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四話 正体不明ナマモノ

 ちいさな手足がじたばたと暴れ、あわててシィが自分の手のひらにのせる。

 ほっとしたように息をつく。シィが両手で包むようにしたその生き物をしばらくのあいだ黙って凝視してから、全員の視線が俺を見た。


「こりゃいったい。なにかご存知ですか、全国魔物ロリ愛好会員のご主人」

「人を勝手にとんでもないものに入会させるな。知らん。こんな生き物、……生き物だよな? 見るのもはじめてだ。アカデミーで読んだ本でも見たことない」


 大気や地中の魔素が植物に宿るという話なら聞いたことはある。

 抜けば呪いの悲鳴をあげるマンドラゴラも、ただの植物に魔が宿るからこそといわれていた。そういったものは魔性植物と呼ばれ、薬草や呪薬などに使われたりする。


 しかし、目の前のこれは違う。

 これはもう植物ではなくて、完全に人型の生体だ。


「精霊さんに似た気配はありますが。ちょっと変わった感じです……。シィ、わかる?」


 スラ子に訊かれたシィがふるふると首を振る。


「ドートリーの生まれたて、か? それで力が弱いとか」


 生まれたばかりの精霊がどんな姿かたちで生まれてくるかなんて知らないが、そういうことだってあるかもしれない。


 木精霊ドートリーがマンドラゴラを頭に生やしているなんてのもシュールというか。

 そんな話も初耳だが、


「そもそも精霊って特定の植物を素に生まれてくるようなものなのか……?」

「どうでしょう。なんとなく、ちょっと違う感じはしますけれど……」


 水と土の精霊を身体に宿して精霊寄りの感覚があるスラ子も困惑した様子だった。


 シィの手のひらのうえで、注目をあびたそのミニチュア精霊みたいな生き物は恐る恐るといった表情でこちらを見上げている。

 手を振り、ぱくぱくと口を開く。なにかを伝えようとしているらしかった。


「んん。どうやら口が利けないみたいですね」

「精霊なら魔力媒介の意思伝達くらい、生まれてすぐに使えそうなもんだがな」


 そもそも精霊かどうかも怪しいわけではあるのだが。


「でも、悪い子じゃないみたい。かな?」


 相手を怖がらせないように身をかがめたカーラがそっと指を伸ばす。


 警戒して身構えた手のひらの生き物が、ちょんっとつついてカーラの指に触れ、それで危険はないと判断したのだろう。

 一転して好奇心を発揮してぺたぺたと触り始める。カーラの指先が少女の頬をくすぐると、嬉しそうに笑った。


「……可愛い!」


 目を輝かせたカーラが、俺の視線に気づいて頬を染めた。


「あ。ど、どうしますか。マスター」

「ああ、いや。どうしますっていわれてもな」


 こんな得体の知れないもの、見なかったことにしてそっと土に埋めなおしておくのが一番よさそうな気はする。

 そう口にすると、全員から非難の声があがった。


「こんな小さな子を埋めるなんてサイテーですっ」

「そりゃ下種の所業っすよ、ご主人」

「さすがにそれは……」

「……ひどいです」

「お前らは俺があれこれかまえば人のことをロリだとかいって、放っておけばひどいだの下種だの、いったいどうしろってんだ!」


 びくりとシィの手のひらの生き物が身をすくませる。


「あ、すまん。驚かせるつもりはなかったんだ。すまん、悪い」


 涙ぐんでいる相手に頭を下げる俺に、スラ子たちから生温かい視線が向けられた。


「やっぱり、そういう方がマスターらしいです」

「どういう意味だっ?」


 はあっとため息をつく。


「……わかったよ。連れて帰ればいいんだろ」 

「さすがご主人、犯罪ですねっ」

「お前もうほんといい加減にしろよな。というか、親とか近くにいないのか? はぐれたのか」


 精霊だとしたら、親なんてものがいるのかどうかもわからないが。

 きょろきょろとあたりを見回しても、とりあえずそんな存在は見かけない。目の前のこの大木が親、だなんてこともないだろう。


「スラ子、シィ。意思は交わせそうにないか? 無理やり連れて帰って泣かれても困るんだが」

「私はちょっと、難しいみたいですね……。シィはどう?」

「……無理、みたいです」


 残念そうに首を振ったシィがそっと地面に植物少女をおろす。

 相手はあたりをうかがうようにしてから、とことこと歩いてシィの足にしがみついた。


「シィを気にいってるみたいですね。離れたがってないみたいです」

「まさか、土から引き抜いたシィを親だと思ってるのか? ひよこじゃあるまいし」


 刷り込みなんて学習現象が、精霊かどうかも不明なこの生き物にあるのかはわからないが、こんなふうにぴったりくっつかれていたらどうしようもない。


「とりあえず、連れて帰るか。またここには戻ってくるんだし、そのときまでにどうすればいいか考えればいいだろ」

「そうですね。あ、マスター。この子の名前はどうしましょう」


 俺は渋面になる。


 名前なんてつけたら、もうその後のことまで決定してしまいそうじゃないか。

 そう思ったからだが、かといって名無しにしておこうなんていったらまた全員から総スカンを食らいそうだ。


「そうだな。じゃあ、」


 マンドラゴラを頭にのっけてるわけだから、と思いついた名前を口にしかけて感じる奇妙なプレッシャー。


 スラ子が穏やかに怖さのある笑顔のまま、こちらを見ていた。

 拳がいつ繰り出されてもいいようそっと胸の前で握りしめられている。


「――そうだな。ドラ子とかでどうだ。うん、それでいこう。ドートリーかもだからな。シィ、いいか?」


 手のひらに相手を戻したシィが俺を見て、こくりとうなずく。


「……ドラ子」


 呼びかけられて、名前を呼ばれた生き物はきょとんと首をかしげる。

 多分、自分の名前だと認識していないだろう。気にせずそのままシィの腕を上りはじめた。


 腕をあがりきると、今度は髪をつかんで頭をよじのぼっていく。

 苦労しててっぺんまでいくと、むふーとご満悦そうに笑みを浮かべた。


「シィの頭のうえが気に入ったみたいだな。……重くないか?」

「平気、です」


 頭を揺らして相手を落っことしてしまわないよう、慎重に返事する。

 高い視点が爽快なのか、やけに嬉しそうに笑っているドラ子と、その小さな生き物を乗せてそう悪い気分でもなさそうなシィ。


 ちいさな妖精とちいさすぎる生き物の妙に似合った取り合わせを見て、まあいいかと俺はその時点で、これから予想できる展開について半ば諦めていたのだった。


 ◇


 洞窟には次の日の昼間に帰り着き、そこではルクレティアが俺たちの帰りを待っていた。


「ご主人様、お帰りなさいませにゃん」


 真顔でそんな台詞を向けられ、いったいなにごとかと愕然とする。

 しばらく脳内で時が止まってから思い出した。


 そうだった。

 町をでるまえ、そんなことを命令しておいたんだった。


「あ。ああ、ただいま。もう、普通の喋り方に戻っていいぞ」

「……首尾のほうはいかがでしたかにゃん」

「いや、だからもういいって」


 感情の凍った眼差しのルクレティアは俺に最後までいわせず、


「私からご報告したいことがありますにゃん。お時間をいただいてもよろしいですかしらにゃん。身体を休められてからでかまいませんにゃん」

「あの、ルクレティア――さん?」

「どういたしました、ご主人様。にゃん」


 淡々と語尾を貫く相手に異様な迫力を感じ、はっと気づくと背後でスラ子たちがひそひそとささやきあっている。


「ありゃいったいなんのプレイなんでしょうね。猫が好きとはおっしゃってましたが」

「マスターにそんな趣味があったなんて……」

「……にゃん」

「こら、シィ。真似しちゃ駄目ですよ。ドラ子ちゃん、よく見ておいてくださいね。あれがヘンタイという生き物です。危ないので近づいちゃいけませんよ」

「待て。違う、これは――」


 あわてて弁解しようとする、その後ろからルクレティアの声がかぶさってくる。


「ご主人様がこうしたものがお好きだというので、これからはずっとこの口調でいようと思いますにゃん」

「すみません調子乗ってましたほんと勘弁してください」


 俺はほとんど土下座する勢いで相手に謝った。

 ルクレティアが極低温の眼差しでしばらく俺を睨みつけて、視線だけで百回は俺を刺し殺せるほどの時間をおいたあと、吐き捨てる。


「猛省してくださいませ」

「……二度としません」


 傲然と見おろす女と、頭を低くして応える男。

 どちらが主人だかわかったもんじゃなかった。


「――まったく。馬鹿げたお戯れのせいで、とんだ迷惑でしたわ」

「なにか面白いことにでもなったのか?」


 つい興味があって聞いてしまい、ルクレティアからものすごい目で睨まれる。


「ナンデモアリマセン」

「ともかく、皆さんお疲れでしょう。まずはお休みになってください。こちらからのご報告はそのあと集まってからということでよろしいですわね、ご主人様」

「問題アリマセン」



 休憩中に荷をほどき、それぞれ身体を休めて一息ついてから食卓に集まった。


「妖精族との協調姿勢が確認できたのなら、今の時点では十分な成果ですわね」


 先に俺たちの報告から伝えると、ルクレティアは真面目な表情でうなずいて、


「では、こちらからもご報告いたします。地下については特に問題は起きておりません。リザードマンと魚人族のあいだにもいさかいはありませんでした」

「そりゃよかった」

「ですが、工事はまだ序盤です。こちらをご覧ください」


 といってルクレティアがテーブルに広げたのは、地図のようなものだった。


「ノーミデスさんに見てもらった周辺地質をお聞きして、現状での掘削予定とその見取り図を起こしました。掘ったはいいが、自分たちで作った迷宮に迷い込んでしまっては意味がありませんわ。地図は必要でしょう」


 ぐにゃぐにゃと、入り組んだ線がミミズのように紙上でのたくっている。

 坑道を堀るための施工知識なんてかけらも持ち合わせちゃいないが、そんなことは関係なく一目で難解だとわかる代物だった。


「……こんなふうになるのか」

「それも、まだリザードマン族の現生活拠点から見た周辺部分だけです。地上にあがるためにはさらに数倍の距離を掘削する必要があるでしょう。防衛上の意義はもちろんですが、隆起した地相の違い、岩盤の強度差などもあります」


 俺はため息をつく。

 地上と地下を繋ぐ工事が、簡単にすむなんて思ってはいなかったが、実際にこうやって図面にしてみるととんでもないことだった。


「一月どころじゃないな」

「工事にかかる期間としては、数ヶ月は見ておくべきでしょう。マーメイドの方々による水属魔法が掘削を大きく助けているとはいえ、基本がリザードマン族の手作業ではどうしても時間はかかってしまいますわ。ノーミデスさんの力を今以上にお借りできるなら、話は別ですけれども」


 ノーミデスは今も地下で両種族の作業を見守ってくれている。

 ルクレティアの提案に、俺は首を振った。


「それは無理だ。ノーミデスにはこれ以上頼れない」


 この洞窟を管理する土の精霊は洞窟内部に手を加えることを容認してくれた。

 さらには周辺の地質を視て掘削の可否も判断してくれているが、実際にその掘削作業に自ら加わることには頑として首をうなずかなかった。


 理由はなにかあいまいなことをいっていたが、ノーミデスはのんびり屋ではあっても考えなしでは決してない。

 恐らく、直接的関与と間接的関与。その二つの差に精霊としての在り方、あるいは矜持のようなものが関わっているのだろう。


 だとしたら無理強いすることはできない。

 だいたい、ノーミデスが地質を見てくれているおかげで、掘ったら落盤するような危険性がなくなるだけでも大助かりというものなのだ。


「あの、マスター」


 スラ子が口を開いた。


「ノーミデスさんが無理なら、私がやりますか? 同じことができるかは、ちょっとわかりませんが」


 スラ子のなかには土精霊が“いる”。

 ノーミデスのように地質を見ることもできるし、それがどういったものかは俺にはわからないが、精霊の感覚というものも知覚できているようだ。


 あるいは地下の在り方を一変させるような力の使い方も、今のスラ子には不可能ではないかもしれない。


「駄目だ」


 俺はそれにも首を振った。


 スラ子の在り方と、その能力の未知性は変わらない。

 もしノーミデスが直接、環境の変化に手をだすことが精霊としてのなんらかのペナルティに該当するというのなら。それを取り込んでいるスラ子が同じことをして、なにか悪影響がないとは限らなかった。


 考えすぎかもしれないが、スラ子の扱い方には慎重に輪をかけたくらいでいたい。


「……わかりました」


 スラ子の表情は不満そうだったが、反対意見はいわずにひきさがった。


「……ご主人様がそうおっしゃるのでしたら、私からはありませんが」


 ちらりとスラ子をみやったルクレティアが続ける。


「しかし、そうなれば工事は長期間にならざるをえませんし、問題は時間だけではなくなりますわ。工事が長引けば必要となってくるものがあります」

「食料と、道具か」

「はい。ただでさえ両種族が生きるために必要な食料量を検討している状況です。長期工事で消費される食料を内部でまかなえるかというのは、難しいでしょう。リザードマン族が使用している石製のつるはしなども、すでに使いものにならなくなったものがでてきているようです。こちらもなんとかする必要がありますわ」

「なんとかするったって、外から用意するしかないだろう」

「入用でしたら、薬草の売買ルートから口を利いて工具をとりよせることは可能です」

「いきなり工具なんて買い集めたりして、周りからおかしくは思われないか?」

「問題ございません。質のよい農工具なら町にも需要はありますから。大量の受注をあげればその分、いくらかでも値段を割り引いた取引も可能でしょう。食料についても、必要とあらば格安でご用意してさしあげますが」


 俺は苦い表情をつくった。

 ルクレティアが俺と外の仲介に立ち、マージンを得ようとしているのがわかったからだった。


 別に暴利を貪ろうとしているわけではないのだから、それを非難する理由もない。

 ルクレティアはその手にした金を町興しの運用資金として、しかもルクレティアが自由に扱える資金としてそれを利用するつもりなのだろう。


「時間。食料に工具。それらに付随する問題は、疲労です」


 ルクレティアがいった。 


「作業に関わる方々の全てに、疲れは容赦なくたまります。疲労は判断を鈍らせ、予期せぬ事故を起こすことにもなるでしょう。それを軽減させる術は少しでもしておくべきだと思いますわ」

「……わかった。食料と工具の調達にかかってくれ」


 俺はうなずいた。

 作業効率があがり、リザードマンやマーメイドたちの負担も減るなら悩む理由はない。


 ……ルクレティアを儲けさせるというのが、なんとなく癪な感じではあったが。


「だが、予算にも限りがある。まずはどのくらいの出費になりそうか商人とのあいだに渡りをつけてみてくれ」


 妖精の薬草をルクレティアに卸した代金で、手元にはそれなりの金はある。


 しかし、来月にはまた山のてっぺんのヤクザにみかじめを払わなければならないし、そのときにはリザードマンやマーメイドたちの分も肩代わりする必要があるかもしれなかったから、全てを使えるわけではなかった。

 すでに新しい妖精の薬草を作り始めてはいるが、それもすぐには完成しない。


「かしこまりました」


 ルクレティアがうなずいた。


「次に竜の躯の件ですが。こちらは少し面倒なことになりそうです」

「やっかいそうな冒険者でもやってきたか?」

「いいえ。ご主人様方が妖精の泉に向かわれて四日、依頼そのものが出されたのもまだ一週間といったところでしょうか。外からやってきた冒険者も何組かおりましたが、大した顔ぶれではありませんでした。この近くに活動拠点をおき、そのうえ動きが軽い。よほど偶然に恵まれたのでなければ、大した実力がないからでしょう。腕のある冒険者がやってくるのはもう少しあとになってからかと思われます」


 確かに、腕利きの冒険者ならなにかしら依頼や冒険にでているものだろうから、ちょうど身体があいている熟練者パーティが、こんなへんぴな町の近くに偶然いて、偶然に竜の話を聞きつけてすぐにやってくる、なんて事態はあまりないだろう。


 逆にいえば、そういう連中があとからどんどんやってくる危険性は十分にあるということだ。


 竜の躯、そして金貨5000枚というのはそれほど美味しい。

 金で量れない栄誉はもちろんとして、だ。


「なあ。思ったんだが、メジハのギルドには竜を探しにいこうっていう冒険者はいないのか?」

「おりますわ。しかし、ギルドから推奨はしておりません。竜の危険性と、所属員の技量を考えれば当然でしょう。クエストも出してはおりますが、一応というだけです。身の程をしらない愚か者が、忠告を無視して森に飛び込んでいくことまでは止めませんが」


 ルクレティアの言葉はいっそ冷ややかだった。


「厳しいな。ギルドの所属員が減るってことは、お前にとっても痛手なんじゃないのか」


 数というのは人間という種族にとって重要な力だ。

 ギルドは町の自衛戦力だし、町同士が争いを起こすようなことがあればそれが直接、「町の兵力」とみなされることだってある。

 質と量の問題はもちろんあるとはいえ、数が減ることはよいことではないだろう。


「ですから忠告はしています。それを理解できないのなら仕方がありませんわ。万が一、その愚か者が勇者となって凱旋したとしたら、それはそれでメジハの顔は売れますし」


 相変わらず打算的というか、自分のことしか考えてない。


 まあ、人が好いルクレティアなんて、陽気なシィみたいなもんだ。

 あるいは慎み深いスラ子やスケル、傲慢なカーラとか。……それはそれで微妙だった。


「問題っていうのはなんだ?」

「書簡が届きました。ギーツの領主様からです」

「領主から?」

「はい。調査隊を送り、その活動のための拠点をメジハに置くのでその準備に務めよとのことです」 


 その文のもたらす意味を理解して、ため息を吐く。


「領主直々の、勇者候補様ご一同か」

「一行が到着したあとには、そのまま案内役も課せられることでしょう。態のいい下使いということですわ」


 ルクレティアはつまらなそうにいい、豪奢な金髪を振った。


「到着予定は十日後とのことです。その頃には本命たる冒険者たちも続々と集まりだすでしょう。つまり私達に与えられた事前準備のための時間が、そのあいだということですわ」


 十日というのは長いようで、なにもしなければあっという間に過ぎてしまう時間だ。


「のんびりしてる暇はないな。妖精たちとの連携、町にやってくる冒険者たちへの対応。それからもちろん、竜の躯。それぞれ忙しくなるがよろしく頼む」


 その場の全員がうなずくのを確認して、その日の話し合いは終わった。


 地下作業に使われる食料と工具を手配するため、すぐに町へ戻ろうとしたルクレティアが帰り際、自分の目の前を通り過ぎるシィを見送って流麗な眉を寄せた。


「……ご主人様。先ほどから気にはなっていましたが、あれはいったいなんですの」


 あれというのはもちろん、ドラ子のことだ。


「ああ。マンドラゴラのドラ子だ」

「マンドラゴラ? 魔性植物、ですか。だとしてもなぜ人の形を――いえ、それよりどうしてそれがシィさんの頭のうえにいらっしゃるのでしょう」

「気に入ったからだろ。居心地がいいんじゃないか」

「そういうことをいっているのではありません」


 睨まれるが、俺だって好きでこんなことになったわけじゃない。


「仕方ない。とりあえず面倒をみることになった。別に悪さをしそうでもないし、問題ないだろ」

「……お好きになさいませ」


 いいながら、どこまでも冷ややかな眼差しをくれる。


 この女はなにか絶対に勘違いをしている。

 突き刺さる視線をひしひしと感じながら、必死に弁明することにも意味をみいだせず、俺は諦観した気分で渋面を返した。


「お呼びになられない理由はやはりそれなのでしょうか」

「なにがやはりか知らんが、絶対に違うことだけは断言できるな」

「そうですか」


 不愉快そうに顔をそむけて去っていく。

 遠ざかるルクレティアの足音が、水気のある洞窟の地面を叩いてぱしゃぱしゃと強い音を響かせていた。



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