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十話 肉食系エルフ

 くしょん、と鼻先にむずがゆさをおぼえて目が覚めた。


 ……寒い。

 近くにある温もりへ無意識のうちに身を寄せようとして、すぐそばの小さな頭に気づく。

 こちらの肩に寄りかかるように毛布にくるまっているのは、テントのなかで眠っているはずのカーラだった。


 触れ合った箇所から伝わる人肌の温かさ。

 夜中、寒さに起きたりしないでいられたのはそのおかげらしい。


 ありがとう、と口のなかでつぶやいて、起こしてしまわないようそっと顔をあげる。

 周囲にはうすい霧がかかり、森の早朝は静かな気配に落ち着いていた。


 昨夜、遅くまで続いたノイエンたちの馬鹿騒ぎのあと散発的に魔物たちの襲撃があったが、それらは全てジクバール率いる護衛戦力に撃退されていた。

 大群の強襲もなく、ほとんど被害らしいものも出ていない。


 森にはゴブリンやオーク、その他の魔物が多く徘徊しているはずで、昨夜の襲撃はむしろ少ないほどだったが、それはまだ森の入り口から近いせいというのもあるだろう。


 奥地へ入り込むほど、魔物の数や種類は増えていく。

 ジクバールを中心とした護衛は優秀だが、お遊び気分のノイエンやその周囲、さらには大勢の冒険者連中をひきつれて探索隊がどうなるかはわからなかった。


 あのエルフのこともある。それから、竜の躯。

 ――スラ子はシィたちと合流できただろうか。さすがにまだ早いか。無事でいてくれたらいいんだが。


 そんなことを考えていると、んん、と隣で眠っているカーラがむずがった。


 なんとなく息をひそめる。

 なにごとかをつぶやいたカーラが、寒さに震わせた身体をこちらに寄り添わせてくる。また寝言。


「……ボク、――くまぁ……」


 ……クマ?


 どんな夢を見てるんだと、寝息の音をもらさず穏やかな呼吸を繰り返す口元に耳を寄せてみる。

 ――なんだか背中のあたりが冷えるなと後ろに視線をめぐらすと、テントから出てきたルクレティアが冷たい眼差しでこちらを見おろしていた。


「…………」

「…………」


 しばらく時がすぎる。


 ルクレティアは無言のまま、なにごともなかったようにどこかへ歩いていく。

 挨拶もなしか、あの野郎。野郎じゃないけど。


「ん、――わっ」


 ぴくりと震えて、まぶたを持ち上げたカーラがまだ半分夢のなかにいるみたいな目つきで俺を見上げ、それから真っ赤になって飛びのいた。


「お、おはようございます、マスター」

「おはよう。すまん、寒くなかったか?」

「平気です。――ほんとは、ちょっと寒かったです」

「だな。カーラのおかげで風邪をひかずにすんだ」


 いいながら立ち上がり、たたもうとした毛布の数が多い。

 俺の用意した毛布とカーラの毛布。それからもう一枚、俺とカーラにかぶさるように大きな毛布がかけられてあった。


「カーラがかけてくれたのか」


 俺が訊ねると、カーラは表情に困ったような仕草を見せてから、首を振る。


「ルクレティアだと思います」

「……ルクレティアが?」


 だったらあんな極寒の視線を向けないでもいいだろうに。あれだけで凍えてしまいそうだ。


「さすがに少しは悪いと思ってくれてるのか」

「そうですね」


 うなずくカーラがその話題に嫌そうではなかったので、それとなく訊いてみる。


「カーラはルクレティアのこと、どう思ってるんだ?」

「ボクですか?」


 カーラは瞳をぱちくりとまばたきさせて、


「すごいなって、思います」

「すごい?」

「ボクとは違うから。見た目も、腕も。頭だってよくて」


 答える表情には妬んだり、恨んだりするような陰湿さはない。それどころか、自慢の友人を語っているような口調だった。


「嫌いとかじゃあないのか」


 カーラとルクレティアの仲がかんばしくないことは、普段の二人を見ていれば誰だって思う。


「そんなんじゃ。――あんまり仲良くはないけど。嫌いとかではないです」

「そっか」


 なんとなく意外な答えではあった。


「……負けたくないとは、思ってます」


 負けたくない。

 いったいなんにだろう。


「強くなりたいです。ルクレティアみたいに」


 真っ直ぐな視線を空に向けて、カーラは独り言のようにつぶやいた。



 朝食をとって、まだ他の冒険者たちが動き出さないうちに野営地を出発する。

 ルクレティアはジクバールからの慰留を受けていたが、結局は夜にはまた野営地に戻ってくることを条件に自分の意志を押しとおし、三人で森のなかを進んだ。


 本隊の出発は今日も遅れそうだった。

 こんな調子で竜の躯に辿り着くのにどれだけの日数がかかるかわかったものじゃないが、そもそも見つけた躯をどうするかというのがまず問題だ。


 報酬目当ての冒険者がメジハに流れ続けることがないよう、俺たちは領主のかけたクエストに対してなんらかの決着をつけなければならない。

 てっとりばやい解決方法は誰かに竜の躯を見つけてもらうことだが、森の奥地の様子がおかしなことになっているというのなら、それも簡単にはいかないかもしれなかった。


 あるいは、依頼の達成が困難だということをしらしめることでクエストをとりさげさせることも一つの手だ。だが、そのためにはどうすればいいという話になる。

 お坊ちゃんのノイエンをうまくそそのかすことができればいいが、下手に動けばジクバールに不審を抱かれてしまうのも怖かった。


 それから、エルフ。

 ひっそりと森に隠れ、森を護って外と関わろうとしないエルフ族の一人が、どうしてこんなところで、片っ端から人間を襲撃しているのか。


 状況は色々と混乱していて、容易に定まらない。

 今はじっくりと腰をすえて、自分たちがどうすればいいか道が見えてくるのを待つべきだろう。


 やるべきこと、してはいけないことをしっかりと捉えて、勘違いしないように。

 ……前みたいなことにならないように。


 特にあのエルフについては、しっかりと対応しないといけない。

 下手をすれば、大問題にだってなりかねない――


「――っ」


 不意に、空間を伝う魔力の波が肌に触れた。


 攻撃の予兆でもなければ、強い余波でもない。

 俺とルクレティアが同時に空を見上げる。


 森の木々のあいだの隙間に確認できるのは、点滅しながら周囲に合図を発する魔力光の狼煙。


 色は、橙と白。

 意味は――救援求む。


 ……朝っぱらからさっそくか!


「元気なやつだな」

「どうしますか、マスター」


 カーラが訊いてくるのにちょっと考え込んでしまう。

 普通なら、自分たちと同じ魔物であるエルフが、(どんな理由でか知らないが)森にいる人間を襲おうが別に文句をつけることではない。


 だが、今回はちょっと事情がちがう。


「とりあえず、放っとくわけにもいかないか。いこう」


 俺たちは合図の下に向かった。



 到着したとき、そこでの戦闘はすでに終了していた。

 軽装に身を包んだ冒険者たちがばらばらに地面に倒れている。いずれも怪我をしていて、ただしそこまで重傷の者はいなさそうだった。


「おい、大丈夫か」


 近くに倒れている男に駆け寄ると、無精ひげを生やした男が苦悶の表情で、


「くそっ。あのエルフ野郎……!」

「男か?」

「女だっ! えらく口の悪ィやつだった……」


 やっぱりあのエルフか。

 周囲をみまわしても、風精霊を連れたエルフの姿はどこにもない。


 さっさと襲っていなくなったのか。

 だが、どうしてとどめをさしていかなかったんだ?


 殺すことが目的ではないのか。それとも合図があがったのをみてさっさと逃げ出しただけか。


 ひとまず男の太股に刺さった矢を抜き、消毒をして止血する。カーラとルクレティアもそれぞれ、他の連中の手当てにはいっていた。


 治療はすぐにすんだ。

 後遺症が残るような重傷者はなし。


 一番ひどい怪我だったのが肋骨をやられていそうな大柄な男で、話をきくとどうも殴りかかったところをエルフに逆に蹴り飛ばされ、吹き飛ばされたらしかった。


 接近戦までいける口らしい。

 もちろん、それはシルフィリアの加護があってのものだろうが。


 肋骨をやられた男は呼吸をするのに痛がり、もしかしたら折れた骨が肺に刺さっているかもしれなかった。

 下手に回復魔法はかけられない。専門の知識がある人間からの診断と処置が必要で、本隊にはそうした相手もいたはずだった。


 手当てのすんだ男たちを木陰に移してしばらく様子を見守る。

 そのあいだに合図を見た他のパーティも何組かやってきて、ことが終わったあとだと知ると、それぞれ情報をやりとりして去っていく。


 エルフに気をつけよう、というささやきが彼らのあいだでは交わされていた。


「いけそうか?」

「……ああ。なんとか。ありがとよ――」


 薄い呼吸で、男の顔色は青ざめたままだったが、誰かが肩をかせば歩けそうだった。


「本隊がいるのは南東、そう遠くじゃない。悪いがついていってはやれない。なんとか頑張れ」

「おう。助かったぜ……」


 歩きだそうとする男たちに、ルクレティアが小さな包みを差し出した。


「メジハで作られている薬草です。他のものより高い効用がありますので、皆さんでお使いなさい」

「ありがてえ。ほんと、感謝するぜ」


 お礼をいって去っていく連中を見送ってから、俺は半眼でルクレティアを見る。


「商売上手だな」

「お褒めいただいてありがとうございます」


 すました表情で、金髪の令嬢はにこりともしなかった。


 ◇


 辻撃ちエルフによる襲撃はそれからも頻発した。


 確認できただけで、昼までにあがった合図の数は四つ。夜までには二桁に届くかもしれない。

 あがっていない合図があることも考えるとその数はもっと多くなる。


 襲われるのは距離も方角もかなり適当で、俺たちはそのすべてに足を向けていた。

 近くても遠くても、俺たちが着いたときにはエルフの姿は消えていて、襲撃を受けた冒険者たちが倒れているところをみるだけだった。


 俺たちが知る限り死者はでていないが、冒険者たちのあいだでエルフに対する悪感情はどんどん高まっていった。


 問題はそればかりではない。


 午後、また近くであがった救援の合図に俺たちが駆けつけると、そこにはやっぱり襲撃を受けた冒険者たちだけが取り残されていて。

 ひとまず治療をと手を伸ばしかけたカーラの腕を、相手の冒険者がはらいのけた。


「触るな……!」


 睨みつける眼差しにあるのははっきりとした憎悪の光。

 まるで目の前にいる敵を見る視線に、カーラは声をなくして立ち尽くした。



 そいつらには薬草だけ投げつけて、俺たちはその場を離れた。


「さっきのは、メジハのギルドのやつか」 


 気落ちした様子で歩くカーラに訊ねると、小さくうなずいて応える。

 治療しようとした相手からあんな台詞を受けて、カーラはひどいショックを受けていた。俺だって腹がたっている。 


 メジハの町の人間たちに残る、町を襲ったウェアウルフへの憎しみ。

 それは、その血をひくカーラへのわだかまりとなっていまだにこびりついている。


 重い空気を払うようにルクレティアが口をひらいた。


「少々。危険ですね。エルフ個人への敵意がエルフ族、そして魔物全体に拡大しつつあります」


 それこそが問題だった。


 森を進む冒険者と魔物との摩擦をできるだけ減じようとしているのに、あのエルフ一人の行動でおじゃんになろうとしている。

 俺たちにしてみれば、迷惑どころじゃない。


「だいたい、襲撃そのものが妙じゃないか。殺そうとするならもっとやりようがあるはずだし、さっきのだって明らかにわざと止めをさしてなかっただろう」


 俺たちが見てきた冒険者連中の傷は普通のそれだった。

 スラ子に向けて使った強い魔力を込めた矢撃はひとつもない。本当に殺すつもりなら、不意打ちであれを撃てばいい。


「確かに。罠なり奇襲なり、確実な殺意をもった襲撃とは違うような気がします」

「俺のときもだが、まるで『とりあえず射っとくか』だ。それに、一人でこんなに大勢の相手をしたらそのうち追い込まれることはわかりきってる。ジリ貧だ」


 いくら卓越した弓の腕と風精霊シルフィリアの加護があったって、多勢に無勢だ。

 実際、今日はそれで援軍にかけつけられては撤退するということをあの口悪エルフは繰り返している。


「成否が目的ではないのかもしれません。襲撃したという行為そのものに意味があるのか、あるいは、」

「……陽動?」


 カーラの台詞に、ちらりと視線を向けてうなずいて、


「だとした場合、個人の行動ではない組織的な行いという可能性まででてきます。そうなると、もっと面倒なことになってしまいますわね」

「人間族とエルフ族の争いか? ……勘弁してくれ」


 俺は天をあおいだ。

 そんな大問題、お願いだから近所で起こさないでもらいたい。


「今のところ、私達を襲ったあのエルフ以外の存在は確認されていないようですが――いずれにせよ、あのエルフへの対処はこちらとしても考えなければならないでしょう」


 このままエルフの襲撃が続いて冒険者たちの鬱憤がたまれば、その矛先がいつ森や妖精たちに向けられてしまうかわからない。


「あんたが暴れるせいで森が荒らされるかもしれないからやめてくれ。なんて頼んでみて通じる相手とも思えなかったな」

「話、聞いてくれそうになかったですね……」

「目的もわからない。とりあえず、それだけでも確認しときたいってのはあるが」


 まず直接会うまでが大変だ。空を飛びでもしているのか、逃げ足がはやすぎる。


「合図があがりしだい、駆けつけるしかないでしょう。さすがに二人も連れて空は飛べません」


 一人ならいけるらしい。

 撃ってお終いという類のものと違って、魔力の維持・調整が必要な系統の使用難度はどれも難度が跳ね上がるはずだが、さらりといってしまうからエリートってのは困る。


「いっそのこと、こっちに来てくれたらいいんだけどな」


 口にした願望がすぐに叶うことになるとは、そのときは思ってもいなかった。



「マスターっ!」


 カーラの声が危険を知らせた瞬間、俺はおもいっきりその場へと身体を伏せていた。

 ほとんど転ぶようにして倒れこんで、そのすぐ先の地面にづかっと矢が突き刺さる。うおお、間一髪。


「ははっ。いい反応じゃねえの。かっこ悪ぃけど」


 楽しげな声に振り向くと、そこには樹のうえに立つ銀髪のエルフ。

 その隣には風精霊の姿もあって、


「はァい。元気してたー? あれ、今日は三人だけ? ツェツィ、あのヘンなのいないみたいだよ」

「そりゃ残念。雑魚ばっかかよ」


 ルクレティアが目を細め、カーラの拳がぎゅっとにぎりしめられた。


「雑魚かどうか、確かめてみればよろしいですわ」

「当然。ちょちょいっと遊んでやるよ、人間野郎」


 遊んでやる。

 やっぱりこいつの襲撃は、片手間か――少なくとも、他になにか目的がある。


「待て。いったい、お前の目的はなんだ。どうして人間を襲う?」

「はあ? なにいってんだ」


 当たり前すぎる質問を問われたように、相手は顔をしかめて、


「連中の目的は森の奥に落ちた竜の躯だ。お前が人間を襲えば、連中は他の魔物にまで危害を加えるようになる。森が荒れるぞ」

「知るか、バーカ」


 エルフが吐き捨てた。


「人間が森のためだなんてクソ寒ぃ台詞を吐くんじゃねぇよ、胸糞悪い。他なんて知ったことか。オレはただ、やりたいようにやってるだけだ。奥に近づく奴はみんな、ケツに矢をかけて追い払うのさ」

「やっぱり竜か。……どうして近づかせようとしないんだ?」

「誰がいうかよ、ボンクラ。知りたかったら身体に聞いてみな」


 ぴっと中指を立てて挑発してくる。下品すぎる。


「ご主人様、おさがりください。ああおっしゃっているのですから、言葉どおりにしてさしあげましょう」

「いや、だけどな」

「戦闘の邪魔だと申し上げているのですわ、ボンクラ様」


 俺は黙って後ろにさがった。

 ちょっと涙がでそうだった。


「カーラ、貴女はご主人様を護っていただけますか」

「……ううん。ボクもやるよ。マスター、いいですか?」


 カーラは厳しい表情。

 いつもとどことなく様子が違う雰囲気だった。


 ……もしかして、怒ってるのか?


「あ、ああ。自分の身くらいなんとかする」


 その迫力に押されてうなずきつつ、俺はストロフライの魔力がかかった椅子を持ってこなかったことを後悔した。

 とはいえ、あんなもの持って探索隊に参加していたら、周りから怪訝な目でみられるどころじゃなかったわけだが。


「二対一か? いいぜ、ほら。かかってきな」

「いわれるまでも――ありません」


 ルクレティアが掲げた杖から、迸る魔力。

 一瞬の遅延のあと、強い振動が樹のうえにたつエルフの直下で起こった。


 大木が音をたてて倒れていく。


「おっと。ははっ!」


 軽い身のこなしでそこから跳んで避難するエルフに、カーラが駆ける。


「――近距離バカかよ?」


 空中を落ちながら、矢をつがえたエルフの弓から一射。


 カーラはそれを見て後ろに下がるのではなく、さらにスピードを速めた。

 矢が頬をかするが、それでも速度は落ちない。


「ちっ……」


 地面に着地したエルフが体勢を立て直すよりはやく、カーラはその至近まで距離を詰めていた。これでは第二射なんて間に合わない。


 舌打ちするエルフに、カーラが握った拳を撃ち出す。


 速度も重さも十分な一撃。

 エルフはそれを曲芸のような後転でかわした。


 回避行動で距離をあけた次の瞬間には、もう弓射の体勢にはいっている。


 一方のカーラは体勢が流れてしまっていた。

 前にかかった体重を戻せないうちにエルフの弓から二射目が放たれて、


「アースウォール!」


 盛り上がった土の壁が盾となってその一撃を防ぐ。


「うっぜえ」


 エルフの第三射。


 土を穿つだけだった二射目と違い、それには魔力が込められていた。

 壁に刺さり、破壊を起こして砕け散ったその破片にまぎれて、つぶてがエルフに飛ぶ。


 エルフは手にした弓でそれを弾き、その隙につぶてを投じたカーラが駆けた。


「はあっ!」


 直前でその小柄な身体が沈み込み。地面すれすれを水平に、回し蹴りが足元を刈る。


「この野郎……!」


 虚をつかれた攻撃をエルフはその場に跳ぶことで回避して――、体勢が崩れた。


「ライトニングボウっ」


 ルクレティアの魔法が追撃する。


 タイミングは完璧。

 宙にいるエルフに雷撃の矢を避ける手段は残っていないはずだったが、


「残念でしたー!」


 あとすこしで直撃というところで、エルフの身体が風にさらわれた。


 空から垂れた釣り糸にひきあげられるかのように急スピードで上昇し、ぴたりと静止。

 誰の仕業かは考えるまでもない。


「そっちも二人なんだし、まっさか卑怯なんていわないよネ?」


 エルフの身体に寄り添ったシルフィリアがいった。


「……お好きになさいませ」


 必殺だった一撃をかわされ、答えるルクレティアの表情に余裕はなかった。

 ただでさえ手ごわい相手だというのに、さらに精霊まで。


「余計なことすんな、シル」

「あ、そういうこというー? ちょっと危なかったくせにィ」

「冗談。遊んでやってるだけだろ」


 それは恐らく強がりではなかった。


 あのエルフはまだ本気じゃない。

 魔力を込めた矢撃は、土壁を崩すためにしか使われていなかったからだ。


「――どうして、人を襲ってるの?」


 ぽつりとカーラがいった。


「理由があるんだよね。だったら、教えて。じゃないと、」


 すとんと地面におりたエルフが顔をうつむかせてつぶやくカーラをまじまじと見やって、


「知るか。教えなかったらどうだってんだ、タコ」

「――――!」


 きっと顔をあげたカーラが一直線に駆け出す。


 まずい。

 カーラのやつ、頭に血がのぼりすぎだ。


 遠距離が得意な相手に、直線的な突撃なんてただの的にしかならない。

 それに。これじゃあ、いつ狂暴化が起きるか――


「ウォーターライドぉー!」


 地面から吹き出した水流が、カーラの身体をぽーんと宙に押しあげた。


「きゃっ――」


 高々と持ち上げられ、そのまま噴水のように下から身体を支えられる。

 水流に乗ったカーラがぽかんとした表情で振り向いた先、声の方向には誰もいない。


 そこにうっすらとにじむように姿を見せたのは、


「落ち着いてください、カーラさん。そんなんじゃポイントゲットできませんよっ。でも、悲鳴がとても可愛らしかったので1スラ子ポイントを贈呈です!」


 シィたちと共にあらわれた半透明の人型スライムが、余裕のある笑顔を浮かべていった。



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