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七話 それぞれに行動開始

 午前中から、町にはたくさんの冒険者があふれかえっていた。

 メジハに泊まっていた冒険者。それに今朝のうちにやってきた連中もいることだろう。


 小さな町であるメジハに大勢を収容する宿泊施設はない。

 宿屋だって一つだから、近くでキャンプをして寝泊りをしていた冒険者も多いはずだった。


 森の魔物たちを刺激するどころか、下手に森の近くで火を使われて火事になったりしても目があてられないから、ルクレティアの苦労が忍ばれる。


 余所者が町にはびこっていて不安を感じないはずがないし、もともと外の人間に大して気持ちが開けた連中でもないから、メジハに住む人間の表情には戸惑いと不安が見て取れた。


 集まった冒険者のほとんどが、領主の息子が率いる探索隊と行動を共にしようという連中だ。

 なかには駄賃目当ての者もいれば、途中まで彼らに随伴してよいところで出し抜いてしまおうという打算を働かせている連中もいることだろう。


 腕のいい冒険者ならはじめから別行動をしている可能性もあり、残っている寄生連中の大半がたいしたことがないかもしれないとはいえ、それでも数というのは恐ろしい。


 ルクレティアがいったとおり、領主の息子が率いる探索隊はいわば今回の騒動の中心であり、本体だ。

 斥候もあり、伏兵、別働隊もあるだろうとはいえ、やはり一番の注意をするべきなのはこいつらで間違いない。


 そのいわば敵方の中心に身を投じる俺とカーラの立場が危険なことであることは瞭然だ。


 俺とカーラは「魔物」だ。

 人間に、魔物を護る法なんてものは存在しない。


「マスター」


 緊張した様子を隠せないカーラに俺はうなずいて、


「やばくなりそうだったら、即。逃げような」


 くすりとカーラが笑った。


「はい。マスター。でも」


 覚悟を決めた眼差しで続ける。


「……マスターは、ボクが守るから」


 俺はぽりぽりと頬をかいた。

 嬉しいが、こんな台詞を複数人からいわれるのは、なんとなく男として情けなくもある。


「ありがたいが、ちゃんと一緒に逃げてくれよ。自分だけ残って先に逃がしたって、一人で逃げ切れるような器量もないからな」

「あは。わかりました、マスター」


 笑うカーラの表情が少し硬かった。

 まだ緊張してるのかと思って、そのカーラを見ている周囲の視線に気づく。


 好意的でない視線は町の人間ばかりでなく、広場のまわりにたむろする冒険者のなかからも向けられていた。


「……メジハのギルド連中か?」


 カーラは困ったように眉を寄せて、顔を伏せた。


「……ルクレティアからは腕に自信がない人は自重するように、って達しがでたんだけど。やっぱりけっこうな人数がいくみたいで」


 メジハのギルドは、町長の肉親であるルクレティアが取り仕切っている。

 だからこそカーラもギルドに登録ができて、最近ではその仕事もこなしたりしているのだが、かといってカーラの待遇が素晴らしいものになるわけではない。


 カーラはメジハの町の連中から疎まれている。冒険者からだってそうだろう。


 俺は舌打ちをこらえた。

 権力者があからさまなえこひいきをしても不満がたまるだけだ。


 ルクレティアがカーラの状況になにも手をうたないのは立場がある人間の節度としてはむしろ正しいのだろうが、根底には個人的な感情があるからこそではないか。


「大丈夫。マスターが一緒なら、平気です」


 カーラはいった。

 唇を噛んで、眼差しを持ち上げる。


 一歩を踏み出す魔物少女の決心に応える上手い言葉もみつからず、俺は黙ってうなずいてやることしかできなかった。


 広場の中央には荷が積み重ねられ、周囲に数人が集っている。

 明らかに他とは違う装備と雰囲気を持った連中の側にはルクレティアもいて、こちらを見つけると向かってきて、周囲にはばかった口調で言った。


「おはようございます、ご主人様。カーラ」

「ああ」

「……おはよ」


 カーラとルクレティアのあいだにかわされる挨拶には、いつものように温かみがない。

 それが冷気を呼び込む前に続けた。


「出発はいつくらいになりそうだ?」

「未定ですわ。案の定、ご子息がまだお休みですので。昼ごろまでずれ込むのではないでしょうか」

「いい身分だな」


 やっぱりどら息子か。


「ご主人様、よろしいでしょうか」

「なんだ?」

「私やご主人様は、領主様の子息とその警護につく者たちの近くで活動することも多いと思います。周囲に何者かがいた場合、口調を外向きのものにさせていただいてもよろしいでしょうか」

「ああ、そうだな。かまわない。むしろ頼む」


 たまに町にやってくる不審者が、そこの権力者から敬語を使われてたら怪しすぎる。


「ありがとうございます」


 ルクレティアがじっと見つめてくる。


「なんだよ」 

「なんとお呼びすればよろしいでしょうかしら」

「ああ。……マギでいい」


 細く美しい眉が寄った。


「それは、ご主人様の本名ではございませんでしょう。魔法使いの“マギ”ではありませんか」

「そうだよ。問題ないだろ」

「……かしこまりました。では、マギさん、とお呼びいたしますわ」

「そうしてくれ」

「では、マギさん、カーラ。状況が動けばご報告にあがりますので、できれば近くにいておいてくださいませ」


 なぜか怒ったような口調で、ルクレティアは去っていった。


「なんでいつも怒ってるんだ。あいつは」

「……マスターの名前って、マギさんじゃないんですか?」


 カーラが訊いてきた。


「ああ。まあ、通り名っていうか、自分でつけた名前だよ。魔物になるときにな」

「それって、魔物は自分で名前をつけないといけないんでしょうか」

 違う違う、と手を振る。

「俺が勝手にやっただけだ。たいした意味なんてない。別に高貴な一族の出身とか、生まれ育ちに秘密があるとかそんな伝承歌っぽい曰くがあるわけでもない。残念ながらな」

「ちょっとそうなのかもって思っちゃいました」


 恥ずかしそうに笑う。


「もしそうだったら、俺の人生もちょっとは違ったんだろうけどな。なんとなく、生まれ変わるっていうか。名前を自称するなんて別に少なくないだろ?」

「そうですね。ボクのお爺ちゃんも、傭兵をしてるときは別名だったみたいだし」

「ああ、傭兵連中なんて特にそうだな。まあ、もともと名前がないから自分でつけるしかないって場合も多かったりするんだろうが」


 箔をつけるために、自分で勇ましい名前を名乗ることもあるだろう。二つ名とか、異名。ああいうのと同じだ。


 はい、とうなずいたカーラが、ちょっと迷うような仕草をしてから、


「あの。マスター」

「ん?」


 上目遣いでこっちを見た。


「マスターの名前って、教えてもらえますか」

「ん。いいぞ」


 別に隠しておくようなものでもない。

 あっさりと生まれ名を伝えると、カーラは何度か口のなかでつぶやいてから、嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。マスター」

「別にそっちで呼んでくれてもいいけどな」

「ほんとですか? でも、――うん。やっぱり、マスターはマスターだから」


 カーラは自分に言い聞かせるようにしてから、


「マスターの名前、他には誰か知ってますか?」

「スラ子やスケルにもいったことはないはずだし、ストロフライにもマギって名乗ってるしな。アカデミーで学生やってたころの連中なら知ってるだろうが、ぼっちだったからほとんど知られてない。前にいった、世話になった恩師の他には数人くらいか」

「そっか。……そうですか」


 ふふ、と微笑む。


「どうした?」

「ううん。ボク、嫌なやつだなあって」

「……なんでだ?」


 俺の名前を知っただけで嫌な人間になるなんて、呪いの名前みたいじゃないか。

 カーラは首を振り、悪戯っぽく人差し指をあてて、


「秘密です」


 よくはわからないが、嬉しそうだし、なにより可愛かったのでよしだと思った。



 太陽がゆっくりとのぼり、町の広場に集まる冒険者の数がさらに増えても、探索隊に動きはなかった。


 領主の息子は姿をあらわさない。


 おいおい、まさか昼までこのまま放置なんじゃないだろうな、と思い始めたところで、探索隊の一人が大声でいった。


「注目!」


 よく通り、低く迫力がある。

 こんなふうに大勢に対して命令をすることにいかにも慣れていそうな声だった。


「現在、我々はある事情で出発が遅れている。出発は午後を予定しているが、それに全員があわせる必要はない。諸君らには先遣して森にはいっていただく!」


 探索隊のリーダー格らしい男がすっと腕をあげて、町の外のとある方角をさす。


「竜が落ちたのはここから北西という目撃情報が強い。我らはそちらへ向かい、極力直進する形で森へ進んでいく。諸君らにはその露払いとして森の状況を探り、なにかを見つけ次第報告してもらいたい。礼ははずむ。これは探索隊を指揮するノイエン様、そして今回の竜探しの依頼をかけた領主ゼベール・フォン・ノイテット二世様からのご確約である! むろん、先んじて竜の遺体を見つけるという気概がある者は、そのまま自ら森の深部にはいっておおいにけっこう! 見事、伝説の竜にたどりついた勇者には、抱えきれない大金と、重さに量れない無量の名誉が同時に与えられるだろう!」


 おお、と冒険者たちから声があがった。


「名をあげよ、冒険者たち! 幸運の機会は今、諸君らの前にあるのだ!」


 一気に歓声が爆発した。


「上手いもんだなー」


 俺は感心していた。

 さすがに人のうえに立つ人間となると、集団の気持ちを煽るのも得意らしい。


「でも。こんなに大勢が功を焦ったら、ちょっと怖いですね」

「そうだな。森で無茶やる連中もいそうだ」


 煽るのはいいが、そのあたりをコントロールしてくれると助かるのだが――と思っていると、リーダー格らしい男の側にいたルクレティアが、何事かを耳打ちするようにした。

 小さくうなずいた男が、再び声をはりあげる。


「ひとつ忠告しておく! 我々は勇者であり、蛮人ではない! このメジハは自然に囲まれたのどかな町であり、こちらにいらっしゃるルクレティア嬢はノイエン様のご学友でもあらせられる! メジハの町に迷惑をかけることを我々は望んでいない! 不用意な騒動や、森のなかでの火や魔法の使用には十分に気をつけられたい! 生木とはいえ、ここ数日は雨もない。いったん森に火がついてしまったあとの面倒について、経験豊かな諸君らに今さら教示する必要はないだろう!」


 ルクレティアからの要請だろう。

 男はそこで言葉を区切り、ぐるりと周囲を見渡す。


「我々に同行する以上、範には従っていただく! 我々は探索隊であり、諸君らにとっては監督者にもなる! 殺人や放火などには厳しく対処する所存であるから注意されたい! むろん、自己を守るための行動は、これを処罰するものではない!」


 俺は唇を歪める。

 つまり魔物をどうこうするのは罪にはならないということだ。当たり前だが。


「意見のある者はあるか? なければさっそく出発だ、森の夜は早い! 野営時には狼煙をあげる予定のため、合流をはかる者は視界の確保に注意されよ! 緊急の連絡も含め、狼煙で使われる魔力光の種類とその用法については昨日、すでに話したとおりである! これについては、間違った狼煙をあげた者には罰則を与えるので特に注意すること! では、諸君らの健闘を祈る。解散!」


 下命がおわり、冒険者たちがそれぞれ動き出す。


 広場中央のルクレティアがこちらを見ている理由を察して、俺とカーラはそちらに向かって歩いていった。


「ルクレティア様。こちらの二人は」


 全体に大声をはりあげていた男がいった。

 あれだけのボリュームをだしてまるで枯れた素振りのない声は、間近で聞くといっそうドスが効いていた。


 ぎろりとした眼差しはあきらかに生命のやりとりに特化した人間のそれで、冒険者というより熟練の傭兵じみた気配がある。


「連れです。この二人とともに、私も先行します」

「お待ちください。若様は貴女様がご同行されることを希望されています」

「さきほどは注意を喚起していただいてありがとうございました。ジクバール隊長」


 ルクレティアがいった。


「貴方のおっしゃったように、ここは私たちの町であり、私たちの森なのです。ああはおっしゃっていただいたうえでも一抹の不安はぬぐえません。ですから森に参ります」

「……危険ですぞ」


 ジクバールと呼ばれた壮年の男はわずかに眉間に皺を寄せた。


「問題ありません。これでも魔道には覚えがありますし。そのことについてはどうぞ、夢から覚めたあとのノイエン様にお聞きください。王都の学士院でともに机を並べておりましたでしょう、と」


 ルクレティアの台詞に、男はにやりと小さく笑った。

 そして、思わず笑ってしまった自分を恥じるように目線を伏せて、


「かしこまりました。若様にはこちらからお伝えしておきましょう。ですが、今晩には――」

「ええ。野営地には合流いたします。狼煙には気をつけておきますので、ご心配なく」

「了解です。では、お気をつけを。……供の者は、その二名だけなのですか。必要であれば、我々のなかから護衛をつけますが」

「不要です」


 ルクレティアはいった。


「こう見えても、この町で一番の腕利きの二人ですから。見知った相手のほうがやりやすいことでもあります」

「そうですか。それは失礼しました」


 頷きながら、こちらを見る男は胡散臭そうな視線だった。


 気持ちはわかる。

 冴えない男と十代半ばの少女の取り合わせを紹介されて、腕利きだなんていわれて信じるやつなんていやしないだろう。


 俺だって嫌味かと思ったくらいだ。てか嫌味だろ。


「では、お気をつけて。このあたりにはたいした魔物はいないようですが、先に送った者の話では奇怪なことが起きているとのこと。妖精族の巣があるという話も――失礼。地元のお方にいうことではありませんでしたな」

「ありがとうございます。どうぞジクバール様もお気をつけを。確かにこのあたりにはたいした魔物はおりませんが、なかには狡猾なものも潜んでいるかもしれません」


 ああ、今度こそ間違いなく完璧に皮肉だ。

 すまし顔の令嬢をにらみつけて、また語尾ににゃんってつけさせてやろうかとそんなことを思った。


 ◇


 森は静かだった。

 耳を澄ましても、嬌声や悲鳴、あるいは金属を打ったり地面を叩く音、その衝撃は伝わってこない。


「まあ、いきなりいたるところで戦闘されまくってても嫌だが」

「妖精族の幻覚が範囲を広げている影響でしょう」


 ルクレティアがいった。


「以前、妖精の巣立ちの儀式で影響が薄れていたときと似ています。今回は影響が強まった結果、それを察した他の魔物たちも動きを控えているのでは。もっとも、本格的な襲撃は夜からになるでしょうが」


 森のなかには夜行性ではない魔物も決して少なくはないが、いきなり人間が大挙して押し寄せてきて様子を見守っている部分もあるのかもしれない。


「何事もなく通過して終わりになればいいんだがな」


 ほとんど叶うわけがないことを知りながらつぶやく。

 ルクレティアは返事をする必要もないとばかりに、眉を動かしただけだった。


「マスター」


 無言で周囲を警戒していたカーラが鋭くささやいた。


 ウェアウルフの血を継ぐ少女は、俺たちのなかでもっとも五感の能力が長けている。

 カーラの視線が森の一角を指した。


 そこから、がさり、と音がして、


「ひええええええええ!」


 いきなり数人の冒険者が飛び出してきたかと思うと、びっくりする俺たちを無視してそのまま一目散に駆け出していく。

 あまりの勢いに、声をかけることさえ忘れてそれを見守っていると、


「ふふー」


 すぐ耳元で見知った声。


「スラ子、か。どこに――むぐう」


 口がふさがれた。


「どこにいるか、わかりました?」

「わかるわそんなもん!」


 目の前の柔らかい感触を押し返して怒鳴りつける。


「……今の連中、お前がやったのか。一人か?」

「はい。ちょっと悪戯してあげました。私だけでなく、妖精さんたちも一緒です」


『イエー!』


 やけにノリのよい声があちこちからあがった。

 姿は見えないが、妖精たちも楽しんでいるらしくてなによりだ。


「シィは。他の連中はどうした」

「別行動です。シィ、ドラちゃん、リーザさんは竜さんの躯が落ちたっていう森の奥地の様子を見にいってもらってます。リーザさんはどうしても目立ってしまいますので」


 俺は眉をひそめる。


「危なくはないのか?」


 リーザはともかく、シィやドラ子の戦闘能力はまったく高くないはずだ。


「入り込むのではなく、手前で様子を見てきてほしいといったので大丈夫です。シィの感知能力なら、そこからでもなにか気づいてくれるかもしれません。そのあいだに、私が妖精さんたちと森にはいった冒険者さんたちの撹乱を。奥にいくときは私もいきます」

「撹乱は上手くいってるか」

「現状、問題ありません。といっても本格的に動き出したのは先ほどからですが。大勢が一気に来て、大半は方角をずらして歩いていってくれたので問題ないのですけれど……」


 方角をずらす。つまりそういう妖精たちの幻惑ということか。


「抵抗値が強いのか、このあたりでは幻惑が完全にかかりきらない人たちもまだ多いですね。そのあたりで手軽そうな人たちから選んで、まずは各個に追い返してみようとしています」

「数を減らすか。まあそれが一番だな」

「はい、それで――」


 ぴたりとスラ子の言葉がとぎれた。


『マスター……!』


 切羽詰った悲鳴。


 危機感のある声に直感で目線を動かす。

 なにか細く鋭いものが真っ直ぐに飛来してくるのが、かろうじて視界の端にひっかかった。



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