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十五話 魚がおおいに場を乱せば、

 俺とエリアルが互いに厳しい表情でにらみ合っていると、


「あのぉ、もしもし~」


 のんびりした声が緊迫した雰囲気のあいだを横切った。

 振り返った先には戦闘中でも変わらず緩い雰囲気のノーミデス。


「長さんが、いってるよ~」


 長?

 目をやると、リザードマンのなかでも一際目立った巨体が一歩こちらに進み出た。


「じゅらしゃ、じゅじゅららしゅわっ」

「なんだって?」

「話は聞かせてもらったぁー」


 俺は眉をひそめて、


「いや待て。おかしいだろ、なんで連中に今の内容が伝わってるんだ?」

「だってぇ。あたしが伝えたもの~」


 えへんと胸を張る土精霊に、絶句した。


「……なんで伝えてるんだよ」


 信じられない思いでいうと、きょとんとまばたきして首をかしげる。


「あれー、ダメだった~?」

「ダメに決まってるだろ!」


 リザードマン族と魚人族が争っていられる状況ではなくするために一芝居うってるっていうのに。

 それをわざわざ当のリザードマンたちに伝える馬鹿がどこにいる!


「そんなこといわれてもー。呼ばれたから、てっきり通訳してほしいのかなぁって思うじゃない~」


 悪意のない口調に頭痛をおぼえる。

 いった本人に悪気がないから許されるって話じゃない。むしろ天然だからこそ、なおいっそう性質がわるかった。


 がっくりと脱力感に肩を落とす。


「じゅわらじゅじゅ、じゅしゅららじゅやじゅう」 

「そちらのお気持ちはよくわかったーって~」

「ああ、そうかい」


 俺の返事は投げやりだった。

 こちらの行いの意図が知られた以上、相手の反応はわかりきっている。


「じゅうじゅじゅ、しゅじゅら。じゅわ、しゅうじいじゅやじゅじゅか、しゅだ」

「しかし、我々としてもけじめをつけないわけにはいかぬー。たとえどんな状態になろうが、それなしに魚人族とのあいだに和はありえぬ~」


 やっぱりだ。

 茶番だと判明したのだから、リザードマンたちの態度は頑なになるだろう。


 俺が考えていたように、第三者の敵の存在でそれまでのいさかいをうやむやに、ということにはもうならない。

 ……ない頭で必死に考えた計画がパアだ。ちくしょう。


 どうしてくれる、と俺が睨みつけるのにノーミデスはそれに気づきもしない表情で、そのまま通訳を続ける。


「じゃ、じゅやじぇしゅらじゅい、」

「だがー。お気持ちは、十分に理解できた~」


 リザードマンの長がいった。


「じゅいら、しゅうじじゅら。じゅゆらららじゅかいじゅう」

「だから、けじめさえつけてもらえれば。魚人族とのあいだに和平を約束しよう~」


 エリアルが眉を持ち上げた。


「本当か?」

「じゅゆら、じゅじゅあいらじゅじゅ」

「嘘は、つかない~」


 俺は渋面で押し黙る。


「そうか。……ありがたい、感謝する」


 相好を崩したエリアルがほっと息をつく。

 それを爬虫類の冷たい眼差しが見据えて、


「じゃ、しゅうじらじゅ、ゆがじゅうら」

「だが。けじめとして、そなたの命は捧げてもらう」 


 エリアルの顔が強張った。


「――わかっている」


 うなずいて、こちらを見る。

 エリアルは困ったような表情をつくって微笑んだ。


「すまない。だが、気持ちは嬉しかったよ。地上の人」


 俺は黙ったままだった。


 企みが破綻した以上、なにもいえない。

 リザードマンの長は贄としての犠牲のかわりに和平を約束してみせた。


 エリアルの自己犠牲が無駄死ににならないのなら、それに俺が異議を唱えてみせるのはそれこそお門違いというものだ。


 上手くいくかどうかもわからないから、納得できない。

 なのに、上手くいくのに納得できないとまでいってしまえば――それはもう、ただのいちゃもんだ。


「いいじゃないですか」


 声がいった。

 肩越しに後ろを見ると、スラ子が笑っている。


「いちゃもんだって。マスターのやりたいようにやってしまいましょう」

「おい」


 エリアルが剣呑な声をあげるが、スラ子は見向きもしない。


「気に入らないなら全部。欲しいものがあればなんでも。それがマスターの望みなら、私はなんでも叶えてさしあげたいです」


 真剣な眼差しで豪語する相手を見つめて、俺は沈黙した。


 スラ子は完全に本気だ。

 気に入らないなら遠慮するなと。自分勝手になんだってやってみせろといっている。


 あえてそう発言することで、俺に自重をうながしているとかいうわけでもない。

 俺がなにをしても、それを全肯定してみせる。


 自分自身と俺という存在がイコールで結ばれているスラ子にとって、それが当然のことだといわんばかりの態度だった。


 もちろんそんなものは普通じゃない。異常だ。

 なにも戒められない自意識の拡大がなにをもたらすのか。そんなのは誰にだってわかる。


 ――際限のない拡大。


 頭のなかのイメージが、そこから連想してひどく嫌なものの片鱗を思い起こさせて、俺はあわてて頭を振って追い払った。


 思いついたものについてあらためて考えるのも意識が避けてしまう。

 それほどまでに不吉な。それは俺にとって、絶対にあってはならない未来図だった。


 息をつく。

 今はそれどころじゃないという理由を自分に押しつけて、俺はその気分のよくない思考を中断して、


「……いや。その必要はない」


 俺の答えを待つ不定形の生き物にいった。


「リザードマンと魚人族が仲良くできるんなら、文句をつけるつもりなんかない」


 スラ子はじっと俺を見つめてから、にこりと微笑む。


「マスターがそうおっしゃるなら」

「……ああ」


 内心で渋面になりながら、俺はうなずいた。

 それから俺たちのやりとりを待っているようだったリザードマンの長とエリアルのほうを振り向いて、


「勝手にやってくれ」


 白旗をあげる。

 あれだけ堂々と啖呵をきっておいて情けない限りではあるが、小賢しい介入はどうやらここまでだった。


 虚しさと、まあしょせんこんなもんだろうという自虐っぽい感想を抱きながら。

 二つの種族の和平のために目の前でおこなわれる命のやりとりをせめてしっかりと見届けようとして、


「その必要はないぞ」


 唐突に声が響いた。

 広い空間に反響する声の元を探して頭を巡らそうとする前に、視界に一本の線が伸びて。


 音もなく、リザードマンの長の身体を貫いた。



「……ッ、……!」


 巨体が声もなく崩れ落ちる。

 呆然と、目の前で地面に倒れ伏すリザードマンの長を見送ってから、響き渡る哄笑に気づいた。


「ゆけ、皆の者!」


 声の出所で、広場に繋がる高い横穴から顔を見せているのは冗談じみた造形の魚人。

 その周囲にもいつのまにか大勢が姿をあらわしていて、その周囲に居並ぶマーメイドたちが一斉に両腕を掲げ、


「ウォーターガン!」


 凝縮された水弾が、文字通り雨の如く降り注いだ。


「っ……、フレアロンド!」


 ルクレティアが迎撃のために小粒な火玉を繰り出すが、一発一発の魔力が違う。

 ほとんどの水弾がルクレティアの魔法を蹴散らして、そのままリザードマンの群れに襲い掛かった。


 たちまち周囲で悲鳴があがる。

 エリアルが激昂した声をあげた。


「これは――これはいったい、なんの真似ですか!」

「決まっておる。そなたを助けにきたのよ」


 高所から見下ろした魚人族の長は、喜悦にみちた声だった。


「助け? 違う、わたしは自分の意思でここに来たのです!」

「そなたの群れを思う気持ちはよぅくわかっておる」


 悠然とうなずいて、


「だからこそ、我らは来た。自分たちの同胞を、野蛮な連中の自侭にさせてなるものかとな」

「なにを……」


 エリアルが信じられないといった表情で頭を振る。


「彼らは、和平を約束してくれました! わたしたちが先に領地を侵した罪を償えば、共存の道はひらけたのです! 争う必要などどこにもない!」

「共存? 何故そんなものが必要なのか」


 魚人の長はいった。


「必要なら奪えばいい。邪魔なら排除すればいい。我らの導き主様が、そうおっしゃった。死にたくないのなら、蜥蜴らしく尻尾を切って逃げ出せばよかろうが」

「馬鹿な!」 

「エリアル。そなたの働きは見事だった。おかげでこうして容易く不意をつくことができたのだからな――すぐに終わる、邪魔にならぬよう隠れておれ」

「ふざけたことを……!」


 柳眉を逆立てて、エリアルはそれから自分の足元に倒れたリザードマンの長へ屈みこんだ。

 すぐに癒しの光が長の身体を包みはじめる。


「じゃあら、じゅるらああ!」


 長の身体にとりすがっていたリザードマンが怒り狂ったような鳴き声を出すが、マーメイドは無視して続けた。


「マスター」


 声に、俺は我に返った。


 目の前では、ひどい惨状が繰り広げられていた。

 距離をとった場所からの魔法攻撃に、リザードマンたちが為すすべなく打ち倒されていく。


 激昂して挑みかかる者も少なくなかったが、彼らが魚人族に辿り着く前に、いくつもの魔法が集中して接近を許さない。

 状況は、ほとんどなぶり殺しのようなものだった。


 完全な奇襲。さらに遠距離からの徹底した攻撃。

 怒りと、悲鳴。苦悶の声をいたるところから聞きながら、ふつふつと煮えたぎるような感情が沸き起こる。


 なんだこれ。


 人が馬鹿みたいな道化を演じようとして、あっさりダメになって。

 納得できないのをなんとか諦めようとしていたら、いったいこれはなんの冗談だ。


 高所に位置どってこちらをみおろしている、その相手の姿が駄目押しになって、


「スケル!」


 おもいっきり声を荒げた。


「あいさ」

「エリアルが回復魔法を使ってるあいだ護衛につけ。シィ、お前は可能な限り、アンチマジックを全体に張り続けろ」

「……わかりました」


 けど、と控えめに意見が続く。


「あの水弾は、厳しいです」

「わかってる。それでもいい」


 魔力で凝縮された水弾の威力はアンチマジック程度では緩和しきれないかもしれないが、ないよりはましだ。


「あとは俺と一緒に来い」

「どうされますか、マスター」


 冷静な口調で訊ねてくる。

 そのスラ子をにらみつけるようにして、俺は息を吸った。


 身体のなかに渦を巻く、今までそれなりに長く生きてきて一番かと思えるほど暴力的な気分のままに吐き捨てる。


「決まってる。あいつらを全員ぶっ倒すぞ」



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