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七話 大掃除には魔が巣食う

「ご主人!」


 まったくの唐突にこちらに呼びかけてきたのは、見覚えのない相手だった。


 白く透き通った――通りすぎているような肌色。

 同じ色の髪が長くて、ただし前髪がちょっと伸びすぎて顔の右半分にかかってしまっている。


 おっとりとした垂れ目がこちらを見て、


「ご主人っ」


 どうも俺のことをいっているらしいが、そんな呼ばれ方をしてくる相手に覚えはなかったので、


「それは俺のことか?」

「ご主人に決まってまさぁ!」


 にんまりとした、人懐っこい笑い方。

 まさかこの歳で物忘れがはじまってしまったのかと凝視してみるが、やっぱりこんな相手に知り合いはいない。過去にも、現在にもだ。


「えーとだな。はじめて会う相手にそんな呼ばれ方をする理由はないと思うんだが」

「なにいってるんですか、あっしです! スケルです!」


 ……スケル?


「スケルって。……スケルトンの? あの壊れかけの?」

「さようでっ。ご主人がろくにテクもありゃしない指先で一から組み立ててくれた、あのスケルでさ!」


 なにか男として非常に不愉快なことをいわれたような気がしたが、俺にあったのはそれ以上の驚きで、


「スケル、お前――女の子だったのか」


 なんでしゃべってるんだとか、髪とか身体とかどうしたんだとかいうそんなことよりも、そっちのほうがびっくりだった。しかも普通に可愛い。


「なにいってんです、そんなの骨格みれば一発でしょうよ」


 わかるか、んなもん。


「こちとら別に骨フリークってわけでもないんだ。しかし、いったい全体どうしたんだその姿。可愛いじゃないか」

「ほんとですか? へへ、嬉しいっすね」


 照れたように鼻の頭をかいて、


「実は昨晩、ついにお迎えが来たんですがね。そこでもっとご主人のそばにいたいなーっなんて思ったら、なんかこんな感じで復☆活できちゃいまして」


 えらく簡単だな。復活。


「これもあっしのご主人への愛あっての賜物です」

「マジか。愛ってすごいな」

「へい、愛は無敵、素敵、強敵ですぜ!」

「最後のはちょっと違わないか」

「狂的のほうかもしれませんねっ」

「もっといらんわ」


 そういうふうになりそうなのを身近に知ってるから余計のことやめて欲しい。


「しかし、そうか。スケルは女の子だったのか」


 もう何年ものつきあいになる相手だが、衝撃の新事実だ。

 スケルトンに男も女もないだろ、なんて当たり前のツッコミは俺の頭には思いつきもせず、


「となるとスケルなんて名前はちょっとあれだったな」

「ご主人のセンスだと、『スケ子』なんてつけられそうでそれはそれで悶絶もんですがね」

「失敬な。そんな名前にしたりするか」

「おや、そうでしたか」

「ああ。スラ子と紛らわしくなるからな」

「そこでご自分のセンスには一抹の疑問もおぼえないあたり、さすがっす!」


 満面の笑顔でなんかいってくるが、気にしない。


「そうだな。スカリーなんてのはどうだ」 

「微妙っすねえ」


 かなりいい名前だと思ったんだが。


「まあ、名前なんてどうでもよろしい。そんなことより――」


 白色美少女が、すすす、と俺に近づいてきて、


「ご主人」

「なんだ。スケル」


 今まで長く過ごして来て一言も会話ができなかった相手とこうやって話せていることは、なんだか感慨深いものがあって、俺はちょっと優しい気分になっていた。


「あっしもこうして復☆活できたわけですが」

「ああ。嬉しいな。その☆をなんとかしてくれるともっと嬉しいんだが」


 俺のなかの優しい気分を台無しにしてくれそうなくらい、なんかこうイラッとくるもんがある。


「了解しやした。それでですよ。こんなふうに身体をもったからには、体験したいことだってたくさんあるわけです」

「まあ、そうだろうな」


 スケルトンは食事もしないし、水も飲まない。

 いったいどうしてスケルがこんなことになったのかはわからないが、身体がある以上そういったものも必要になってくるだろう。


「そうだな。美味い食事とかな。お前には今まで頑張ってもらってきたし、少しは金にも余裕があるから、なんかいい肉でも買ってきて――」


 うちの家計を握っているのはスラ子だが、スラ子もスケルの再誕生?の日くらい贅沢するのも許してくれるだろう。


「ご主人。ご主人」

「なんだよ。ああ見えてスラ子は贅沢には厳しいんだ。うまい言い訳を考えるからちょっと待て。最終的には土下座も辞さない」

「いえ、そんな全力でプライドを捨て去ってまでしていただかなくてもけっこうでさ」

「なにいってんだ。誕生日だぞ。祝わないでどうする。他人を祝って、ついでに自分も久々にいいモン食うんだ。これぞウィン・ウィンってやつだ」 

「他人のお祝いを出しにしようってあたりがとんでもなくコスイですねぇ。祝ってもらえるのは嬉しいんですが、もっと別のことでもかまわないってことで」


 ぴたりと身体をすりあわせてくる。


「……別のっていうのは。つまり」

「ふふ、それを聞くのは野暮ってもん。肉の悦びってやつで」


 ――どうして、こう。俺の周りにはこういうのしかいないんだろう。


「なにいってんですか。あっしをつくったのはご主人ですよ。つまりこれはご主人の内心にある潜在的な思いってやつに他なりやせん」


 どっかの誰かがいったようなことをいいやがる。


「つまり、ご主人はむっつりスケベ!」

「むっつりでなにが悪い」

「別に悪くなんかございやせん。むっつりだろうがなんだろうが、がっつりと味わっていただければいいだけのこと」


 おっとりした眼差しのまま好色そうに笑って、スケルが顔を近づける。


「ご主人。あっしにお情けをくださいな」


 細く長い指先が扇情的に顔半分にかかった髪をかきあげる。

 そこにあったのは、肉の色。 

 周辺がそぎ落とされた眼窩と、それをかたどる白い固形。なかには虚無。


「――骨まで愛して?」



「ゾンビじゃねえか!」


 起き上がって叫んだ目の前にシィのびっくりした顔があった。

 少し前に性分化を経たばかりの幼い表情が、突然の大声に身をすくませている。


 あれ、と周囲を見回してみる。

 自分の部屋。自分の洞窟。白色の美少女なんているわけがない。


「夢かよ」


 なんて夢を見てるんだ、俺は。


「……嫌な夢、見たんですか?」


 心配そうにシィがいった。


「ああ。いや、嫌な夢っていうか――判断が難しいな」


 スケルが女の子になって迫ってくるという。

 夢を見るシステムについては色々といわれてはいるが、俺はそのなかで俗説として知られているひとつを深刻に思わざるを得なかった。


 夢はその人物の願望をあらわす。

 ……欲求不満?


 頭にやわらかい感触がして、目線をあげるとシィが頭をなでてくれていた。

 自分より幼い相手からこういうことをされるのは妙にむずがゆいというか、いやシィは俺より年上だから全然オーケイではあるんだが。だがしかし。


「私も。夢、見ました」


 シィが辛そうにしていた。


「……嫌な夢か?」


 訊ねると、聞き取れないくらいの小さな声で、はい、とうなずく。


 俺は黙ってシィを招きよせてその頭をなでた。

 胸元におさまって、最初は身体を固くしていたシィが、ゆっくりとその緊張をといていく。

 ふぅ、とため息のようにも、安堵のそれともとれる息を吐いた。


 うん。やっぱりこっちだ。

 小さな相手に撫でられるより、小さな相手を撫でるほうがいい。


 だが勘違いしないで欲しい。

 これは決して性的な意味ではなく、いわば生物が皆持ち合わせている一種の父性愛的な行為に他ならないわけであって、


「――――」


 無言のプレッシャーを感じて、はっと顔をあげる。

 扉のところに立った笑顔のスラ子と困惑した様子のカーラがこちらを見つめていた。 


 ◇


「それは欲求不満ですねえ」


 今朝俺が見た夢のことについて、スラ子はあっさりとそういった。


「そうだとしても仕方ないだろうな。なにせ毎晩、お前らが部屋に来てるんだ。そうならないほうがおかしい」


 じろりと半眼を向けると、スラ子はスラ子で不満そうに、


「ですから、昨日はマスターもご一緒にってお誘いしたじゃありませんか」 

「お前はどうして俺をそうダークサイドに引き込みたがるんだ」

「ふふー。だってシィもそのほうが喜びますから」


 スラ子の台詞にふと見ると、シィとカーラが顔を真っ赤にしている。

 当然の反応だ。みんながみんなスラ子みたいだったらとても俺の気がもたない。


 それにあれだ、朝っぱらからみんながいる場所で話すことでもなかった。


「まあいい。今日はルクレティアから報告が来るかもしれない。昨日いった調査に向かうのはそれを聞いてからだ。待ってるあいだに、みんなでカーラの部屋の準備をしておくぞ」

「わかりました」

「はい。ありがとうございます」


 声は二つ、声のない返事も二つ。

 卓についたシィの奥、給仕のように控えてかたかたを骨を鳴らしているもう一人を見て、


「スケルには重たいものは持たせられないから、気をつけてやってくれ」


 変な夢を見た罪悪感ってわけでもないだろうが。

 少しでも長く生きて欲しいというのは、単純に俺の思う願いだった。



 それから食事をすませて、俺たちは物置部屋の片付けをはじめた。

 俺がこの洞窟に来たのはもう五年も昔になるが、男の一人暮らしで掃除なんてまともにやるはずがない。


 スラ子たちがやってくるまで、そういう細かいことをしてくれていたのがスケルだったのだが、物置というのはとりあえずいらないものを突っ込んでおく用途の場所だと俺は思っている。


 当然のようにそこはひどいありさまに成り果てていて、


「なんでしょう。人一人くらい死体で出てきそうな感じですね」


 呆れ果てた様子のスラ子の台詞に、カーラが困ったように苦笑いしている。


「一年前の食料くらい出てくるかもしらん」

「こんな湿気ばかりのところで、なんということを……恐ろしいものがでてくる前に、魔法で片付けちゃったほうがよかったりはしませんか?」


 こんな洞窟で焚き上げでもやるつもりか。


「使えるものだってあるかもしれないから、一応確認しておこう。アカデミーの会報とかもかなりたまってるだろうし」

「また読むことはありそうなのです?」

「たまにスライム特集やってたりするからな。そのうちそこの記事だけ切り抜きしようと思ってたんだよ」


 スラ子がため息をついて、よし、と気合をいれた。


「わかりました。じゃあ、一気にやっちゃいましょうっ」


 ……


 …………


「ままま、マスター! 黒くてはやい! あれはいったいなんですか!?」

「しらん! あんなもん見たことないぞ! でかいし速い! ええい、化け物かっ」

「シィ、気をつけて! ばっちいから触っちゃダメですよ! ああ、カーラさん、泡を吹いて倒れないで、スケルさん介抱してあげてくださいっ」

「ぐはあああ。なんだこのネバネバはああああああ」

「きゃー! マスター! マスター!」



 阿鼻叫喚の掃除には結局、半日以上かかったのだった。



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