六話 風変りな侵入者
「……っ」
なにか、ひどく恐ろしい夢を見た気がする。
目を覚まして、起き上がった体がじっとりと濡れていて気持ち悪い。
水辺の近い洞窟で住み始めて五年。湿気のひどさなんて今に始まったことじゃないのに、肌にへばりつくシャツがやけに気になり、全身が汗まみれなのに喉だけがカラカラだった。
ヤクザ竜にでも追いかけられたのだろうか。夢のなかでも臨死体験とかさすがに嫌すぎると考えていると、
「――マスター」
闇から響く濡れた声はスラ子のもの。
そのあたりの壁にライトの魔法を使おうとして思い直し、暗闇の中にいる相手に訊ねた。
「どうした」
「お休みのところすみません。洞窟に、侵入者さんがいらっしゃったみたいです」
やっぱり来たのか。
「ルクレティアは?」
「既にカーラさん、スケルさんと外へ。いかにも襲われましたという風を装って、迎撃する用意はできています」
洞窟の調査途中で日が暮れ、夜間に外を出歩くことは危険なので洞窟のなかで一泊することにした――ルクレティアたちはそういう設定だ。
生活スペースを出た先にある広場で野営をしていれば、その様子をうかがいに何者かが現れるかもしれない。ルクレティアのいったとおりの展開だった。
「スラ子、相手の数は」
「一人です。洞窟の外にも気配はありません」
「魔法なんかで、上手く他に隠れてる可能性はないか?」
「地面に足をついている限りは心配ないと思いますっ」
洞窟の入り口には侵入者に対する反応石を埋めこんであるが、単純な感応タイプなので誤作動が多く、精霊の力をとりこんだスラ子の察知能力のほうが圧倒的に優れている。
「なら、シィやリーザを見られるわけにもいかないし、とりあえずルクレティアに任せていいな。ルクレティアはなんていってた」
「間にあうようなら、マスターにも広場に来てほしいと。調査同行には連れが三人ということになっているそうです」
対外的な数合わせか。
「わかった。じゃあ、いってくる」
「マスター、お疲れなら私がいってきますか? しばらくのあいだマスターの姿に外見を変えることくらいできますが……」
心配そうなスラ子の声に俺はすぐに答えず、ライトの魔法を天井に撃って考える時間をかせいでから、
「いや。なんか変な夢みたっぽいだけだ、問題ない」
白い光の下でこちらを見つめているスラ子に笑いかけた。
眉をひそめたスラ子が、
「ストロフライさんです?」
「その親父かもな。親子そろって強烈だった……」
茶化した返答に、スラ子はまだ納得いってない表情でこちらを見つめてから、唇をとがらせた。
「最近、なんだかマスターに隠し事されてる気がしますっ」
どきりとしたが、なんとか顔にはださないように、
「そうか? 確かに竜の住処のこととか、お前にまだ話してないけどな」
スラ子の上目遣いから逃れるようにいうと、むうっと頬をふくらませる。
半透明な質感の半眼がじっとこちらをとらえた。
「むー」
「なんだよ」
「……じゃあ、今度そのことについてお話ししてくれますか?」
「わかった。なんだか思い出そうとすると身体が拒否反応を起こすところがあるから、それ以外な」
「いったいなにがあったんです」
苦笑するスラ子を見ながら、内心でほっと息を吐く。
こんな誤魔化すような態度が正しいなんて思わないが、スラ子について感じている懸念をどう本人に伝えるべきなのか、俺は迷っていた。
“お優しいんですね”
頭の声にぎょっと身をすくみかける。
心を読んだような言葉。意思疎通は互いに声にしなければ介せないはずなのに、そのことをスラ子の前で確かめるわけにもいかず、
「マスター?」
「ああ、いや、なんでもない。いってくる」
不審な表情のスラ子にごまかし笑いを浮かべて、俺はフードをひっかけると部屋を出た。
小さな声で自分自身にささやく。
「いきなり驚かせないでくださいよ」
“ああ、すいません。ですが、別に自分のことを隠しておかなくてもいいんでは? そうすれば、独り言をしていても怪しまれないでしょうよ”
「ぶつぶつ独り言をしてる時点で十分怪しまれる、というか哀れまれるんですよ」
目のなかに竜がいるだなんて、話したところで誰が信じてくれるというのか。せいぜい、ルクレティアみたいに痛いほどの優しさで気遣われて終わるだけだろう。
水に濡れた地面をしっかりと踏みしめながら、隠し扉へ向かった。
「遅かったですわね。マギさん」
生活スペースから洞窟の広場に出ると、野営に見せかけるために焚火がたかれた中央近くで三人が固まっていて、こちらに気づいたルクレティアがそう呼びかけてきた。
外向きの台詞の意味を承知して、薄暗い広場の四方に注意を向けて。ふと気づく。
ルクレティアとカーラ、スケルの三人に囲まれるようにして小柄な誰かが座り込んでいる。
短めの髪が頭のてっぺんあたりで結ばれ、ぴょこんと尻尾みたいになっている。とりあえずといった感じでロープに巻かれた軽装は地味っぽく、うつむいた顔は確認できないが体格を見るだけで女子どもということはわかった。
「……その相手は」
「貴方が見回りに出ているあいだ、我々を襲ってきた賊です」
あっさりとルクレティアが告げる。
と、
「賊じゃないし!」
それまで顔をうつむかせていた相手が跳ねるように顔をあげた。
カーラよりも若いかもしれない子どもっぽい顔つき。
それを冷ややかに見おろしたルクレティアが、
「野営をしているところに無言で襲いかかってくるような輩は普通、賊というのですわ」
「襲ってない! ちょっととっさに言葉の選択に迷っただけだし! 真っ暗い洞窟で明るい火があったら思わず駆け出すでしょ!? 普通ってそーゆうモンだってあたい、そう信じてる!」
キンキンした大声が洞窟中に響き渡る。
なんだこのうるさいのは。
思わず顔をしかめて他の二人を見ると、スケルとカーラも反応に困ったような表情だった。
「だとしても、それをされた方は襲われたととるのが自然です。特に、右手に抜き身の短剣など持たれていては。とっさにというなら、とっさに殺されなかったことを感謝なさい」
恐ろしいことを平然というルクレティアに、縄にとらわれたその密偵(?)らしき少女はまるで殊勝な素振りもなく、
「わ、ありがとう! ついでにこの縄もほどいてくれたらもっとありがとう!」
「ほどきません」
相手の要望を一言で却下するルクレティア。
なんというか、ひどく会話に疲れそうな相手だった。
こんなのが密偵なのか? カーラよりも年下にしか見えない、こんな女の子が?
ちらりとこちらを見たルクレティアが視線で訊ねてくる。俺がうなずくと、あらためて相手を見て尋問を始めた。
「それで、貴女はいったいどこのどなたですか」
「あっはっはー、このおろバカさんめ! スパイが自分の正体を現したりなんかするもんか!」
「なるほど、スパイなのですね」
「ああ、しまった!?」
頭を抱える相手を取り囲み、四人で視線をかわす。言葉はなくとも、きっと同じ気持ちを共有できているはずだった。
――この相手は、ちょっとあれかもしれない。
「貴女、馬鹿ですわね」
断定はしないでおこうという空気を無視してルクレティアが告げる。
「バカじゃないし!」
「違いました。馬鹿ではなくてスパイでした」
「そうだよ! 違うよ! スパイでもないってば!」
「そうなのですか。それではなんと呼べばよろしいのかしら。貴女、お名前は?」
さりげなく尋ねると、
「タイリン!」
答えるのかよ。
「なるほど。スパイのタイリンさんですわね」
「名前を教えた意味がない!?」
……なんだこの茶番は。
ルクレティアの誘導が上手いのか? いや、それ以前の問題だ。
こんな歩く騒音器を間者に使うなんてどういうあれだ。それとも演技か、悪辣な罠なのか?
あまりにも間抜けすぎる相手に、ルクレティアも似たような印象を覚えたらしく、やや扱いに困った顔がこちらを見た。
そんな顔をされても困る。
渋い顔でそっと目をそらすと、ふうっと息を吐いたルクレティアが仕切りなおしするように喉を鳴らした。
「それで、タイリンさん。どうやら冒険者とお見かけしますけれど、私のことはご存知ですわね?」
「わは! 知ってるよ、メジハ・ギルドの女幹部!」
その呼ばれ方が気に入らなかったらしく、細く整った眉を不快そうにひそめた令嬢が静かに訂正する。
「ギルド長代理です。町長を務める祖父の手伝いをしています。――ギルドに登録しにいらっしゃった冒険者の方々の顔は全て覚えていますが、貴女のことは記憶にございません。どういうことかしら」
皮肉っぽい言い方。
タイリンと名乗った少女は小首をかしげて一言、
「――若ボケ?」
思わず吹きだしてしまい、ルクレティアからものすごく怖い目で睨まれた。
「貴女の顔を見るのは間違いなく初めてです。貴女、モグリですわね。ギルドに登録せずに依頼をこなす外籍冒険者」
「ガイセキ? よくわかんないけど、そうだよ! 多分! わかんないけど!」
「……そのモグリが、どうしてこんなところにいらっしゃるのかしら」
「そんなの仕事だからに決まってるじゃん! もしかしてメジハの女幹部って頭悪いっ?」
からからと笑い飛ばす相手に、ルクレティアの豪奢な金髪が怒りにわなないている。
ここまでナチュラルにルクレティアを怒らせるのはちょっと凄いかもしれない。などと他人事のように感心している場合ではなかった。
なぜかルクレティアの怒りに満ちた眼差しはこちらに向けられて、
「マギさん」
「――はい。なんですか」
見せかけの上下関係のはずなのに、とても自然に言葉がついてでていた。
「貴方からもこちらの方に質問があるでしょう。黙っていないでなにかおっしゃいなさいな」
うわ、こっちに丸投げしやがった。
反論なんかできる空気ではもちろんなくて、俺はからからと馬鹿笑いを続ける相手の目の前に立ち、
「あー。タイリンさん?」
「わは、なあに! なんだか冴えない顔の人!」
「帰る」
「メンタル弱すぎますぜ!」
回れ右をしようとしたところをスケルから羽交い絞めにされた。
「えーと。タイリンって呼んでいいか? 俺はマギだ」
「いいよ、冴えないマギ!」
「二つ名みたいにいわないでくれるか」
「じゃあ、冴マギ?」
普通に名前で呼べばいいんじゃないだろうか。
「でもさ、やっぱり二つ名とかそういうのって欲しいじゃん! そう思わない?」
「あー。まあ、わからんでもない。じゃあ、タイリンにもなにかあるのか?」
「あるよ! あたいはねー、“孤立の暗殺者”! 凄いでしょっ」
恐らく孤高といいたかったのだろうが、孤立したら駄目だろう。いや、むしろそうあるべきか?
しかしこの場合、問題はそんな冠言葉ではなく、
「……暗殺者?」
「そう! かっこよくいえばアサスィン!」
舌を巻いた発音がイラっとくる。
それを聞いた周囲のカーラたちが警戒を強めるのを感じながら、俺は目の前の相手の台詞がいまいち信じられなかった。
「暗殺者っていうと、人を殺したり?」
「わは! まだ人は一人も殺したことないけど!」
堂々と宣言されて、がっくりと肩を落とす。
「ああ、それじゃあその暗殺者のタイリンは――」
「孤立の暗殺者!」
「……孤立の暗殺者さんは、なにをしにきたんだ? まさか、ルクレティアを暗殺に? おいおい、悪いことはいわないからやめとけ。あのお姉ちゃんは恐ろしいぞ。一回殺そうとしたら、逆撃を受けてまず二回は殺されるぞ。肉体的に、そして社会的にだ。君はまだ若い、その年で人生を捨てる必要なんて――」
思わず真顔で忠告してしまい、脳天を叩かれる。振り返るとルクレティアが怖かった。
「ともかく。悪いことはいわない。暗殺者なんて廃業して、もっと平和な職業を探してみたらどうだろう。冒険者なんて一言でいったって色々あるんだからな」
ちょっと年下を見るととたんに説教くさくなる中年みたいなことを相手に諭していると、きょとんと瞳をまばたかせた自称暗殺者の少女が、
「あはは! マギって面白いね!」
大声をあげて笑った。
「いや、真面目にいってるんだ」
「わは! そんなことはじめていわれた! 変わってる! すごく変!」
にこにこと嬉しそうな相手とのあいだにどこか決定的なズレを感じて、俺は頭をかいた。
どうやら相当に奇矯な性格をしているらしい。
これは話を聞きだすのも大変だな、と思ったところで、
「変わってるけど、悪いヒトじゃなくていい人っぽいから。殺さないであげるね!」
――え、と思考する間もなかった。
闇が動いた。
俺の目にはそうとしか捉えないなにかが視界を奔り、
「危ない!」
あわてて後ろから引っ張られて押し倒される。
同時に白い物体が目の前をさえぎって、
「スケル!」
俺の前に立ったスケルの身体がぐらりと揺れた。
「あ! 動いたら危ないよ、ちょびっと刺さっちゃったじゃーん!」
さっきまでとまったく変わらない口調のタイリンが、いつのまにか右手に短剣を持っている。
いや、それ以前に。
ついほんの少しまで身体の自由を奪っていたはずの縄が、まるで用をなさずに地面にほどかれていた。
「スケル、大丈夫か!」
「痛いっす! 痛いだけっす!」
俺のうえにおぶさってきた元気な返事を聞いてほっとする。
「あれ、血がついてない。そっちの人、普通じゃないんだ! 変わってる!」
「タイリン! いきなり、なにを……!」
「ごめん。ちょっと外に出るのにマギに協力してもらおうと思って、でももういらないね」
にっこりと微笑むタイリンはまるで無邪気なままで、その表情に気色の悪さをおぼえて声を失う。
「……そうやすやすと逃がすと思うのですか」
俺の前に立ち、杖をかまえたルクレティアが怒りににじんだ声で牽制した。
「わは、怖い! マギのいったとおりだ、さすが女幹部!」
「黙りなさい。そして大人しく縄につきなさい。抵抗すれば容赦しません」
宣言したルクレティアの周囲に魔力の気配が集まっていく。
おいおい、洞窟のなかで派手な魔法なんて使わないでくれよなとスケルとカーラに挟まれた状況で見守っていると、緊迫した空気にまるでそぐわない声でタイリンがいう。
「んー、別に今日はヒト殺しにきたわけじゃないから。あたい、帰るねっ」
「ふざけたことを――」
ルクレティアの言葉が終わる前に、闇が生まれた。
なんの予備気配もなしにタイリンの周囲に生まれたそれが周囲に広がる。
反射的に後退しつつルクレティアが杖を振りかざして、
「アイスランス!」
氷の槍が暗がりに打ち込まれるが、闇の向こうからはなんの反応も返ってこない。
舌打ちしたルクレティアがさらに魔力を練り上げ、
「エアブラスト!」
吹き荒れる突風。
大の大人でも立っていられないはずの強風を受けて、しかしその場にわだかまった闇は微動だにせず残ったままだった。
「闇属。やっかいな……!」
天に三精、地に六精といわれる九種類の属性で、火や水といった地属性の六種類は誰にとってもポピュラーで扱いやすい属性だが、天の属性はそうではない。
光、闇、月。上位属性と呼ばれるこれらについてはその扱いが難しく、特に人間種族でそれらを自由に行使する存在は稀だった。
魔物なら比較的見かけることもあるし、例えばあのエキドナも使ってみせたことがあるが、人間で闇属というのは本当に珍しい。
不気味な闇の霧から後ずさりしながら、ルクレティアに問いかける。
「……追うか?」
闇を凝視していた背中がぴくりと動き、こちらを振り返る。
瞳に静かな怒りが浮かんでいた。
すごく怖い。
「……やめておきましょう。相手の能力が未知数ですし、罠があるかもしれません」
いってから、ぺこりと頭をさげる。
「申し訳ありませんでした。無力化できていたつもりでしたが、油断していましたわ」
殊勝に謝られると調子が狂う。
「いや、すまん。俺こそもっと気をつけないといけなかった。カーラとスケルのおかげで助かった。……スケル、大丈夫か?」
さっきから発言がないことを怪訝に思って顔をのぞきこむと、
「ヤバイっす。ご主人がちゅーしてくれないと、もう無理っス」
わくわく顔でなにかを待ち受けているスケルにデコピンをかまして、後ろを振り返る。
「カーラも。ありがとう、いつもごめんな」
「はい。マスターが無事でよかった」
至近距離で微笑まれてちょっとどきりとした。
慌てて顔を戻すと、ようやく闇色の霧が四散しようとしているところだった。
「スラ子、いるか? あいつは感知できるか」
「――こちらに。はい、一直線に洞窟の外へ――今、外に出ました。私が追いましょうか?」
「いや、いい」
ルクレティアがいったように、未知数の相手だ。
人間にはほとんど扱えないはずの系統魔法を使ったこともそうだが、相手に短剣を振るったあともそれまでと変わらなかった態度のほうが、俺には気持ち悪かった。
「……なんなんだ、あれは。魔法もだが、色々おかしくなかったか?」
「おかしかったですけれど、それ以上に不気味でしたわね。暗殺者というのもあながち法螺ではないのかもしれません」
あんな年頃の女の子が暗殺者だなんて、この俺が歴戦の戦士を名乗るくらい似つかわしくないが。
少なくとも、最後のあのやりとりのあいだ、タイリンにはそれに相応しい気配があった。暗殺者。どう解釈したって名誉な職業ではないはずの言葉に相応しい、不気味さや恐ろしさが。
「なんでこんな田舎町にあんなのがやってくるんだ? ルクレティア、お前よほど誰かに恨まれてるのか?」
「知りませんわ」
怒ったように俺を見たルクレティアが苛立たしげに金髪をかきあげる。
「殺しが目的ではないとのことでしたが、しかしこれではっきりしましたわ。どこのどなたか知りませんが、そっちがその気なら受けて立つまでです」
ぎらりとした輝きを遠くに走り去った自称暗殺者に向けるようにして、
「逃がしてしまったのは残念ですが、私が洞窟にやってきたタイミングで襲撃を受けたことは事実です。明日、さっそく町の顔役を集めて今の件について問い詰めてやりますわ」
「いや、でも別に、あのタイリンって子が町の誰かが飼ってる相手かどうかはわからないだろ」
「当たり前です」
なにを馬鹿なことをといっている顔が俺を見た。
「わからないから調べるのです。それに、誰がやったかなどどうでもよろしいのですわ。この私が襲撃を受けたという事実があればそれを口実にできます。今回とは別件でも、町にいる冒険者に何かしらがあるのは間違いないのですから」
「……そうですか」
襲撃を受けてもただではすまさず、最大限に成果をあげようとする姿勢には感心するしかない。
「まあ、頑張ってくれ」
「頑張れ? なにをおっしゃっているのです、ご主人様。明日は貴方様にも町に同行していただきますわ」
突然のことをいわれて、俺はきょとんと目をまばたかせた。
「なんでだ?」
「襲撃を受けたという証言が必要です。あんなわけのわからない相手が滞在しているというのに、どうしてアカデミーになど向かえますか? 出立の前に片をつけておく必要がありますわ」
ルクレティアがきっぱりと断言した。