に頼りがいのある男に感じる。
「まぁまぁ隊長、立ち話も難ですから座りましょうよ」
軽い調子のティラミスに促され、ロッドが正面に座るのを待って三人の小隊長がそれぞれ席に着いた。
ラッツェルとティラミスは銀色の兜を机に置いた。
重量感のある鈍い音が部屋に響く。
ロッドは机に書類を広げもう一度目を通した。
通達事項という欄が名簿の下にあった。
「零番隊の任務はミルタリアス内の警備、防衛である……と。ミルタリアスには東西南北それぞれに門があって、防衛基地があるらしい。俺たち零番隊は南の正門以外を担当する」
ロッドは一つ一つ確かめる様に言った。
彼自身も初めて見たのだから仕方ない。
「正門はどこの隊が守るんだ?」
ティラミスが威圧感のある太い腕を組みながら言った。
鎧越しにも鍛え抜かれた肉体が見て取れる。
「参番隊が防衛にあたるらしい」
そう言ってロッドはあることに気がついた。
「零番隊が無かったころは誰が正門以外を守ってたんだ?」
「今までミルタリアスの防衛は壱番隊の仕事だったんッスよ」
ラッツェルが人差し指を立てながら言った。
それを聞いてロッドはなるほどなと頷いた。
どうやら戦況が変わったという事だろう。
渡された書類には壱番隊は前線に出ることになっている。
「サラさんとパールさんも合わせて宝玉がすべて解放軍にあるという事で帝国軍に攻勢を仕掛けるという事でしょうか」
「さぁ、俺はそう言う難しいことはてんでだめッス」
ラッツェルは金属製の小手に包まれた両手を八の字に広げて肩をすくめて見せた。
だが、恐らくナガレの言っていることは正しい。
そのためこのタイミングで隊の編成をして零番隊を復活させたのだろう。
そして、サラ、パールの所属する参番隊、そしてロッドの所属する零番隊をミルタリアスの防衛に回し、宝玉が奪われる可能性を低くする作戦を取ったのだろう。
宝玉の力をちらつかせ、温存しつつ、いざとなれば最大限にその力を利用できる布陣である。
「にしても、サラ隊長の率いる参番隊が正門じゃ俺たちに仕事はなさそうッスね。だいたいにして正門以外の門って閉じられてるし」
頭の後ろで手を組み、天井を仰ぐようにラッツェルは背もたれに体を投げ出した。
木製の椅子は思い鎧に悲鳴を上げる様に軋んだ。
「そうやって余裕こいてると足元をすくわれるぞ」
眉間にしわを寄せながらティラミスがたしなめた。
「サラはそんなにすごいのか?」
「あの美貌ッスからね。攻めて来た敵全員隊長の前に跪くらしいッス」
ラッツェルが人差し指を立て、ほくそ笑みながらそう言った。
「それはすごいですね」
ナガレは驚きのあまり目を見開いている。
得意げなラッツェルの頭にティラミスの拳が飛んだ。
「あながち嘘じゃないがこいつのいう事は信じなくていい。サラ隊長は帝国軍の拠点に掲げてある旗を数本持って突然現れたって話だ。さっきこいつが言ったことも、実際信じてるやつもいるのは確かだ。ただ、こいつのように面白半分で言いふらしてるやつがいるのも確かだがな」
頭を押さえて悶絶しているラッツェルを横目にティラミスが言った。
ロッドはため息をついた。
うまくまとめられるか不安に駆られていた。
「お二人は仲良しなんですね」
一連のやり取りに目を白黒させていたナガレがふと尋ねた。
「こんなやつ仲良くなんかないッスよ」
「ただの腐れ縁だ」
二人は口々にそう言った。
仲は良さそうだ。
ロッドは一度咳ばらいをして場の空気をリセットした。
「とにかく、俺たちの任務はこの街の正門以外の防衛だ」
「正門がもし破られた場合は?」
ティラミスの低い声が質問の重要性をさらに増した。
いきなり空気が重くなる。
「その時は全員で迎撃する」
ロッドは書類の内容を淡々と伝えた。
サラの部隊が突破されるとは考えたくもなかった。
「他に質問は?」
その問いに対し特に返答はなく、零番隊の会議はそれにて終了という事になった。
「隊長、この後一緒に出掛けないッスか?」
ラッツェルが手首をくいっと口元に寄せて見せた。
「どこかいい店があるの?」
「城壁の外の女郎屋街にいい店があるんスよ」
ラッツェルはへらへらと上機嫌に言った。
「女郎屋はパスだ」
話題に食いついた分、落胆が大きくロッドは息を大きく吐いた。
「もったいないッスよ。アクィラ以外の女も多いっていうのに」
「お前と一緒にするな。それに女の手前だ。その辺にしておけ」
アクィラ帝国以外の女の素晴らしさを説こうとしていたラッツェルの首根っこををつかみ、ティラミスが引きずりながら部屋から出て行った。
ナガレは口を開けて呆然と一連の流れを呆気にとられたように見ていた。
ロッドの口からは再び溜め息が漏れた。