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十六話 三つ巴の争いは混迷のまま佳境へ至った末に

「カーラが先頭、スラ子が真ん中。ルクレティアが最後だ」


 阿鼻叫喚の悲鳴が巻き起こるなか、ひとまず近くの物陰に隠れながら三人の女にむかっていう。


「ルクレティア、向かってくる魔法をなんとかしろ。スラ子はルクレティアが漏らした分への対処と牽制だ。スラ子がつくった隙にカーラが殴る。危険だぞ、気をつけろ」


 もみあげを長く伸ばした短髪の少女はこくりとうなずいて、


「平気です」

「連中の水弾、水量は大したことないがその分スピードがずば抜けてる。くらえばシィのアンチマジックがあっても、おそらく致命傷だろう」


 高圧、高速で撃ちだされる破壊力はかなりのものだ。


「あちらは高所、こちらは視界のひらけた広場で丸見え同然。してやられましたね」


 スラ子がいった。


「ああ。最初からそれを狙ってたのかどうかはしらんが、ふざけた顔してやってくれる」

「あまり大掛かりな魔法は使えません。落盤でもしたら事ですわ。勝負はどうしても手数と、その回転数になります」

「向こうは射手が多い。どうしたってこっちが不利だな。そして、近づこうとした相手から集中攻撃か」


 俺は肩をすくめる。 

 まったくもって手堅いとしか表現できない戦術だ。


「防げない矢嵐を受けているようなものですわ。一旦、この場から退くのもお考えになるべきでは?」 


 ルクレティアの言葉に、俺は広場の惨状を見やってから首を振った。


「いいや。ここでやる」

「……残されるリザードマンたちのことを考えて、お優しいのもけっこうですけれど。それで判断を誤られては本末転倒と思いますが。ご主人様」

「連中。ここで片をつけるつもりなんだろう」


 俺はいった。


「なら、相手がここから退いた先の対処だって考えててもおかしくはない」


 ルクレティアが目を細める。


「……あらかじめ兵を伏せていると?」

「さあな。だが、殲滅、掃討。集団を維持できなくなるまでにはリザードマンたちを痛めつけるつもりのはずだ。具体的には、群れの長の首をとるとかな」


 遠くでエリアルから回復処置を受けている巨体を見ながら続ける。


 広場の中央で、エリアルの周辺には弾着がないのは恐らくあえてなのだろう。

 それが仲間を慮ってのことか、それともエリアルの手のなかにいる相手の囮としての効果を見込んでのことかはわからないが。


「リザードマンだってそう簡単に退きはしないだろう。傷ついた長をおいていけるわけがないし、なによりここは彼らの巣だ」


 集団が機能するには、人か場所が必要だ。

 糾合する人物も集合する土地もなければすぐに散り散りになってしまう。


「迂回して戻ってくるころにはもう全て終わっているかもしれない。それはわかりました。けれど、この状態でどうやって相手に近づくおつもりです?」

「俺が連中の気をひく」


 三人ともが眉をひそめた。


「危険です、マスター」

「問題ない。これがある」


 顔をしかめるスラ子に、俺は手に持った椅子を掲げてみせる。


「あいつらの使うのは水属だろう。あの水弾も、結局は点だ。これなら防げる」

「けど。それだって、たくさんから狙われたりしたら」


 カーラがいう。

 たしかに複数の相手から狙われたら、いくら完璧な盾があったって全部を防げるわけじゃない。


「もちろん広場のど真ん中に突っ立ったりなんかしない、隠れるさ。本命はお前たち。俺はお前らが距離をつめる時間を稼ぐだけだ」


 まだ不満そうな表情の三人をぐるりと見回して、


「他になにかいい考えがあるか?」


 沈黙が返ってきた。


「なら、行動開始だ。狙いは一つ。誰を狙うかは、わざわざいうまでもないな?」


 なにかいいたそうに、それでもしぶしぶと首肯する。

 俺は女たちから目を離し、


「あんまり調子に乗るなよ、魚野郎!」


 大声をはりあげた。


 ◇


 間断なく続く水弾の嵐がぴたりとやんだ。


「――なにかいったか、人間の」


 高所から見下ろした大きな魚がいう。

 その声に険悪な響きがまじっているのを確認しながら、


「あんまり調子に乗るなっていったんだ」


 岩陰から身をだして、繰り返す。


「調子に乗るだと?」

「ああ、そうだ。そんな不愉快な魚顔を見せられるだけでもたいがいだってのに、いったい何様だよ」


 こんなふうに誰かに啖呵を切るのなんてほとんど記憶にない。

 アカデミーにいたころも、誰かと口論になることはあってもケンカにまではならなかった。


 声が震えないよう、いっそう勢いを強くして、


「魚は魚らしく水のなかで泳いでろ。捕まえて焼き魚にするぞ! もっとも、食ってもクソ不味いだろうけどな!」


 言い終わった瞬間、視界になにかが光ってあわてて椅子を掲げる。  

 ばしっ、と強く水が叩く音と衝撃が伝わった。


「……不快な。所詮は下賎な地上の者か」

「いつもなかにいるからわからないか? 水面をのぞいてみろよ、よっぽど下種いものが見れると思うぜ」

「皆の者、かまわん。あの無礼な人間も、蜥蜴どもと一緒くたに打ち殺してしまえ」


 命令と同時、攻撃が再開される。


『ウォーターガン!』


 水弾が一斉にこちらに向かい、あわてて身を隠した岩陰に直撃する。

 がりがりと岩肌を削り取るそれらが隠れ場所を完全に破壊しないうちに、飛び出した。


 次の岩陰に向かって走り出す。

 襲いかかる魚人族の攻撃魔法に、右手にもった椅子を盾にして駆けながら、命からがら次の物陰にすべりこんだ。

 間一髪、大粒の水弾が雨のように降り注ぐ。


 あ、危ねえ!

 ぞっと血の気をひきながら、こっそり物陰から顔を出してうかがうこともできず、かわりに俺と別行動で魚人族へ向かい始めているスラ子たちの様子をたしかめた。


 魚人族たちの注意は三人には向かっていない。

 ――俺にできるのは、このままできる限り陽動することだけだ。


 腰袋から小さな包みを取り出し、足元から石ころを拾う。

 おもいっきり石ころを放り投げた。

 即座に魚人族の攻撃魔法が殺到する。それとは別方向に本命の袋を投てきして、


「ファイア!」


 妖精の鱗粉入りの包みに空中で着火、爆発する。

 一瞬の目くらましで視界を隠してさらに走りながら、俺は近くの魚人族の姿を探した。


 連中は水中で生活する生き物だ。

 地上でも呼吸はできるようだが、下半身は二又にわかれた尾びれで、這うように歩くことは出来てもその速度はひどく遅い。


 ラミア族のエキドナがやったような、蛇腹を使った俊敏な対応も不可能だろう。

 だから近くに寄ってしまえさえすれば、連中の脅威はとたんに落ちる。味方が近くにいては、誤って当ててしまうかもしれない魔法だって控えるしかないのだから。


 視界の端に、こちらに向かって両手をかざす一人のマーメイド。

 俺は迷わずそちらに足を向けて、


「――ウォーターガン!」


 撃ちだされた水弾を椅子の座面で防いだ。

 そのまま、相手が次の魔法を唱える前に距離を詰めかけて、


「ウォータパニッシュ!」


 遠く、高くからの魔法名の宣言と同時。怒涛のように視界に水流があふれ、俺はなにを考える間もなくその勢いに飲み込まれた。


 いきなり海のなかに放り込まれたような気分。

 口に含んだ水に塩っ気がないから海じゃあないなと冷静に考えてから、口のなかの空気がうしなわれていることに恐慌する。


 前後不覚どころか上下すら定まらないなかで水面を求めて手足を伸ばしかけ、それすらも危険なことに気づいた。

 洞窟のなかでもみくちゃにされているのだから、どこか地面にぶつけられただけでも重傷だ。


 頭だけは守らないと。と身を丸め――ついでに、両手が空いていることにも気づいたが、そんなことまで考えている余裕はなかった。


 あとは流れにまかせてひたすら待つ。

 がつん、と肩がなにかにこすり、がすがすと乱暴に背中をうって、水がひいた。

 酸欠寸前の体内に思い切り空気をとりこんで、


「マスター!」


 悲鳴に、反射的に身体を横に転がす。

 飛来した水弾が、がががががっと連続して地面を打った。


 ストロフライ印の椅子を探して、さっき流されたときに手放してしまっていることを思い出す。

 身を守る盾がない。


 となれば一時でも留まっていれば即アウトだ。

 よろめきながら立ち上がり、必死に物陰を探す。

 近場に適したものが見つからず、とにもかくにも走りだした背中に、


「ウォーターガン!」


 あきらかに自分に向けられた声を聞いた。


 振り返る。

 一人のマーメイドが向けた手のひらから、細く鋭い水弾が一直線に俺に向かってくるのをスローな感覚で捉えて、今からでは回避行動が到底、間に合わないことを悟り。

 せめて致命傷だけは避けるために両腕をクロスさせた。


 訪れる痛みを予想して、歯を食いしばり、


「スケル・ロケットぉ!」


 ぱしんと弾けた。


 顔をあげると、そこにはこちらにやってくるスケルとシィの姿。

 スケルは右腕が半ばからなくなっていて、その破片と思われるものが目の前に散らばっている。


 スケルの腕が、俺に直撃するはずだった水弾から守ってくれた。ということはすぐにわかったが、スラ子のように身体を変化できないスケルがいったいどうやって腕を飛ばしたのか、疑問が顔にあらわれていたのだろう。


「そりゃもちろん。自分で引っこ抜きましたが」


 スケルはけろりとしていった。


「……グロいな」

「助けられといてそんなこといいますかい」

「そうだな。すまん、助かった」

「いえいえ、お安い御用で」


 スケルの右腕ではすでに散らばった身体の破片が集まって元の形に戻ろうとしている。

 トロルもびっくりの回復作用。いや、文字通りの意味で修復だ。

 痛くないのだろうか、と間抜けなことを思った。


 周囲からの攻撃が止んでいることに気づいて、見れば長への回復魔法の処置が終わったらしいエリアルが近くにやってきている。


「なんの真似か? エリアル」


 高みにいる魚人族の長がいった。


「なんの真似もないでしょう」


 答えるエリアルの手に魔力の輝きが灯っている。

 どうやら、エリアルが同じ魚人族の放った攻撃魔法を防いだかなにかしたらしい。


「裏切るつもりか」

「……わたしは種族のために行動してきたつもりです」

「ほう」

「長、あなたの行いが種族にとってよいものであるとは思えない」

「それを裏切るというのではないか」

「あなたこそ、我々を裏切っている。少なくとも平穏を望んでいるとは信じられない」

「見解の相違だな」


 長はおかしそうに笑い、


「よかろう。地上の毒にあてられたと見える。ならばいっそ我々の手で葬ってやるのが情けというものか」

「……ひどい話だな」


 いいながら、俺はシィが拾ってきてくれた椅子を受け取る。


「絶対にあいつだけは、この椅子でぶん殴ってやりたくなってきた」

「今日のご主人はバイオレンスっすねえ」


 右腕の修復を終えたスケルが笑った。


「どうやって近づくかが問題だけどな」

「その必要はなさそうっすよ」


 意味ありげに視線を送る先に、スラ子たちの姿が見えた。

 俺が顔をしかめたのは、魚人族の長を強襲するために向かっていたはずのスラ子たちが、なぜか長の近くではなく、より高い場所の横穴にのぼっていたからで、


「おい、まさか……」


 そのスラ子の全身におびただしい魔力が集まっているのに、ぞっとした。


「シィ!」

「――レビテイトっ」


 俺が声をかけるまえに事態を察していたらしいシィが唱え、身体が宙に浮く。


「メイルストロム!」


 スラ子の魔法が発動した。



 広大な空間に水が溢れ、押し流し、巻き込んで一気に渦を為した。


 リザードマンたちの集落。

 その広場をすっぽり包む潮流が勢い良く流れる様を間一髪上昇して逃れた上空から見下ろして、息を呑む。


「なんてことだ……」


 俺に引きずられて空中に浮かんだエリアルがおののくようにいった。


 水系統の広範囲殲滅魔法。

 その威力はまさに圧巻だった。


 地上にいたリザードマンはもちろん、高所に陣取っていた魚人たちまでその強力な渦潮のなかに引きずりこんでしまっている。

 いくら泳ぎに長けたマーメイドだろうと、暴れ狂う水中で自在に動くことは不可能だ。


 このまま魔法が続けば、巻き込まれた連中の末路はひとつ。

 叩きつけられ、引き裂かれ、あるいは溺れて。


 全滅しかありえない。


「スラ子、もういい! やめろ!」


 俺の言葉をまっていたかのように眼下で渦を巻く濁流がやわらいだ。

 一転に向かって寄せられていた力が失せ、魔力による強制から解放された水が四方に散る。


 大潮流が失せたあとには、散り散りに倒れたリザードマンとマーメイドの双方の姿が残った。

 地上に降り、おなじようにこちらにやってくるスラ子たちの姿に、


「――スラ子?」


 罵声を向けようとしたスラ子の表情が苦しそうに歪んでいる。


「どうした」

「わかりません。さっきの魔法を唱えてから、急に」


 スラ子の肩を抱いたカーラが首を振る。

 ルクレティアがあとを継いで、


「魔力の使いすぎ、かもしれませんわ」


 いいながら自信がなさそうなのは、いくらスラ子が使ったのが最上級の攻撃魔法とはいっても、たった一度。しかも短時間の使用でそこまで疲弊することがありえるだろうかと思ったからだろう。


 俺も同じ考えだった。

 普通はそんなことにはならないはずだ。魔力容量も乏しければ技術もない、魔道の初心者が無理に分不相応な魔法を使おうとしたならともかく――


「大丈夫です。マスターがピンチなの見て、ちょっと。カッとなって……」


 そういって微笑む笑みに力がない。


 俺はスラ子の手をとって、ぐにゃりとした感触に背筋を震わせた。

 その嫌な感覚には前にも覚えがある。


「シィ!」


 すぐにシィがやってきて、背中の羽を輝かせる。


「どういうことですの」

「わからん。だが、前にも似たようなことがあった。スラ子が無茶をしたあとに」

「……スケルさんのときのようにですか」


 ふと頭になにかが浮かんだが、掴む間もなくどこかへいってしまった。


「とにかく、安静にさせとこう。シィ、スラ子を頼む」

「はい」


 スラ子の容態はひとまずシィに任せて俺は広場の様子を振り返り、声をうしなった。


 そこでは大乱戦がはじまっていた。


 スラ子の魔法で高所から叩き落されたマーメイドたちと、傷つきながらも手の届くところに敵を得たリザードマンたち。

 双方が入り乱れての戦闘がうまれ、雄たけびや悲鳴がいたるところで鳴り響いている。


 マーメイドたちの魔法が穴を穿ち、それをかいくぐったリザードマンたちが武器を振るう。


 それはもう、戦争だった。

 二つの種族が互いの命をかけ、まるでどちらかを滅ぼそうとしているかのような目の前の光景に息を呑む。


 怖気づきかけて、なんとか踏みとどまった。


 状況はなんともひどい。

 こんな状態になってしまった戦場は、そう簡単には収まったりはしないだろう。


 どちらかの長が討たれれば終わるかどうかもわからない。

 狂騒が終わるまでにいったいどれほどの血が流れるか見当もつかなかった。


 ――俺は、こんなのを望んでたわけじゃない。


 歯を食いしばり、後ろを振り返る。

 カーラ、ルクレティア、スケル。そして地面に横になったスラ子とシィ。


「いくぞ。どっちもぶっ飛ばして、終わらせる」


 スラ子とシィが抜けた戦力でそんなことができるかどうか。

 頭に思わないわけがなかったが、自分たちでちょっかいをだした以上、このまま手をこまねいているわけにはいかなかった。


「……わたしもいこう」


 エリアルがいった。


「あたしも~」


 なぜかノーミデスまでいいだして、俺は眉をひそめる。


「なんでお前まで。別に精霊族にとっちゃ、どっちがどうなろうと関係ないだろ?」

「そうだけどー。ちょっとねぇ、同族がなにかやってるみたいだからぁ」 


 のんびりとしたままわずかに顔をしかめ、ノーミデスが答えた。


「同族?」

「我らの導き手のことだろう。長はそそのかされている」


 苦々しい表情でエリアルが首を振る。


「精霊が? なら、そいつを止めれば」

「ん~。でも、出てこないんじゃないかなあ。ずっと後ろにいる感じだしぃ」


 ……精霊が、魚人族に争いをけしかけてる?


 それこそ、いったいなんのためにだ。

 わけがわからないが、とりあえずそんなことはあとでいい。


 呼吸を整え、覚悟を決めて。

 二つの種族が血で血を争う、その戦場のさなかに一歩、足を踏みだした。



「ウォーター、」


 押し寄せるリザードマンに人差し指を向け、今まさに魔法を放とうとしているマーメイドの射線上に横合いから腕を伸ばす。


「ガン!」


 放たれた水弾は椅子に直撃。ぱしゃんと音をたてて弾けた。


 驚きの表情をつくるマーメイドが次の詠唱に入らないうちに思い切り椅子を振り回す。

 鈍い衝撃が腕に伝わり、人魚の身体が倒れこむ。


「じゅらあああ!」


 相手の様子を確かめる間もなく咆哮がとどろき、残されたリザードマンがそのまま俺に向かって飛びかかってくる。


「はああっ」


 そこにあいだに割って入ったカーラが拳を繰り出して相手のみぞおちを打ち抜いた。

 膝をついてうずくまる、その後ろにはすでに新手。


「ウォータースプラッシュ!」


 エリアルの水魔法が相手を押し流して距離を稼ぎ、


「サンダーボルト!」


 即座にルクレティアが畳み掛け、威力を弱めた雷撃が範囲内に固まった数人を打ち倒す。


「あいたたたた!」


 少し離れていたところで他の相手と揉みあっていたスケルが悲鳴をあげた。


「こっちまでビリッてきちゃってますが!」

「我慢してくださいまし! ただでさえ、範囲魔法が扱いにくいのですから――」


 微妙に巻き込まれたスケルの非難の声に、余裕のない口調で返したルクレティアの背後にリザードマンがいるのに気づいて、声をはりあげた。


「伏せろ!」


 あわててしゃがみこんだ金髪をかすり、大振りな石剣が横薙ぎに通り過ぎる。

 絹糸のような金髪が千切れて宙に舞った。


 間一髪のところで回避したルクレティアの隙を見逃すまいと、さらに新手が迫る。

 振るのではなく突くように構えて突進する相手に、


「トルネイド!」


 座り込んだまま腕をかかげ、正面から撃退したルクレティアの魔法が相手を打ち倒す。

 しかし、その背後にさきほどの空振りから剣を戻したリザードマンが大上段に構えていた。


 殺気を感じて振り返り、大きく目を見開いて硬直した令嬢の眼前で爬虫類の冷たい眼差しのまま断刀を下し、


「ルクレティア!」


 駆けつけたカーラの拳がその剣の腹を叩いて軌道をそらした。

 剣先が鈍く地面を叩き、それで呪縛がとけたように身体の自由を取り戻したルクレティアが、


「っ――ライトニングボウッ」


 放った雷の矢がリザードマンの身体を貫き、全身を痙攣させる。

 倒れこむ相手の下敷きにならないようにあわてて四つんばいで這いながら、ルクレティアが怒声をあげた。


「きりがありませんわ!」

「わかってる!」


 怒鳴り返しながら、俺は必死になって周囲の状況をつかもうと頭を巡らせた。


 混戦中は全体どころか、自分以外の味方の状態さえ簡単に見失いがちで、ただでさえ数がすくないのだから、孤立してしまえばすぐに押しつぶされてしまう。

 そうならないために互いの安否を確認しながら、荒れ狂う狂騒のなかで俺たちは抗い続けた。


 リザードマン、魚人族ともに敵も味方もあったもんじゃない。

 目に入るものは全て敵とばかりに襲いかかる様子はほとんどバーサーク状態のそれで、この場を収めるための有効な打開策どころか、自分たちがやられまいとするのだけで精一杯だった。


「やめろ、やめるんだ!」


 エリアルが声をはりあげているが、懸命な言葉はほとんどの相手の耳に届いていなかった。

 なかにはその声を聞き、戸惑うような様子をみせたマーメイドもいたが、その相手も横合いから切りつけられて悲鳴をあげて倒れこむ。


「くそっ……!」


 とどめをさそうとするリザードマンを放った水流で押し流し、エリアルが倒れた同胞に駆け寄った。


「深いか?」

「……大丈夫だ。だが、」


 治療魔法をかけながら、エリアルが途方にくれた顔を浮かべかける。

 戦場のいたるところで大勢が傷つけあっている、そのたった一人を救ってどうなるといいたげな表情だった。


 俺はそれに答えず、


「ノーミデス!」


 近くでうんうん頭をうなっている土の精霊に呼びかけた。


「なぁにぃ」

「魚人族をけしかけてる精霊はどこだ! 近くにいるんだろ!」

「探してる~。けど、やっぱりあっちに隠れちゃってるみたいー」


 あっちがどっちなのかさっぱりだが。


 この馬鹿げた争いを止めるために、魚人族を争うように仕向けている張本人を引っ張り出すのが一番だと思ったが、やはりそうはいかないか。


 なら――


「カーラ、一緒にこい! ルクレティア、スケル、エリアル、お前達はリザードマンたちにいけ! こっちは魚人族を止める!」

「危険です!」

「だが、このままじゃいつかやられる!」


 今の状態で戦力を分けるのなんて愚策でしかないかもしれないが、ずっとこうしてたってどうせジリ貧だ。


 最悪、俺たちはなんと自分たちを守りきったとしても。

 それでリザードマンと魚人族たちがもう元に戻れないほどに傷つけあってしまっては意味がない。


「長をぶっとばすでもなんでもしていいから、止めさせろ! ノーミデス、お前はこっちだ!」


 のんびりとした土精霊の腕をつかんで、カーラと合流する。

 マーメイドの魔法攻撃をかわし、当身をくらわせていた格闘少女が振り返った。


「マスターっ」

「ちんたらやってたら囲まれて攻撃を集中されて終わる。一気にあの魚野郎のとこにいくぞ。ノーミデス、精霊っぽいやつが出てきたらすぐ教えてくれ!」

「はいっ」

「わかった~」

「魚人族の長はどこにいるかわかるかっ?」

「んん。だいたいあっちの方ー」


 ノーミデスの指すほうは広場の中央、まさに乱戦の只中だった。


「行くぞっ」

「はい!」


 カーラが駆けた。

 地を這うように走るその姿に気づいたマーメイドが腕を向けるが、


「ウォ――」


 口の動きを変えるより先にが懐に入り込んだカーラが掌底を叩き込む。

 声もなく崩れ落ちる相手の横を通り過ぎて、今度はリザードマンがカーラに立ちふさがる。


「じゅるらああ!」


 武器をもたない相手がカーラの動きを止めようと両手を広げるのに、カーラは足を止めるどころかさらに速度をはやめ、


「こっちだ、蜥蜴!」


 少し遅れて走る俺があげた陽動の声に、相手の意識が一瞬カーラから離れ。すぐにまた戻ったときには、その腹部にカーラの肘打ちがめり込んでいた。

 たまらず身体を前屈みに折ってさがった頭を抱え込み、


「やああああ!」


 そのまま自分よりはるかに背丈のある相手を投げ飛ばした。


「すごーい」


 俺の後ろに続くノーミデスがのんきな喝采の拍手を叩くのに、気がそがれる気分でちらりと後ろを振り返り、肩越しにノーミデスへ手のひらを向ける数人のマーメイドが見えた。


「ノーミデス、後ろだ!」


 いってノーミデスが振り返ったときにはすでに遅く、マーメイドたちの声が唱和する。


『ウォーターガン!』


 高速で射出された複数の水弾がノーミデスを襲い、


「んー」


 ノーミデスの身体にあたってぱしゃんと跳ねた。

 地面を穿つほどの水撃を受けて平然としている様子に、思わず足を止めかけて目を疑う。


「効かないのかよ!」

「まあ、このくらいなら~」


 ノーミデスは土を司る精霊だ。

 純粋な魔力の象徴でもあるといわれる存在なのだから、このくらいは当たり前なのかもしれなかったが。外見がとても強そうにみえないから驚いてしまう。


「攻撃魔法はできないのか!」

「あんまりこのあたりの地相は崩したくないんだけどなぁ」


 困ったようにいったノーミデスが人差し指を唇におしつけて。


「このくらいなら、いっかー」


 変化は一見するとまったくわからない、まったく地味なものだった。 


 周囲にいたリザードマンやマーメイドたちが地震でもあったかのように身体のバランスを崩している。

 その足元が、奇妙に埋もれてしまっていた。


 泥のようにゆるくなった土壌が、彼らの足をとっている。

 あわてて自分の足元をみると、そこだけは元のしっかりと固い地面のままだった。

 より正確には、ズブズブになってしまっているはずの地面なのに、それを意に介せずに走れてしまっているのだった。


「底なしってわけじゃないから、大丈夫~」


 強大な精霊の力をほんのすこしだけ振るったノーミデスがのんびりという。


 俺とカーラは周囲が混乱した隙をついて、一気に広場の中央に乗り込んだ。

 乱戦のさなか、そこだけは指示がいきわたっているようにマーメイドたちが陣形を固めている視界の先に、見慣れた魚の姿。


「カーラ!」

「崩します!」


 迎撃態勢に入るマーメイドたちに向かっていっそう足をはやめ、カーラが駆ける。


『ウォーターガン!』


 矢のように撃たれる攻撃魔法の雨のなかをかいくぐり、接近して一人をすかさず無力化し、そのまま足を止めずに引っ掻き回す。

 陣形のなかにはいったカーラを追いかけようと算を乱したところに後続の俺が到着して、一人を椅子で殴りつけた。


 連中の数人が俺に意識を向け、即座に水弾を撃ち込んでくる。

 あわてて椅子の座面でそれらを防ぎながら、俺は悲鳴じみた声をあげた。


「ノーミデス、なんかこう、もっと凄いやつ! 地味でもいいから!」

「わがままなんだからぁ、も~」


 ノーミデスが腕をかかげる。


 ふわりと一帯からつぶてが浮き上がり、意思を持ったように襲いかかる。

 マーメイドたちが悲鳴をあげて打たれ、あるいは地に伏せてそれから逃れようとする。


 一時的に無力化した連中の横を駆け抜けて、俺は先行するカーラを追いかけた。


 内部に切り込んだカーラはそのまま縦横無尽に暴れまわっていた。

 距離をつめてしまえば接近戦に弱く、魔法も誤射を恐れて控えるしかないマーメイドたちは、カーラ一人にいいように陣形を乱されてしまっている。


 ちらりと俺とノーミデスのほうを見たカーラにうなずきかけ、合流を果たして一気に長のもとまで詰めようとしかけたところに、


「――ウォーターパニッシュ」


 虚空にあらわれた大水量が津波と化し、すべてを巻き込んで呑みこんでいく。

 水流は、その場にいるマーメイドもろとも俺たちに向かって放たれていた。


 逃げる場所などあるわけがない。

 俺とカーラは圧倒的な水量の前になすすべもなく、暴虐の水にさらわれた。



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