惹かれ合うは柊と雪
新田 葉月様主催の『君に捧ぐ愛の檻企画』投稿作品です。
「愛してる」
ひどく、優しい声だった。ありったけの愛情を詰め込んだ、慈しむような声。
世界で一番大切で、失いたくない人の声だ。
「愛してる、愛してる。生きている限り、永遠に」
その声に応えようと、両腕を伸ばした。
***
それは、一方的な暴力行為だった。
「ぐ、あ……!」
三人の高校生男子の内、腹を殴られた一人が呻く。他の二人から殴る蹴るの暴行を受け続けている男子――柊也は、痛みに霞む頭を両手で庇うことしか出来ずにいた。
聞こえるのは、下卑た笑いと自分の身体が打たれる音だけで。何故こんな状況になっているのかも理解出来ずにただ耐えるしかない。
昔から、それこそ小学生の頃からそうだ。何も悪いことなどしていないはずなのに、ふとした拍子に柊也は暴力の的になっていることが多かった。
柊也は、暴力に対抗する術を持たない。だからただ、待つしかない。
理由の解らない暴力を終わらせてくれるのは、いつだって同じ人だ。
「ねぇ、ちょっと」
不意に割り込んできた少女の声に、柊也は息を吐いた。
やっぱり、今回も見付けてくれた。
「何してるの」
言葉少なに責める少女の声は、強い。決して揺らがないその声は、いつだって柊也を護ってくれる。
柊也を暴力に晒していた二人の男子は、口汚く罵りつつも結局柊也を解放した。
「こんの、くそアマがッ」
「何とでも」
声だけで男子二人を追い払った少女は、柊也と二人になった途端、その声音を変えた。
「大丈夫? ごめんね、遅くなったね」
「ううん……ありがとう、雪ちゃん」
弱々しい笑顔を見せた柊也に、心配そうな色を残したまま『雪ちゃん』と呼ばれた少女――雪枝も微笑んだ。
空き教室で見付けた柊也を保健室に連れていって、ベッドを借りた。
「少し休んでて。寝てても良いよ。すぐ迎えにくるからね」
「どこに行くの、雪ちゃん」
「私と柊の荷物を取りに行くだけだよ」
「あ……。ありがとう」
「ん。行ってくるね」
柊也の前では微笑みを絶やさなかった雪枝は、彼に背を向けた瞬間、真顔になった。
荷物の他にももう幾つか、やらなければならないことがある。
先程の、空き教室で。
積み上げられた机や椅子を背に、一人の男子が立っていた。柊也に暴力を振るって、去り際に「くそアマ」と雪枝に吐き捨てた男子だ。
そしてその前に立って嫣然と微笑むのは、――雪枝。
「さっきはどうもありがとう」
男子は彼女のその表情と声に、得体の知れない物を前にしたような心地がした。
「お陰でまた、柊也が私なしではいられなくなるわ」
「……俺はそんな御託を聞くために此処に来たんじゃねぇよ」
その感情は、紛れも無く恐怖そのものだ。
元々、彼は柊也に特に興味も無く、また誰かに当たりたくなる程ストレスが溜まっていた訳でもない。そんな彼が柊也に暴力を振るった理由は単純だ。
『柊を殴ってほしいのよ』
他でも無い、雪枝にそう頼まれたから。
雪枝の提示した報酬が結構な額だったので、彼ともう一人の男子は一も二も無くそれに乗った。二人とも、誰かを殴ることに大して抵抗を感じない質だったのだ。
それでも今、彼は後悔していた。
――俺は何か、恐ろしいものに関わってしまったのではないか。
「……そうね。じゃあ、これ」
彼の内心など知る由もなく、雪枝は財布から出した抜き身のままの万札を差し出してきた。引ったくるように受け取って、そのまま雪枝の横を行き過ぎた。報酬を得て尚、この場にいる理由もメリットも彼には無い。
そして、耳元でその声が聞こえた。
「ごめんなさいね」
「あ? ……っが、あああああ!!!」
首に少女の腕が回された、ということに気付いた時には、腹部に強烈な痛みを感じていた。
何だ、これは。何が起こった。一体、何が――。
「きっと貴方のことを、柊が怖がるから。だから、死んでもらうわ」
艶やかなその声を最後に、彼の意識は永遠に閉ざされた。
***
二人分の血に塗れた凶器を処理して、雪枝は保健室へ向かう。その手には、柊也と彼女自身の荷物を持っていた。
二人目の男子を刺した時のことを思い出す。
『地獄に堕ちろ……ッ』
彼の最後の言葉を反芻して、雪枝は息を吐いた。
「死んだ後のことなんて、どうだって良いのに」
私はただ、生ある間を柊と過ごしていたいだけ――。
ノックの後に開けた保健室の中に、先生はいなかった。ベッドを借りる際に、雪枝が戻り次第柊也も帰るという旨を伝えてあるので、問題は無い。
柊也の横になっているベッドを隠すカーテンをくぐると、柊也は眠っていた。少しだけ苦しそうなその寝顔に、囁く。
「……愛してる」
小学生の頃から、ずっと、ずぅーっと。
「愛してるよ、柊」
だから雪枝は、柊也を縛る。柊也が逃げられないように。自発的に雪枝を求めるように。
「愛してる。愛してる、愛してる。生きている限り、永遠に」
不意に。ゆるりと柊也の瞼が持ち上がる。その両腕がふらふら上がってきて、
「……雪ちゃん」
声とともに、雪枝の首に絡み付く。
「僕も。僕もだよ、雪ちゃん」
ぎゅうっと、壊れないように柊也の細い身体を抱きしめて、雪枝は。
「本当? ……嬉しい」
ふわりと花が咲くように笑った。柊也も雪枝の首に抱き着いたまま、笑った。
――檻を作ろう。優しい君が気付けないように、広い檻を。
「雪ちゃん、大好き」
年齢の割に幼い柊也の声と言葉に、雪枝は心底幸せそうに笑う。
幼少の頃から打っていた布石は今、確かに機能していた。
「愛してるよ、柊」
柊也は気付かない。その感情が雪枝によって作られたものであると。
それでも。
「雪ちゃん。ずっと、一緒にいたいよ」
「うん、私も。ずっと一緒にいようね」
その言葉に、嘘はない。
雪枝の大好きな柊也は、雪枝の作った檻の中で幸せだった。
久々にヤンデレを書いたので、ヤンデレ……? な感じになってしまいました。
新田 葉月様、素敵な企画をありがとうございました。