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昨日と今日と明日の鬼退治  作者: ジーン
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第九話 入隊試験

「ゲームスタートだ」


 ロッドはそうつぶやいて兵士たち目がけ走り出した。

それと同時にパールも突っ込む。

鈍い音と共に、一番前を走ってきていた兵士の顔が後方へはじかれ走っていた勢いのまま倒れ込んだ。

ロッドが視線を移すと、パールは木の棒を投げていた。

彼が投げた木の棒が一番前を走っていた兵士をとらえたのだ。


「おいおい、いきなり丸腰じゃねぇか!」


 ロッドは兵士たちが次々に繰り出す木の棒をうまく受けながらそう言った。

次の瞬間、パールの肘が一人の兵士の腹部にめり込み、その兵士は吹っ飛んだ。


「自分の心配をせんか!」


 パールは次に繰り出した裏拳でもう一人兵士を沈めた。

木の棒の柄の部分を左手で押し込みロッドが兵士の顎を突く。

その瞬間を狙い繰り出された木の棒を軽々と避けると、振り向きざまに木の棒を叩き落とし、勢いそのまま、前蹴りをお見舞いする。


「ほぉ、やるな」


 片手であごひげをいじりながらヴロンがつぶやいた。

その心の中で何を考えていたのかはわからないが、彼は笑みを浮かべていた。


 まるで相手を切り裂くように、鋭く華麗なパールの蹴りが兵士を沈める。

一方で粗削りながらも、的確にロッドの攻撃が相手を捉え、また一人兵士が地面に倒れ込む。

すでに半数の兵士が、ロッドたちの手によって戦闘不能となっていた。

残された者たちの表情にも、ほとんど戦意は残っていない。

戦い始めたときには、特別待遇の気に入らない奴らに、一泡吹かせてやろうと息巻いていた兵士もいたが、ロッドたちの圧倒的な力の前に見る影もない。

パールは雄叫びと共に思い切り地面を踏み鳴らした。

一人の兵士が、親に怒鳴られた子供のように体を震わせ、持っていた木の棒を地面に落とした。

恐怖を感じたとき、やけくそになるタイプの人間がいる。

その典型のような兵士が一人、パールの背後から突進してくる。

すかさずロッドが、恐怖でおぼつかない足元をすくうように打ち込む。

軽々と宙を舞い地面に叩き付けられた兵士は頭を抱え丸まってしまった。

残りは五人だ。

しかし、もう向かってくるものはいない。


「俺たちの勝ちでいいか?」


 ロッドはヴロンの方を向き、両手を広げて言った。

それに対してヴロンは首を横に振って返事をした。

彼が手を振り上げ合図をすると再びゲートが開いた。

悪魔の口は魔物を吐き出した。

下級堕族の群れだ。灰色の汚い皮膚、曲がった背骨、浮き出た貧相な体。

それに見合わない鋭い爪と牙が特徴だ。

獣のように喉を鳴らし、ロッドたちを威嚇する。

血走った眼で獲物を探しながらゆっくりと近づいてくる。

その光景に観客はより一層沸いた。

ついさっきまでロッドたちと闘技をしていた兵士たちは、武器を手ばなし、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「あいつ入れる気あるのか?」


 ロッドは思わずため息を漏らす。

下級とはいえ、人間を殺すことに執着する堕族相手に、木の棒ではさすがに分が悪い。

逃げ出してもいい場面ではあったが、男としてのプライドと昂ぶった闘争本能がそうさせなかった。

今度の相手に合図など関係ない。

いきなりパール目がけ堕族が飛びかかる。

不意を突かれたパールだったが、堕族の鋭い爪をかろうじてかわした。


「これはどういうことですか?」


 目の前の光景に驚き、思わず立ち上がったサラがヴロンに詰め寄る。

それを制するように、ヴロンは右手を小さく上げた。

続いて問い詰めようとしていたサラが反射的に口ごもった。


 堕族の鋭い爪はほとんど抵抗もなく木の棒をへし折った。

その向こうに見えるロッドの表情は、苦虫を噛み潰したように引きつっていた。

パールは複数の堕族に囲まれ、防戦を一方的に強いられている。

見かねたサラが闘技場へ向かおうとする。

そんな彼女の腕をつかみ、再びヴロンが止めた。

今にも殴りかかりそうな勢いでサラが振り向き、怒りに満ちた表情でヴロンをにらみつけた。


「心配するな。奴らの入隊は決めた。ただ……、生き残ればな」


 まぁ見ておけと言わんばかりに、彼の視線はサラから闘技場へ戻された。


「男に二言はありませんね?」


 サラはそう冷たく言い放つとヴロンの手を振りほどき、立て掛けてあった解放の剣、根源の弓と矢羽を持ちそれぞれ持ち、観客席から飛び降りた。

飛び降りる寸前、待てと叫び立ち上がったヴロンだったが、彼の声はサラを止めることはできなかった。

聞く耳を持たなかったという方が正しい表現かもしれないが。

サラは重力による衝撃を殺すように地面を転がり、立ち上がるとロッドたちの名前を叫び、それぞれの武器を投げた。

サラの声に二人が反応する。

ロッドがサラの方を振り返ると、目の前に解放の剣が突き刺さった。

鼻歌を歌うようにお礼の言葉をつぶやき、彼は剣を抜くと、抜いた勢いそのまま、振り向きざまに堕族を切り捨てた。

ゆらゆらと煙のように、黒い粒子が目の前を上っていく。

パールは右足で思い切り地面を踏み切った。

宙を舞う根源の弓をうまく手に収める。

そのまま重力に身を任せ、弓の鳥打の部分に着いた刃で、眼下に現れた堕族を両断した。

着地したパールは矢も持たずに弦に手をかける。

矢の入った筒を持ち、サラが不思議そうにその光景を見ていた。

パールは少し間合いの離れている堕族に、狙いを素早く定め、弦を素早く、そして力強く引いた。

すると、ちょうど矢摺籐の高さから、弦に向かい、白く輝く光の矢が現れた。


「光牙」


 放たれた光の矢は堕族の頭を貫いた。

堕族の頭は弾けるように空中へ消えていく。


 まだ堕族の数は多いものの、形勢はロッドたちに傾いていた。

改めて矢をパールへ渡し、サラが堕族たちの前に立った。

闘技場のど真ん中で、これから何が始まるのかと、ロッドたちも堕族も一瞬動きが止まった。

その瞬間を狙っていたかは定かではないが、サラは紅龍の槍を大きく回し始めた。


「飛龍旋華」


 たちまち空気の渦が起こる。

ロッドは巻き起こる砂塵を避ける様に、腕を目の前に出した。

まるで龍のようにうねる空気の渦は、堕族たちを次々に宙に舞い上げた。

するとサラは、狙いを定めるように左手を突き出し、それとは真逆に紅龍の槍を力の限り引いた。


「昇竜絶爪」


 次の瞬間、空を貫かんばかりに紅龍の槍が突き出される。

その名の通り、まるでせまりくる、龍の爪の如き無数の空気の渦が、堕族たちを次々に八つ裂きにしていく。

すべての堕族が消え去った闘技場は風を奪われたかのように凪だった。

あまりの圧倒的な力の前に、歓声が起きるまで一呼吸の間があった。


「乱入して大丈夫だったのか?」


 解放の剣を収めながらサラのもとへ、ロッドが笑顔で歩み寄る。


「どうってことないわ」


 サラは鼻を鳴らし、珍しく笑顔で答えた。


「まぁ、何にせよ、助かったよ。ありがとう」


 それに対し、サラはより一層明るい笑顔を見せた。

突然、会場にどよめきにも似た歓声が巻き起こった。

びりびりと空気の振動が伝わってくる。


「どうやら、まだ懲りない様じゃのぉ」


 パールが観客を騒がせている原因の方を向いて言った。

もううんざりだと言わんばかりに、一度目を閉じてから、ロッドがにらみつける。


「ヴロン総長」


 思わずサラがゲートから歩いてくる人物の名前を漏らした。

ヴロンが手を上げると、まるで電源が切れたかのように、観客がぴたりと静かになった。


「何しに来たんだよ」


 吐き捨てるようにロッドがいう。

その手は解放の剣に伸ばされていた。

びりびりと、ヴロンの体から漏れ出る殺気にも似た気迫が、空気を伝わっている。


「まぁそう邪険にするな。合格だと言いに来たんだ。そこで……だ。俺とも手合せ願いたい。まとめて来い」


 ポマードで後ろの方へ流された、茶色い髪の間に指を通し、ヴロンがそう言った。

再び大気を震わす歓声が上がる。

冗談を言っているようには聞こえない。

上等だよと、ロッドは解放の剣を抜いた。

パールも肩にかけた筒から矢を取り出し、戦闘態勢を整えた。

何を言っても聞く耳を持たない。

男というのは、心底面倒くさい生き物だと、サラは目を閉じて大きく首を振った。

ついでに大きなため息が漏れる。


「サラ、そこをどいてくれ」


 剣先を斜め下に向けるように構え、ヴロンとの距離をじりじりと詰める。

短く返事をしたサラがロッドたちとヴロンの間を横切った。


「三人まとめてでもいいんだぞ?」


「真空剣」


 ヴロンの言葉を切り裂くように、解放の剣が空を切った。

剣の軌道に沿った、三日月形をした空気の塊がものすごい速さでヴロンに迫る。

ヴロンの目の色が変わった。

裏拳を思い切り空気の塊に衝突させた。

手甲が甲高い金属音と共に、空気の塊を弾き飛ばした。

弾かれた空気の塊はサラの近くの地面をえぐった。

小さく悲鳴を漏らし、サラは飛び散った土を防ぐために顔の前に手を出した。

がくりと体勢を崩し、地面に倒れた。

無事を確かめようとロッドがサラの方を向いた。


「余所見とはいい度胸だ。新入り!」


 声に反応して、ロッドが目線を戻したときには、遠かった間合いを一瞬で詰めたヴロンが、目の前ですらりと長い剣を振り上げていた。


「凍牙、烈火!」


 長剣が振り下ろされるよりも早く、パールが矢を放った。

迫りくる矢を、鉄鋼の硬度を利用して受け流す。

ヴロンは一度距離を取って、二本の矢がかすめて行った部分を確認した。

一方は凍り付き動かず、もう一方からは焦げ臭いにおいと共に、煙が上がっていた。

継ぎ目の布に引火したのだ。


「ワシも相手だということを、忘れてもらっては困る」


 次の矢が番えられる。


「これくらいでいい気になるな」


 ヴロンは地面に剣を刺し、使い物にならなくなった手甲を脱ぎ捨てた。

武器から手を放した瞬間をロッドが襲う。

無防備に見えるヴロンに思い切りかかった。

しかし、ロッドの剣は、いつの間にか手に握られた剣によっていとも簡単に上方に弾かれた。

弾き飛ばされる解放の剣を握る両手も、つられて挙がる。

守るものがいなくなった胴体へ向かい、取って返すように斬撃が降る。

思わずロッドは目を閉じた。

何とも言い難い、複雑な音が響く。

しかし、不思議とロッドの体には痛みが走らなかった。

恐る恐る目を開ける。

ヴロンとロッドの間にパールが両手を広げ立っていた。

まるでミルタリアスを守る城壁のようだ。

ヴロンの剣の柄に近い部分が、パールの左肩に食い込んでいる。

パールは苦しそうに声を漏らし、その場に崩れ落ちた。


「危ない、危ない。もう少しで宝玉の使い手を一人失うところだった」


 ヴロンは一つ長い息を吐いた。

怒りと悲しみをロッドはとめどなく吐き出した。

その気迫にヴロンの表情が引きつる。


『神風と共に、天空を駆けろ』


 胸を突き破らんばかりの拍動をロッドは感じた。

解放の剣をにぎってから、何度か聞いた声が頭の中に響く。


「疾風怒濤!」


 パールの体を飛び越え、解放の剣をヴロン目がけ真正面から振り下ろした。

ヴロンが正面から受ける。

次の瞬間、ヴロンの鎧が、あちこち砕けた。

その衝撃にヴロンの体は後方へ弾かれた。

そのまま大の字にヴロンが倒れた。

いくつもの空気の刃をまとった一撃。それが疾風怒濤。

ロッドは怒りに目を血走らせ、倒れたヴロンを突き刺そうと解放の剣を突き出した。

まるで暴走する自分を別の視点から見ているように、冷静なロッドは、必死に体を止めようとした。

砂埃が煙るように巻き起こり、激しい金属音がして解放の剣は地面に突き刺さりようやく止まった。

紅龍の槍が解放の剣を上から押さえつけるような形で重なっていた。


「落ち着いてロッド。勝負はついているわ」


 なだめるような口調でサラがそう言った。

ロッドは彼女の声で、正気を取り戻した。

それと同時に、解放の剣を投げ出し、パールのもとへ向かった。

必死にパールの名を叫ぶ。

痛みに顔を歪めながらパールが体を起こした。

ロッドの顏に安堵の表情が広がる。

しかし、その表情は再び険しくなった。

パールの左腕は不自然にだらりと地面に垂れたままだった。

体を衝撃から守る鎧の下に、革製の防具を着こんでいたおかげで創傷は防ぐことが出来ていたが、肩へ与えられた衝撃のせいで、脱臼してしまっていた。

左腕を守る防具を外し、パールは襟を目いっぱい伸ばし、奥歯で噛みしめた。

そして、左腕を掴み、思い切り関節の中へ腕を押し込んだ。

脂汗が額に浮かび、歯の間から悲痛な声が漏れる。

思わず耳を塞ぎたくなるような、不快な音が鳴った。

パールは口から勢いよく息を吐くと、再び仰向けに倒れた。

心配そうに、ロッドが顔を覗き込む。

荒い息の中、大丈夫だとパールは答えた。


「正直、ここまでやるとは思ってなかった」


 ロッドが振り返ると、ヴロンがやれやれといった感じで立ち上がっていた。

空気の刃に刻まれた割にはきれいな鎧に彼は包まれていた。

どうやら、すんでのところで空気の刃は体に届いていなかったようだ。

ロッドの驚いた顔をみる限り、ヴロンが間一髪避けたということなのだろう。


「俺の負けだ。入隊の手続きがある。本部に戻って来い」


 ヴロンは捨て台詞のようにそう言い残し、闘技場を後にする。

その背中をどよめきにも似た歓声が見送った。

パールが左肩を抑えながら立ち上がった。

それを確認した後、ロッドは解放の剣を拾い、先に出口へと向かったサラのもとまで行った。


「大丈夫か?」


 その問いに、ええといつもの涼しい表情でサラは答えた。

しかし、次の瞬間、彼女は鋭い痛みに表情を歪めた。

とっさに足をかばう。


「真空剣が飛んでった時か。挫いたのか?」


 そういえば、倒れ方が不自然だったなと思い出しながら言った。

二人は闘技場を抜け、出口へとつながる通路を歩いていた。


「大丈夫よ」


と言ったのもつかの間、紅龍の槍を杖のようにして歩いていたサラは、跪くようにしゃがみ込んでしまった。

後ろからロッドが駆け寄り、再度大丈夫かと声をかける。

サラは自分の不甲斐なさを戒めるようにため息を吐いた。


「何度も助けられてばかりは嫌なのよ」


 それは、サラがロッドに初めて心奥を見せた瞬間だったかもしれない。


「そんなこと気にすんなよ。逆に気持ちわりぃ」


 ロッドは顔を逸らし、顔の前で両手を振って気まずそうにそう言った。


「気持ち悪いってどういう意味よ」


 サラの目線が急に冷たくなる。

それをはぐらかす様に、ロッドは手を貸すよと言うと、ロッドはサラの前にしゃがんだ。

少しの間、二人の間に沈黙が下りた。


「おんぶは嫌よ」


 紅龍の槍の柄の部分でロッドを小突き、サラは呆れたように言った。


「嫌なのか?」


「嫌よ!」


 今度は少し語気を強めてサラが反発した。

しょうがないなとロッドはサラに肩を貸し立たせた。

小さく声を出して笑ったサラが、お礼の言葉をロッドに言った。


「気持ちわりぃって」


「だから、どういう意味なの?」


 言葉とは裏腹に、二人の間には笑いが起こった。

ここ数日見せていなかった満面の笑顔――お互いにとっては初めて――を、二人は表情いっぱいに浮かべていた。


「そろそろ行かんか?」


 いつのまにか後ろに立っていたパールが呆れ顔で声をかけた。

ロッドとサラは、素っ頓狂な声を上げて驚いたかと思うと、真っ赤な顔で目線を逸らし、そそくさと歩いて行った。

パールはやれやれという感じで一度肩をすくめ、二人の後を追った。

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