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十二話 魔法使い、いい年をして駄々をこね

「本気か?」


 相手の真意を訊ねると、エリアルはむしろ不思議そうな表情で、


「もちろん。わたしが支持する考えを成すために、自分自身が出向く。自然なことだと思うが」

「殺されるんだぞ」

「そうだ。そして一族の道が拓く」


 俺が思いっきり顔をしかめるのを見て、陰のない笑みを浮かべる。


「勘違いするな。わたしは賢者でもなんでもない。死ぬのは怖いし、未練だってある」


 持ち上げてみせた手がかすかに震えている。

 落ち着いた表情のマーメイドは、沸き起こる不安や恐れを握りつぶすように胸に抱いて、


「だが、一族の者がこれで落ち着ける。心と身体を休められるというなら。いい」


 俺はじっと相手を見つめて、その眼差しのなかに映る自分の苦みきった表情を睨みつけるようにしてから視線をそらした。


「人身御供。たしかそういう風習が人間族にもなかったか」

「人間ったって色々ある。それに、俺はこれでも魔物だ」

「そうか。すまなかった」


 エリアルは素直に頭をさげた。

 顔をあげて、少し離れてこちらの様子をうかがっているリザードマンを見る。


「あのリザードマン。まだ若いように見えるが、誰か身内をわたしたちとの争いで失くしてはいないか?」

「……どうだかな」


 くすりとエリアルが笑う。


「地上の人よ、争いは好きか」

「嫌いだよ。弱いし、怖いからな。戦うくらいなら逃げる」

「正直だな」


 真顔でうなずいて、


「わたしたちも逃げた。逃げた先がここだ。男たちを犠牲にして、仲間の仇もとらず。誇りを投げうって、それでも一族を絶やすわけにはいかなかった」


 それだけなんだ、と疲れた声でいい、尾びれを打って歩き出した。

 若いリザードマンへ近づき、頭を垂れ、両手首をあわせて差し出す。


 言葉が通じなくとも容易に意味がわかる身振りに、爬虫類の瞳がひたりとこちらを見据える。


「じゅる、ふるじゅらしゅ」

「どういうことだって、聞いてるけどぉ……」

「教えてやればいいさ」


 湖面に視線を移すが、波紋の落ち着いた水面にはやはり誰の姿も浮かんではいなかった。

 別に、一族総出てエリアルを見送ってやれば気がすむという話でもないし、事はリザードマンたちと魚人族の問題で、横槍をいれるようなことではない。……そのはずだ。


「じゃらう」


 事情を理解したリザードマンがエリアルを連れて歩きだす。

 こちらを見るスラ子たちにうなずいて、俺たちもその後に続いた。



 リザードマンとマーメイドの二人から少し離れて歩く。

 しかめっ面の俺にスラ子たちも声をかけようとはしないで、黙々と洞窟を歩いた。


 なにかの気配に後ろを振り返る。

 誰もいない。水滴かなにかが落ちただけらしかった。


「マスター」


 背後から声をかけてきたのはスラ子ではなくて、くっきりとした眉をひそめた少女。

 なにかいいたげな表情だった。


「どうした?」

「……あの。ボク、なんでもやりますっ」


 まっすぐで不器用な台詞。

 そんなに変な顔をしていただろうかと、俺は自分の頬をなでて、


「ありがとう。カーラ」


 礼をいうと、いいたいことの半分も伝わっていなさそうな悔しそうな表情で唇をかみ、カーラは駆けていく。 

 その場にもう一人残った相手に視線を向けた。


「励ましてくれるのか?」

「まさか」


 金髪の令嬢は冷淡にいった。


「女の言葉で意見を決める主など。主とは聞く立場ではなく、やらせる立場です。だからこそ、スラ子さんたちもああされているのでしょう」


 こちらを振り返らず、前を歩く魔物たちを目線で指しながらの台詞に、苦笑を浮かべる。


 随分と過大評価されたもんだ。

 俺がどんな人間か、スラ子たちがわかっていないはずがなかった。


「意見を聞くくらい、いいだろ」

「もちろんご主人様が方針をお決めになられたのでしたら、それを実現するための策を考え、実行するのが従者の役目ですわ」

「……お前は、俺を従わそうと企んでるんじゃないかと思ってたんだが」

「なんの役にもたたない愚図を従えたところで意味がありません」


 正直な発言に思わず笑う。


「どうか私が従えたいと思える主でいて欲しいものですわ。それに、私は貴方様からいわれた町のことについて考えているところです。この程度、できればお一人で考えていただきたいですわね」


 隷属している身とはとても思えない台詞を残し、去っていく。

 俺はため息をついた。


 優しかったり、厳しかったり。俺のまわりにいる女たちは様々だ。

 その全員が、甘やかしてくれそうにはない。


 いや、きっと頼めば甘えさせてはくれる。

 特にスラ子は絶対にそうだ。どこまでも、いくらだって。


 だからこそ、俺はそんなことをするわけにはいかなかった。


 スラ子の在り様を決めるのは、俺の在り方だ。

 そして、それはスラ子だけではなくて、その他の相手にだっていえることだろう。


 俺は彼女たちのマスターだ。

 小物で弱っちい、誰かがいないとなにもできないが、それでもおっかなびっくりだって前に進むしかない。


 先を歩く連中に置いていかれないよう、足を早めた。


 ◇


 集落に連れていかれたエリアルは、リザードマンたちの集落の中央、広い空洞に岩が積み上げられた簡単な祭壇のような場所に移された。

 手に入れた贄を使って、儀式でもやるつもりなのかもしれない。


 出向いてきたリザードマンの長が若いリザードマンから報告を受け、ノーミデスに確認をとってからこちらを見る。

 静かな眼差しを受けて、なにも話すことはなかった。


 俺は無言のまま祭壇らしき高台に向かい、地べたに座らされたマーメイドの前に椅子を置く。


「これに座れと?」


 黙ってうなずいた。

 リザードマンたちが信奉する竜の戯れでつくられた椅子だ。儀式にだって映えるだろう。


「ありがとう」


 魚人族に椅子という文化があるかはわからないが、俺の手を借りて椅子のうえに座ったエリアルが、いいにくそうな表情で見上げてくる。


「……頼みがあるんだが。わたしが死んだあと、一族のことを」

「断る」


 死んでいく相手のなにかを背負うなんてまっぴらだ。

 軽く目を見開いたマーメイドが、ゆっくりと苦笑を浮かべる。


「そうだな。すまない、勝手なことをいった」


 俺は後ろにさがって、いれかわりに長が祭壇へ進む。


「じゅららじゅら、じゅうらうじゅ、じゅじゅら! しゅじゅ、じゅいらじゅじゅ。じゅわ――!」


 大声で演説のようなものをはじめる声を背中に聞きながら、女たちのもとに戻った。


「通訳、いる~?」

「いや。いい」


 振り返ると、祭壇のまわりには大勢のリザードマンたちが松明をかかげて集まってきていた。


 たいした準備や用意もされないまま、儀式はすぐにでも始まる様子だった。

 儀式。それとも処刑か。


 どっちでもあんまり変わらないが、


「ノーミデス。長は、魚人族のことをどういってた。あの若いリザードマンはなんて報告してた?」


 それだけは確認しておく必要があった。


「んー。けじめのために、必要だぁって。無用な争いを避けるためにも~」

「わかった」


 つまり、リザードマンにもそうした思いはあるわけだ。

 それがわかっただけで十分。


 スラ子たちは全員がこちらを見つめている。

 すまない、といいかけて、それじゃあ言い訳になると口ごもった俺の機先を制するように、


「マスター、どうします?」


 スラ子がいった。

 半透明の眼差しを受け止めて、


「……なんだか気に入らない」


 俺はこたえる。

 シィが訊ねた。


「……なにが、ですか?」

「リザードマンも、魚人族も。自分だけ死んで楽になろうとしてるあのマーメイドにも腹がたつし、他にもいまいちしっくりこないこの状況も、なんだか色々と気に入らない」


 子どものような言い分だということはわかってる。

 リザードマンと魚人族たちの争いに俺たちは関わりがないのだから。


「ボクたちは、なにをすれば?」 


 カーラがいった。


「俺の我儘につきあってくれ。だいぶ無茶をさせるが、謝らないぞ」

「愚問です。さっさとご命令あそばせ」


 冷ややかにルクレティアがいう。


「目の前のことが気に入らない。だから、無理やりにだって捻じ曲げる」


 言葉だけで通じるならそうすべきだが、きっとそれでは足りない。

 すでに互いに被害もある状況ではなにかしらの結果がなければ収まらない。だからこそ、目の前の事態が起きているのだから。


 スケルが笑った。


「魔物伝統、暴力主義ってやつですねえ。やっちまいますか、ご主人」

「ああ。やってやる」


 正直、どうして自分がこんなことをやろうとしているのかと思わないでもない。


 さっきまで胸にあったのは、ただのしこりのようなものだ。

 今までなら堪えて、呑みこんで、無理やりにだって流してきたちょっとした違和感。


 そんなものは、誰だって生きていればいくらだって経験があることだ。

 ただ、今までは気にも留めずにいたそれが、スラ子たちと話をしているうちにどんどん大きくなって、とても流しきれないくらいにまでなっている。


 ――気が大きくなってるだけじゃないか。


 頭のなかで誰かがいった。

 自分の実力は昔からなにひとつ変わってないのに、いうことを聞いてくれる仲間がいるからって、調子にのってるだけじゃないか。


 増長してるだけだ。

 お前がしなきゃいけないことは、自分を慕ってくれる全員を無事に過ごさせることだろう。


 調子のいいことなんて考えず、地上に帰ればいい。

 地下のことなんかしらず、いつものとおり。

 そうすれば俺はまた、変わらずに。

 だからこそ俺は、それが嫌で、


「ご命令を。マスター」


 妖しくささやくスラ子の声に、迷いを振り切った。


「いくぞ。とりあえず、まずはここにいるリザードマンを叩き伏せる」


 どっちが正しいとか、互いの都合とか。

 そんなのは知ったことか。


 俺の目の前でなんか気に入らないことが起きそうだっていうそれだけの理由で、まったく関係ないのに横合いから殴りつけてやる。


「シィ、レビテイトだ」

「……はい」


 妖精の羽が輝き、地面から足が離れるのを確認してから、


「ルクレティア」

「かしこまりました」


 意図を察した金髪の魔法使いが手に持った杖を輝かせて、


「――サンダーボルト!」


 雷が迸る。

 魔法の効かない椅子の上に座った、エリアルの足元を基点として広範囲にばらまかれた電撃が水気に満ちた地面を伝って全体に散り、リザードマンたちを襲った。


「じゅらっ!?」


 悲鳴と、驚き。それから非難の眼差しがこちらを見る。

 広範囲に拡散した電撃の威力で倒れたリザードマンはいない。


 それでいい。

 今のはただの意思表示だ。


 完璧な不意打ちでこの場にいるリザードマンを倒したところで、なんの解決にもならない。

 言葉だけじゃ駄目だからって、暴力だけで解決できるわけでもない。


 そんなのは恨みを残すだけだ。

 それこそ、どちらかが死に絶えでもしないかぎり。


 過激なのも面倒なのも嫌だから、俺は突然の蛮行に戸惑いと怒りの眼差しを向けるリザードマンたちを見おろして、


「悪いがそこまでだ。その女は俺がもらう」


 せいぜい立派な悪役にみえるよう見栄をはり、堂々といいはなった。



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