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二話 メジハの町の興し方

「――駄目だ」


 きゅっとルクレティアの眉が吊りあがった。


「理由をお聞かせいただけますかしら」

「メジハ特産、妖精の薬草。だなんて売り出されたりしたら、有名になったりするかもしれないわけだろう」

「妖精族のことですか?」

「そうじゃない。いや、そうかもな」

「はっきりおっしゃってください」


 苛立ったような態度のルクレティアに、内心でびびりながら答える。


「この薬草のポイントは一点、妖精の鱗粉だ。知れば誰でも作れるし、思いつきだってするやつも出てくる。材料さえあればな」

「ですから。同じものを作ろうと妖精を捕まえようとする輩があらわれる、そのことを危惧されているのではありませんの?」

「それもある。ちなみに、そうなったらどうするつもりだ」

「取り締まってしまえばよろしいのですわ」


 ルクレティアはいった。


「妖精の薬草で手に入った利益で冒険者を雇います。それでギルドからの依頼として不逞な連中を捕まえてしまえばいいのです。そうやって町に冒険者が集まるようになれば、自然とそれらを相手にした商売も活発になります。人が集まるところが栄えるのは古来からの道理でしょう」

「なるほど」


 ルクレティアの考え方はひどく人間らしい。

 妖精を保護する、というあたりにその無意識的な傲慢さが透けていた。


 問題が起こることを前提として経済活動に組み込んで考えているのはさすがの抜け目のなさだが、


「なら、ルクレティア。自分たちがそういう立場になったらどうする」

「私たちが。ですか?」

「そうだ。妖精族は気まぐれな連中だ。今は仲良くしてくれてるが、すぐに興味をうしなうかもしれない。シィになにかあったらその時点で友好関係もおしまいってこともある。それで鱗粉が手に入らなくなったら、メジハはどうする。今度は自分たちで妖精を捕まえだすか?」

「それは、」


 ルクレティアが答えに詰まる。


「妖精の鱗粉が手に入る量だってそう安定するわけじゃない。頭打ちだって早いはずだ。そもそも町の根幹を成す産業なんてものに向いてると思えないんだよ」


 細々と売りだすならともかく、町の看板にするなどというのはあまりに不安定な要素が大きすぎる。


 そして、一度それを産業として興してしまえば、もう後にひくことはできなくなる。

 なにかの要因で妖精の鱗粉が採れなくなってしまったら、元の貧困に戻ることを恐れたメジハの町はなんとしてでもそれを手に入れようと躍起になるだろう。


 それまでの保護が一転、積極的な捕獲に傾くことだってありえる。

 人間でも魔物でもある俺だからわかる。人間はそういうことができる強い生き物だ。


「町を媒介して売り出すことを否定してるわけじゃない。だが、妖精の薬草の売り上げなんていつ無くなるかわからない。お前がメジハを栄えさせたいんなら、そんなものをあてにするより、もっと別のやり方を考えるべきじゃないか」

「……っ」


 反論を噛み殺した表情でルクレティアが引き下がった。

 自分の意見を否定されたことより、この俺に論破されたことに憤りを感じている顔だった。目つきがものすごく怖い。


「町を経由して売り出すことには別に反対してないからな。それでメジハに金が落ちることも。だが、さっきみたいな余計な面倒は招きたくないし、そのあたりについても少し考えてみてくれ」

「……かしこまりました」


 頭をさげる相手から周囲に視線を向けて、


「なにかあるか?」


 はい、と手をあげたのはスラ子だった。


「今のお話ですと、とりあえずできた分の妖精の薬草はメジハの道具屋さんに卸す形になるのでしょうか?」

「そうだな。それでもいいとは思うが」


 この町にも薬草を消費する需要は当然ある。

 前に話は通してあるし、ある程度の量や値段ならリリアーヌの婆さんでも買い取ってはくれるだろう。


 ちらりとルクレティアを見ると、


「それについては反対致しません。先ほどの件について、少し考える時間をくださいませんか。ご主人様に納得してもらえる案がないか考えをまとめてみたいのです」


 瞳のなかに冷たい炎の闘志が燃え上がっていた。


「わかった。じゃあ、とりあえず保留ってことでいいか」

「けっこうですわ。……ありがとうございます」


 まあ、今日明日ですぐに決めることでもないか。

 他からも特に反対する意見はなかったので、その日の話し合いはそれでお開きになる。


「それでは失礼致します」


 洞窟を去り際までルクレティアは悔しそうなままだった。


「マスター。ボクもいってきます」


 カーラが立ち上がる。


 最近、カーラはメジハで冒険者としての活動を再びはじめていた。

 前は嫌がっていたのにどういう心境の変化かはわからないが、暇な時間にはギルドの依頼を受けたりして頑張っている。


 俺からカーラに支払える給金は決して高くなかったし、カーラのそうした活動に文句があるはずもない。


「ん。気をつけてな。無理するなよ」

「はい。夕飯には間に合うと思います。じゃあ、いってきます」


 頬を染めてうなずき、歩いていく。

 先をいくルクレティアを追いかけるのでもなく、二人のあいだには微妙な距離。


 遠出のときにいろいろとあった二人だが、関係は以前のままだ。

 それどころか、むしろ悪化しているような節さえある。


 カーラが落ち込んでいたとき、遠まわしになんとかするよう俺にいってきたルクレティアだったが、カーラが元気になるとそれはそれで不満であるらしかった。理不尽きわまりない。


「ルクレティアさん、怒ってらっしゃいましたねー」


 二人がいなくなり、少し広く感じる室内でスラ子がいった。

 ああ、と俺はうなずいて、


「めっちゃくちゃ怖かったな」 

「でも、どちらかというと反論できない自分に怒ってらっしゃる感じでしたよ」

「そうか? もう少しで視線で人を殺せるレベルだったぞ」

「最近ずっとご機嫌斜めですからね」

「それだ。なんであんなにずっと怒ってるんだ、あいつは」

「そりゃあそうでしょうよ、ご主人」


 スケルが会話にはいってくる。


「カーラさんとご主人が床をともにしたってことくらい、いわれなくたって気づきます。ルクレティアさんが面白いはずがありません」


 当然のようにいわれ、スラ子からいわれたことを思い出す。


「またそれか。女として云々か?」


 女性同士の上下意識かなんだかしらんが。


「マスター、女を侍らせるということはそういうことですよ?」


 からかうようにスラ子がいった。


「それに、私やシィやスケルさんだって、たまには可愛がってもらわなければ困ります」

「お情けいただけるのをお待ちしてますよー」 


 スラ子やスケルだけではなく、シィまでじっとこちらに眼差しを向けてくることに言葉をうしなって、息を吐いた。


「早死にしそうだ」

「今夜から、マスターには栄養価の高いご飯を用意しますねっ」

「どうせならたーんと精がつきそうなやつがいいですねえ」


 あながち冗談にも聞こえない発言をかわしながら、魔物娘たちはなごやかだった。



「マスター。マスターが妖精の薬草を町興しに使いたくないのは、先ほどルクレティアさんにお話していたことが全てです?」


 食休みに身体をだらけさせていると、しなだれかかりながらスラ子が訊ねてきた。


「人間と魔物なんて、所詮は相容れないからな」


 俺は答える。


「あまり距離を近づかせないほうがお互いのため、ということですか」

「違うからこそ互いの距離をあけてるのが人間と魔物なのに、こっちの都合で引っ張りあわせるわけにもいかんだろ。なにかあったら責任なんてとれないからな」

「なんだかんだいって、妖精さんたちのことが心配なんですね」


 まさか、と肩をすくめた。


「俺は魔物だぞ。妖精連中だって、生きるのも死ぬのも自分たちの責任だ」

「ふふー」


 わかってますよといわんばかりにスラ子が頬をすり寄らせて、反対側からはシィがそっと抱きついてきた。


「いちゃいちゃするならまぜてくださいよ」


 お茶を淹れてきたスケルがその光景を見て口をとがらせる。


 スケルが今の身体になってから、お茶淹れはスケルの担当だった。

 骨だったころから淹れるのがあまり上手くなかったスケルだが、手癖なのか性格なのか、今になってもあんまり上達はしていない。


 スラ子が淹れるほうが味は上手いが、俺は文句をいったことはないし、スラ子も自分が淹れるといいだすことはなかった。


「こんな真昼間からいちゃついてどうする」

「ふふー。私はそれでもかまいませんが。なにかやることがありますか?」

「洞窟のノーミデスが起きてきてくれたらいいんだがな。縦穴のことについて話を聞いてみたい」

「あ、調べてみないといけませんもんね」


 去り際にエキドナが残しただけの台詞だからただの虚言である可能性もあるが、気にはなる。


「お呼びする方法ってないのでしょうか」

「呼んでも気づかないな。いつも寝てるから。まあ、一応やってみるか」


 もしかしたら、案外あっさりやってくるかもしれない。


 俺は洞窟の生活スペースから出て洞窟の広間に向かった。

 他にやることもないのだろう。スラ子たちも後ろからついてくる。


「ノーミデス――」


 ぽつぽつとスライムたちが自然発生して、あとはしんと静まりかえった暗い空洞に声をなげかけるが、反応は返ってこない。

 二、三度それを繰り返しても、結果はおなじだった。


「お休みみたいですね」

「そうだな。ま、別に急いでるわけでもないしな」

「残念です。ちょっと、私もお聞きしたいことがあったのですが」

「聞きたいこと?」

「はい。洞窟前の湖の管理について、少し」


 ああ、と思い出す。

 スラ子がエキドナに自分が湖の新しい管理者であるとうそぶいたとき、スラ子は自分が管理できないものだろうかとかいっていた。


「……それも今度でいいだろ。湖で目に見えておかしなことが起きたりしたらやばいけどな」


 水精霊を自分のなかに取り込んだスラ子にウンディーネのかわりに湖の管理ができるかどうかはともかく、スラ子がなにかをするということ自体に俺は慎重だった。


「そうですね。そうします」

「となると、やっぱり暇ってことですかい」


 足元に寄ってきたスライムをシィと一緒につつきながらスケルがいう。


「カーラさんのお手伝いにいっちゃいます? あ、でも今日はどんなお仕事か聞いてないですね」


 ギルドの実権を握っているのがルクレティアとはいえ、カーラはまだ登録したての新入りだし、半日仕事で夜には戻ってくるといっていたからそう難しい仕事ではないはずだ。

 ルクレティアに頼んで見入りのいい仕事をまわしてもらうとか、そんなことができる性格でもないだろう。ああいう間柄でもあるわけだし。


 恐らく、あまり危険ではないが地味な仕事を頑張っているところだろうから、俺たちがわらわらといけばかえって迷惑になりかねない。


「まあ、のんびりするか」


 遠出から帰ってきてからまだ一週間もたたない。

 たまにはそんな日があってもいいはずだ。


 そうこうしているうちに、ストロフライがやってくる日が近づいてきてしまうわけだが。


「そういえば、ストロフライさんはもうお帰りなんでしょうか」

「帰ってきてるんじゃないか? 竜の翼なら、十日もあれば世界中どこでもいって帰ってこれるだろうしな。……気をつけろ、竜の噂をすると地震が起きるっていうぞ」

「普通にありえるのが恐ろしいですね」

「嵐が起きたり、月が割れたりとかって話もある」

「なんでもありじゃないですか」


 しみじみとスラ子がいった次の瞬間だった。



「あーいあーんめいでーーーーーん!」



 山中どころか、近隣一帯を震わせて高らかに。

 絶対的強者の声が轟いた。



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