三
盆明けの八朔。日の沈みかけた夕暮れ時に、お囃子の音が大きくなる。
玄関先で高下駄を履き、不安と高揚がない交ぜになったような顔をした白八重の背中を叩く。
「おきばりなんし。」
目を見開いた白八重も、すぐにいつものように破顔した。
外へ出るとわっと歓声が上がる。よっ白八重!と調子のいい声がかかり、賑わいも一層増したようだ。
「やれやれ、白八重もやっと初見世だ。」
腕を組んだ楼主はそう言って見世の奥へと引っ込んでいく。
ふいに袖を引かれて下を向くと、禿が大きな目でこちらを見上げていた。
「深夜子さんは白八重姐さんの道中見に行かないの?」
「ああ。」
「どうして?」
「あたしは歩くのが嫌いなんだよ。ほら、お前さんは行ってきな。」
不思議そうにこちらを見ていた禿も、背中を叩くとすぐに外へ出て行った。白八重も十年前はあのくらいだったのに。
今はきっと、仲之町の通りを歩いているだろう。目を見張るような白い内掛け、絢爛な簪は涼しげな銀で、白い飾りが歩くたびに揺れるその姿はまさに白い金魚のようだろう。
あの日、白八重の体を暴いて流れる血を見たその時に思い出した。赤い血が通っているのかどうか気になったのだ。腹を裂き、ぬらりと光る内臓と零れる赤い血を、深夜子はずっと忘れていた。
それが白い金魚の最期だったことを。
深夜子は暖簾に背中を向けて歩き出した。喧騒と賑わいから逃げるように、見世の奥へと消えていった。