第十一話 水浸しの揚げ鳥
一階につながる大きな階段をロッドたちは降りていた。
「俺が零番隊に配属されるって聞いたとき何を言おうとしたんだ?」
ロッドの言葉にサラは歩みを止めた。
ロッドとパールも階段の途中で止まった。
あまり表情に変化のないサラだが、なんとなく言いにくそうな表情をしている。
「零番隊に隊員はいないのよ」
予想だにしなかった答えに、ロッドは素っ頓狂な声をあげた。
「じゃが、今日隊の編成を行うと言っておったではないか」
「そう、だから大丈夫だと思うんだけど」
何とも釈然としない。
隊とは名ばかりで一人で戦場に送り込まれるのではないかとロッドは不安を抱えていた。
とはいえ、ここで不安をこねくり回していても何も変わらなかった。
ふと、サラが時計に目をやった。
ただいまの時刻、午後一時十三分。
隊の編成まではまだ六時間近くある。
三人は顔を見合わせた。
「飯だな」
「賛成じゃ」
「決まりね」
三人は街の食堂へと向かった。
少し時間は過ぎているとはいえ、昼時の食堂は人が溢れていた。
幸いなことに三人は席に着くことができた。
すぐにウェイターが三人のテーブルへやってきた。
ご注文はと決まり文句を口にする。
昼の混雑する時間で疲れているのか、なんとなく声に覇気がない。
お勧めは何かとパールが聞くと、営業スマイルを浮かべたウェイターはミルタリアスの昼といえば骨付きのフライドチキンだと言った。
三人分フライドチキンを注文した。
店内は昼間から酒をあおる人も多くみられ騒々しかったが、言い換えれば賑やかで良い雰囲気だ。
しばらくして皿に乗せられた巨大なフライドチキンがロッドたちの前に運ばれてきた。
拳二個分はゆうにありそうな鳥の腿の部分がこんがりと揚げられている。
とても食欲をそそる香辛料の匂いが一気に広がる。
待ってましたと言わんばかりにロッドとパールは肉にかぶりついた。
サラは手が汚れないように備え付けのナプキンを上手に使い肉を口へ運んだ。
よほど空腹だったのか三人はほとんど会話をしないまま肉を黙々と食べ続けた。
それがあだとなり、ロッドは肉を喉に詰めてしまった。
胸を叩いてみるが胃まで行ってくれそうにない。
その様子を見てパールは大笑いした。
サラが少し心配そうに見ている。
ロッドは水を飲もうとコップを口に運んだ。
その瞬間、喧騒をかき消すような大きな音が店内に響いた。
その音に驚いたロッドは口に含んだ水を思い切り噴き出し、目の前に座るパールに浴びせた。
顔や腕から水を滴らせたままパールは固まっている。
当然肉も水浸しだ。
激しくせき込みながらロッドは大きな音がした方を見た。
ガラスのコップが割れ、テーブルがひっくり返っている。
椅子にはふんぞり返って座る男たちが数人いた。
その近くに頭を深々と下げる少女が立っている。
黒を基調とした落ち着いた服装で、まとめられた黒髪は薄暗い店内でもわかるほど艶があった。
布に巻かれた何か長いものを抱える様に持っている。
どうやら体が当たったの当たらないので揉めているようだ。
するとロッドたちのテーブルでも大きな音がした。
パールの目の前のコップが倒れ、水がこぼれている。
音はパールがテーブルを叩いた音だった。
彼はおもむろに立ち上がると、テーブルをひっくり返した男たちへと歩み寄った。
悪い予感のしたサラが立ち上がる。それよりも早く、面白そうだと思ったロッドがパールに続いて行った。
「貴様らのせいでワシの食事が台無しじゃ。表へ出ろ」
男たちの前に仁王立ちをして鬼のような形相でパールが凄んだ。
しかし、相手は酔っ払い。
男たちはわらわらとパールを取り囲んだ。
男たちは体格がよく、囲まれたパールが隠れてしまうほどだった。
「てめぇ、調子に乗るなよ」
男の中の一人がパールの胸ぐらをつかんだ。
まるで大人と子供だ。
すっとサラがかばうように少女の前に立った。
「聞き分けのない奴じゃ」
パールがつぶやいた次の瞬間、彼の左拳が男の脇腹へ突き刺さった。
男の身体がくの字に曲がる。
店内に悲鳴が上がった。
続けざまに多いかぶせる様に放った右拳が男の体を吹き飛ばした。
それを見た他の男たちがパールに襲い掛かる。
ロッドが加勢しようとしたとき、隣のテーブルに座っていた男たちがサラと少女に襲い掛かった。
不意を突かれたサラが床に押し倒され、男が馬乗りになる。
ロッドはすぐさまサラたちを助けに入った。
男の拳がサラの顔に叩き込まれるよりも早く、ロッドの拳が男の顔に叩き込まれた。
拳が顎を的確に捕らえ、男は白目をむいて倒れた。
サラの無事を確認する暇もなく少女を助けに入る。
彼女は三人の男に囲まれ、一人の男が少女の髪をつかみ抑え込んでいる。
ロッドはその男に飛び蹴りを浴びせた。
男は吹っ飛び、テーブルを粉々に砕いて床に倒れた。
ロッドが残り二人の男を床に沈めるのと同時にパールも決着をつけていた。
誰かが知らせたのか騒ぎを聞きつけたのかはわからないが、甲冑を着けた兵士たちがずかずかと店に入ってきた。
サラが事情を説明すると床に伸びている男たちは立たされ、解放軍によって連れていかれた。
まだ、店内は騒然としていたが、パールの怒りはどうやら収まったようだ。