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十四話 呆れる人魚に小物がうそぶき

 リザードマンという種族は、一般的に好戦的な種族ではないといわれる。

 それは彼らが弱い生き物であるということではない。彼らはただ、無用な争いを避けてきているだけだ。


 種が生き残るために必要な生存闘争であればもちろんリザードマンだって戦うし、その戦闘能力は決して低くない。

 リザードマンにはトロルのような並外れた怪力や回復能力はないが、それでも腕力も膂力も人間より上だ。ゴブリンたちのように猪突猛進に襲いかかってくるだけでもない。


 集団を統率し、策を練るだけの知能が連中にはあった。


 カーラ一人に多くの仲間が打ち倒されたリザードマンたちは、すぐにそれぞれが手に持った得物を放り捨てた。

 身軽な動きで翻弄する相手を捉えるために重量のある武器を捨て、素手で対する。

 さらに連中は一人では決してかからず、輪を囲むようにじりじりとカーラとの距離をつめていった。


 一対多数である以上、一度捕まってしまえばその時点で終わる。

 相手の連携をかき乱し、状況を一対一の連続にすることでその場の主導権をとれていたカーラは、それで一転して不利にまわることになった。


 攻勢にでれば、そこを狙って周りから襲われてしまう。

 リザードマンたちが下手にしかけず、数の圧力で包囲をせばめていくのは、カーラに翻弄されないために有効な手段だった。


 距離をとって仕切りなおそうとカーラが無茶な突破をこころみる、それをこそ狙っていたリザードマンたちが一斉にカーラへと殺到しかけたところに、


「トルネイド!」


 スラ子の援護が間に合った。

 螺旋を描いた水流が数人のリザードマンを打ち倒し、包囲が崩れた隙を見逃さずにカーラが走る。


「カーラさん、こちらへ!」

「了解!」


 リザードマンが伸ばした腕を払って殴りつけ、スラ子との合流を図る。

 それを支援するスラ子も、そのことだけに注力していられる状況ではなかった。


 広場中央から見て右後方で戦っているカーラの援護に加えて、スラ子は前方奥に押し込められたリザードマンたちの牽制の必要がある。

 二正面を一人でカバーするのはいくらなんでも厳しい。


 一旦、広場中央から後退するという手もあるが――俺たちが退いてしまえば当然、その分相手は前に出てくる。


 俺の狙いはまず、リザードマンたちに圧倒的な戦力差があることを知らしめること。

 正確にいえば、そう連中に錯覚させることだ。


 だから、そのためには少しでも相手に気分的な余裕を与える真似はできなかった。


「スラ子。しばらく俺とシィで受け持つから、そのあいだに右をなんとかしてくれ」

「了解ですっ」


 それまで正面を向いていたスラ子が、カーラのいる右後方へと完全に身体の向きを変える。

 牽制の役目を引き継いだ俺は、じりじりと今にも飛び掛ってきそうなリザードマンたちにむかって、手にした安物の椅子を突きつけた。


 自分たちの文化にはない「椅子」という奇妙な形状の物体。

 それを前にしたリザードマンたちの足が止まる。


 無表情な爬虫類の顔にはみな、警戒と疑念の気配が生まれていた。

 このまま時間稼ぎが必要なあいだ、伝説の武器でもなんだっていいから、相手が勘違いして躊躇してくれていればいいのだが、


「――――」


 もちろん、そんなに都合よく物事が進んでくれるはずがない。

 一人のリザードマンが足を踏み出した。 


 周囲の輩からみればずいぶんと体格の幼い、名も知らぬ若いリザードマンは無言のまま、細く鋭い眼差しで俺を見据えて石の大剣を構えてみせた。



「シィ、援護頼む」


 突き出された伝説の椅子に物怖じせず、距離を詰める若いリザードマンから目を離さないようにしながら、俺は後ろに控えている相手に声をかけて。

 さあどうしようと考える。


 目の前の相手を、俺は地下におりてきたときに一対一で倒すことができたが、あれはもちろん運がよかっただけだ。

 あのときはこの椅子の特性、決して壊れないという事実を向こうは知らなかった。


 今は違う。

 俺が手に持っているものがどういうものか身をもって知る相手に、もう一度同じことが通じるかどうかはわからない。


 勝てるかどうか、はっきりいって自信はない。


 しかも、リザードマンたちに「勝てそうにない」と思わせるためには、ただ勝つだけではなくて、苦戦だってするわけにもいかなかった。

 堂々と、あっさりと。目の前のリザードマンを倒してみせる必要がある。


 いくらなんでも無理だろうと思えるような無茶な条件だが、この騒動を起こしたのは俺の我が儘だから、泣き言をいうわけにもいかなかった。

 俺が武器に使えるのはこのストロフライ印の木製椅子と、あとは腰に用意してあるいつもの妖精の鱗粉くらい。


 そっと腰元の袋に手をのばして、ほんの一瞬。目線が相手からはずれた。


「――!」


 瞬間、リザードマンが動いた。

 跳ねるようにして剣を振り上げて、そのまま勢いよく振り下ろしてくる。

 あわてて椅子を構えるが、前のように上手く力を受け流す余裕なんかありはしなかった。


 受けた衝撃がもろに腕にきて、もっていかれそうになる。

 それでも椅子を手放すことだけはなんとかせずにすんだ、その俺が体勢を整える前にリザードマンの追撃が続いた。


 椅子でのガードは間に合わない。

 それどころか。避けることさえ、今からじゃ――


「……ッ!」


 突然、風が背中から吹きつけた。

 左右から一点に集中するような強風を受けたリザードマンの前進が止まる。そのあいだに、俺はあわてて相手との距離をひろげた。


 ちらりと後ろをみると、シィの背中の羽が淡く輝いている。


 強風を送ってくれたのはもちろんシィだった。

 攻撃魔法に明るくない妖精族にとって、今のは恐らく直接干渉する最大の支援行為だろう。


 つまり、相手を倒すのは俺がやるしかない。

 風に煽られてすぐに油断なく身構える相手を見ながら、俺は一瞬で思考をまとめ、


「シィ。レビテイトを、腰の袋に」

「はい」


 短い返事とともに腰元にさがった袋から重さが消える。 

 俺は相手から目を離さず、腰の物入れ袋から小さな包みをとりだして。

 無言のまま、リザードマンに向かって下手から軽く放り投げた。


 重さを失った包みが放物線をえがかずにふよふよと宙を漂う。

 無表情のまま、包みなんかへは目もくれずに俺を見据えている若いリザードマンの意識は、完全にこちらにだけ向けられている。


 あからさまに罠の気配が濃厚な包みに触ろうとはしない。

 ゆっくりと宙をただよって、いずれ自分のもとに辿り着きそうなその包みに、万が一にでも危険があった場合を考えたのだろう。すり足で横へ移動する。


 それを見届けてから、


「スタンプ!」


 吠えて、走った。

 同時に背後のシィに、


「惑わせろ!」


 シィは正確に命令を理解して、即座にそれを実行した。


 宙を漂う小さな包みが分裂する。

 幻惑の魔法でいくつもの虚像が生まれ、少なくとも俺に関していえば、シィの魔法は完全にかかってしまっている。


 だが、魔法耐性に強いリザードマンまでそれにかかってくれたかどうか。

 走りながら、相手の視線を注意深くうかがう俺に、相手の瞳孔が戸惑うように左右に揺れるのが見えた。


 ――かかった。


 たった一瞬の猶予を手に入れたことを確信して、さらに走る。

 目測は誤りようがなかった。


 なぜなら、俺の目はたしかにシィの魔法で惑わされてしまっているが、しかし投げる直前にかけたスタンプの魔法が、魔力光をはっきりと立ち上らせているのだから。


 一瞬の反応の遅れを見せる相手にではなく、宙を漂う包みに向かって椅子を突き出して、座面の反対側にひっかけて。

 そのままリザードマンに押しつけるようにして叫ぶ。


「ファイア!」


 宣言。わずかな遅延のあとで発動する。


「っ!?」


 魔法の効かない椅子の座面。その向こう側で包みのなかの妖精の鱗粉が着火、急激な燃焼反応を起こして爆発した。



 シートの向こうで生じた火も熱も、すべて遮断されてこちらまでは伝わってこない。

 ただし爆発で生まれた衝撃まで椅子が吸収してくれるわけではないから、俺はおもいっきり両腕を跳ね上げてその力を受け流した。


「じゅがあああ!」


 耳をつんざくような悲鳴。

 至近距離で爆発を受けた若いリザードマンが顔をおさえて転げまわる。


 妖精の鱗粉による燃焼反応は、致死にいたるほどのものではない。

 だがちょっとした火傷くらいはあっただろう。それも硬い鱗におおわれたリザードマンにどれほどの効果があったかは不明だが、それはともかく。


「っと!」


 千載一遇の機をのがさず、俺は地面を転がる若いリザードマンの首に椅子の脚をかけて自由を奪う。

 周囲のリザードマンから一斉に怒りの声があがった。


「まだやるか!」


 大声をはりあげる。


 ノーミデスの通訳なしに、もちろん相手に意味なんて通じないことはわかっている。

 それでもかまわずに続けた。


「次は誰だ!?」


 いいながら、左右の状況を確認する。


 どちらの戦況も片づきつつあった。

 合流したスラ子とカーラが右側のリザードマンたちを押し込むのに成功して、左側でもルクレティアの魔法に手も足も出ずに相手は退いてしまっている。


 リザードマンたちは中央奥に押し込められ、仕事を終えたスラ子たちも中央に集まってきた。


 少人数を相手にして劣勢に立たされたリザードマンたちは、敵意をみなぎらせながら、こちらへ襲いかかって来る気配はない。


 よし、と内心で息を吐く。

 示威行動は十分だ。


 リザードマンたちに、自分たちの力を見せつけることには成功した。

 あとはこれから、上下関係を見せつけた相手に、どうやって状況を納得させるかだ。


 脅迫か、説得か。

 あるいはストロフライの名前を使うことだって考えないといけないだろう。

 もちろん、連中が自分たちのために信じる言い伝えではなく、俺たちのいっていることを聞かせるための材料として、だ。


 しかしそれも、まずは言葉が通じなければ始まらない。


「ノーミデス、」


 俺は遠くから土精霊を呼び寄せようとして、


「ウォータープレス」


 水流が俺の身体を押し流した。

 椅子ごとバランスを崩し、振り返ると、そこには怒りの眼差しでこちらを見るマーメイドの姿。


「……いい加減にしろ」


 エリアルが凄みのある声でいった。


「いったい誰が、こんなことをしてくれと頼んだ」

「頼まれてなんかない」


 俺は答える。


「気に食わないからやってるんだ」

「それで、わたしたちの代わりに憎まれ役を買ってでると?」


 低く吐き捨てた相手が手をかざす。

 水流が俺を流したおかげで身体の自由を取り戻し、ついでに火傷を冷やされていたリザードマンの全身を淡い魔力の輝きが包んだ。


 回復魔法を受けたリザードマンがいぶかしそうな気配でエリアルを見る。

 美形のマーメイドはそちらを見ることなく俺を見据えて、


「これは我々と彼らの問題だ」

「俺だってもう当事者だ。口を挟む権利はある」


 屁理屈に、相手は顔中をしかめさせて、


「ふざけろ。お前たちを排除してから、彼らと話をつけてもいいんだぞ」

「望むところだ」


 俺は挑発するようにいいかえす。


 実際のところ、それが俺の考えた計画だった。


 リザードマンたちと魚人族は、互いに事情があって争うことになった。

 先に領地を侵したのは魚人族のほう。

 だから、筋でいえば魚人族が謝罪してけじめをつけ、それからあらためて互いの共存の道をはかるというのが王道ではある。


 だけど、そのけじめでは誰かが必ず犠牲になることになる。

 必要な犠牲が嫌だなんていうのは、ただの子どもっぽい我が儘だというのはわかっている。

 既にリザードマンにも魚人族にも、死傷者なんてきっと出ているのだろうから。


 だけど。

 だからこそ、だ。


 けじめだなんてものに、自分が多少でも知っている相手の命が使われるのは嫌だ。寝覚めが悪くて、ぐっすり眠れなくなるだろうから嫌だ。


 ――王道にけじめなんてものが必要なら。

 問題を解決するのにそんなものを必要としない、邪道なやり方があったっていいはずだ。



 例えば、リザードマンと魚人族、共通の敵があらわれたら?

 自分たちだけでは抗えない、そんな外敵の存在があれば、彼らはいがみあうどころじゃなくなる。


 嫌でも協調して戦わなければならないのだから、少なくともその敵がいるあいだ、彼らは争わずにすむだろう。

 あとは適当な緊張状態をつくって、互いに不干渉という関係にしてしまえば?


 もしそうすることで連中が嫌でも共存しなければならなくなるんだったら。

 その敵役を、俺たちがやってしまえばいい。


 元々、俺たちは地上が生活エリアだ。

 生きていくうえで彼らと競合することはない。


「呆れるな」


 俺の目論見をとうに見透かしているらしいエリアルがいった。


「そんなことをして、いったいお前になんの得がある。無用な災いを自分たちに受けるだけじゃないか。いつ私たちがリザードマンたちと共謀して地上まで殺しにいくかもわからない」


 まあ、そうだ。


 明らかな敵として対立する以上、そういう未来が訪れる可能性はある。

 俺たちとリザードマン、魚人族連合のあいだにそうそう都合のよい均衡状態が生まれてくれるかどうかだってわからない。


 だが、ひとまずでもそうした状態が生まれてくれさえすれば、あとはどうにでもなる自信が俺にはあった。


 得かどうかは関係ない。

 だってそうしたいと思ったのは俺自身なのだから。ただの自己満足でも、得は得だ。


 邪道云々に対する引け目だってあるわけない。

 なぜなら、俺は「立派」な悪の魔法使いをこころざす――小物な悪の魔法使いだからだ。



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