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三話 予兆

「竜を、利用する――」


 耳にした言葉をたしかめるようにスラ子がつぶやいた。

 カーラとシィも声をうしなっている。直接ストロフライと会ったことはなくとも、それがいかにとんでもないことだということかはわかるのだろう。


「そんなこと。できるんですか?」


 真剣な表情で訊ねてくる相手に、俺はさわやかに微笑んでみせる。


「できるわきゃない」


 スラ子ががっくりと肩をおとした。


「なんですか、それは」

「前にいったろ。ありゃ災害だ、自然そのものだ。利用しようなんて考えそのものがまず間違ってる」

「……でも、エキドナさんはそうお考えなのですよね?」


 俺は苦々しくうなずいて、


「だからやっかいなんだ。あの女は」


 この場末のダンジョンが人間と魔物双方から積極的な介入をされていない理由の一つに、山頂の黄金竜の存在がある。


 下手になにか大きな動きをみせて、それがもし頂にいる相手の目についてしまえばその時点で滅ぼされてしまってもおかしくない。

 魔力の吹き溜まりを巡って争いを起こしている二つの勢力にとって、竜という個体はそれ単体でやっかいな存在だった。


 人間、魔物。そして竜。微妙なパワーバランスなどではなく、ただ竜の圧倒的な一人勝ちがこの山付近の現状だ。


 竜という生き物の威風には、それだけの力がある。

 誰も竜を敵にしたくはない。そうした怯えが、この土地に対するいずれからの干渉も控えさせていた。


「アカデミーもこの山の竜については不干渉のスタンスだ。そりゃそうだ、誰だって個人にケンカを売って組織ごと滅ぼされたくなんかない」


 自分でいっててあれだが、それが比喩でもなんでもないというのが恐ろしい。

 実際に、竜の滅ばされた国の例をあげれば枚挙にいとまがなかった。


 人間が竜を倒しただなどという眉唾物の話に比べれば説得力も段が違う。

 竜殺しの人間なんて誰も実際に見たことはないが、逆に竜に滅ばされた国や襲われた集落の跡地なら探せばいくらでも見つかるものだ。


「エキドナさんも、もちろんそのことはご存知のうえで?」

「そうだ。竜云々は完全にスタンドプレーってことだな。まあ、もし竜を味方に引き入れるなんてことができたら昇給どころじゃない。魔物の非主流として細々と隙間産業やってるアカデミーが、一気に魔物の最大勢力に躍り出ることになるわけだからな」

「ストロフライさんって、本当にすごい方なのですねえ」


 ちょっと想像が追いつかないのか、ぼんやりとした声でスラ子は息をはいて、


「エキドナさんとストロフライさんは、顔をあわせたことはないんですか?」

「ある。一度だけな」


 おお、と瞳をかがやかせる。


「どうだったのです? 無事にすんだということは、ストロフライさんも不快にはなられなかったということでしょうか」

「化粧臭い! の一言だったな」 


 スラ子はなんともいえない微妙な表情を浮かべた。


「それは――。命があっただけマシ、なのでしょうか」

「そういうことだろうよ」


 幸か不幸か、エキドナは竜の目にはかなわなかったということだ。


 それで諦めてくれたらよかったんだが、エキドナはそれからも事あるごとに山を登ろうとしていて、一度なんかそれでストロフライの炎に焼かれかけたこともあった。


「よくご無事でしたね」

「隣にいた俺はご無事じゃなかったけどな」

「……焼かれたのです?」

「……こんがりとな」


 直撃もしていない熱線の余波だけで、余裕で死にかけた。


 俺は肩をすくめる。


「まあ、そういうわけでエキドナはまだ諦めてない。竜のことも、それ以外もだ。自分の出世のためになると思えばどんどん口を出してくるし、もちろん口だけでもすまない」

「マスターの苦手なタイプですね」

「そうだ。勢力争いやら政治やらは、俺のいない場所でやっててくれ」


 結局はそういうことになる。

 竜の目が届かない範囲での人間と魔物の小競り合い。そんなものに関わりたくはなかった。


 俺にはスラ子やシィ、カーラ。そしてスライムたちが安全に過ごせる場所があればそれでいい。


「そのエキドナさんですが、なにかこの近くで問題が起きているようなことをおっしゃっていたようですが」

「いってたな。しばらくこのあたりに留まるみたいなこともいってたから、調べ物でもするつもりなのかもしれん」

「湖のことをおっしゃていたそうですが、なにか関係あるでしょうか」

「いや。それはない」


 洞窟前の湖から管理者の精霊が消えたのは、目の前のスラ子が捕食したからだ。


「ただ、湖の魔力のバランスが乱れてきてるってことについては、ちょっと考えないといけないな。ウンディーネはめいっぱい管理するタイプだったから、放置状態になってその反動がでてるんだろう。時間がたって次の管理者が生まれるまで、影響が洞窟のなかにまで波及してくるのが怖い」

「次の精霊さんがあらわれるまで、どのくらいかかるものなのでしょう」

「わからん。精霊の代替わりがあるって話は聞いたことがあるが、実際にはどんなものか見当もつかない。最悪、俺が死ぬまでずっと管理者不在ってこともある」

「それはちょっと困ってしまいますねー」


 ウンディーネを消化した本人がそれをいうのかとは思ったが、ツッコミはいれずにおく。


「いっそのこと、マスターが管理されたらどうですか?」

「俺がか? どんなふうにやればいいかさっぱりわからん。それに、俺はもともと研究畑だ。自分の魔力を扱う才能なんて壊滅的だぞ」


 うーん、と思案顔になったスラ子が腕を組む。


「まあ、湖のことはアカデミーがなんとかするさ。エキドナがなにかいってくるかも知れないし、それからでいい。気になるのはエキドナがここに滞在する理由だな。なにをやらかすかわからないのが怖い。勝手に問題に巻き込んで、あげくの果てに上のお気楽竜までそれに関わらせようとだってしかねない」


 そんなことになれば、こっちの身の上だって危険だ。


 あのラミア族の美女が分不相応な野望をいだいて破滅するのは勝手だが、こっちに火の粉を飛ばしてくるのだけはやめて欲しい。竜の火の粉ならそれだけで山火事だって起こしかねない。


「こちらから関わらないためにも、情報を仕入れておきたいところではありますね」

「といっても、このあたりの魔物と交流なんてないからな。妖精族は……」


 ちらりとシィを見て、表情から答えを読み取る。


「――難しいしな。様子見に徹しておくほうが賢明かもしれん。なにか動きがあれば、エキドナから連絡がはいるだろう」

「それだと後手になってしまいそうで怖いかもですが……」


 スラ子は半透明の頭を右に左にひねってから、


「ルクレティアさんにお願いしてみるのはどうでしょう?」

「ルクレティア?」

「はい。人間さんには人間さんの繋がりがあります。近くの村や町からなにか情報を拾えるかもしれません」

「ああ、なるほど。そうだな。じゃあ頼んでみるか」


 俺の台詞を聞いてくすりと笑う。


「マスター。ルクレティアさんはマスターのしもべなんですから。命令しちゃえばいいんですよ」

「そりゃそうなんだが。主人より偉そうな使い魔だからな」


 肩をすくめながら、俺はしばらく会っていない相手の居丈だけな眼差しを思い出していた。


  ◇


「ようこそいらっしゃいました。ご主人様」


 向かった町長の家の一室で、一週間振りに見たルクレティアは想像したとおりの眼差しでこちらを見据えてきた。


「本来ならば私から伺わねばならないところですのに、わざわざご足労をおかけして申し訳ありません」

「いや、別にいいんだ。忙しいみたいだな」


 町長の家に着いてからルクレティアに会うまで、少し待たされていた。 


「お待たせしてすみません、失礼致しました。町の方からお話を聞いている途中でしたので席を外せなかったのですわ。色々と祖父の手伝いをしていますので――。それで、本日はどのようなご用件でしょう。ご宿泊の予定でしたら、家の者にいって用意させますが」

「そうじゃない。ちょっと頼みたいことがあって来た」


 ルクレティアは形のよい眉を細めて、


「なんなりとご命令ください。私はあなたのしもべですわ」


 睨むような目つきでいってくる。


「助かる。この近くで最近おかしなことがないか、調べてみて欲しい」

「おかしなことといいますと、具体的にはなにかございますか?」

「いや、別になにかあるわけじゃない。そういう噂や情報があれば、教えて欲しいってだけだ」


 ルクレティアが沈黙するのに、俺は眉をひそめた。


「なにか変なこといったか?」

「……いえ。少し間がよすぎたので驚いただけですわ」 

「間?」

「つい先ほどまで聞いていた町の方から、そういう話があったばかりでしたので」

「へえ。どんな話だ?」

「森の様子がおかしい、という話です」


 ルクレティアがいった。


「一月ほど前、この近くの小さな集落の男性が、狩りにでてそのまま帰ってこなかったそうですわ」


 そんなことならよくある話だ。

 ぴくりとも眉を動かさない俺の反応をたしかめてから、ルクレティアが続ける。


「その後、同じ集落の人々が探しても見つからず。今度は別の人がまた行方知れずになり、再度、捜索隊が組まれてもやはり手がかりはなし。そして今度は、集落の人と親戚関係だというこの町の男性が一昨日から姿が見えなくなっています」

「一ヶ月で三人も?」

「はい。その集落のものと今回の失踪に関連性があるかどうかは不明ですが、まったくの偶然とは考えにくいですわ」

「親戚関係っていったな。なにか周囲と問題を起こしたりとかそういうのはないのか?」


 夜逃げ。あるいは怨恨。そういうことだってありえる。


 いいえ、とルクレティアは豪奢な金髪を振って、


「残念ながら、私は直接の面識はありませんが。祖父や町の方に聞く限り、そうした問題はなかったようです。二人がいなくなったという集落も、昔から仲良くさせてもらっているそうで」


 森のなかには魔物が徘徊している。

 人ひとりがいなくなるくらいなら日常茶飯事だが、それが立て続けに起こるとなるとちょっと普通ではなかった。


「場所は? どこの集落なんだ」

「バサ。ここから川沿いに北へ向かった集落ですわ」


 いったことはないが場所はわかる。

 森を迂回するようにして二日ほどの距離にある集落だ。


 ――森。

 メジハとバサ。どちらも、森に面している。


 脳裏にエキドナの姿がちらついた。


「一人目は森で姿を消したといったな。二人目と三人目もか?」

「それはまだわかっていませんわ、ご主人様」


 俺はふむ、とあごに手をあてた。

 三人の行方不明者。これが直接関係あるかどうかはわからないが、エキドナがいっていたことと繋がっている可能性もある。


「メジハは、それについてどう動くんだ」

「本決まりではありませんが、ギルドから捜索隊を出す予定です。バサのほうで捜索隊が失敗しているので、まずはそのあたりの情報を集めてからになりますが、数日中には送り出すことになりますわ」


 この町の人間がいなくなってから三日がたっているなら、数日という準備期間は決して早い日数ではないが、なんの手がかりもなく出かけたところで二次遭難が待っているだけだ。


 行方不明者の救出もだが、なにより今後同じことが起きないようにするための原因究明という意味合いが強いことを把握して、


「わかった。その情報、悪いがまとまったらこちらにもまわしてくれ」

「かしこまりました。それとあわせて、他にもなにか変わったことがないか人を使いますわ。近辺の情報収集も兼ねて確認しておきます」


 こちらがして欲しいと思うことについて、当然のように手を打ってくる。

 さすがにルクレティアは優秀だった。


「他にご指示はございますか、ご主人様」


 ただ、その挑みかかるような目つきだけはどうにかして欲しい。


「いや。とりあえずそのことだけでいい」

「かしこまりました」


 あまりのんびりしたい雰囲気でもない。

 用件だけ告げて部屋から出ようとした背後から、


「――本当に、お泊りにはならないのですか?」


 俺は振り返った。


 ルクレティアの言葉の意味をはかろうと表情を見るが、鋭い視線からはなにも読み取れない。


「町の外の人間が入り浸っていたら、いい噂はたたないんじゃないか?」

「貴方は私の命の恩人です。祖父をはじめ、町の人々にはそういうことになっております」


 だから?


「なんでもありませんわ」


 顔をしかめて忌々しそうにルクレティアは吐き捨てた。


「……明日、そちらをお伺いいたします」 


 怒った口調でいわれ、追い出されるように外へ出る。


 くすくすと耳元に声。

 なにがおかしかったのか、姿を消して俺の護衛についてきたスラ子が微笑を漏らしていた。



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