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一話 これからについての話し合い

「俺たちが解決すべき問題は多い」


 湿気た洞窟の奥。

 隠し扉を入った先、その食卓にずらりと顔を並べているのは、スラ子、シィ、カーラ、ルクレティア、スケル。それにリザードマン族の長と、魚人族からはエリアル。さらに眠たそうなノーミデスまでいてさすがに窮屈な感が強い。


 座る椅子もたりないのでスラ子とスケルには俺の背後に立ってもらいながら、真剣な表情で続けた。


「まず第一に、リザードマンたちと魚人族が地下で生きるために必要な生活環境を整えないといけない。長、エリアル、それぞれ今どんな感じだ?」

「こちらは落ち着いてきている」


 水中活動に適した強く艶やかな肌をした美形の人魚が答える。


「長と導き主を失い、動揺もあったが……。我々は生きる場所を与えてもらえただけで感謝している。これ以上の是非はないし、もちろんどんなことでも協力はさせてもらうつもりだが」


 意味ありげな眼差しがリザードマンの長に向けられた。

 自分たちの住処に他種族の侵入を受け、それを認めなければならないことになった巨体のリザードマンはちらりと舌を這わせ、ノーミデスを介して意思を伝えてくる。


「我々はぁ、竜神さまに従うー。そしてその使いである貴方にもー。共に生きろというのがその意思であるなら、仇敵だとて協力しよう~」


 間延びした通訳を聞きながら俺はこっそりと息を吐く。


 ストロフライの傍若無人な仲裁を受けたとはいえ、ついこのあいだまで種族の命運をかけて殺しあっていたのだから、すぐに仲良くなるなんて無理な話だ。

 リザードマンにとって神様みたいな相手のいうことだから従っていたとして、本心では気に食わない連中だって多いだろう。


 両者のあいだに禍根はなおくすぶっている。


「エリアル。魚人族のとりまとめはお前がやってるんだよな?」

「そうだ。長にはお子がいなかったからな。ずっと自分が代理というわけにはいかないと思ってはいるが……なにか問題があるか?」

「いや、いいんだ」


 エリアルなら群れの連中が下手な行動にでたりしないよう、抑えてくれるだろう。

 言下の思いをくみとったようにエリアルが微笑んだ。


「余計な迷惑をかけないよう気をつけるつもりだ。安心してほしい」

「……そうしてくれると助かる」


 こほんと咳払い。


「まずはなんといっても食料だよな。長、リザードマンは今までどうやってたんだ?」

「洞窟内の生き物と、地下湖の漁獲が我々の主な食料源だったぁ」

「やっぱりか」


 日の光があたらない地下深くでは豊潤な食料確保は難しい。

 リザードマンたちはそうしたなかでなんとか生き抜いてきていたわけで、特に重要だった地下湖の恵みを他の種族とわけあうことになってしまうとなれば、とたんに困窮してしまうだろう。


 前にルクレティアがいったとおりだ。

 ないものを分かち合うことはできないし、飢えるのを我慢することもできない。


 水辺に住むとはいえ陸棲のリザードマン族と水棲の魚人族では生活スペースが異なるのだから、両者の共生問題は結局のところそこに尽きる。


「我々も、あまり湖の恵みを採りすぎないように気をつけてはいるが……。怪我人や身重の者にはやはり十分な食事をとらせてやりたいと思っている。すまない」

「まあ、食うことに関しちゃ、我慢してどうにかなるもんでもないしな」


 それじゃ問題を先送りにしているだけだ。


「つまり食料をどっかから持ってこなきゃならない。それも一時的にじゃなく、恒久的に」

「リザードマン族の皆さんは、農耕という文化はお持ちではないのでしょうか?」


 スラ子がいった。


「もともと狩猟文化が主っぽいが。とりあえず地下ではそんなことはしてきてないだろう」

「地上に移住してもらうというのも手ではありますけれど、それでは筋が違いますわね」


 ルクレティアが肩をすくめる。


 たしかに一番てっとりばやい解決方法ではあるかもしれないが、それだとリザードマン族が追い出された格好になる。

 彼らがどういった経緯でここの地下に住むようになったかはわからないが、新しい住人がやってきたから引越してくれというのはおかしな話だ。


「そういうわけにはいかないな。リザードマンが地上に出たがってれば別だが。で、地下でどうやって食料を増やすかってことになるわけだが」

「地下で農業、というわけにもいかないでしょうしねぇ」


 日の光を受けなくても十分な成長を遂げる作物があればいいのだが、そうした存在があるのかどうか、とりあえず俺は知らない。


「魔法のような解決策はないでしょう。手は二つですわ」


 ルクレティアがいった。


「地下湖以外にも食料となる生き物は生息しているのですから、そちらの食料自給をすすめる。地下と地上の中間には多くの蝙蝠の糞尿が落ちていました。そこから生じるサイクルが起こっているはずですから、リザードマン族の活動範囲を広げれば、得られる食料もおのずと増えるはずです」


 洞窟の中と外を行き来する蝙蝠たちの落とす糞には植物の種が含まれていることもあるし、その死骸を食べて生きる動物もある。


「もう一つは、外から食料を運ぶこと。別に自分たちで食料を用意できなければ、なにかしらの代価を払って他から手に入れてしまえばいいのですわ」

「代価っていってもな。このあたりに金脈でもありゃ別だろうが」


 ふと気になって、俺はノーミデスに聞いてみる。


「ノーミデス。このあたりにゴルディナはいたりしないのか?」


 金精霊ゴルディナがいるということは、そこに凝縮した地の恵みがあるということだ。

 それを掘りあてれば売って金にすることもできるが、


「んー。わかんないけどぉ。近くにいたりはしないかなー」 


 まあ、世の中そんなにうまくはできてないか。


「というか、お前にはそういうのってわかったりしないのか。一応、地の管轄だろ?」


 ええー。と困ったようにノーミデスは首をかしげてみせた。


「そんなこといわれても、よくわかんないし、めんどうだしぃ」

「面倒なのかよ」


 先日、土精霊をとりこんで新しい能力を得たはずのスラ子を見ると、


「地中の固いものとか、そういう感じではある程度把握できちゃいますけど……どうも、そういうものを断定してっていうのは難しそうです。精霊さんの認識はちょっと不思議というか、価値というものがあいまいなので……」


 なるほど。よくわからんがそういうもんか。


「まあ、あれだ。ちょっと話はずれるが、金ってのも重大な問題ではある」


 俺はリザードマンの長とエリアルを等分に見て、


「それぞれ、月が替わるまでになにかしらの価値あるものを用意してもらうことになる」

「何故だ?」

「ストロフライへ上納しなきゃならんからだ」


 リザードマン族たちと魚人族たちはどちらもこの山に住む黄金竜の手下になった。

 ということはつまりストロフライに支払う毎月のみかじめだって発生するわけだ。一つの集落分の「誠意」がいったいどれほどのものなのかは恐ろしいところだが、


「なるほど。それは急いで考えなければな……」


 思案顔のエリアルと違い、平然としているリザードマンの長が気になったので聞いてみると、


「まったく問題ないー」


 とノーミデスがいった。


「我々にはぁ、いつでも神に身を捧げる覚悟がある~」

「いっとくけど、ストロフライは生け贄とかそういう血生臭いの好きじゃないからな。というか殺したいなら自分で殺すから」

「しゃっ!?」


 愕然としたっぽい顔で奇声をあげる長がちょっと可愛い。


「で、では、いったいどのようなものが竜神さまのお好みなのか~」

「そうだなー。可愛いやつとか」

「では、蝙蝠の骨をつないだ胸飾りなどではぁ……」

「うん。アウトだ、それ」


 相手がストロフライじゃなくても絶対喜ばない。

 判定を受けて一気に苦悩する様子になった長を見ながら、俺も他人事だといって笑っているわけにはいかなかった。


 俺たちだって先月に比べてカーラやルクレティアが増えている。

 身内の数が増えればみかじめも増やさなければならないのかということもだが、もっと心配なのは、俺が目の前で苦悩する両種族にも気をつけなければならないからだった。


 ストロフライはいった。

 俺が責任者だと。


 つまり俺にはこの両者の監督をする義務があり、きちんとみかじめを払えなかった場合、その怒りが俺に向けられる可能性は十二分にあるということだ。


 なんという中間管理職。


「最悪、今月はこっちでなんとかするが、みかじめのことは覚えておいといてくれ。あの竜の下にいるってことはそういうことで、今さらじゃあでていきますなんてのも許されない。一旦下についた以上、そのままストロフライの下で生きるか、殺されるかだ」

「……気をつけよう」 


 神妙な顔で両族の代表がうなずいた。


「そうしてくれ。で、悪い。話を戻そう。ようするに洞窟内での食料をもっと獲れるようにしないといけないわけだ。長、今までリザードマンが活動していたのは集落から湖の半径周囲あたりなのか?」


 質問を受けたリザードマンの長が、ノーミデスにしゅらしゅらと答えてくれる。


「そうだって~。あの洞窟は下には続いてなくて、上には道がないからぁ。蜥蜴のコたちはあのあたりに生息する小型動物を捕らえたりしてきたみたいー」

「となるとルクレティアのいってた、横穴のあたりとか、手付かずの生息範囲はありそうだが」


 あとはそのあたりまで繋がる道を見つけるなり開拓してしまえば、食糧問題が解決する道はある。

 だが、とつけたのには理由があった。


「ノーミデス。洞窟に少し手を加えてしまうことになるが、いいか」


 精霊はその土地の管理者だ。

 洞窟環境に手を加えるということは、それまでなにかしらの形でバランスがとれていたものを崩すということになる。


 そうした行為は精霊がもっとも嫌う行為であるはずだったが、


「別にいいよー」


 ノーミデスはあっけらかんとしていった。


「いいのか?」

「んん、だって蜥蜴のコたちが生きるために必要なんでしょお? なにかを生かさない土地だなんて、それってなんにも意味ないじゃない~」

「そりゃまあ、そのとおりだが」


 精霊というのも属性によって考え方が違うのだろうか。

 それともあくまで個体差、性格の類なのか。この年中眠そうなノーミデスの思考は俺が知る精霊、たとえば前まで湖に住んでいた水精霊などとはだいぶ違う気がする。


「変化なんていくらでもあるんだしね~。こないだの同族も、別にケンカなんか売らなくても場所くらい譲ってあげたのになぁ。土地がなくなればお仕事もなくなるし、そしたらあたしはゆっくり眠れるしぃ」

「そっちが本音か」


 呆れたが、精霊のお墨付きをもらえたのは素直にありがたい。


「じゃあ、洞窟内の探索と、リザードマン族の活動範囲の拡大。まずはこれをやっていこう。掘ったり埋めたり、人手をだしてもらうことになるが」

「じゃ」


 短い返答で、リザードマン族の長は了承の意を伝えてきた。


「わたしたちも手伝おう。こんな姿だから陸上行動は苦手だが、岩を砕くことや穴をあけることなら手伝える」


 水属魔法が得意な魚人族たちの手があれば、たしかに作業は楽になる。

 ちらりとリザードマンの長を見ると、


「借りをつくるつもりはない~、っていってるけどぉ」

「つくるのではない。借りを返したいと思っているだけだ、リザードマンの長よ」


 エリアルがやわらかい表情でいった。


「先日の騒動の非はこちらにある。今、そちらに迷惑をかけているのもこちらだ。どうかどんなことでもいい、我々にも手伝わせてはくれないだろうか。このとおりだ」


 頭をさげるマーメイドを爬虫類の眼差しが見て。

 ふしゅる、とため息のような音を漏らした。


「……頭をあげてほしい、ってー」


 表情の読み取れない長の言葉をノーミデスが通訳する。


「喜んで、力を貸してもらおう。マーメイドの長よー」

「……ありがたい。わたしは別に長ではないが」


 異なる習慣をもつ二つの種族は握手をかわすことはなかったが、すこしでも和解の兆しが見えたことに俺はほっと息をついた。


「ノーミデス。お前にも手伝ってもらっていいか? 極力、穴をあけたりとかは避けようとは思ってるが、監督してもらえるとありがたいんだが」

「ううー、面倒だなぁ。……けど、わかったー。はじめだけちゃんとすれば、あとは勝手にやってくれるだろうしぃ。それに、竜のコがあけた穴もどうにかしないとだしねー」


 地上から地下まで一気にぶちぬいたストロフライの穴は、今もまだぽっかりとあいたままだ。

 リザードマンたちはあの穴を崇めてしまいそうな勢いだが、さすがにあのままにしておくわけにもいかない。


「マスター。わたしもお手伝いできると思います」


 スラ子がいった。


「私も、土属の魔法での穴掘りくらいならできますが。どのあたりを掘っていいかは、ちょっと見当がつきませんわね」

「そのあたりはノーミデスやスラ子に気をつけてもらわないとな。落盤なんかがあったら事だ」


 いずれにせよ、洞窟環境への配慮というのは慎重にあるべきだろう。

 環境条件というのはちょっとしたことが大きな変化を呼び込んで、しかも変化は進むことは容易でもそこから元に戻すことはひどく骨が折れるものなのだから。


「大丈夫だってぇ。なにがあったって、けっこうどうにでもなるものなんだからー。自然ってけっこう強いんだよ~?」


 俺の臆病さなんざどこ吹く風とばかりに、ノーミデスがのほほんといった。 


 ◇


 さっそく明日からの作業開始を決めて、リザードマンの長とエリアルは地下に戻っていった。

 それまで寝るといったノーミデスも、スライム部屋でスライムたちに囲まれて眠るのをいたく気に入ったらしく、そちらに向かう。


 三人と、長とエリアルを地下に送っていったシィがいなくなったあと、俺はその場に残ったメンバーに告げた。


「問題がもう一つある」


 そういって切り出したのは、先日のエキドナについて。

 野心に満ちたラミア族のアカデミー査察員の言動を伝えると、一同は深く眉間に皺を寄せた。


「ストロフライさんを利用。本当に考えてるんですねえ。使い魔さんが入り込んでたなんて全然気づかなかったのもびっくりですが」


 呆れと感心が半ばの表情でスラ子がいった。


「女傑ってヤツですねー。さすが、あっしを壊したかもしれない御仁ってところですか」

「まあな。度胸だけは大したもんだと思うが」


 いって、俺はルクレティアに目をやった。


「お前なら友達になれそうなんじゃないか?」

「どういう意味でしょう」


 ルクレティアは不快そうに顔をしかめて、


「しかし、頭のキレる相手ではありますわね。人間、魔物、アカデミー。竜という存在にはその誰もが手をだしづらい。とっておきの切り札になりえます」

「切り札っていうか、ジョーカーだけどな」


 なにせ本人に扱える代物ではない。


「そうですわね。切り札は、そうと知られた時点で切り札ではありえません。一枚か二枚、さらに隠してあるものと考えるべきでしょう」


 俺とは微妙に異なる意味で同意したルクレティアがいった。


「その切り札ってのは、ストロフライを動かすためのってことか? そんなものがいくつもこの世の中にあるとは思えん」


 ルクレティアは肩をすくめて、


「自分で動かす必要はありませんわ。実際そうだったのでしょう。そして、たとえ竜が無敵だとしても、その周囲にいるものまでがそうではありません」


 視線が俺に集まる。

 全員を代表してカーラが口を開いた。


「それって。マスターをどうにかするとか、そういうこと?」

「ご主人様を動かせば、それに釣られた竜も動く。その可能性があることは前回の件で確かめられていますし。全ての行動を操れるわけではないにせよ、まったくの無策ではないというだけで、やりようはいくらでもありますわ。実際、ご主人様の知人という質をとられて、すでに身動きを封じられているのですから」


 さすがに似たような上昇志向の持ち主というべきなのか、相手の思考を読んで平然とルクレティアはいった。


「たしかに、そうですね」


 とスラ子がうなずく。同じく首肯したスケルが、


「ご主人に知人と呼べる誰かがいたってことは、たしかに驚きですねぇ」

「そっちかよ。いくら俺だって知り合いの一人や二人くらいいるに決まってるだろうが」


『一人や二人しかいないんですね?』


 ハモっていうんじゃねえよ。

 ほんと姉妹みたいに息があってるよな、お前ら。


「ご主人様の貧しくて哀れなうえにもしかしたら自称かもしれない交友関係はともかく」

「おいこら待て」

「対応は考えないといけませんわね。このままでは、山頂の竜を相手取った策謀に巻き込まれてしまう恐れがあります」

「エキドナも、実際にストロフライを暴れさせようとしてるわけじゃないだろうけどな」


 ストロフライが暴れだせば自分の身だって危ない。

 あくまでストロフライという劇薬を使って周辺に緊張状態を強いて、そのなかで自分の立場を強めようとしているのだろう。


 アカデミーという組織で栄達を志しているのに、その組織がなくなってしまえば元も子もない。

 それにしても危険すぎる火遊びとしかいえないが、


「最悪の状況を考えておくべきです。自分の身が危ないということはつまり、自身が危なくない状況でなら、黄金竜の暴力が振るわれてもよいということになりかねません」

「……まあな」


 そんな状況はまず最悪といっていいが、それでもエキドナにそういう状況を収める切り札があるなら、そんなシチュエーションを望むということもありえないわけではない。


「アカデミーの人たちにいって、エキドナさんをどうにかするのは無理ですか?」

「竜を怒らせるかもなんてアカデミーのお偉方が聞いたら卒倒するだろうからな。一応、俺の恩師に近況伺いってことで手紙を出してみるつもりだ。俺にはそのあたりしかコネがないし、俺がアカデミーに告げ口することくらい、エキドナだって考えてるだろうしな」


 いざとなればアカデミーまで出向くことも考えるが、アカデミーのある場所は決してここから近くない。

 一月近くは家をあけることになるから相応の準備は必要だし、その前にやっておかなければならないことだってあった。


「いずれにせよ、自衛の力はつけておくべきですわ。人間、魔物いずれにせよ、この洞窟に敵がやってくる可能性もあるのですから。さすがに町の外までは私からも手がまわせません」

「自衛ったってな」


 こんなちょっと前まで初心者用ダンジョンと揶揄されてた小さな洞窟、罠をつくるにしても限界がある。


「下と繋げてしまえばよろしいでしょう」


 ルクレティアがいった。


「ちょうど食料問題で、洞窟に手を加えようとしているところなのです。そのまま地上と繋げてしまえば、それはもう立派なダンジョンですわ。途中に横穴や迂回路、罠を豊富に用意することもできますし、なにより下との戦力の結合が図れます」


 戦力、という言葉に俺は渋面になった。


 ルクレティアが唇を歪める。


「連中を巻き込みたくないとでも? それは偽善どころではありませんわ、ご主人様。リザードマン族、魚人族ともにすでに貴方様の配下、つまりは一蓮托生の身なのですから。彼らのためにも、彼らを使いきるご覚悟をなさいませ」


 つい癖のようにスラ子を見てしまう、それをさえぎるようにルクレティアは続ける。


「それに。もし何者かがここの洞窟に来た場合、少し慣れた冒険者ならここの隠し扉など簡単に察知されてしまうでしょう。今の状態でここに住み続けるのはあまりに危険すぎます」

「引っ越せってことか?」

「奥に深く続く道があれば、そちらに気を取られてある程度の目をかわすことはできるかもしれません。いずれにしても、あまり得策とはいえませんわね」


 ルクレティアがいっているのは正論だし、あえて厳しい意見をいってくれているのはわかっている。

 それに反対するならなにかしらの代案を提示すべきだが、そんなものは思いつきはしなかった。


「……少し考えさせてくれ」

「お早いご決断を。それと、先日の妖精の鱗粉についてですが」

「なにかいい思いつきが浮かんだのか?」


 ルクレティアは自虐的に首を振って、


「残念ながら。ご主人様のご懸念を払拭できるアイデアはございませんでした。ですので、“妖精”という名称は使わず、その製法も不出とします。もちろん町の人間にも鱗粉のことは隠します。あれほどのものですから、出来のよい薬草という形でもいずれ評判は得られるでしょう」

「町の産業に、ってのは諦めるわけか」

「はい。町産業には、薬草を売ったお金を元手にして進めていきたいと思っています。特に考えがあるわけではありませんが、具体的には新しい道具を揃えることからはじめたいと。王都にいた頃に聞いたことのある、変わった農法なども財政に余裕があれば試してみることもできますし。そうしたものであれば、ご主人様も納得いただけるのではありませんかしら」

「そりゃ納得はするが」


 案外というべきか、常識的すぎて拍子抜けするほどだった。


「時間を無為にしてもと思いましたので。ストロフライさんのこともですが、自衛の力を溜めなければならないのは町も同じです。いつどんな騒動に巻き込まれるかわかりません。そのためにできることがあればすぐにでも動いておきたいのです」


 俺は眉をもちあげる。


「前にも気になることいってたな。なんだ、なにかあるのか」

「……なにかというわけではありません。ですが、いつ戦火に巻き込まれるかもしれないとは思っています。ご主人様もよくご存知のとおり、人間は人間同士で争う生き物ですから。そして自分達の身は自分達で守らなければなりません」


 微妙な物言いだった。まさかと思い、


「戦争でも起きるってのか?」

「あるいは。私も王都から離れておりますし、最近の情勢はよくわかっておりませんけれど――そのためにも、力というものは少しでもつけておくべきだと考えております」


 戦争。それは人間同士、あるいは人間と魔物で?


「なるほど」


 どこかで戦争が起きれば、もちろんメジハの町だって大なり小なり巻き込まれることにはなる。


 いつ戦乱が起きてもいいようにしておきたい。

 町の権力掌握や産業の活性化など、ルクレティアが今まで焦っているように見えた行動の裏にはそんな理由があったわけだ。


「ですから、できれば今在庫としてある妖精の鱗粉の卸売りを始めさせてもらえればと思うのですが。ひとまずは町の余剰金で買い上げるという形で」

「戦争が起きるかもしれないってときに、そんな費用をだして大丈夫なのか?」

「問題ありません。戦争になれば医薬品の類は値が暴騰します。それを無料同然で徴収されずに売り抜ける程度のルートはこの町にもございますので」


 抜け目がないことだ。

 だが、来月のストロフライへのみかじめも近づいてきて、しかもリザードマン族や魚人族の分まで立て替えておかないといけない可能性を考えれば、貯蓄はいくらあってもいい。


 洞窟の掘削作業にはリザードマンやマーメイドたちの魔法を使うとはいえ、道具を購入することはでてくるかもしれないし、いざというときは大量の食料が必要になるかもしれない。


 それに、妖精の薬草だっていつまでも保管していられるわけではない。

 いくらきちんと保管してたって、鮮度というのは作られた直後から落ちるものだ。それにともなって効用も、商品価値も。


「薬草を売るのに妖精の存在は絶対にださない。それと、お前が町を興そうとするのは勝手だが、そのやり方にこれから文句をつけることだってありえる。それでもいいんだな」

「かまいません。私は貴方様の忠実なしもべですわ、ご主人様。ご不満があればいつでもこの胸の呪印にお縛りください」


 殊勝な言葉なんてまったく似合いもしないルクレティアのまっすぐな眼差しを見て、


「わかった。今ある妖精の薬草をお前に卸す」


 俺はうなずいた。


「ありがとうございます」

「それと、さっきの話だ。戦争云々って話もだが、それがストロフライに飛び火することだってあるかもしれない。すぐに情報をまとめてくれ。お前のことだ、もう手は回してあるんだろう?」

「先日ご指示を受けた際に、一部を王都にまで向かわせておりますわ。その使いはまだ戻ってきていませんが、戻り次第ご報告いたします。薬草の売買時にも、周辺商人から話を聞きだしてみましょう」

「ああ、それでいい。よろしく頼む」

「はい。それでは今日は私はこれで戻らせていただきます。支払いの用意を整えておきますので明日、地下に降りる前にでも受け取らせていただきますかしら」


 いくら町長の孫娘とはいえ、なにかあったときの町の貯蓄をつかって薬草を買い込むなんてことが許されるのだろうかと疑問に思ったが、まあそのあたりは本人が大丈夫だといっているのだから気にしないことにしよう。


「わかった。ああ、明日の採掘は俺たちだけに任せてもいいぞ。町の仕事だってあるだろう」

「……そうですわね。それでは、明日はお休みさせていただきますわ。ご配慮に感謝いたします」


 ルクレティアが町に帰っていったあと、俺はカーラとスケルに妖精の薬草を引き渡す準備を頼んだ。

 シィもまだ地下から戻ってきていないから、部屋に一人残ったスラ子がにこにこと俺のほうを見ていて、


「なんだよ」

「なんでもありません、マスター」


 俺はふん、と鼻を鳴らした。


「どうせ反対しないんだろ。だったらはじめから聞かないからな」

「はい、マスター。けど、よろしいのですか?」

「なにがだ」

「ルクレティアさんのことです。ご不安なら、呪印に命じれば隠し事はできませんよ?」

「ああ、まあそうなんだが」


 俺は微妙な表情になって、


「……大丈夫だろ。腹に一物あったっておかしくないが、別にそんなのは悪いことじゃない」


 ルクレティアの立ち位置は貴重だ。

 スラ子は基本、俺がなにをしても反対しないし、シィは無口でカーラは素直、スケルは適当だ。


 ずけずけと物をいってくれることには正直とても助かっているし、これは本人には絶対にいうつもりはないが、俺はルクレティアのことをすごいと思っている。


 まったく馬はあわないし、その言動には腹がたつことだって多い。

 だが、自分にあわないからって無理やり意見を封じるのもあれだろう。


 というか、自分にあわない意見をすべて封じるという、そういう行為が怖いと感じてしまう。

 それはようするに俺が自分自身に絶対的な自信を持てない小物というだけのことなのだが、


「ふふー」

「だからなんだよ」

「いえいえ。さすがだなあと思いましてっ」


 胸のなかを読まれたようで面白くなかった。


「悪かったな。小物で」


 口をとがらせると、スラ子はにこにことしたまま俺に抱きついてきて、


「小物だっていいじゃないですか。目指せ小物世界ナンバーワンですっ!」

「馬鹿にされてる気しかしないんだが」


 俺は大げさにため息をついた。



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