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六話 意地と駆け引き

 日が経つにつれ、メジハにやってくる冒険者の数は増えていった。


 町長の孫娘でギルド業務のとりまとめを手伝うルクレティアは数の把握や宿泊場所、食事、その他のトラブルの回避と解決に忙しいらしく、この数日は洞窟に顔を見せていない。


 俺たちのほうは俺たちで、地下の作業や洞窟を長く離れる準備であれこれと忙しく過ごしていた。

 森にはすでに何組かの冒険者たちが入っていたが、そのほとんどが妖精たちの幻惑にあって引き返し、奥までは入り込めていないらしい。


「腕のいい冒険者さんたちではなくて助かりますね。まだ様子見ということもあるのでしょうけれど」

「妖精族の様子はどうだった?」


 現状確認のために妖精の泉にいってもらったスラ子に訊ねると、


「女王さんたちが森全体に幻惑の魔法範囲を広げていらっしゃっていて、ほとんど接触もないみたいです。妖精さんたちはみんな、悪戯したくてウズウズしちゃってました」

「範囲を広げる? それって一時的とかじゃなくてか?」

「一人で長時間の維持は厳しいみたいですが、何名かで交代しながらであれば問題ないそうです。結界とまではいきませんが、ある程度のレベルでふるい落とすことはできると思います」

「……妖精の気配が強まってるってわかれば、逆に警戒されるかもな」

「その危険はあります。妖精さんたちにかけられた幻に気づく人たちもいずれ出てくるでしょうし」


 大勢の冒険者をふるいにかけた結果、手ごわい連中だけが残るわけだから、かえって面倒の純度は増えることにもなる。


 俺たちには二つの目的がある。

 一つは竜の躯。これをなんとかして、広域のギルドにばらまかれたクエストに始末をつけてしまうこと。


 そうしなければ、今後もたくさんの冒険者たちがメジハにやってきてしまう。

 洞窟の周辺をガラの悪い連中にうろつかれるのはごめんだった。 


 もう一つが森、そして妖精族のことだ。

 冒険者連中と妖精たちが正面きって争う羽目になるのをなんとか回避しなければならない。


 森という領域は人間の世界ではない。

 そして、人間はその森を拓くことで自分たちの世界を広げてきている。


 竜を探すために森一つを切り拓くということはさすがにないだろうが、自分たちの安全のためになにをやらかすかはわからない。

 人間たちが森に好き勝手をやらないよう牽制しつつ、かといってあまり激しい行動を起こしてしまえばかえって連中の敵意を刺激しかねなかった。


 あくまで人間たちの目的は竜なのだから、注意はそちらに向かわせておけばいい。

 森を荒らされないよう、舐められないよう。

 いずれにしろ、連中にはさっさと目的を果たして帰ってもらうに限る。


 そのためには竜の躯がどこにあるかを知ることが必要だが、それを聞くとスラ子は困ったように眉をひそめた。


「妖精さんたちが森の奥までむかったところで、おかしな気配があったそうです」


 おかしな気配。


「魔力のバランスが崩れていて、一帯が危険になっていると。そのあたりはもう妖精さんたちの領域でもないので、そこから先は見に行けていないそうですが……竜が落ちたのなら、その先ではないかとおっしゃってました」


 俺はため息をついた。


 竜という生き物は、生きていても死んでいても面倒を撒き散らす。

 躯の存在があたりの森になにか影響を与えていたとしてもおかしくなかった。


「魔物、猛獣。なにに出会ってもおかしくないか」

「はい。注意が必要だと思います」


 となると、戦力の分け方にも注意しなければならない。


 冒険者たちの撹乱組と竜の躯探索組。

 後方での活動のためにルクレティアを町に残すにしたって、ドラ子やリーザをいれれば七人にもなる。


 大勢で森のなかを歩いても目立つだけだし、並行しておこなわなければならないことがある以上、二手に分かれること自体は間違っていないはずだ。


 問題はどう分けるか。

 仲間たちの能力はそれぞれで、向き不向きだってある。


 適材適所。言葉にすれば簡単だ。


 仲間を使うだなんてそんな器量が自分にあるのかと思い、そんなことでどうすると頭を振る。

 どうせ戦力としては役立たずなのだから頭くらい使ってみせろ。


 微笑を浮かべてこちらを見守っているスラ子の視線に気づいて、渋面をつくった。


「なんだよ」

「なんでもありません」


 半透明の瞳に、情けない顔をした俺が映っているようだった。


「わかった。お疲れ、休んでいいぞ」

「はい、マスター」


 部屋から去ろうとするスラ子に、


「――待った」


 声をかけてしまう。


「……やっぱりもう少し相談にのってくれ。ちゃんと、決めるのは自分でやるから」


 振り返った不定形の人型スライムが嬉しそうにうなずいた。


「はい。マスターっ」



 それからスラ子とあれやこれやと話し合っていると、カーラと二人で町での情報収集に向かっていたスケルが戻ってきた。


「ご主人、団体さんがお着きになりやした」

「領主の一行か?」


 動き出す前に詳細を確認しておかないといけない相手がやっと到着したのだろうか。

 大きめの外套をかぶったままのスケルがうなずく。


「人に馬に馬車。けっこうな数になってます」

「馬車?」


 領主が手ずから選んで送り出した連中とはいえ、探索隊に馬車がやってくるというのは妙な話だ。


「貴族でもやってきたのか。物見遊山のつもりか?」

「ルクレティアさんも驚かれてました。至急、ご主人に報告するようにってことで」

「いったい誰がやってきたんだ」

「さきほどのご主人が半分、正解みたいなもんですね」


 ん、と眉をひそめる俺にスケルがいった。


「いらしたのは、どうも領主様のお身内ってやつみたいです」


 ◇


 ギーツを中心とした一帯を治めるゼベール・フォン・ノイテット二世は、土地持ちのいわゆる準貴族と呼ばれる人種だ。

 昔からこのあたりの地主をやっていてそれなりに人望もある。


 祖先から継いだ土地を守って、特に目立った行いもないかわりに乱行も聞かない。

 良くも悪くも地味な領主ということくらいしか知らなかったが、その一人息子はどうやら少々毛色が違うという話だった。


 まだ年齢は二十歳前とかだったはずだから俺よりも若いし、それを理由にしていい年ではあるだろう。


 竜の躯探しなんて、冒険譚として聞くだけでも心が躍る。

 それを実際に自分で体験してみたいというのもありがちな挑戦心だし、地方の領主っていうのはその土地で絶対的な存在だから、多少ではない我儘だって叶ってしまう。


 問題は、その挑戦的熱意を発揮した男が勇者か、それともただの馬鹿かだ。


 スラ子を洞窟に待機させてスケルと町に向かった俺は、町の中央に馬車や荷物をおろして逗留の準備をすすめる一団を見た。


 何人かが集まったところに見覚えのある豪奢な金髪が小柄な老人と並んでいる。

 その前にいる相手の姿を見て、うーんと心のなかで唸った。


 そこにいるのは見た目はいかにも貴族然とした良家のお坊ちゃん、としか思えない男だった。

 ルクレティアたちを前にして機嫌良さそうに笑っている。

 その相手の前に立つルクレティアはどこか冷ややかな能面顔に見えた。


「マスター」


 先に町に来ていたカーラが側にやってきた。


「どんな状況だ?」

「まだ、なにも。でも、あんまり行儀がいい人たちじゃないみたいで……」


 たしかに、荷をおろしている下人たちの横でげらげらと輪になって騒いでいる連中がいる。あまり品がよくなさそうな連中だった。

 身につけている服装は遠目にもわかる仕立てのよさだが、あきらかに森に入るための装備ではない。かたわらに脱ぎ散らかすように真新しい装備が置かれていた。


 地方領主なら、日頃からある程度は子飼いの兵を持っているはずだ。

 しょせんは辺境の兵士だ。名高い王立騎士団のような厳格さなど持ち合わせていないのは当然とはいえ、決して腕が立ちそうにみえる連中ではなかった。


「どうやら後者、か? ……ちょっと違うのもまじってるな」


 下人たちを手伝って荷をおろしている数人は、重そうな重装備を着込んだまま無言で黙々と作業をしている。

 その他にも何人か、眼光の鋭い連中がいて、彼らだけは明らかに周囲との違いが気配だけで見て取れた。


「お目付け役とか、そういう人たちでしょうか」

「そうかもな。どら息子が冒険してみたいって無理いって、腕利きを護衛につけたってとこか。……ルクレティアも大変だな」


 ただでさえ冒険者連中が大挙してやってきているところに、貴族の我儘に振り回されることになるのだから。不機嫌そうな無表情はそれを思ってのことだろう。


 俺の視線に気づいたように遠くにいる切れ長の瞳がちらりとこちらを見て、ふいっとそらされた。


「カーラ、ギルドの所属員にはなにか通知がでてるか」

「はい。やっぱり、ギルドから人をだしてお手伝いをするみたいです。予定のない人はこのあと集まるようにって」


 領主たちの一行が、露払いにメジハのギルドを使うだろうというのは予想していたことだ。

 それを利用すれば、逆に連中の動きを掴むことが出来る。


 そのために、カーラだけでなくスケルをメジハのギルド所属の新米冒険者ということで登録しておいたのだった。


「ご主人も話を聞いていかれちゃどうです?」

「バレるとまずいだろ。俺はギルドの所属じゃないし、けっこう昔から町には顔を見せてるんだ」

「大丈夫っすよ。ルクレティアさんが上手くやってくれるでしょう」 


 それもそうだ。

 ルクレティアには睨まれるかもしれないが、連中がどんな相手か近くで知っておくことも重要だろう。


 少し迷ったが、俺はカーラとスラ子と一緒にギルドの話し合いに参加することにした。



 ルクレティアが洞窟にやってきたのはその日の夜遅くだった。


 話し合いが終わり、先に戻っていた俺たちは夕食を終え、明日からの準備を終えてあとは眠るだけといったところで、もしかして今日は来ないのではないかと考え出したころに金髪の令嬢は現れた。


「遅くなりまして申し訳ありません。歓迎の宴につきあわされて、抜け出せませんでした」

「大丈夫なのか?」

「はい。主賓が酔いつぶれてようやくお開きということに。……あれでは明日の出発も大幅に遅れることでしょうね」


 領主の息子、ノイエン・フォン・ノイテットは、昼間、自分たちは竜の躯を見つけるためにやってきたのだと鼻息荒く声をはりあげた。


 我らは勇者であり、その偉業に関わることができるお前たちは幸運である、とのたまう若い貴族に、集められた冒険者たちやそれを遠巻きにする町民たちは白けきった様子だったが、情報提供や小用で働いた者たちには報酬をはずむといったことで冒険者たちの目の色が変わった。


 メジハは小さな町だ。

 たいした儲け話なんてあるはずもなく、そこで冒険者なんていう職についている連中も裕福であるわけがない。

 貴族息子の道楽とはいえ、小金が稼げるならそれだけで尻尾だって振ってしまう。


 ルクレティアはそれを苦い表情で見ていたが、町長の孫娘が領主の身内に意見をいえるわけもなかった。

 メジハ・ギルドの冒険者たちは金で雇われる尖兵と化した。


 探索隊の出発は明日の早朝。

 領主の息子が率いてきたメンバーにメジハの冒険者たちを加え、大勢が森へとはいっていく。


 彼らに便乗しようと、それまでメジハに集まっていた他からの冒険者たちもおっつけ行動を開始するだろう。


 役者は揃った。

 相手の顔ぶれも確認できたところで、こちらも出遅れるわけにはいかない。


 今日が行動を開始する前の最後の話し合いだ。  

 なにしろ今回は二手にわかれることになっている。いったん別行動をとってしまえば、連絡を密にとりあう手段はない。


「問題が起きてしまいました」


 話し合いに率先してルクレティアがいった。


「私も、明日からの探索隊に加わるようにとの仰せを受けましたわ」

「なんだって?」


 事前に考えていた計画では、ルクレティアは町に残ることになっていた。

 後方で状況を整理してくれる相手は必要だし、洞窟の地下でなにか起こったときのために誰かを残しておく必要もあったからだが、


「領主様のご子息からの要望です。理由はわかりません。なんとなくでしょう。昔から、強引な男ですわ」

「知り合いなのか」


 俺が訊ねると、ルクレティアは嫌そうに顔をしかめてみせた。


「王都におりましたころ、顔をあわせたことがあります。別に知人というほどではありません」


 ああ、と思い出す。

 貴族の血筋をひくルクレティアは以前、人間たちのエリートが通う王都の学士院に通っていたんだった。


「私は町長の孫娘です。祖父に迷惑をかけないためにも、同行を断るわけにもまいりません。ご主人様には、そのお許しをいただければと思うのですけれど」


 本心は行きたくないが、といいたげな表情だった。


「……わかった。なら、かわりに誰かが残らないとな」


 町のほうは仕方ないとしても、洞窟でなにか起こったときのための用心は必要だ。


「それなら、あっしが残りましょう」


 スケルがいった。


「いいのか?」

「留守番は昔っから得意ですし」


 俺は一瞬、答えに迷った。

 洞窟に一人残されるというのは、あんまり楽しい気分ではないはずだ。それにスケルは今の身体になる前、俺たちの留守中に侵入した“誰か”に壊されてしまったことがある。


 スケルはからからと笑って、


「大丈夫っすよ。それに、たまにはご主人の役にもたってみせないと、いつまでたっても閨ポイントがたまらないでしょうし」


 閨ポイントとやらがなんのことかはわかりたくなかったが、スケルが残ってくれるなら助かる。


「……すまん。なら、頼む」

「おまかせあれ」


 目尻のさがった笑顔でにっこりと微笑むスケルにうなずいて、


「ルクレティアが領主一行に同行する。それ以外のメンバーで二手に分かれる必要があるわけだが」


 それぞれの編成については前もって考えてはいたが、ルクレティアがはいってスケルがいなくなってしまったからもう一度考えないといけない。


「そのことでご提案があります」


 ルクレティアがいった。


「なんだ?」

「二手の分かれ方についてです。躯探しと対冒険者、という分け方ではなく、探索隊への同行組と同行しない組に分かれるべきではないかと思います。理由をお聞きくださいますか」

「話してみろ」

「昼間の話で、町にいる冒険者たちの大半はあちらになびきました。町のギルドの者だけではなく、町の外からやってきた冒険者のなかにも、駄賃欲しさにくっついていく連中は多いでしょう。そういう輩はたいてい腕もたいしたことがないでしょうが、これは結果的には質の低い冒険者を一手にまとめてくれるということになります」


 自分たちに実力があると思っている冒険者たちは、金貨5000枚を独占するために領主たちと別行動をとるだろう。


 実力があるということは分を知るということでもある。そういう連中は無闇に魔物を挑発したり、森を傷つけたりしない。

 人格的にどうこうというわけではなく、単純に無駄なことをしないからだ。


 問題なのは有象無象とされる、自分達の実力もろくに把握せず、いったいどういう行動が必要かもわからない連中。

 そういう輩が魔物たちとのあいだに問題を起こし、それが呼び水となって大きな騒動になってしまうことだってある。


「もちろん、だからこそ同行しないというはねっかえりも確実に存在するでしょうが、数としては少数になるでしょう。単体であれば妖精族の方々の対処も難しくないでしょうし。いずれにせよ、今回のクエストの本命であり、中心になるのが領主様から遣わされた一団であることは間違いありません。彼らをうまく誘導することが、今回の騒動を丸く収めるためにはなにより必要となります」


 それは、そうだ。

 領主一行が問題を起こしそうな程度の低い冒険者たちを一手にまとめてくれるというなら、俺たちはそこに注力していればいいわけだから、好き勝手に散らばられるより楽にもなる。


「森を荒らし、近隣の魔物たちの敵意をかうことはメジハとしても好ましくありません。そういう連中を処罰させることも、あのノイエンという男をコントロールできれば可能でしょう」


 俺は眉を持ち上げて訊ねる。


「お前がそれをやってみせるってことか」

「ご主人様のご命令とあれば」


 ルクレティアは平然といった。


 顔見知りとはいっていたが、さっきの様子ではあまりよい感情はもっていなさそうなルクレティアがそんなことをいうのは意外だった。

 というか、ルクレティアが好意をもつ相手というのがまず想像できなかったりするのだが。


 俺はちらりと横目でスラ子をうかがった。

 スラ子の表情に変化はない。むしろ不自然に変わらない顔色に見えた。


「問題はあります。領主様からの一行のなかには腕のたつ人間も多いようでした。魔道に通じている者も含まれている様子。警戒や正体を看破されないためにも、同行できる相手は限られるでしょう。具体的には――カーラさん、それにご主人様のお二人になります」


 スラ子が目を細めた。


「……戦力的に不安だな」


 もちろん、それは二人のなかの一人が俺という役立たずだからだ。


「同行組には戦闘行為という目的はありませんから、問題ないでしょう。同行しない方々は、竜の躯を探すことと、探索隊についてこないはぐれ冒険者への対応が必要になりますから、そちらに戦力を振ることになるのは当然かと思います」


 同行すれば大勢の冒険者や領主の子息が連れた腕利きに守られることになるから、森の魔物たちから命を狙われる危険は少ないだろう。


 だがそれは同時に逆のこともいえる。

 ――俺やカーラは人間だが、魔物という立場でもある。


 スラ子をはじめ、誰も意見をいわない。

 それぞれ思うところはあるようだが、俺がなにかいうのを待っているようだった。


 ルクレティアも言葉を切り、こちらを見つめている。

 鋭い視線を向ける美貌の令嬢は献策するというより挑戦する顔つきで、俺はその眼差しの真意を長いこと考えてから、決断した。


「わかった。俺とカーラが領主たちと一緒にいく」



 それから細かい打ち合わせを終え、ルクレティアは町に帰った。


 明日の出発にむけてそれぞれ部屋で休み、俺も自室に戻ったところにすぐにノックの音がした。

 なんとなく予想していたのですぐに扉をひらくと、スラ子が立っている。


「マスター、よろしいですか?」


 うなずいて、部屋のなかに通した。


「ルクレティアのことか?」

「わかっていた上でのご判断なら、私がでしゃばることはないですね」


 スラ子は苦笑した。


「でも、どうされますか。もしルクレティアさんがマスターを罠にかけようとして、今日の提案をしていたとしたら」


 ストレートな疑問に、俺は黙って頭をかいた。 


 領主の探索隊に俺とカーラが同行する。

 それはつまり、大勢の人間たちのなかに俺たちが孤立するということだ。


 ルクレティアがそこでなにかを企めば、それが叶ってしまう可能性はある。たとえば、俺からの支配の脱却をねらって殺そうとするといったような。

 もちろん、ルクレティアの胸には隷属の呪印があるからルクレティアが直接、俺を殺すことはできないが――


「やりようはあるっていってたしな。本人が」


 スラ子がぱちくりとまばたきして、呆れたようにいった。


「正直な方ですねぇ」


 呪印には解釈の部分でファジーなところがある。

 並列命令の取捨選択や、主人の命を助けるための命令破棄。実際にそうした行動をとったことのあるルクレティアだから、万に一つの可能性というのはありえた。


「なにか考えつくか? ルクレティアがどうやって俺を殺そうとするか」


 うーんとしばらく腕を組んで、スラ子は頭を振った。


「わかりません。少なくとも、ルクレティアさんが意志をもってマスターを手にかけようとすることはできないはずです。ダイレクトに呪いに抵触しますから」

「事故死あたりを狙うってのはどうだ」

「それも、殺意を抱いてしかけるという類になるとNGですね。となればまったくの偶然を狙うしかありませんが、それでは策とはいえません。あのルクレティアさんがそんなものを頼みにすることはないと思いますが……」

「可能性が0ではない以上、やってみる価値はあるかもな。……ああ、そう思った時点でもう駄目なのか。呪いにひっかかりそうだ」

「だと思います」


 頭がこんがらがってきた。


「とにかく、意見には筋が通ってる。クエストをどうにかするには、あの領主の息子をどうにかするのが一番だ。顔見知りのルクレティアがそれをできる立場にいることも間違いないしな」

「そのあたりはさすがに抜け目がありませんね」


 もしかしたら、と続ける。


「探索隊に同行することも、ルクレティアさんの思惑かもしれません。本人からいわないにしても、遠まわしにそう仕向けるくらい容易でしょう」

「ありえる話だ」

「……本人に正直な回答を求めれば、確認はとれますよ?」


 スラ子の台詞が意味していることは一つだ。


 呪印に命じてしまえばいい。

 ルクレティアの真意も、行動の意味もそれで全て明らかになる。


 なにも思い悩む必要はない。

 ただ一言、「全て話せ」といってしまえばいい。


 そして、それはルクレティア自身わかっているのだろう。

 俺を見る視線はそういう意味をもったものだった。やれるものならやってみろという。


「呪印なんかで縛ってるくせに、いざそれをするのを躊躇するっていうのは、馬鹿みたいな話なんだろうな」


 エキドナがいったとおり、俺には悪者になる覚悟だってありはしないのだ。


「それは違います、マスター」


 スラ子がいった。

 穏やかな確信を秘めた表情で、


「それは意地というものです」

「……小物の意地か」

「いいえ。男の意地です。あるいは、男と女の」


 くすくすとスラ子が笑い、抱きついてきた。


「ルクレティアもなのかよ」

「そうですね。そうだと思います。……大丈夫です、マスター。あなたは間違っていません」


 スラ子は俺が間違っていても、そうはいわないだろう。

 だが、たとえそうだとして、耳元でそういってもらえるのはひどく心が落ち着いて、そんな自分が情けなかった。


「マスターは私が守ります。もしルクレティアさんがなにか企んでいるとしたら、」


 語尾に冷ややかさを感じて、ためらってから訊ねた。


「したら?」

「そのときは後悔させてあげましょう。このあいだのように、よつんばいになって泣き叫ぶまでイジメてあげます。ふふ、案外そうして欲しいのかもしれませんね」


 ……やっぱり聞くんじゃなかった。


 後悔のため息を耳に受けてくすぐったそうに、スラ子は俺から離れようとしない。

 今夜は自分の部屋に戻るつもりはないという意思表示だった。


 ◇


 翌朝、早い時間に俺たちは洞窟を出た。

 俺とカーラは町へ向かい、スラ子とシィ、その頭のうえのドラ子とリーザは森へはいり、妖精たちと合流する。


「いってらっしゃい」


 洞窟で待機するスケルが入り口の前で手を振っている。

 それがいつかの既視感を想起させて、俺は顔をしかめた。


「気をつけろよ。山の上にはストロフライがいる。エキドナが直接やってくるようなことはないだろうが、なにか仕掛けてくることはあるかもしれん」 


 自分の野望のために動いているエキドナは、俺たちが必ずどうにかしなければならない相手だが、そちらは今、俺の世話になった教授に手紙をだしてその返答待ちだ。


 アカデミーがある場所は遠い。

 返事が届くにしても、この騒動が落ち着いたころになるだろう。


「大丈夫でさ。いざとなれば山の上にでも、地下にでも逃げますし」

「そうしてくれ。危ないことなんかしないでいいからな」

「そうします。スライムを盾にしてでも逃げ切ってみせますよ!」

「ふざけんな守れお前の全存在をかけてスライムちゃんを守るんだよ」

「ひどいっすねぇ」


 もちろん冗談だってわかってる。俺は鼻を鳴らした。 


「ご主人が戻ったら、あっしの本当の気持ちをお伝えしようと思います……」

「そういう不吉なことはお願いだからやめてくれ」


 本気で嫌そうな表情になる俺を人の悪い目つきで笑って、スケルはふっと微笑した。


「お気をつけて。無事をお祈りしてます」

「……ああ」


 いつも冗談みたいなことしかいわないから、真面目なことをいわれると調子が狂う。


 黙っていれば可愛いのだ。

 黙っていれば。


「あ、ご主人、抱きたくなりましたね。チューしちゃいますか? やっちゃいますか?」

「いらん」


 ……黙ってないからこそのスケルではある。


「――よし、行くぞ。ドラゴン・クエストだ」


 仲間たちがうなずいた。



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