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九話 探索初日の夜は寒い

「ああ、よかった! ルクレティア、心配したよ!」


 探索隊の本隊に合流した俺たちを迎えた男は、大仰な身振りで安堵の感情を表現した。


 手を額にあて、次に苦しげに胸をおさえ、がばっと勢いよく広げてみせる。

 ひとつひとつの動作がいちいちわざとらしい。演劇俳優かなにかか?


「君の身になにかあったらと気が気がじゃなかった! 昼食もほとんど喉を通らなかったくらいさ! といっても、起きたときにはすでに昼だったんだけどね! 朝食はしっかり食べたよ、美味しかった!」

「お気遣いありがとうございます」


 答えるルクレティアの口調はいつもどおり醒めきっていたが、領主の息子ノイエンお坊ちゃんはまるでそんなことおかまいなしで、


「本当によかった! 君にもしものことがあれば、僕は御祖父様になんと申し開きをすればいいか! ああ、そんなことを考えるだけでとても今夜は眠れそうにない!」


 無駄に伸びのある声が森に響き渡る。

 今にもその場で踊りだしそうなお坊ちゃんの珍妙さにあっけにとられながら、ふと疑問に思った。


 領主からすれば田舎町の長なんて十把一絡げの存在でしかないはずだ。

 いくらその肉親とはいえ、特別な地位にある領主の息子がルクレティアの安否と町長への気づかいを見せるのは個人の性格からのものなのか、それとも別な理由だろうか。


「……お怪我はございませんでしたか、ルクレティア様」


 しらけた雰囲気をとりつくろうように、領主の息子の隣に控えた壮年の男が口をひらいた。

 豊かな口ひげをたくわえた探索隊の隊長ジクバールは、意識せずとも鋭い視線をこちらへ向けながら、


「なにやら魔物の襲撃にあわれたとのことですが」

「はい。エルフに弓矢を射掛けられました」

「エルフが」


 男が顔をしかめた。


「尖り耳が見えましたので、間違いありません。少々変わった方のようでした。いきなり戦闘を仕掛けられましたので」

「それは。ご無事でなによりでした。――しかし、解せませんな。エルフというのはそのような乱暴な振る舞いをする輩ではないはずですが……」


 長く生きてきて、エルフの知己がいるのかもしれない。相手から向けられる眼差しには、疑問と、こちらに対する疑念のようなものが含まれていた。


「私も、王都でお会いしたことのあるエルフの方とはあまりに違うので驚きました。このあたりにエルフ族がいるという話も初耳ですわ。けれど、気をつけたほうがよろしいかと思います。エルフに矢を射られるような心当たりはありません。あのエルフがまた現れるかもしれませんし、私達以外に遭遇したパーティもいるのではないでしょうか」


 ルクレティアの言葉に、ジクバールは厳しい表情で頷いた。


「すぐに近辺の冒険者から話を聞いておきましょう」

「よろしくお願いします」


 エルフの襲撃が事実なら、次があるかもしれないし、襲撃者が一人かどうかもわからない。

 事態の把握は今後の探索のために早急に必要だった。


「へえ。エルフか」


 あわただしく周囲の部下に命令を出し始める隊長にかわって口をひらいた領主の息子ノイエンは、まったく状況を理解していない表情で、


「珍しい。こんなところであの連中に会うなんて。王都に来ている少数の奴以外、どこか辺境の森にひきこもってるばかりかと思ってたよ。このあたりにエルフの集落があるのかな?」

「そのような話は聞いたことがありません。先ほども申し上げましたけれど」


 後半は人の話を聞いていない男への皮肉だったが、ノイエンは皮肉にもまるで気づかない様子でうんうんとうなずく。


「まあ、そういう意外な出会いがあったほうが楽しいな。だからこそ冒険というもんだ。そうだと思わないかい、ルクレティア」

「……どうでしょう。いかにも詩人の方々が好まれそうなお話ではあるかもしれませんね」

「そうだろう!? ああ、この冒険をはやく有名な詩人に歌って欲しいよ。実はね、ルクレティア。今、そのための詩をつくっているところなんだ! あまり文才には自信がないんだけど、少し前から詩に凝りはじめていて――」


 とめどなく続く男の長広舌に、眉間に皺を寄せたルクレティアが根気よく相槌をうったり、聞き流したりして相手をしている。


 俺はカーラに目で合図を送って、こっそり足音を殺してその場を去った。

 これ以上、つきあっているのも馬鹿らしい。


 いいのかなと戸惑い気味のカーラの背中をうながしながら後ろを振り返ってみる。

 取り残されたルクレティアが、裏切り者といわんばかりの冷たい表情でこちらを睨みつけていた。


 うん。頑張ってくれ、ルクレティア。


 ◇


 その日、出発が遅れに遅れた探索隊本隊はほとんど距離を稼げず、野営地は森に少しはいったところに設けられていた。


 探索隊の本隊はジクバール率いる護衛戦力に領主の息子ノイエン、どうやらその友人であるらしい数人を含み、さらには食料や水を運ぶ下人たちまで数えれば三十人近い。

 そんな大所帯が野営をするだけで大事だし、場所選びにも時間はかかる。動きはどうしたって鈍重だ。


 周囲に散った冒険者たちはそれぞれで夜を迎えるか、けっこうな数が本隊の元で過ごそうと集まってもきている。

 夜こそが魔物たちの本領たる時間なので、大勢でいることはそれだけでメリットだった。


 俺とカーラも本隊の野営地の端にテントを張り、一晩を明かす準備をする。

 簡単な食事まで配給してくれるというのだからありがたい話だ。


 野営地の中央では切り倒された木で焚火がたかれ、ノイエンを中心とした連中が酒を飲んでどんちゃん騒ぎに興じている。

 緊張感のなさに呆れるしかないが、こちらとしてはそのほうが都合がいい。


 ただし、酒をふるまわれて冒険者連中まで弛緩した雰囲気のなか、ジクバールが率いる護衛隊員だけは浮かれた様子もみせていなかった。


 護衛の数はジクバールをいれて十人。

 探索隊と事をかまえるとしたら、最大の障害は彼らになる。


 護衛に選ばれた連中はさすがに全員が一目見て腕がたちそうで、部隊としての錬度もかなりのものだった。剣だけでなく、魔法の扱いに長けていそうな顔もそろっている。


 事をかまえるとしたって、正面から戦うなんてことにはなりたくない。

 ノイエンやその友人。あるいは集まった質の低い冒険者たちに足をひっぱってもらって、なんとか隙をついて――なんてことを干し肉をかじりながら色々と考えていると、ノイエンから夕餉に誘われて出向いていたルクレティアが戻ってきた。


 もちろん、誘われたのはルクレティアだけで、俺たちにまでお呼ばれはない。貴族から見た平民の扱いなんてそんなもんだ。


「ただいま戻りました」


 帰ってきたルクレティアは、酒だって振舞われただろうに顔色にはまったく変わりがない。

 ルクレティアに睨まれれば、酒の精だって逃げ出すのだろう。


「お疲れ」


 じろりとした眼差しが俺を見る。

 昼間のことをまだ怒っているらしい。


「連中、いつまで騒ぐつもりだ?」

「知りません。酔いつぶれるまで、明日の出発もまた遅れることになるでしょう」


 本当に、ノイエンとその仲間たちはピクニック気分でやって来ているらしかった。


「あのジクバールっておっさんも苦労してるな」

「経験豊富な方のようです。素性を怪しまれるようなことのないよう、注意なさるべきですわね」

「他のメンバーも含めて、どういう連中なんだ? 今回だけのために臨時で雇われたってようには見えないが」

「領主様の子飼いの傭兵団。そうした雇用関係のようです。元は騎士団の出とか。さすがに統制がとれていますし、対処も早いですわ。昼間のエルフについて、もうある程度の情報がまとめられていました」

「聞かせてくれ」


 はい、とうなずいたルクレティアがちらりと周囲を気にするようにする。


「……あのエルフは、やはり私達以外の何組かとも接触していました。膝に矢を受けて、リタイアになったパーティも一組。どれも問答無用であちらから襲ってきたようです。外見や口調から同一人物だと見られています」

「辻切り。いや、辻撃ちエルフか」


 迷惑すぎる。


「相手の目的は見えませんが、探索の妨害要因であることは間違いありません。ジクバール隊長は警戒を呼びかけ、次の襲撃があった際には緊急信号を空に放ち、それがあり次第、近辺のパーティはすぐに現場に向かうよう連絡を触れたようです。本隊周辺に冒険者をばらまき、早期警戒線とする狙いでしょう」

「なるほど」


 駄賃目当てに集った冒険者たちがいくら傷つこうが、探索隊の本隊連中にしてみればどうでもいい被害だ。

 肉の壁といえば聞こえは悪いが、正しい使い方かもしれない。


「だが、あのエルフはなんなんだ? 俺の信じてたエルフはもっとこう、清純で、慈愛に満ちていてだな……」


 アカデミーにいた頃にも変なエルフはいた。

 しかしそれはあくまで例外だと思っていたのに、続いてあんな凶暴エルフを見てしまったら、子どものころから抱いていたエルフ族に対するイメージが根底から崩れてしまいそうだった。


「ご主人様の妄想がどうかは知りませんが」


 ルクレティアは冷ややかな眼差しで、


「あきらかに普通ではなかったのは間違いありませんわね。なんらかの目的をもっていたようにも思えます」

「そんな感じだったな」


 俺たちをピンポイントで狙ってきた様子ではなかったが、意図はありそうだった。


「まあ、エルフが人間を襲う理由なんて、ひとつくらいしか思いつかないけどな」

「森を護るため、ですか?」

「多分な」


 自信がなさそうなカーラに、俺も自信なくうなずいた。 


 エルフは森に生きる種族だ。


 人間のように森を拓くのではなく、自然とともに生きようとする。

 それがエルフたちの生き方であり、人間ともっとも異なる価値観の根源でもあった。


 エルフたちは精霊主義、自然主義の徒だ。

 元は人間もそうだったのだが、文明を発展させることで森を敬うことから、森を利用するように変わった。


 エルフたちはそれを悲しがり、人間たちと距離を置くようになった――そういわれている。


 今では、ほとんどのエルフは森に住み、外との関係をもとうとしていない。

 人間族とのあいだに完全に交流がなくなったわけではないが、きわめて少数、しかも積極的に友好関係をもとうとしてくれるのは変わり者だけだった。


「だが、このあたりは別にエルフの領域でもない」

「自分たちの住処でない森まで出張って、護ろうとする。ちょっと無理があるかな……」

「あるいは、あのエルフが一般的なエルフと異なる価値観や行動原理をもっているとしたなら。その理由は我々の求めるものと近しいものかもしれません」


 ルクレティアがいった。


「――竜、か」

「その可能性はあるでしょう。このあたり云々、という発言もありました。スラ子さんのお話でも、森の状態がおかしくなっているということではありませんでしたかしら」

「おかしくなってるのは、ここよりかなり奥らしいけどな。そのあたりもスラ子に聞いてみたいが、まだ来ないか……」

「お呼びです?」

「うおっ!?」


 いきなり耳元に息を吹きかけられ、思わず飛び上がる。


「スラ……、お前。――いつからいた」


 外の誰かに聞かれたらまずい。

 あわてて声をおさえて訊ねると、ハイドの魔法を解いて姿をあらわしたスラ子が、


「ちょっと前から、マスターとカーラさんがいい雰囲気になったりしないかとこっそり様子をうかがってましたっ」

「へ? えっ、な――っ」


 ちょっとしたからかいの言葉に、それだけでカーラが真っ赤になる。

 ルクレティアの表情は冷ややかなまま。


 俺は渋面でスラ子をにらみつけて、


「……周りの奴らには見つかってないだろうな」

「はい。護衛にいる魔法士さんが一応の警戒魔法はかけてるようですが、妖精さんの情報があるからでしょうね。対幻惑がメインみたいで、こっそり侵入するのは難しくありませんでした。冒険者さんたちも、なんだか酔っ払ってる人たちばっかりでしたし」


 ウンディーネとノーミデスの力をとりこんだスラ子を見つけるのは、腕のいい魔法使いにだって難しいかもしれない。


 しかし、冒険者のやつら、そんなに泥酔していてもし魔物の襲撃があったらどうするんだろうか。

 魔物の立場からつい心配してしまう俺だった。


「まあいい。聞いてたんなら話はわかるな。昼間のエルフのことだ」

「かなり好戦的な方でしたねー」

「ああ。あのあと、襲われなかったか。他の連中はどうだ」

「私たちや、他の撹乱組も無事です。出会った妖精さんはいらっしゃいましたが、別に矢を射掛けられたりはしなかったそうです」

「へえ。誰でも殺しにかかってるわけじゃないわけか」 

「ガキは帰れ、と蹴り飛ばされたそうですが」

「……なんてやつだ」


 外見が年齢に比例しないとはいえ、見た目が子どもの妖精を容赦なく足蹴にするとは。


「どう思う。もしかしたら、あのエルフの目的も竜か。まさか5000枚が目的だなんてことはないだろうが」

「エルフさんという種族が精霊さんのように調和を目的とするなら、竜の躯というのはありそうですね。私も森の奥の状態がどういうことになってるか、直接は見てはいませんけれど」


 そこではっと俺は思い出した。


「シィたちは無事か?」


 もしあのエルフに遭遇でもしていたら、シィやドラ子にリーザでは迎撃戦力としては不安すぎる。


 スラ子はこっくりとうなずいて、


「シィたちとは連絡が取れませんので、現状は確認できません。マスターのおっしゃるとおり、あのエルフさんと遭遇したか、これから遭遇する危険は強いです。なので、これから私もシィたちに合流しようと思います」

「こっちの撹乱は妖精たちに任せるのか?」

「そのことなんですが……」


 スラ子は眉をひそめた。


「あのエルフさんのおかげで、状況は微妙になったと思うんです」

「微妙?」

「はい。私たちはあくまで、妖精さんたちと人間さんたちが正面からぶつかることがないよう、森への影響を極力減らす方向で動いていました。けれど、あのエルフさんはおかまいなしに襲っています。もう、他に被害がでているんですよね?」

「処置が遅れ、リタイアを余儀なくされた重傷者が一名。他に軽症数名といったところですわ。わかっているのは本隊と連絡がとれたパーティだけですので、他にも被害が出ているかもしれません」


 視線で訊ねられたルクレティアが答える。

 なるほど、とスラ子はうなずいて、


「人間さんたちの注意は明日以降、あのエルフさんに向けられると思います。注意と敵意を一手に引き受けてくれるなら、私たちにとっては動きやすくなるという部分もありますが……同時に、私たちのちょっかいもあのエルフさんのものだと思われれば、返ってくる反応も苛烈になるでしょう」

「ああ、そうか。動きづらくもなるか」

「はい。なので、こちらから積極的に仕掛けるのは控えるべきかもと。もし森で暴れている冒険者さんがいれば、それは積極的に排除するべきと思いますが」

「それに、そっちについてはこっちから手をまわすってのもできるしな」


 建前だけかもしれないとはいえ、ルクレティアがジクバールからそうした言質をとっている。


「はい。まずはシィたちと合流をはかりたいと思います。お許しをいただければですが」

「お許しもなにもない。悪いが、すぐに向かってくれるか」


 竜の躯なんかよりシィたちの身の安全が大事に決まってる。


「了解しました」


 にっこりとスラ子が微笑む。


「では、一旦合流して戻ります。その後については、またそれからのご相談という形でよろしいですか?」

「ああ、そうしよう」


 状況が不透明なら、戦力がバラけているのはよくない。

 竜の躯の影響で森がおかしくなっているという、そのあたり一帯がどんな感じなのかも報告を聞いておきたかった。


「わかりました。妖精さんたちにはしばらく接触せず幻惑に注力してもらうよう、女王さんにお伝えしておきますね」

「そうしてくれ。お前も、気をつけろよ」


 スラ子は今から森を強行軍することになる。

 睡眠を必要としない身体とはいえ、途中にどんな魔物が跋扈しているかわからない。


「大丈夫ですっ」


 スラ子はぐっと拳をにぎりしめて、


「スケルさんにだけ閨ポイントを稼がせるわけにはいきませんから!」

「そんな制度をつくったおぼえはない」


 ふふーと笑い、スラ子はちらりと視線をルクレティアに向けた。


「それでは、ルクレティアさん。私がいないあいだ、マスターのことを“よろしくお願いします”ね」

「……承りましたわ」

「カーラさんも。お願いします」

「ボクの命に賭けても。マスターを護るよ」


 カーラは真剣な、真剣すぎる表情でうなずいた。


「あ、そういうのはダメです」


 スラ子は指をぴっと立てて、


「命なんか賭けちゃいけません。ちゃあんとカーラさんも無事じゃないと、閨ポイント低いですよ?」


 ――というか、死んでしまったらポイントもなにもないだろう。と思ったが、スラ子のいいたいことはおおむね俺の意見でもあった。


 カーラがくすりと笑う。


「ごめん。絶対、無事に生き延びる」

「はいっ。ではマスター、いってまいります」

「頼む」


 笑顔を残して、スラ子の姿が宙に消える。


 俺はルクレティアを見た。

 なにか考え込んでいるようにも見える金髪の令嬢が、俺の視線に気づいて顔をあげる。


「なにかございますかしら。ご主人様」

「……いや。そろそろ寝ることにしよう。明日はルクレティア、お前はどうするんだ。一緒に行動するようあのお坊ちゃんからいわれてたりしないのか」

「自分の活動時間を、遅く起きる相手にあわせるつもりはありません」


 ルクレティアは醒めた表情でいった。

 俺は肩をすくめて、


「いいけどな。なら、俺達は明日も少し先行して森の様子を確認しながら進む。スラ子たちの穴を埋める意味もあるし、あのエルフのこともある」

「わかりました」

「かしこまりました」


 二人がうなずき、話し合いを終わる。


 さあ寝るかと寝具の用意をしていて、ぎょっとした。

 俺とカーラだけではなく、ルクレティアまでその場に毛布を広げていたからで、


「お前もここに寝るのか?」

「いけませんか」

「いや、いけませんかって。おい、なんで脱ぎだすっ」


 ルクレティアはさっさと肌着姿になっていて、狼狽する俺に冷淡な眼差しを向けた。


「前にもお伝えしたはずですが。私、寝るときはこうですの」

「知るか!」

「お気になさらず。ではお休みなさいませ、ご主人様。カーラ」


 そのまま俺になにもいわせず毛布にもぐりこむ。


 俺は二の句が告げなかった。

 気にするなだって、そんなことができるはずがない。


 今の俺の外向きの立場はルクレティアに同伴するただのお供だ。

 そんな立場の男が、町の権力者でギルドのまとめ役でもあり、探索隊リーダーの知人でもあるルクレティアと同じテントで寝ているだなんて、そんなことがノイエンや周りの冒険者に知られたらどうなるか。


 もちろん、ルクレティアにはそんなことわかったうえでの行動に違いなかった。

 ここでは寝られない。


「あ。マスター――」

「……おやすみ、カーラ。また明日な」


 昼間の仕返しかとおもえばルクレティアに文句をつけるわけにもいかず、俺はカーラにうなずいて、黙って毛布をつかむと外に出た。


 ――この季節、毛布だけで一晩を過ごすのはけっこう辛いものがあった。



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