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三話 夜の森で楽しそうにはしゃぐ女の子(スライム)

 夜明けまで少し時間があったので、材料になる薬草なんかをとりにいくことになった。


 洞窟のなかを適当に見てまわるが、数日前に採取したばかりでめぼしいものが見当たらない。外に出て、泉の周辺で二人してごそごそと地面を這った。


「マスター、このギザギザの葉っぱは、もしかして」

「げ。マンドラゴラじゃないか。なんでそんなもんが生えてんだ。抜くなよ、絶対抜くなよ」

「わかりました」

「って、なんで力いれてるんだよ。死んじまうだろうが!」


 コントみたいなやりとりをしながら、目についたものを背中に抱えたカゴにいれていく。


「マスター、なんだか草むしりしてる姿がすごく似合いますね」

「そりゃ農家にでもなれっていう嫌味か? それともぼっち作業に慣れてることへのナチュラルな同情か?」

「どっちもです」

「おい」


 声をひそめているので、自然とツッコミも小声になってしまう。


 夜の時間は魔物の時間だ。

 けれど、それは決して俺たちの時間というわけじゃない。


 夜には魔物が跋扈する。

 そして、連中は決して穏やかな平和主義なんかじゃない。


 生きるために魔力を必要とする魔物は、そのために他の魔物を襲うことが「認められて」いる。人間どもには野蛮とかいわれるかもしれないが、これもまた数とバランスを整えるために必要なシステムだった。


 襲われたら、自分で身を守るしかない。

 襲われるのが嫌なら、相手が躊躇するくらい強くないといけない。

 それができないやつは、逃げて、隠れるだけ。


 魔物たちの世界はとてもシンプルに弱肉強食なのだ。


 今も薬草採取しながら、俺の警戒はマックスで全方位に照射されている。湖、森、どちらもふらりと魔物があらわれるには格好のシチュエーションだ。


「マスター、これ見てくださいっ」


 だというのに、スラ子は無邪気にそのへんから摘んだ花を頭に挿して喜んだりしている。

 こいつは、ここでこんなことをしてるだけでも相当危ない状況だってことがわかってるんだろうか。……いや、可愛いけど。


「マスターもどうですか?」

「いらん。いらんといっとろーに」


 くすくすと笑いながらじゃれついてくる不定形をあしらいながら、思う。

 今のスラ子は子どもっぽい。だというのに、やたら大人びていたり、怪しい雰囲気だったりもする。


 もちろん生き物っていうものは、~~だ、なんて一言でくくれてしまうほどそんなに単純じゃない。

 二面性、多面性なんてものはむしろあって然るべきだが、スラ子の場合、生まれたてだからということがそれに関わっているかもしれなかった。


 スラ子はスライムだ。

 不定形の性質を、スラ子は自分で自分の姿に留めている。


 基本の容姿はこちらで用意したものだが、それを受け入れるかどうかはスラ子自身が決めることだ。


 ――もしかしたら。さっきの魔力吸収の一幕も含めて、スラ子は不安なのかもしれない。

 自分という存在をつかみかねているのかもしれない。


 そんなことを思った。


 だとしたら、それを見守ってやるのは製作者である俺の責任だ。

 スラ子は大事な――研究成果なんだから。


 ……。


 ふと気づいたら、顔や頭に花やら葉っぱやらを盛られていた。


「スーラー子ー!」

「だってマスター、いくら呼んでも返事してくれないんですもんー!」


 楽しげに笑う。そんな様子をみれば、そんなのはただの杞憂かもしれないと思えたけれど。

 とにかく、しばらくは慎重に、スラ子を見守ってやらないと。


 ふと、スラ子の表情がするどくなった。


「スラ子?」


 泉の奥をみつめて、目をほそめる。

 スラ子の視線をおうようにそちらをうかがって、気づいた。

 真っ暗にしずんだ森になにかかすかな光がまたたいている。


「魔力……か?」


 その残り香のような、わずかな放射光。音はないから、近くで戦闘かなにかがあったわけじゃない。


「人間、でしょうか」

「……どうだろうな。連中が夜に森に入るとは思わんが。それに、あいつらは夜目がきかない。松明かなにかでわかる」

「――ちょっと私、見てきます」


 そちらに向かおうとしたスラ子の腕を、あわてて後ろからひきとめた。


「おい、スラ子。ほっとけ。どうせウィスプかなんかだ。それか、泉から流れてきた妖精だろうよ」


 あやうきに近寄らず、だ。

 下手に顔をつっこんで危ない目にあったらたまったもんじゃない。ビビリと、ヘタレといわれたようが、弱者には弱者の生き方というものがある。


「大丈夫です。影からこっそり。マスターは、先にお家に戻っていてください」


 スラ子がいった。


 ……これは、好奇心か? それとも、これも情緒不安定な一部分だろうか。

 ともかく、今の時点でわかっていることは、そんなスラ子を一人でいかせるわけにはいかないということ。

 いうことを聞けと怒鳴りつけることが最善かどうかもわからない。


 だから、ものすごく思いっきりため息をついて、


「馬鹿。お前を一人になんかさせられるか。……ちょっとでも危ないって思ったら、すぐに戻るからな」


 湿り気のある手をとって歩き出す。


「マスター、格好いいです」

「なんかヤバい魔物だったりしたら、そっこーで逃げるからな、お前は死んでも俺を守れよ。壁になるんだぞ、壁に」

「マスター、格好よかったのは一瞬でした」


 びくびくとスラ子の身体によりそいながら、夜の森をすすむ。



 光は、ふらふらとたよりなく森のなかをさまよった。

 そのあとを音をたてないよう追いかけながら、ふと嫌な想像を考えてしまう。隣を歩くスラ子も同じことを感じたらしく、艶のある声がささやいた。


「――なんだかわくわくしますね」


 全然ちがった。


 スラ子に生まれた知性のもとになったのは、俺の知識や経験。

 根本となっているものは同じはずなのに、なんでこんなにも感性が違うのだろう。不思議だ。


 そのうち研究して学会に発表しよう。呼ばれるようなことはないだろうけど。


「死に誘う鬼火かもしれない。気をつけろよ」


 音や色、匂いで獲物を誘い出して罠にかけるなんて話、大昔からありふれている。


 注意深く足元をたしかめながら進むうちに、徐々に前をいく光がよわまっていった。

 点滅するように二、三度またたいて――落ちた。


 スラ子と目をあわせて、かけよる。

 長くのびた森草にうもれるようにしてそこにいたのは、


「妖精じゃないか」


 小さな妖精が、二枚の羽をうっすらと輝かせていた。


 妖精。森の奥に集団をつくって生息するその魔物は、臆病なくせに好奇心旺盛、人懐っこいくせに警戒が強いという気まぐれな存在だった。


 いたずらものとしてよく知られているとおり、悪さをすることも多い。

 小柄な体格からわかるとおり力は弱いが、存在が精霊に近いから魔力が強い。殺意まで向けられることはほとんどないが、怒らせたら怖い、というのが通説だった。


 森の奥に妖精たちの住処があるのは知っていた。

 しかし、その妖精の一匹がなんでこんなところに倒れているのかがわからない。


「怪我は、……ないな」


 身長と同じくらいの大きさがある蝶羽に触れないよう気をつけながら、確かめる。妖精が放つあわい光のもとで、身につけたひらひらの衣装にはとくに敗れたりしている様子はなかった。


 死んでもいない。

 薄い胸が上下するたびに、背中から生えた翼も連動しているからだ。光をともなった鱗粉が宙に舞い、輝きをなくしてかき消えた。その鱗粉は魔力からできている。


「……気をうしなってますね。衰弱、というふうでもないようですが」

「魔力の流れもおかしくはないな。森のなかを迷って、疲れでもしたか」


 森を住処にする妖精が、そんなことあるもんかとは自分でも思うが、別にそんな間抜けな妖精がいたって悪いわけじゃない。


 ともあれ、光の正体はわかったのだから、いつまでもこんなところにいる理由はない。


「よし、帰るぞ」


 俺はスラ子をうながしてその場を去ろうとした。


 もうすぐ夜が明ける。

 夜明け前は特に魔物たちの動きが忙しくなる時間帯だ。

 寝るやつもいれば、帰るやつもいる。それを狙って待ち伏せるやつもだ。

 人間の集落を襲ってきた魔獣の帰り道にばったり遭遇なんかした日には、ついでとばかりに胃袋におさめられてしまっても文句はいえない。


 帰宅をせかす声が聞こえない様子で、スラ子は倒れた妖精を見ている。


「おい。スラ子」

「はい、マスター。でも――この子が」


 俺は顔をしかめた。


「……もうすぐ朝だ。運がよければ助かるだろ。もしなにかに襲われることがあっても、こんなところで倒れたやつが悪い」


 冷たい言い方だが、魔物なら誰だってそう考える。

 むしろ、「助けてあげた」なんて見下されることのほうがよほど屈辱だ。そんなことがあとで知られれば、その一件で決闘ごとにだってなりかねない。馬鹿らしいが、魔物の世界では実際にそれで血を見るようなこともある。


 もし、スラ子がそんな血迷ったことを言いだすなら、俺にはそれを叱ってやる責任があった。のだが、スラ子は俺の言葉に首を振って、


「いえ。そうではないんです。マスター、妖精の鱗粉は、とても貴重な原料になるんですよね」

「ああ。……そうだな。なにか袋を持ってくればよかったか」


 妖精にとって背中の羽はとてもデリケートなものだから、勝手に触れたらものすごく気分を害してしまう。

 相手が寝てるうちなら、少しくらい羽についた鱗粉を頂戴してもバレやしなかっただろう。


 貴重な材料だし、単品でも高く売れただろうに。

 実にもったいないことをしてしまった、と痛恨の思いでいる俺に再び首を振って、


「そのことも、なんですけれど。――妖精は、とても魔力が強い生き物ですよね?」

「まあ、そうだな。存在が精霊側に近いからな」


 答えながら、相手がなにをいいたいのかがわからない。相手からの説明をまっていると、なにか考えるようにしていたスラ子が顔をあげた。


「なんだ?」

「はい。いいことを思いつきました」

「ほう、いってみろ」

「さきほどの、マスターの負担を軽くする方法です」


 いって、スラ子は妖しく微笑んだ。


  ◇


「ひぁ――」


 かすれた嬌声が響いた。

 薄暗い室内に、湿った気配がうごめいている。


 二人分の吐息。声。温度がないまぜにからまって、ゆっくりとその場の空気をかきまわしていた。


「ふふ」


 淫靡に笑うのは、スラ子。


 扉をあけたすぐそこでおこなわれているものは、性行為ではなかった。


 妖精には性がない。あるにはあるが、妖精はある一定のときになると、自ら性を決める生き物だった。

 それまでは男も女もない。中性、というよりは無性。


 さきほど拾って帰ってきた妖精には、まだその性の分化がなかった。

 男でも女でもない存在を包み込むように後ろから抱いて、スラ子が全身でじっくりと相手を愉しませている。


 その光景は、そういうあれじゃないはずなのにとても官能的で。背徳的で。

 ていうか、目に毒すぎるだろう。


 飛び込んできた光景から意識をそらそうとしながら、俺はさきほどのスラ子の発言を思い出していた。


  ◇


「――妖精を、飼う?」


 聞き間違いかと思ったそれに、はい、と真面目な顔でうなずいた。


「猫を飼うみたいに。簡単にいうな」


 渋面でいうと、スラ子が苦笑する。


「猫とちがって餌代はかかりません」


 妖精は後ろの羽から大気にある魔力を呼吸して生きている。在り方が精霊に近いというのは、そうした生態をいわれてのものだ。

 もちろん、猫や餌なんていうのはただの冗談だ。俺は厳しい顔つきをつくって、スラ子に問いただす。


「妖精から、魔力を供給しようっていうんだな」


 スラ子はこくりとうなずいた。


 妖精は高い魔力を内包する。しかも本人たちはそれを日々、自然に大気中から取り込んで回復できるのだから、生かさず殺さず、もし妖精がずっと協力してくれるというのなら、たしかにスラ子の魔力を補充するためには最適な存在かもしれない。


 だけど、


「ダメだ。危険すぎる」


 俺がそういったのにはもちろん理由がある。


「妖精ってのは同族意識が強い。仲間がどこかに捕まってるなんて知ったら、めちゃくちゃ怒って攻めてくるぞ。あいつらは数も多いし、強い。情けないが、一対一でも俺じゃ敵わない。敵をつくるな、そういったのはお前だよな、スラ子。それは人間以外だってそうだろう」

「はい、マスター」

「それに、妖精それ自体が気まぐれの気分屋だ。もちろん個体差だってあるだろうが、大人しく協力なんかしてくれるわけがないし、捕まっておくようなやつらでもない。寝てるのを連れて帰るのは簡単でも、そのまま留めておくのは無理だ。そういう専門的な仕掛けやら道具でもあれば話は違うけどな。それで逃げられて、仲間に洞窟の場所を報告されて」


 おおげさめに手をひろげてみせる。


「ジ・エンドだ」 

「はい、マスター。そのとおりです」


 平然と同意してみせるということは、スラ子にはそうでない考えがあるということだろう。

 俺は黙って、スラ子の話をうながす。


「妖精たちと敵対するわけにはいきません。かといって、自由奔放な妖精が、魔力の供給なんてメリットのない面倒な話を引き受けてくれるとも考えられません。ですから――」

「ですから?」

「説得します」


 ため息がでた。


「連中がどういうやつか知らないからそんなことがいえる。あいつらは子どもだ、ガキだ。ガキってのは怖いぞ。理屈じゃないからな。なにが楽しいのか、なんでそんなことをするのか理解不能だ。意味不明だ。こないだなんて、いきなり大勢で洞窟におしかけてきやがって、俺の大事なスライムちゃんたちを目につく端から凍らせていきやがった。スライムちゃんたちにはなんの罪もないのにだぞ!?」


 同情するような視線をむけられる。


「マスター、完全にいじめられっこじゃないですか」

「ちがう、俺が遊んでやったんだ! ……ともかく、説得なんてきく相手じゃない。無駄だ、無駄」

「言葉で通じないなら、身体に教えこみましょう」


 スラ子は笑顔で、とんでもないことを言い出した。


「スラ子。あのな、お前はちょっと特殊な能力があるくらいで、力も魔力も普通にスライム並なんだからな」

「はい」

「勝てると思うのか?」


 絶対に無理だ。

 俺の大事なスライムがそうだったように、一発で凍らされて終わりだ。


「だからこそです。マスター」


 スラ子はいった。


「普通に妖精と対峙すれば私なんかじゃ敵いません。でも、今なら違います」


 足元に眠る妖精をしめして、


「今なら、簡単にとりこむことができます。魔力の元となる羽を私の身体でおおって、口もふさげば、力そのものは非力な妖精です。抜け出すことはできないでしょう」

「それでどうする。まさか、ずっとお前の体内に閉じ込めておくわけじゃないだろう」

「それから、なんとか協力してもらえるようにお願いします」

「……身体にか」

「身体に、です」


 さっきの出来事を思い出す。スラ子の表情は、欲情に満ちて襲いかかってきたときとまったく同じだった。


 ――このスライム、マジで怖い。誰だよ、これ作ったの。


「もちろんリスクはあります。けれど、きっとこんなチャンスはもうないと思います。最終的な判断は、マスターにお任せします」


 スラ子の台詞は責任逃れではなかった。

 俺がイエスといっても、ノーといっても、スラ子はその判断にたいして全力で応えてくれるだろう。


 自分の意見を伝えて、そのうえできちんと主人をたててくれる。いい僕だ。

 なら主人である俺は、きちんと判断してみせないといけない。


 妖精を手に入れられるというのは、スラ子のいったようにチャンスではあった。

 スラ子の魔力補給というだけじゃない。妖精の鱗粉は稀少な原材料だし、高くも売れる。がめつい竜族にイビられながら金欠生活をしている身分としては、なによりありがたい。


 だが、それも全てスラ子の「説得」がうまくいけばの話だ。

 生まれたばかりのくせに恐ろしい、スラ子の房中術については自分の身体で嫌になるほど味わったばかりだったけれど、それが妖精に通じるかなんてわかるわけがない。


 ダメだった場合。

 捕まえた妖精に逃げ出されたりしたら、その時点で俺には身の破滅がまっている。


 あまりにリスクが高すぎる賭けのように思えた。


「……もし、お前の説得が通じなかった場合はどうする」


 帰ってきた返事は簡潔だった。


「そのまま消化してしまいましょう。森のなかで妖精がいなくなることなんて、よくあることでしょうから」


 その笑顔はいつものように、優しげで、同時に底知れない気配。


 スラ子の半透明な身体。

 水の色の瞳孔に、水面のようにうつりこむ自分自身を見るようにして。


 俺は判断を伝えた。


  ◇


 ――その結果が、目の前でくりひろげられているこの光景だ。


 なんというか。

 なんといえばいいのか。


 ただただ言葉にならない。


 色々な意味で筆舌につくしがたい、その目の前の淫らな出来事にどういう反応をかえせばいいのか心のなかの誰かに問いかけて。


 俺はそっと目の前の扉をしめた。

 心のドアにも厳重に鍵をかけて、なにも見なかったことにしてその場を去る。


 ヘタレといえばいえ。

 最低とののしるならののしるがいい。


 一時の現実逃避に逃げ込むために、俺は別室にいるスライムたちの様子を見にいくことにしたのだった。



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