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二十一話 彼女の居場所の心の在処

「のりこめー!」


 朝の眠りは騒々しい声に蹴破られた。


「おきろー!」

「おこせー!」

「のっかれー!」

「やめんかああああああああ」


 寝台に突撃してくれる蹂躙者の群れに巻き込まれ、もみくちゃにされながら声を荒げる。


「おきたー!」

「ねかせー!」

「えいえんのねむりへー!」

「殺す気かっ!」


 両腕にしがみついてくる妖精たちを千切っては投げ、千切っては投げで抵抗。

 だがしかし、連中はいくらでも次から次にとびかかってくる。


「のっかれー!」

「のっかったー!」

「どんどんいけー!」 


 あ、死ぬ。まじで死ぬ。

 わらわらと群がってくる連中に容赦なく踏み潰され、圧迫された重みに意識をうしないかけているところに、


「マスターを殺さないで……」


 静かな声が響いた。


「あ、シィだー」

「おはよーおはよー」

「シィ、おはよっ」

「おはよう。……マスター、死んじゃう」

「そういえばなんかうごかないね」

「ひんじゃくだなぁ」

「そんなんでおんなをだけるのかー?」


 おい、最後のやつ。なんていったよ。

 息もできない状態からようやく解放されて、目の前にシィの感情のとぼしい顔。


「おはようございます、マスター」

「……おはよう。シィ」


 いつもどおりの挨拶に、なんとか返事をかえした。


「みんな、あっちいこー」

「すらいむべやー」

「こおらしちゃえー」

「おい、お前ら! うちのスライムたちに悪さしたら許さないからな! 聞いてんのか、お前ら! お願い、いじめないであげて!」


 小さな侵略者どもには俺の懇願などまったく聞こえない様子で、きゃははと笑いながら部屋から去っていく。


 残されたのは荒らされまくった室内と、俺とシィ。

 それからもう一人、


「……あんたはいかないのか」


 ため息をついてから顔を向けると、長髪の妖精はふんとそっぽをむいて、


「お前に指図されるいわれはない!」

「ああ、そうですか」

「勘違いするなよ。私はただ、責任者として引率に来ただけだ。お前の顔なんか見たくもないんだからなっ」

「はいはい。でも、シィの顔は見たかったんだろ」


 小憎たらしい態度はまるでミニ・ルクレティアといった様相だが、こっちのほうにはまだ随分と可愛げがある。

 俺がいうと、妖精の女王は幼い顔立ちを赤くして、


「それは、……そうだ! 悪いかっ。シィはもう仲間なんかじゃないが、知り合いだ! 知り合いが、知り合いの顔を見にきてなにが悪いっ」


 誰も悪いなんていってないし、シィに会いたかったと自分で白状してるようなものだったが、まあそのあたりはおいておくとして。


「馬鹿か、お前」


 寝ぼけ頭であくびをして、俺はいった。


「人間なんかが私を馬鹿にするな!」

「人間だろうが妖精だろうが、馬鹿は馬鹿だろ」


 肩をすくめる。


「仲間でも家族でもない。でも会いにいきたい。そういうのは知人っていわない」


 こちらを睨みつける妖精の女王と、心配そうに俺たちの会話を見守っているシィの二人を等分に眺めながら、教えてやった。


「そういうのはな、友達っていうんだよ」



 部屋を出て朝食にむかうと、ひどい惨状だった。

 どこもかしこも妖精たちがあふれていて、洞窟奥の生活スペースはほとんど占拠されてしまっている。


 食卓の前では、スラ子がカーラや目を覚ましたスケルと一緒に妖精たちを上手にあしらいながら、列に並べさせていた。


「なんだ、このありさま……」

「あら。よろしいではありませんか」


 騒動に我関せずといった表情で、テーブルに座ってティーカップを傾けているルクレティアがいった。

 というかこの女、どうしてこんな朝っぱらからなに当然って顔で食卓に並んでるんだ?


「少々、騒がしいことは確かですが。こちらにやってくるたびに鱗粉を落としてもらえるのですから」


 ルクレティアの言葉どおり、スラ子の前に並んだ妖精たちは、スラ子の指示に従ってぱたぱたと背中の羽の鱗粉を落としていっている。

 ルクレティアが持ち込んできた乾布の上に、すでに少なくない量の鱗粉が溜まっていた。


「これだけの量があれば、しばらく困ることはないでしょう。劣化しないよう適切な保管方法についても手は考えてありますので、ご心配なく」


 淡々という令嬢を俺はじろりと見やって、


「お前、前にのたまってたことを本気で企んでるんじゃないだろうな」


 まだ胸に隷属の呪印を持つ以前、ルクレティアは妖精の鱗粉を使ってメジハの産業を発展させるする考えを口にしてきたことがあった。


 ルクレティアは肩をすくめて、


「強制でもなく、妖精族のほうから無償で提供してくれるというなら、利用しない手はないと思いますが」


 それに、と続ける。


「妖精族との友好関係にはそれ以上の意味がありますわ。ご主人様がこの一帯で勢力を拡大するためにも有用でしょう」

「いつ、誰が、勢力を拡大したいなんていった」


 俺はこの洞窟とその周辺が平穏ならそれでいいんだ。というか、それがいいんだ。


「なにを小さなことを」


 冷ややかな目が俺を見た。


「私の主であるなら、一国を相手どるくらいの気概をお見せくださいませ」

「知るか。そんな契約はしてなかったぞ」

「あら。ご主人様は、契約がなければ女もお抱きにはなれませんの?」

「……いったい今の話から、どうしてそんな話に繋がる?」

「別に。ただの例え話ですわ」


 ルクレティアの冷笑。


「ともかく。せいぜいお気をつけを。アカデミーとやらの動きにも不審な点がおありなのでしょう」

「わかってる」


 諫言に息を吐いた。

 スラ子のことがあってうやむやになってしまったが、結局エキドナには逃げられ、あいつがこのあたりでなにを探っていたのかはわからずじまいだ。


「……縦穴がどうとかいってたな」


 洞窟の広間、そこにある地下へ通じる穴。

 そこは洞窟に長く住んでいる俺も足を踏み入れたことがない場所だ。


「なにか思い当たることが?」

「さあな。あそこの奥には俺もいったことがない」


 恐らくそこにも魔力の吹き溜まりがあるはずで、そこでは闇のなかに生息する魔物や獣が生態の食物連鎖を成立させているのだろう。


 だが、今まであそこから強力な魔物が現れたりするようなことはなかった。

 ノータッチだったのは、俺がほとんど洞窟の主導権を人間たちに握られていたからでもある。

 そして、その人間たちも特に対処をしてこなかったのは、その縦穴が特に危険ではないという判断がなされていたから。


 なら、エキドナの台詞はいったいなにを意味するのか。


「調査が必要かもしれませんわね」

「そうだな」


 あまり気はすすまないが。

 ぐうたらなこの洞窟の管理者、ノーミデスにも話を聞いてみる必要があるかもしれない。


「いずれにせよ、自衛は必要です。準備はしておくべきですわ」

「なにか知ってる話でもあるのか?」


 訊ねてみると、ルクレティアは眉ひとつ動かさず、


「お気になさいませぬよう。ただの一般論という話です。今はそれでかまいません」


 微妙にひっかかる言い方だったが、別に呪印に命じてまで聞き出そうとも思わなかった。


「そうしよう」

「そうしてくださいませ」


 気のない返事をかえす俺に、それから、と続ける。


「あちらについても、そろそろなんとかしていただけませんかしら」


 俺はルクレティアの真意を確かめようと視線を向けて。

 平然として冷然としたまま、ルクレティアはいった。


「ただでさえジメジメとした場所です。これ以上、陰気になってもらったらうっとうしくてたまりませんわ」


 俺は答えず、黙って今のやりとりの示す相手の様子をうかがった。


 妖精たちの鱗粉を集めているスラ子の隣でそれを手伝っているカーラ。

 この数日間そうだったように、その表情はなにかを思いつめてかげったままだった。


 ◇


 夜、俺はカーラを部屋に呼び出した。


「なにかご用ですか、マスター」


 やってきたカーラの表情は固く、暗い。

 遠出から戻ってきてからずっとカーラは落ち込んでいた。


 それをわかったうえで俺は声をかけられずにいた。

 声をかけないといけないということはわかっていたが、それでも迷いがあった。


 だが、それも終わりだ。

 うじうじ悩むのも、自分の器量のなさに苛々するのも。


「カーラ。実は俺は昔、立派な悪の魔法使いを目指してたことがある」


 肩を落として顔をうつむかせて、こちらからの叱責を待っているような相手に告げる。


「これでも、夢とか希望とか。そういうのも人並みにあったんだ。昔っから、自分に才能なんてないのはわかってたんだけどな」


 唐突にはじまった自分語りに、カーラが眉をひそめる。


「はい。……あの、」

「それでまあ、すぐに駄目だって思い知って。それでこんなところに引きこもってたわけだ」


 カーラは怪訝そうにこちらを見つめている。

 その相手に、


「それで。ちょっとまた目指してみようと思う」

「……なにをですか?」

「悪の魔法使いだ」


 恥ずかしい台詞を、まったく真顔のまま告げた。


「俺に才能なんてない。でも今は一人じゃないからな。小者らしく周りの力に頼って、頼りきって、それでもう一回、目指してみる」


 カーラは困惑しきった様子だった。

 まあ、自分が落ち込んでいるところにいきなりそんなことを宣言されても反応に困るだろうが。


「だから、今日から俺は悪の魔法使いだ。悪の魔法使い、見習いだ」

「……はい」

「悪ってのは悪だからな。自分のしたいようにするし、卑怯だし、我儘だ。そういうもんだろう」

「はい」

「だから、今からお前を抱くぞ」


 返事がとだえた。


 メドゥーサと視線があって石化したみたいに、ぴたりとカーラの動きが止まる。

 呼吸さえしてないような状態でしばらく静止して、それから見る見るうちに顔中が赤くなっていく。


「えっと。その」


 こっちまで恥ずかしくなってきたから、俺はことさらしかめっ面をつくって、


「お前の気持ちなんて知らない。お前がなにを考えて、なにを悩んでても知らん。お前が欲しいから抱く。それで、ずっと俺のそばに置く」


 カーラが大きく瞳を見開いた。


「――でも、」


 くしゃりとその顔が歪む。


「ボク、全然役立たずで。迷惑ばっかりかけて」

「そうだな。未熟だな」


 俺の台詞に泣きそうになる相手に、いっそ冷たくいい放った。


「だが、未熟なのも見習いなのも、俺だってそうだ。一人じゃなんにもできない。助けられてばっかりで、迷惑ばっかりかけてる。だからどうした?」


 一言一句をはっきりと、


「関係ない。未熟だろうがなんだろうが」


 器の大きさで優しくカーラを包み込む器量なんて、俺にはない。

 かといって、目の前の相手の気持ちをまっすぐに受け止めるような真似だってできそうにない。


 小者な小心者にできるのは、せいぜいこんな酷い言い草くらいだ。

 カーラの気持ちなんて関係なしに。

 自分の居場所なんてもので悩んでいるんだとしたら、こっちから強制的につくって押しつけてやる。


 それでも。

 ここにいてもいいのか、なんて。あんな台詞を目の前の相手にいわせるくらいなら、そっちのほうがまだマシだ。


 泣きそうな表情で俺を見たカーラが唇をわななかせて、


「……ボク、マスターのものですか?」

「そうだ」

「ここにいて、いいんですか。役にたててないのに」

「嫌ならでていけ。いるなら、二度とそんなこというな。俺はお前にエロいことして、ずっとそばに侍らせておくんだ。そう決めた」


 怒ったようにいうと、カーラが目を閉じる。


 頬を涙がつたって落ちた。

 目を開けて、


「そういうの、全然似合いませんね。マスター」


 俺は真面目ぶってうなずく。


「見習いだからな。そのうち似合うようになる。……自信はない」

「そうですね」


 こっそり最後に本音をつけくわえる俺に小さく苦笑を浮かべて、カーラは息を吐いた。


「聞いても、いいですか」

「なんだ?」

「……スラ子さんですか? それとも、ルクレティアが」


 途中で省略された台詞の意図を俺は正確に把握した。


 その二人からカーラのことを言及されていたのは事実だった。

 ルクレティアは今朝。そしてスラ子からは、スラ子がスケルをつくって倒れた、そのあとの「お願い」で。


 ――安心させてあげてください。


 それが俺に行動させたきっかけになったのは間違いない。

 だからこそ、俺にはこの場で堂々と嘘をついてみせる必要があった。


「いいや。違う」


 きっとそれが嘘だというのは見え見えだっただろう。

 カーラは少し困ったように笑って、


「わかりました」


 息を吐いた。


「――抱いて、ください」


 覚悟を決めた表情でささやいた頬が薄く染まる。

 恥ずかしそうに顔をうつむかせて、


「……あの。でも、こういうのはじめてで」

「ん」


 カーラが見せるあまりに初心な反応に、俺は内心でちょっとうろたえてしまう。


 さっきから似合いもしない偉そうな態度をとってはいるが。

 なんだかんだいって、カーラほど器量のいい相手を自分のものにするなんて事態に心が踊らない男がいるわけがない。


 外面にはりつけた余裕ある態度だってただの張りぼてだ。

 なんだかこっちまで焦ってきてしまい、


「じゃあ。とりあえず、こっちへ」


 呼び寄せると、カーラがぎこちない挙動でやってくる。

 緊張のあまり潤んだ瞳で、不安そうな上目が俺を見た。


 小動物じみた表情がとても可愛らしい。保護欲をかきたてて、それでいて壊してしまいたいと思うような――

 スラ子の影響で開眼された暗黒面が芽生えた。


「脱いで」

「……はい」


 震える声で、カーラは従順にしたがった。


 ゆっくりと上着を脱ぎ。ためらってから、下へ。

 俺の視線に気づいて、恥ずかしそうにうつむく。


 肌着になったカーラがそれに手をかけたところで、ぴたりと動きが止まった。

 下を向いたまま、ふるふると全身が細かく震えている。


 あ。やばい、いじめすぎたか?


「カーラ?」

「……ううっ」


 泣いてる!?


「お、おい。カーラ――」


 あわてて下からその顔をのぞきこんで、


「うがああああああああ!」

「ぎゃああああああああ!」


 聞き覚えのある咆哮に、心の底から悲鳴が出た。


「うー! ううううっ!」


 真っ赤にのぼせ上がったカーラの顔。

 くっきりとした眉が逆立ち、眼差しはすでに何度も見てきている獣のそれで。


「がー!」


 追い詰められてバーサーク状態になったカーラが飛びかかってきた。


「があああああああああ!」

「いやああああああああ!?」


 なすすべなく押し倒され、びりびりと身につけた衣服を破られる。


「やめてえええええええ!」

「ご主人、どうしましたっ!」


 悲鳴を聞きつけたスケルが戸口にあらわれたかと思うと、


「おやまあ。お熱いですねえ」


 おっとりした目尻をさげ、にんまりと笑って口元に手をあてた。


「見てないで、た、助けろ! スケル!」

「なにをおっしゃいます」


 スケルはにやにやとしたまま、


「男と女が愛し合うさまを邪魔するなんざできませんよ」

「違うだろ! どう見ても違うだろ! これじゃあ、まるむぐぅっ――」


 強引に唇を奪われる。

 色気もへったくれもない、獣のような口づけに意識ごとかき乱されて、


「おぉ、情熱的な。ご主人、あっしもお情けをいただける機会、お待ちしてます」

「た、たすけ……!」


 空気を求めるようにあえぐが、カーラがそれを許さない。

 獣と化したカーラに襲われながら、なんとか逃れようと地べたをはい、開きかけた扉へと手を必死に伸ばして、


「ご主人。ここはひとつ、男らしく美味しくいただかれちゃってくださいな」


 スケルの残した一言とともに、ぱたんと閉ざされた。


「すけるうおまえええ、――いやああああああああ!?」


 残された部屋に、悲鳴が甲高く洞窟中に響き渡る。



 その日、俺は立派な悪の魔法使いを目指すことを固く心に誓い。

 しょっぱなから、またひとつ大きなトラウマを刻みつけることになったのだった。



                                                 2章 おわり

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