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十一話 天然鬼畜VS口悪凶暴

「ようやく来やがった、な――?」


 先日一戦まじえたスラ子の登場を待ち望んでいたかのように、にやりと口の端を持ち上げたエルフの動きが止まった。

 鋭い眼差しを大きく見開いて、


「……ハッ。あっはっはーっ」


 身体を折り曲げ、大声をあげて笑い始める。


「こんなところにいやがった!」


 ぎらりとした視線が見据えているのはシィ。その頭のうえの、小さな正体不明の生き物だった。


「てめぇらが連れてやがったとはな! ふざけた幸運だ、森を探しまわる手間がはぶけた!」

「うちのドラちゃんがなにか?」

「ナニもクソも。オレは、そいつを殺しにきたんだ」


 眉をひそめるスラ子に、明確な殺意を含めてエルフがいう。


「お前らとはあとでちゃんと遊んでやる。その前に――そいつを渡せ。それは、お前らが持ってていいもんじゃねえ」


 スラ子がちらりとこちらに視線を送り、俺はシィを見た。

 シィの頭のうえできょとんとしているドラ子。それを乗せたシィが、不安そうな表情で見つめてきている。


「どういう意味だ」

「うるせぇ。いいからさっさと渡せってんだ、ボンクラ」


 口悪エルフの返答はにべもない。

 ……なら、こっちの返事だって決まっている。


「断る」

「へえ――」


 すっとエルフの目が細まって、


「いい度胸じゃねーか。んじゃ、一緒に殺してやるよ」


 ぶっそうな宣言とともに、辺り一帯に濃い魔力の気配が渦巻いた。


「いくぜ、シル。遊びは終いだ。邪魔する奴は全員ぶっ飛ばす」

「オッケ」


 弓をかまえるエルフ。その周囲に魔力とともに風が引き寄せられていく。

 あきらかに、今までのものとは気配が違う。


「マスター、こちらへ!」


 スラ子の鋭い呼びかけにいわれるまでもなく、俺は少し離れたスラ子たちのもとへ向かって駆け出していた。


 カーラとルクレティアも続く。

 俺たちが合流を果たすより前に、本気になったエルフの攻撃が繰り出された。


「――死ね」


 速度重視の早撃ちではなく、限界まで引き絞られてから放たれた射。

 その一撃は、それまでのものとはなにもかもが違っていた。


 豪風が一点から渦を巻いて放射される。

 直線を導く軌道。


 その途中にあるものを全て薙ぎ倒しながら突き進む矢撃の目指す先は、スラ子たち。

 シィの頭のドラ子を真っ直ぐに貫くべく放たれた破壊の矢撃に、


「伏せてください!」


 スラ子がそう発言したのは、完全な防御が為し得ないとスラ子自身がとっさに判断したことを意味していた。


 直接の目標ではない俺たちにまで、その一撃から漏れでる余波が暴力的な風となって押し寄せてきている。

 強風に全身を煽られ、吹き飛ばされそうになって走るどころじゃない。

 腰を落としてふんばり、それすら危うくなって他の二人と地面にしがみついた。


「……アース、ウォールっ!」


 すぐ後ろでルクレティアの声。


 呼応してそびえたつ土の壁が暴風を遮断。

 しかし、それも一瞬のことだった。


 強風に耐え切れず瞬く間に崩壊して、その土砂をまともに浴びて目をとじる。


「なんて、威力……!」

「しゃべるな! 手を離すなよ!」


 耳鳴り。その奥がきぃんと鳴って、ズキズキと痛い。

 内臓を持ち上げられるような感覚に襲われた。


 気分の悪さに反射的に嘔吐しかけて唇を噛みしめ、ただひたすらに暴力の嵐が過ぎ去るのを待つ。


 ――どれくらいそうしていたか。

 一切合切が聞こえなくなり、それが自分の耳がおかしくなったのかと思いながら顔をあげて、


「なっ――」


 絶句する。


 目の前の状況が一変していた。

 所狭しと立ち並んでいた木々が丸ごと吹き飛ばされ、薙ぎ払われ。ぽっかりとした広大な空間が生まれている。


 なにもない空間はそのまま、弓の駆けた軌跡となって視界のはるか遠くまで続いていた。

 その終わりは見えず、スラ子やシィたちの姿もどこにもない。


「嘘、だろ」


 あれだけの破壊の正面に立って、耐えられるわけがない――

 そんなまさか、と目の前の出来事を信じられずにつぶやきかけ、


「けほっ」


 咳き込む声。


 もうもうと地面にたまった土煙の、さらに下からその声は聞こえてきていた。

 ゆっくりと煙が落ち着き、あらわれるスラ子たちの姿。


 俺はほっと息をはいた。

 よかった。全員無事だ。


「潜りやがったな」


 エルフの言葉で理解する。

 スラ子はあの一撃を正面から防ぐのではなく、左右にかわすのでもなく、その場に穴を掘って直撃を避けたのだ。


「すごい威力ですね。シィとドラちゃんの頭がぼさぼさになっちゃってるじゃないですか。リーザさんは、……問題ないですねっ」

「じゅ」


 もちろん、リザードマンには頭髪なんてない。

 胸元に抱いた二人の汚れを払い、スラ子は駆け寄った俺たちへ二人を寄越した。


「カーラさん、ルクレティアさん、シィ。リーザさんも、皆さん全員でディフェンスをお願いします。相手はドラちゃん狙い、それからマスターを“釣り”で狙われる可能性もありますのでご注意を」

「でも、それじゃあ攻撃は?」

「オフェンスは私がやります」


 スラ子がきっぱりと宣言する。

 ルクレティアが眉をひそめた。


「お一人で。よろしいのですか」

「ええ。皆さんは防御に全力を。この壕から出ず、防ぐのではなく受け流すよう心がけてください。今みたいな精霊さんの本気を、正面からというのはちょっと厳しいと思います」 

「――ボクも。ボクも、いくよ」


 カーラがいった。


「ここにいたってなんの役にもたたないから。それなら、せめて牽制くらい」

「すみません……。カーラさんにまで注意を向ける余裕がなさそうなんです」


 申し訳なさそうにスラ子がいう。

 カーラが唇を噛んだ。スラ子の遠まわしな台詞は、カーラが足手まといになってしまうという意味だった。


「マスターを護ってさしあげてください。私の代わりに」


 はっとした表情で、なにかを悔やむように顔をしかめたカーラがうなずく。


「……わかった、ごめん」

「いえいえ、お願いします。それとマスター。もしかしたらですが、いつもより無茶しちゃってもよろしいですか?」


 土精霊まで取り込んだスラ子に、俺は無理をするなと日頃から口を酸っぱくしていってきていた。

 あのエルフと風精霊のタッグは、それでは相手ができないかもしれないということ。


「……限界は、意識しておくんだぞ」

「了解ですっ。心配ありません、はやくすませてしまわないと他の冒険者さんたちがやってきてしまいますし。それに」


 スラ子は不敵な表情を浮かべた。


「――そんなに時間はかけませんから」


 それを遠くで聞きつけたエルフが笑った。


「ハッ。いってくれるじゃねえか。たった一人でオレ達を倒すつもりかよ?」

「あたしはそういうの、嫌いじゃないけどネ」

「ふふ。私も嫌いじゃありませんよ。マスターからお許しをいただけるのも滅多にないですし……すぐにへばったりしないで、少しは楽しませてくださいね?」


 どこまでも余裕のある発言に、エルフが顔をしかめる。


「ムカつく野郎だ」

「やっちゃえ、ツェツィ」

「当然」


 エルフが弓をつがえ、スラ子が走った。

 相手に向かうのではなく、俺たちのいる壕から離れようと横に距離をあける。


 そこに、


「砕けやがれ!」


 エルフの第二射。


 呆れるほどの魔力が込められた暴風の矢がスラ子に放たれる。

 駆けながらちらりと見たスラ子がさらに足を速めるが、


「そんなんで、逃がすかよ!」


 射線上から外れたスラ子を追うように弓の軌道が変化した。

 自らをしつこく追尾する矢に、スラ子は足を止めて地面に手をつき、唱える。


「アースウェイク!」


 地面が盛り上がった。

 壁ではなく、柱でもない。


 自分と矢とのあいだになだらかに盛り上がった滑走の斜面は、矢が撒き散らす暴風を無理に受け止めるのではなく、受け流しつつ上空へそらすための弧を描いた構造になっていた。


 が。


「甘ぇっつってんだろうが!」


 小細工をものともせず、矢は目の前の全てを粉砕した。


 突き進み、到達する。

 しかし、そのときにはスラ子はその場にいない。


 徐々に盛り上げられていった斜面。

 スラ子とエルフのあいだに生じた段差は、結果としてそれぞれの視界をふさいでいた。


 エルフがスラ子の姿を見失った瞬間、そのあいだに横にまわったスラ子がまんまと一撃をかわして死角から相手に駆けている。


 だが、すでに次の矢は待ち構えていた。


 第三射。

 先の二撃からすれば放射する暴風の控えめな射撃は、しかし内包する魔力の量は決して劣っていない。


「――っ」


 放たれた矢が、空中で“割け”た。

 まるではじめからそういう作りだったように、二つに割れ、四つに割れ。倍々になって増えながら速度を落とさず、一本の矢がたちまち面制圧の矢嵐と化す。


 前面に圧倒する無数の矢に対して、


「アースウォール!」


 スラ子の対応。

 そそり立つ土壁が無数の矢を全て受け止め――紙のように吹き散らされる。

 一本を割いて割いて、もはや極小の質量しか残っていないはずの矢の数々は、しかし一本一本に致命にいたる十分な威力を残していて、


「ウォーターライド!」


 土の防御を抜いた矢の数々が届く寸前、間一髪で空に逃れる。


「終わりだ」


 上昇水流に乗ったスラ子を見上げたエルフが獰猛な笑みを浮かべた。


 引き絞られる四射目は、宙にあってそれ以上の身動きがとれないとみたスラ子へ向けて。

 スラ子はにこりと笑い、


「――プレス!」


 空中から放たれた水流に乗り移り、そのまま自由落下で急降。

 エルフは動揺をみせず、冷静に第四射を撃ちかけ――その銀の瞳に移る目標の姿が、不意に消える。


「なに――?」


 水流から降りたわけでも、潜ったわけでもない。

 スライム質の身体を変化させて水流と一体化したスラ子が、そのままなだれをうって相手に襲い掛かった。


「ちっ!」


 はじめてエルフが後ろにさがって距離をとろうとする。


 そこへ、不自然に水流が伸びた。

 水の腕が鞭のようにしなり、


「――はい、捕まえた」


 水そのものから響いて笑うものは、まぎれもなくスラ子の声。

 手首を掴まれた銀髪の狩人から笑みが消える。


「……シル! 跳べ!」

「いっくよ!」


 風の刃がそれを断ち切り、エルフの身体をさらって遠くに運ぶ。


 地面に落ちた水流からゆっくりと元の外見を取り戻したスラ子が、なにごともなかったように立ち上がった。

 にっこりと微笑む。


「惜しかったですね」

「……てめえ」


 距離をあけたエルフが険しい眼差しを向ける。


「いったい何だ。気色悪ぃ。シル、わかるか」

「おかしい。やっぱりヘン。あいつ、いくつも精霊の匂いがするっ」


 顔をしかめたシルフィリアが頭を振った。


「精霊の混血だってのか?」

「そんなことあるわけないじゃん! 絶対ヘン! 気持ちワル!」

「ふふー。あなたも、美味しそうですね」


 笑顔のまま、スラ子がシルフィリアにささやくようにいう。

 その一言でなにごとかを理解したらしいエルフが、まなじりを吊り上げる。


「……“喰い”やがったな。てめえみてぇのが自然に生まれるわけがねえ――マスターとかいってたか。ああ、そーいうことかよ」


 鋭い眼差しが俺を見て、


「これだから。人間って奴は救えねえ」


 憎々しげに吐き捨てた。


「自分達のしでかしてることを理解もしてねえくせに、森が荒れるだぁ? どの口でほざきやがる、反吐がでるぜクソ野郎が!」


 ほとんど無動作で抜き撃ちの射が放たれた。


 その矢が向けられたのはスラ子ではなく、壕からうかがうように戦況を見守っているこちら。

 しかも、その矢先が狙っているのは――


「アースウォール!」


 ルクレティアの土壁が壕に蓋をするように生成される。

 暴風が上空を過ぎ、崩された土砂を頭からかぶって、破壊が去ったあとに顔をあげると、


「大丈夫ですか、マスター」


 すぐそこにスラ子の姿があった。


「ああ。あいつは?」


 エルフの姿はない。


「すみません。逃げられちゃいました……」


 申し訳なさそうに肩を落とすスラ子の肩口には、ざっくりとした深い裂傷が残っていた。


「いや。傷は平気か」

「はい、大丈夫です」

「……無理してないな?」


 心配になって訊ねると、スラ子は考え込むように腕を組んで、


「無理してたほうがポイントアップです?」

「ならん」

「ならしてませんっ」


 いつもどおりのスラ子の様子に、はあっと安堵とそれ以外のため息をついた。


 ――絶対、殺してやる


 声が響く。

 空を伝播して、それは相手の姿がないまま風に乗って届けられていた。


 ――そのチビに精霊喰い。それから、お前もだ


 死の宣告を聞きながら、今さらながらにぞっとする血の気の引く気分を味わう。

 エルフが最後に放った一撃はドラ子ではなく、間違いなくこの俺に向けられたものだった。


 ◇


 ひどい惨状に成り果てた現場に、ぱらぱらと周囲から冒険者たちが集まり始めた。

 スラ子たちを先にいかせ、俺たちはやってきた冒険者たちに状況を伝え、逃げ出したエルフを追う旨を告げた。


「明日には戻ります。そうお伝えしてください」


 ルクレティアが、伝令役の相手に小銭を握らせている。

 そうやって一日分の自由を確保してから、スラ子たちを追った。


 俺たちが合流したのは森に点在する、シィたち妖精が利用する隠れ家のひとつ。

 他の魔物や冒険者たちから見つかりにくいその大樹の寝ぐらに擬装をほどこして、数日振りに顔ぶれをそろえた話し合いの場ができたのだった。


 とりあえず全員の顔が無事にあることに安堵しながら、しかし弛緩した気分でいるわけにもいかない。


「シィ。森の様子はどうだった?」


 まず俺が訊ねたのは、妖精たちがいっていた森の奥地について。

 一帯が危険な状態になっているという、それについてシィが感じたものがあったかだが、俺の視線を受けたシィは小さく首を振って、


「ごめんなさい……。あまり、進めてないです」


 そういえば、スラ子がシィたちと合流して戻ってくるのは予想よりだいぶ早かった。

 だからこそ、あの場面に間に合ってくれたのだが。


 進めなかった理由をシィに訊くと、


「ドラ子が……すごく、怖がって」


 シィと一緒に森の奥地に向かっていたドラ子が、どうしたわけか先に進むのをひどく嫌がったのだという。


 頭のうえにいる小さな生き物を見やって、しばらく場に沈黙がうまれる。

 全員が、恐らくさっきのエルフの台詞を思い出しているはずだ。


 ――オレは、そいつを殺しにきた。


「……どういうことだと思う?」


 頭に浮かんだ想像のどこまでを口にしていいものか。

 迷いながら周囲に訊ねると、目をあわせた全員が戸惑っている様子で、


「率直に考えれば」


 そんななかで口をひらいたのはやはりというか、ルクレティアだった。


「森の竜と関わりがあるのでしょう。あのエルフは躯の存在を知っていました。奥にいかせないための襲撃というような口振りも。それだけでも、ドラ子さんが竜の躯となんらかの関係があることは予想できますわ」


 冷静な意見。

 別にとっぴでもない常識的な思考の帰結だが、それを口にするのには勇気がいる。


 なぜなら、それはようするに、森の異変にこのドラ子が関わっているかもしれないということにもなるからだった。


 森を護るエルフ。

 そのエルフが命を狙うドラ子は、つまり森にとってよくない存在ということなのか?


 だが、それはあくまで相手が普通のエルフならという話だ。

 あのエルフは、色んな意味で普通じゃなかった。


 口が悪くて好戦的。ありえないくらいの凶暴性。

 世に知られるエルフ族の美徳をひっくりかえしたような粗暴な振る舞いは、異常としか思えない。


 しかし、それだけであのエルフを否定することだってできない。

 ふと視線を感じて顔をあげると、なにかをいいたそうな表情のスラ子がこちらを見つめている。


 ……あの辻撃ちエルフは俺とスラ子にも強い殺意を向けてきた。

 その敵意は以前、洞窟の前にいたウンディーネがスラ子に向けたのと同種のものだ。


 エルフのそばにはシルフィリアが、風の精霊がついていた。

 あいつの行動が、精霊の意に沿ったものだとしたら――


 それぞれ思い悩むように黙り込んでしまい、沈み込んだ空気を払おうと、大きく息を吐く。 


「とにかく。あのエルフと風精霊の狙いがドラ子だってことははっきりしてる。宣言があったんだ、絶対にまた襲ってくるだろう。まずはその対応を考えよう」


 話題を変えて話を再開しながら、ルクレティアから冷ややかな視線が向けられているのに俺は気づいていた。



 明日からの行動について打ち合わせが終わり、ふと気づくとカーラの姿がない。


「カーラさんなら、外にいかれましたよ?」

「危ないじゃないか」


 妖精の隠れ家とはいえ、もう外は夜だ。魔物が活発になる時間だ。


「大丈夫だと思います。危なくないよう、リーザさんがついていかれましたから」


 へえ、と少し感心する。

 会話も通じないし、表情だって読めない相手だからどんな性格なのかいまだに掴めていないが、案外いいやつらしい。


「駄目ですよ。マスター、気が利く男はもっと早くに行動しないとです」


 スラ子からダメ出しを受けながら、とりあえず外に出てみる。


 二人の姿はすぐそこにあった。

 こちらに背中をむけて座っているそれぞれのあいだには微妙な距離があいていて、特に会話もなく黙って座っている種族違いの二人の様子は、なんだか奇妙な光景だった。


 とりあえず、二人のあいだに座ってみる。

 ……なにも反応が返ってこなかった。


「なにしてるんですか、マスター」


 後ろから呆れたようなスラ子の声。


「ツッコミって。嬉しいもんだな。……おい、なにしてる。狭いだろうが」

「ふふー」


 無理やり俺の隣にスラ子が割り込んで座り、押し合いへし合いしていると、それでやっとカーラは俺たちの存在に気づいたらしい。

 ぼんやりと遠くを眺めていた表情がはっとして、


「わ。マスター。それにスラ子さん」

「おう」

「はい。リーザさんもいますよ?」

「じゅ」


 スラ子がいれば言葉が理解できるリーザも、律儀に返事をする。


「……みんな、どうしたんですか?」

「ん。月を見にきた」 

「似合いませんっ、マスター」

「じゅ」

「おい、じゅってなんだよ。それ肯定とか同意だろ」


 最近、少しずつリザードマンたちの言葉わかるようになってきてる俺だった。


「ふふ。リーザさんも、私たちの言葉を勉強してるんですよ。まずは全員の名前から、シィが先生役なんです。ね、リーザさん」

「じゅあ」


 別行動をしているうちに、いつのまにか仲良くなっているらしい。


「へえ。じゃあ俺のこと呼んでみてくれ」


 勉強の成果を確かめるべくさっそく課題をだしてみると、


「――ましゅら」


 ……どうやら、言語習得には時間がかかりそうだった。


 俺たちのコントを聞いていたカーラがくすりと笑って、はあっと息を吐く。


「すいません。心配かけて」

「ん。まあ、月を見にきただけだからな」

「似合いませんけどね!」

「じゅ」


 じゅはやめろ。


「……ごめんなさい」


 カーラがいった。


 謝罪の意味がわからない。

 ちらりと横を見ると、カーラは膝をかかえてあごをのっけて、


「今日。マスターの護衛をはずれちゃって。スラ子さんに、いわれてたのに」

「あー」


 スラ子たちがやってくる前のことか。


「そんなことがあったんです?」

「あったけど。でも、俺が許可したわけだしな」

「なら問題ないのでは?」


 問題ない。と俺は思うのだが、カーラはぎゅっと膝を抱える腕に力を込めて、


「……なんだか、腹がたって」

「まあ。口が悪いエルフだったしな」


 おちょくったり挑発したりする言動に、怒るのだって無理はない。

 違うんです、とカーラは頭を振って、


「その前にメジハの人にいわれたこととか。それで、八つ当たりで。あのエルフさんにだって、なにか理由があるのに」


 カーラは膝に顔を突っ伏した。


「それに、なんの役にもたててなくて。あーもう。やだな」


 久しぶりに、へこみモードらしい。

 それだけ昼間の出来事がショックだったのだろう。


 俺がなんと声をかけるか考えていると、


「あのエルフさん、お強いですよね」


 スラ子がいった。


「そうだな」

「あれはやっぱり、精霊さんの加護ですよね?」

「そうだな。精霊魔法ってやつだろう。まあ、魔法っていうか、エルフ族の特殊能力みたいなもんだが」


 個々の精霊と契約して助力を得る。

 その威力は昼間、たった一射で森の一角を薙ぎ倒したあの通りだ。


「特殊能力。カーラさんが魔法を掴んだりするのもそれですよね。あれもかなりやっかいでした」

「ボク?」

「ええ。はじめてお会いしたときとか。ルクレティアさんと三人で戦ったときとか。ふふ、なんだかすっごい昔のことみたいですねー」

「……でも。あれは、頭が真っ白で」


 魔力をためて振るう拳はとんでもない攻撃力を発揮する。

 だがそれができるのは、カーラが狂暴化したときだけだ。


「できますよ」


 自信満々にスラ子はいった。


「狂暴化してても、してなくても。どっちもカーラさんじゃないですか。なら、できるはずです。……多分!」


 多分かよ。


「……そうかな」

「そうですよ。それができないのは」


 いったん言葉がくぎられる。

 三人の注目を集めてから、スラ子は一言。


「――未熟だからですっ」


 沈黙。


 カーラが苦笑した。


「そうだね」

「そうです。私たちは未熟です。私も、シィも。カーラさんもルクレティアさんも。なにかになろうとして、まだゼンゼンです。リーザさんはどうですか? 将来、どうなりたいとかあります?」


 話を振られたリザードマンが、ゆっくりとまばたきをしてから、答えた。


「じゅゆ、らしゅじゅらい」

「――いつか、竜になるそうです。ふふ、私とおんなじですね」


 蜥蜴人は、空を見続けて竜になる。

 彼らはそう信じているという話を聞いたことがある。


「竜? スラ子さんも?」

「はい。打倒ストロフライさんですっ」


 ぐっと拳をにぎりこんでとんでもない目標を口にするスラ子に、カーラはびっくりした表情で、


「そっか」


 ほうっと息を吐いた。


「みんな、そうなんだ」

「そうですよ。だから、努力するんです」

「……うん。そうだね」


 うつむいたカーラが、ぱんっと頬をたたいて顔をあげた。


「――ごめんっ。落ち込んでる暇あったら、努力しないとだよねっ」

「そうです。閨ポイントゲットです!」

「え? ええっ? ……とにかく! スラ子さん、ありがとう。リーザさん、マスターも。ご心配かけてすみませんでしたっ」


 立ち上がり、大きく頭をさげる。

 そして頭をあげたときにあったのは、もういつもどおりの明るいカーラだった。


 もちろんそれはいくらか無理につくった表情ではあるだろうが、暗い顔なんかよりは全然いい。


「なかに戻りますっ」


 元気に宣言して去っていくカーラのあとをリーザが黙ってついていく。

 俺はその後ろ姿を見送って、嘆息した。


「マスター? どうされました?」

「……いや。カーラが元気でたのはいいんだが。出る幕なかったな、ってな」


 フォローを全部、スラ子にとられてしまった。


 スラ子はくすりと微笑んで、


「やっぱり、もっと行動を早くしないとですね。マスターもまだまだですっ」

「そういうことだな」



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