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十二話 美貌の策謀

 次の日、俺とカーラとルクレティアの三人は探索隊本隊に戻った。


 スラ子たちは隠れ家に待機したままだ。

 竜の躯探し、それに冒険者たちの撹乱とやらなければならないことはあったが、それよりもまずはあのエルフ。こちらを殺しにかかってくる相手をどうにかしないうちは、別行動をとるのだって不安だった。 


 あのエルフが優先して狙う順番は、上からドラ子、スラ子、俺あたりになるだろう。

 襲撃に備えるためには戦力がまとまっていたほうがいいが、スラ子やシィ、リーザを他の冒険者に見られるわけにもいかない。

 スラ子たちに姿を隠して同行してもらうにも、人が多ければそれだけ潜んでいるのを看破されやすくなってしまうから、なるべく本隊の近くからは離れておきたいというのが本音だった。


 昨日のうちに戻るといってしまっていたルクレティアのこともある。

 そのあたりの話も含めたうえで本隊へ向かい、まだ出立していない野営地へ辿り着いた俺たちは、そこに広がる光景に足を止めた。


 転倒したテントに、くすぶる炎。えぐれた地面。そこかしこに倒れた冒険者たち。

 治療処置にあわただしく人が駆け回り、うめき声や悲鳴があちらこちらで飛び交っている。


 まるで戦場のような有り様だった。


「これは、いったい」


 さすがに驚いた表情で、ルクレティアが中央に急ぐ。

 その後ろに黙ってついていく俺とカーラに、周囲からうろんな眼差しが向けられていた。


 大勢に向かって指揮を飛ばしていた男が俺たちの姿を見つけて目を細める。ゆっくりとした足取りで近づいてきた。


「ルクレティア様、ご無事でしたか」


 壮年の護衛隊長ジクバールは厳しい顔つきにいくらかの疲労を刻み、抑えた口調でいった。


「ジクバール様。なにがあったのです」

「襲撃です。昨夜、魔物どもに襲われました」

「……大群だったのですか?」


 野営地には本隊護衛以外にも大勢の冒険者たちがいたはずだった。

 ここまで被害がでたということは、襲ってきた魔物も相当な数があったに違いない。


「はい。襲ってきたのは主にゴブリンやオークなど。ろくに統制もとれていなかったのですが、如何せん数が多くありました。それに加えて連中、どうにも奇妙なところがあり」

「奇妙。どういったところがでしょう」

「いくら痛めつけても、まるで逃げようとしなかったのです。後ろに逃げ場などないかのような必死さでした。そのため、応戦したこちらにもかなりの被害が出てしまった」


 逃げ場がない?

 奇妙な言葉に俺たちは顔をみあわせた。


 森という領域は魔物たちの場所、魔物たちの世界だ。

 そこから襲ってくるということはもちろんあっても、そこへ逃げる場所がないというのはどういうことだろう。


「襲撃は近辺で寝泊りしていたパーティにもありました。その被害状況については現在、人をやって確認しているところですが……ところで。ルクレティア様方には、襲撃などお受けではなかったのですか?」


 鋭い眼差しを向けるジクバールに、ひやりとした心地を味わった。

 これだけ大規模な戦闘が本隊やその周囲でおこなわれていて、別行動していた自分たちだけが無事というのはいかにもおかしい。


 昨日あったエルフの襲撃の影響で、俺たちがここまで歩いてきた道のりにほとんど冒険者たちが野営をしていなかったのもまずかった。

 帰ってくる途中で見てきた荒れた森は昨日の戦闘のものがほとんどで、襲撃があったことに気づいたのは本隊の野営地に着いてからになってしまった。


 その不自然さを今さら言葉で取り消すことはできない。

 そして、目の前のジクバールはその不自然さに当然のように気づいているようだった。


 下手な言い訳をしてしまえば一気にこちらの素性に気づかれてしまいかねない状況に、ルクレティアは眉一つ動かさず、


「ええ。ゴブリンの襲撃程度ならありましたが、特にどうということのないものでした。あのエルフを追って遠くまでいっておりましたので、こちらがこういったことになっているとも知らず。申し訳ありません」

「……そうでしたか。いや、失礼しました。ご無事でなによりでした」


 少しの沈黙のあとジクバールが表情をやわらげる。


 俺は内心でほっと息をついた。

 年季が違うというべきか、男の態度には威圧感というべき迫力がありありとしていた。


 そんな人物に対して、平然と嘘をついてみせるルクレティアの気丈さ(あつかましさか?)こそたいしたものだ。

 質問されるのが自分じゃなくてよかったと心の底から安堵していると、ちらりと俺とカーラに目をやったジクバールが、


「よろしければ少々お話をうかがえますか。昨日のエルフの件もですが、実はその他にも気になることを耳にしているのです」


 低い声でいうそれは口調こそ丁寧ではあったが、ほとんど強制のような響き。

 ルクレティアはちらりとこちらに視線を送り、


「ええ。かまいません。私からもご報告したいことがありますので」 


 俺の表情を確認してから、うなずいた。



「ああ、ルクレティア! よかった、無事だったんだね!」


 中央に張られた大きなテント、寝泊りではなく指揮所として扱われている室内にだらしなく座り込んでいた男は、入ってきたルクレティアを見てぱっと顔色をかがやかせた。

 立ち上がり、がばっと両手をひろげて、


「心配したよ! 心配で昨日は夜も眠れなかった! 襲撃があったから本当に眠れなかったんだけどね、おかげでさっきまで昼寝してしまっていたところさ! おかげで朝食を食べそこねた、実に残念だよ!」


 あいかわらず俳優じみた声の張りでいって、抱擁するかのように迎え入れる男の目の前で立ち止まり、ルクレティアが醒めた表情で応える。


「ノイエン様。ご無事でなによりです。昨日は、こちらまで戻ってこれず申し訳ありませんでした」

「いやいや、聞いたよ。例のエルフを追っていたんだろう? 森が滅茶苦茶になってたらしいじゃないか。凄いね、そんな凶悪な魔物を追いかけるだなんて、君の勇敢さにはまったく恐れ入るよ!」

「……ありがとうございます」


 俺たちの前に立ったルクレティアの表情は見えないが、近くから聞かされる大声にきっと眉間に皺が寄っていることだろう。


 ノイエンが俺たちのほうを見て、


「ああ、その子かい。例の魔物娘っていうのは」


 なにげなくいった言葉に、カーラがはっと息をのんだ音が聞こえた。

 室内に微妙な沈黙がおちる。


「……ノイエン様」


 やれやれとため息をついたジクバールが、


「そのことも含め、ルクレティア様にお話をうかがおうとしているところです。私からお話をさせていただいてもよろしいですかな」

「そうかい? ああ、わかった。じゃあよろしく頼むよ!」


 雰囲気を読まないノイエンに一礼して、ジクバールがルクレティアに椅子をすすめる。

 黙ってルクレティアが座り、その後ろに俺とカーラがたつ。カーラの拳が身体の横でぎゅっと握られているのが見えた。


「どういうお話でしょうか」

「……まずは、我々を襲ってきたエルフについてお聞かせいただけましょうか。昨日、大規模な戦闘があったという事実はすでに報告に聞き、その惨状も確認できております。森の一角を吹き飛ばすような有り様だったと。あれは、ルクレティア様方が立ちあわれたものですか?」

「ええ、そうです。エルフと精霊の二人組みでした。あの破壊は、シルフィリアの加護を受けた弓矢の一撃が起こしたものです。恐ろしい威力でした」

「精霊。やはり、そうでしたか。ではルクレティア様は、エルフの襲撃は精霊の意志ということだとお考えになりますか」

「それはどうでしょう」


 言質を取ろうとするかのようなジクバールの口調に、ルクレティアはあいまいな答えを返した。


「精霊の意志というものは、ただでさえ我々にとって理解しづらいものだと思います。彼らと深い関わりがあるエルフとはいえ、だからといってまったくのイコールで結ばれるものかどうかまでは……もちろん、ある程度の協力関係というのは、行動を共にしていることから明白かと思われますが」

「行動の主はあくまでエルフにあり、精霊はそれに手をかしているだけだと?」

「そうした可能性も考えられるというだけですわ。すくなくとも、なんらかの目的があることは確実でした。ひどく好戦的でほとんど会話もできませんでしたが、森の奥にいかせまいという意志だけは確認できました」

「奥。……それはつまり、」

「奥地にある竜。エルフはそこに近づかせたくないようでした」


 そこまでいってしまっていいのか。


 淡々としたルクレティアの言葉に、俺は思わず疑念の思いを抱いたが、ルクレティアのお供という立場でしかないこの場では制止しようとすることもできない。


 今さらながらに冷やりとした。

 ――ルクレティアを止めることができない。


 そうした状況を認めたのは、他ならない俺自身だ。

 外向きの立場として上にたつルクレティアに、俺が無礼な行為にでれば周りから怪しまれる。

 素性を調べられ、魔物だとばれたらそれで一巻の終わりだ。


 もちろんルクレティアには、俺に不利になるような言動はできないはずだ。

 ルクレティアの胸にある呪印が主人の生命を護らせる。


 だが、それも含めて。

 今こうした状況こそが、ルクレティアの望んだものだったなら?


 今、俺の近くにはスラ子がいない。

 そして、テントの周りには大勢の冒険者たちが集まっている。


 じわりと手のひらに汗を感じた。

 まさか、と思いながら目の前を凝視する。

 ルクレティアの背中にはもちろんなんの答えも浮かんではおらず、


「では、先日のエルフの目的はともかく、その襲撃は竜の元までいかせないようとする妨害行為。そういったものであるとルクレティア様はおっしゃるわけですか」

「はい。ただ命を奪うことを目的とはしていないはずです。単純な殺戮・殲滅が目的であれば、森に放たれたあのような大規模攻撃手段を用いればよいのですから」

「たしかに、そのとおりですな。エルフという種族が徒に森を破壊することを好むかということは疑問ではありますが……」


 重い息とともに納得の意を返した男が、


「しかし。そうなると気になることがあります。ルクレティア様方は、あのような恐るべき破壊をおこなうエルフと精霊を相手に、いったいどのように対したのか。わずか三名で対抗しうるものとは思えませんが」


 ――決定的だ。


 ジクバールの言葉は、なにかしらについて俺たちを疑っているということの証だった。

 問題は、それがなんなのか。


 さきほどの様子からすれば、恐らくそれは――俺はちらりとカーラの様子をうかがう。

 ウェアウルフの血をひく少女は、周囲に流れる雰囲気に気づいているのだろう。薄く唇をかんでじっとたたずんでいる。


「もちろん、正面から対抗できるものではありませんでした。数の利を生かし、森林という障害条件を盾にできたことが幸運でしたわ。誰一人に怪我がなかったことは奇跡のようなものです」

「運がよかっただけと? しかし、それにしては逃げた相手を追っていかれるというのは、なかなかに戦意が猛々しいと申しますか」

「あれだけの相手です。自由にしてしまえばまた被害が大きくなると、そう思っただけのことですわ」


 会話のやりとりは一進一退ですすみ、どちらにも迂闊な発言はない。

 言葉の剣をかわすような緊迫した状況が続き、これでは埒があかないと思ったのか、ジクバールがきつくまぶたを閉じて、開いた。


「実は、ルクレティア様。昨夜の襲撃のあとで近辺の冒険者に話を聞いていたところ、連中のなかに奇妙なことをいう者がおりました」

「いったいどういった内容かお聞かせくださいますか」

「はい。探索隊のなかに魔物がまぎれている。この襲撃はそいつが手引きしたにちがいない、というのです」


 俺の隣にたつカーラの拳が震えている。

 ジクバールの眼差しがそれを捉え、油断なくこちらを経由してからルクレティアに戻った。


 本題を切り出され、沈黙をうったルクレティアが、


「――なるほど」


 冷ややかな息を吐いた。

 いや、冷ややかさだけであればそれまでとあまり変わらない。だが、


「まったくくだらないお話ですわ」


 続けられた言葉には、あきらかな軽蔑の感情が添えられており、その微妙だが確実な気配の変化に、ジクバールだけでなくその場にいた全員の顔がぎょっとした。


「ジクバール様。そのつまらない噂の発生源をあててご覧にいれましょう。フィルドー、ウタリ、ガジッタ。それから、ハンセ。このいずれかではありませんか」


 ぴくりとジクバールが眉をあげる。


「どういったことですかな?」

「その連中はメジハのギルドから追放された者たちです。この私が、そうしました。どこかのギルドに再登録したのでしょうが、名前を確認なさってみればよろしいかと思いますわ。偽名を使っている可能性もありますが、そのときにはギルドに記してある人相書きを確認させましょう。連中は犯罪者です」

「……それはまことですか」

「なんでしたら、輜重隊の者に命じてメジハで確認させてみればよろしいかと。おおかた、そのことで私とこちらのカーラを恨んでの言動ではないでしょうか」

「恨む。つまり連中の犯罪にはルクレティア様も関わりを?」


 問われたルクレティアはまったく動揺のかけらもない口調で、


「その連中は、私とカーラに狼藉を働こうとしたのです」


 いっそ堂々といいきった。


「なんだって!?」


 居合わせた一同で、いちばん大きく声をあらげたのはノイエンだった。


「僕の大事なルクレティアにそんなことを!? いったいどうなっている、ジクバール! なぜ僕の探検隊に、そんな恥知らずが加わっているんだ!」


 激怒する相手に、ジクバールも困惑しきった表情で額に手をあてて、


「は。いえ、申し訳ございません。なにぶん、多くの冒険者が周囲におりますので、その全ての身元を確かに明かすというのはなかなか難しいところが」

「そんなことは知ったことではないよ! そんな輩が近くにいるというだけで、我々の品位までさがってしまう! 即刻、対処したまえ!」

「はっ、かしこまりました」

「ルクレティア、すまない。嫌なことを思い出させてしまったね」

「いいえ。とんでもありませんわ」


 一転して穏やかなルクレティアの声を聞きながら、俺は心のなかでうめいていた。


 ――ていうかそれ、冤罪だけどな。


 まだルクレティアの胸に呪印がなかったころ、四人の男たちとともに調査隊を率いて洞窟にやってきたのは、他ならないルクレティアだ。


 そこでルクレティアは俺たちに捕まり、スラ子からたっぷりと説得を受け。四人の男たちは調査の失敗やその他もろもろ、俺たちにとって都合の悪いことの全部をひっかぶさせられた。

 そして、こちらに寝返ったルクレティアの手によって、やってもいない暴行未遂の罪を受け、ギルドを追放された――


 ……恨むには十分すぎる理由があるような気がしたが、なんとなく目の前の状況が好転しているように思えたので、俺は自分のこころにそっと蓋をした。


 まあ、あれだ。連中がカーラにひどいことをやろうとしたのは事実だし。


 というか、恐ろしいのはルクレティアだ。

 ほとんど無理やりそうさせられたとはいえ、自分で冤罪をきせた相手に、よくもそんなに白々しいことがいえるもんだと感心してしまう。


 嘘がうまいとか、面の皮が厚いとかじゃない。


 悪党だ。

 俺なんかとは器が違いすぎる、この女は掛け値なしの大悪党だ。怖すぎる。


「……申し訳ありません。まさかそのような事情があるとは思いもせず」


 深く頭をさげるジクバールに、ルクレティアは穏やかな口調のまま、


「いいえ。こちらとしても、あまり公言したい類のものではありませんでしたので。どうぞお気になさらないでください。かえってご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」


 わー。被害者ぶってるー。

 しかもいい人っぽく気取ってるんですけどー。


「そのようにいっていただけると、ありがたいです。――では、ルクレティア様。そちらの方が魔物の血をひいているというのも、ただの中傷ということなのでしょうな」

「それは、」


 ルクレティアが答えにつまる。

 ジクバールが皺をつくった。


「……事実ですわ。カーラの身内には、魔物の血が流れています」

「ほう」


 ざわりと周囲がざわめいた。


 人間族、その特権階級にあるものは血統主義だ。

 いわゆる貴族や、それに近しい立場になるほど生まれ出自が重要視される。そうして、魔物という血筋はそういった場合にまったく喜ばれない。


「失礼な質問をお許しいただきたい。ですが、そちらの女性は、たしかに信用がおける人物で間違いないのでしょうか」


 ジクバールの慇懃な台詞は、そのまま人間社会における魔物というものの見方そのものだった。


 別にそれはいい。


 魔物というのは生き方のことだ。

 俺や、カーラだって、それを自分で選んだのだ。


 だが。

 自分と関わりのない、血や生まれた存在それだけで全てを否定されてしまうのは納得がいかないし、腹もたつ。


 かっとなった俺がなにかをいいかける前に、


「不快なおっしゃりようです」


 はっきりとした声で告げたのはルクレティアだった。


「ここにいるカーラは、私の連れです。私がこの身を預けられると思い、行動をともにしている。その相手が信用できないと、ジクバール様はおっしゃいますか?」


 さきほどよりさらに顕著な言動の変化に、ジクバールが目をまばたかせる。

 ゆっくりと首を振り、


「いえ、決してそのようなことは。ですが」

「ですが、なんでしょう。そうした意味以外になにか意図がおありでしたら、聞かせていただきたいものですわ」


 ほとんどケンカを売るような口調に、あわてたのはジクバールよりむしろノイエンで、


「ま、まあまあ、ルクレティア。ジクバールも、別に悪気があっていっているわけじゃあ――」

「そのようなことは承知しています」


 ぴしゃりといわれ、坊ちゃん沈黙。


 場にひやりとした沈黙が流れ、それを生んだルクレティア自身が深いため息をついて口をひらいた。


「……わかりました。私やカーラがここにいることが皆様の懸念のもとになるというのでしたら、私はこちらから失礼させていただきます」

「ルクレティア、そんな!」

「そのほうがよろしいでしょう。さっそく別行動をとらせていただきますので、なにか御用がおありでしたら狼煙にてご連絡ください」

「待て、考え直すんだ、ルクレティア! 君にもしものことがあったら、僕は君のご祖父様になんて申し上げればいいか――」

「祖父ならわかってくれるでしょう。それでは、失礼いたしますわ」


 きっぱりと言い捨てて立ち上がり、テントから出て行く。


 あわててその後ろを追いながらちらりと確認する。

 嘆いてわめいて騒動するノイエンと、それを必死になだめる周囲の連中。そしてしかめっ面をこちらに向けるジクバールの姿が俺たちを苦々しく見送っていた。



 後ろからみて立腹していることがわかる歩き方で、ルクレティアはそのまま野営地をでて、森をすすみ。


「おい。ルクレティア」


 周囲に他の冒険者がいないことを確認して恐る恐る声をかけると、ぴたりと足がとまった。


 正直、意外だった。

 ルクレティアがカーラのことであんなに怒るなんて。


 そういう驚きと、感心と、ちょっぴり尊敬と、いろんな感情がまざった奇妙な気分でいると、こちらを振り返った表情はいつものように温度の低い顔色で、


「なんでしょうか、ご主人様」


 なんでしょうはこっちの台詞だ。


「いや。……あれ、怒ってないのか? 怒ってたよな、今」

「別に怒ってなどおりませんが」


 冷ややかにいわれる。


「あれ? でも、ほら。一緒にはいられません! みたいな」

「ああすれば、本隊から離れて行動がとれますでしょう」


 ルクレティアはあっさりといった。

 俺は額に手をあてて考える。


「……つまり、怒ったふりなのか? いや、待て待て。お前は、カーラのことを悪くいうあいつらに本気で怒ったわけじゃなくて、怒ってみせることで自由に動ける立場を得るために、演技したってことか」

「そうですけれど、なにか問題がございますか?」


 言葉がなかった。

 あっけにとられて、口も閉じられない俺のとなりで、


「――あはっ」


 それまで黙っていたカーラが笑った。


「なんです、カーラ」

「ううん。でも、やっぱり、そっちのほうがルクレティアっぽいなって。なんだか可笑しくなって」


 くすくすと、カーラは嬉しそうに笑う。


 なんで嬉しそうなのかわからない。

 演技で怒ってただけなんて、逆に腹がたってもいいくらいじゃないのか?


「……別に貴女のために演技をしたわけではありません、カーラ」

「うん。ありがとう。ルクレティア」


 にらみつけるルクレティアと、はにかむように微笑むカーラ。

 微妙な視線がからみあって――ついと離れた。


 ルクレティアが忌々しそうな表情を俺に向けて、


「――ご主人様。なにをなさっているのですか。行動の自由は手に入れましたが、状況は決してよろしくありません。探索隊参加者へのストレスもたまってきていますし、昨夜の襲撃でその統制が失われる可能性もあります。このままではいずれ問題が起きるのは確実でしょう」

「ああ、わかってる」


 ルクレティアの眉があがった。


「わかっている。では、どのようにお考えですか」

「問題が起きる前に解決するしかないだろう。俺たちで、竜の躯を見つけだすことだ」

「けっこう。では、もうひとつのこともおわかりですわね」


 鋭い眼差しの問いに、俺は昨日のルクレティアの視線を思い出しながら、


「……ああ。それもわかってる」


 ため息と共に答えた。


 ルクレティアがいう、もうひとつ。

 それはあの辻撃ちエルフに狙われている正体不明のドラ子についてだった。



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