八話 女心とスラ子のチョップ
調査隊を率いてやってくるルクレティアをどうするか。
おおまかにすれば、その対応は戦うか、隠れるかの二択になるだろう。
元々、スラ子が立案した『ドキッ(略)』作戦では、調査隊をやりすごすまでが作戦の一環だった。
だが、ルクレティアが調査に乗り出してくるとなると、その作戦も修正しないといけない。
なぜならあの女は、自分が町での立場を固める足がかりとするために洞窟の調査に来るのだ。
調査にいってみました。なにもありませんでした。では実績にならない。
スライムが大量に発生していた原因をつきとめるか、それに至らないまでにしても、今後また似たようなことが起きる可能性があるかどうか。
そういったなにかしら意味のある確証を得られるまで調査を粘る可能性は高い。
すくなくとも、ちょっと調査して別に異常なんて見つからないし帰ろう、なんて適当さはとても期待できなかった。これは俺たちの見通しが甘かったということでもある。
さらに、ルクレティア自身が腕のある魔法使いという話だ。
王都の学士院で学んでいたというから、当然そのレベルが低いはずがない。
一口に魔法使いといっても、実戦畑と研究畑でだいぶ戦闘能力は違ってくるが、魔力の流れや違和感。そうした場の異常に気づく感覚は十分に高いだろう。
俺たちの住む洞窟、そのダンジョンにある仕掛けが今まで気づかれなかったのは、あくまでやってくる相手がすべてルーキーたちだったからだ。
いかにも勘の鋭そうなルクレティアが来れば、広間の奥にある隠し扉が気づかれてしまう恐れは十分ある。
そして、そうしたことを考えれば自然と結論は一つに絞られてしまう。つまり――
「結局は戦うしかないですね」
スラ子の言葉に、俺もうなずいた。
「あの女が気づきさえしなければ、なんて幸運に丸投げするのはリスキーすぎるからな」
だが、ルクレティアと対決するのはいいとして、負ければもちろんその時点で俺たちはおしまいだが、勝ったからといってもその後処理が大変だ。
ルーキーたちを生きたまま追い返すことにこだわったように、調査隊の連中だって殺してしまってはまずい。しかもそのなかに町の有力者がいたりなんかすれば、町側だって黙っちゃいないだろう。
もっと戦力を増強した調査団が送られて、それを撃退すればさらに戦力が増強され、それがエンドレスに続く。人間種族必殺の人海戦術といいやつだ。
「そのあたりについてはあとで考えましょうか」
「かまわんが。あてはあるのか?」
スラ子は妖艶な微笑を浮かべて唇を撫でた。
「やっぱり、最終的にはお願いするしかないかなと思ってます」
「……説得か」
ちらりとシィを見ると、恥ずかしそうに顔を伏せる。
「ふふー」
今からそのときを楽しみにしているようなスラ子になにかいう気にもなれず、話を進める。
「じゃあ、戦闘だ。あの女が俺みたいな研究畑か実戦もいけるタイプかで違うが、これもヤバいほうを想定したほうがいいな」
「腕の立つ魔法使い、ということになると警戒が必要ですね」
わざわざいうまでもないだろうが、魔法使いというのは後衛から支援、中遠距離攻撃を担当する職種のことだ。
「洞窟のなかだ。落盤を起こすような衝撃を与える類の攻撃魔法は制限されるだろうが」
「爆発で生き埋めとか怖いですね。もちろん、ルクレティアさん一人で来るようなこともないでしょうが、一緒にやってくるのは町に登録してる冒険者さんたちでしょうか?」
「王都にだってツテはあるかもしらんが、わざわざあんな遠くから呼び寄せる手間も金も考えると、あんまり考えられんな。近くのギーツあたりの街に応援要請って線もあるが、それにもどうしたって時間はかかる。予備調査ってわけじゃないが、まずは町ですぐに集められる戦力じゃないか?」
「もし近くの街から戦力を呼び寄せるくらいに日数があくことがあれば、そのときにはそのときで対応が必要ですね。ひとまず、手元の戦力で明日にでもやってきた場合のことで手一杯ですが」
「調査スキルに長けてるなんて都合のいい冒険者が、こんな辺鄙な町ですぐ見つかるとも思わん。一緒に来るのは基本は護衛役で、調査はルクレティアかその他が受け持つって感じだろう」
「十名以上でやってくるなんてことはないかもしれませんが、少数ってこともないですよね。どちらにせよ、難しい戦いになりそうです……」
すいすいと会話がすすむ。
最近思うことだが、スラ子とのやりとりならひどくスムーズにいく自分に俺は気づいていた。
スラ子が生まれながらに持っている知識は、俺の知識をベースにしている。
やっぱり、根底にある情報が同じだからだろうか。
もしかするとそれは、ずっと一緒に住んできた兄弟がときにあうんの呼吸で物事をすすめるようなものに近いのかもしれない。
「それに対してこちらの戦力は、私、シィ。それからスライムズと」
スラ子が俺を見る。俺はうなずいた。
「精一杯、陰ながら応援させてもらおう」
「たしかに、マスターにでてきてもらわれても困るんですけれど」
ちょっと眉をひそめて、スラ子は後悔するような表情になる。
「このあいだみたいな危ないことは、やめてくださいね」
暴走したカーラに飛びかかって投げ飛ばされたことをいってるんだろう。
「……当たり前だ。二度とあんな真似するもんか。だからたのむぞ。俺は弱っちいし、痛いのは嫌なんだ」
スラ子はくすりと笑った。
「はい。マスター」
まあ、あれだ。
俺が怪我なんかすればスラ子が動揺して、暴走してしまうというなら。俺はなにも危ないことをしないでいたほうがいいんだろう。
だが、このあいだみたいなことがもしまたあったとき、なにもしないでいられる自信はあんまりなかった。自分の命はもちろん、ものすごく大事だが。スラ子がやられてしまうのも、困る。
「しかし、最大で十人近くの冒険者さんを相手にするとなると、さすがに……魔物アカデミーの傭兵事業というのを緊急で頼むのにも、時間がなさすぎますよね」
「無理だな。ここからアカデミーなんて、王都にいくのと大差ない距離だ」
「となると、罠あたりですねー」
スラ子が腕をくんで頭をひねる。
しかし、罠を構築するのにも知識が必要だし、材料だっている。
それにこの洞窟は入り口から一応の最深部である広間までそう距離があるわけでもないから、罠をはる場所も多くはない。
場所がないならダンジョンを大きくすればいい、というわけにもいかない。時間もなければ金もない。人手だってそうだ。
主人が眠っているあいだにすべてやってくれるブラウニーなんて存在は、おとぎ話のなかでしか見たことはなかった。
「スライムたちを上手く誘導しての分断とか、そういうのをうまく考えないといけないな」
大事なスライムを危険な目にあわせるのは嫌だが、そうもいってはいられない。
「それにしたって、スライムの天敵は魔法使いだ。ようはルクレティアをどうするかって話になる」
「あの人には、私とシィで対抗するしかありませんね」
魔法攻撃に長けたスラ子と、魔法支援に長けたシィ。
たしかに二人でなら上級の魔法使いにだって対抗できるだろう。なにせ、奇襲とはいえ押しも押されもせぬ上級にカテゴリーされる精霊ウンディーネさえ倒したコンビだ。
「しかし、そうなると他の人たちを相手にできなくなってしまいます。ルクレティアさん一人に時間をかけてしまうと戦況はまずいことになるでしょう。もしかすると、シィにはそちらの撹乱にまわってもらったほうがいいかもしれません」
「だが、魔法に弱いのはお前も同じだ。シィのフォローがないと一対一は厳しいんじゃないか?」
「それなんですが、最近、少し練習している魔法があるので。そのあたりを使って不意をつくことはできないかなと」
「魔法? へえ、えらいじゃないか」
「マスターが町に連れていってくれないから、暇だったんですっ」
おいてけぼりを食らわされたのがよほど不満だったのか、半透明の頬をふくらませる。
「いざってときに飛べないんだからしょうがないだろう。それで、どんな魔法だ」
「秘密ですっ。……まあ、レジストマジックなんですが」
「魔法無効か? すごいじゃないか」
レジスト。無効というよりは硬化といったほうが近いかもしれない。
表面に魔法力に強い抵抗を持つ膜を張り、その影響を受けつけなくするもので、決して習得が簡単な魔法ではない。
元々が打撃に強く、魔法に弱いスラ子にはうってつけの魔法に思えたが、
「それがなかなか。硬化膜の強度は魔力の練りこみによる熟練が大きいので、今の私ではほとんど一瞬しかもたせられません。それに、表面に膜をはるということは、内側からの魔力も通さないわけですから、」
「――魔法が使えない?」
「はい。それに、魔力干渉そのものが阻害されるので、自由に身体を変化させることも難しくなってしまいます」
それは、きつい。
魔法耐性とひきかえに、スラ子の大きな特徴を二点もうしなってしまうことになる。
「メリットだけじゃないってわけだ」
「対魔法使いということで切り札にはなると思います。使いどころに注意しなければ、自滅に終わってしまいそうなところが怖いですが……」
「スラ子がそれをつかったときのシィのフォローも含めて、作戦が必要だな」
俺の言葉に、じっと俺たちの会話に聞き入っていたシィがこっくりとあごをひいて応える。
いつもどおり静かだが、瞳にやる気をみなぎらせているようにも見える様子にスラ子がにっこりと微笑んで、
「はい。時間はあまりありませんが、少しでもパターンを考えて、たくさんの対応を検討していきましょうっ」
それから夜遅くまで、俺たちは話し合った。
◇
夜があけて昼前に町へ向かう。
今日の目的は情報収集ではなくて、今から用意が間に合う罠の準備に使える材料を買いに道具屋にいくことだ。もちろんシィにもついてきてもらっている。
昨日の話し合いで、シィにはこれから護衛だけでなく日中、空から姿を消したまま町を監視する役割をつとめててもらうことが決まっていた。
町から調査隊が出たら、いそいで洞窟に戻ってそれを知らせる。
入り口に埋めてある反応石はルクレティアに気づかれてしまう恐れがあるのですでに掘り返していて、敵襲を知らせるシィの役割は前回同様にとても重要だった。
俺は店のカウンターに不機嫌に鎮座する婆さんといつものように悪口をかわしながら買い物をすませ、外に出た先で視界にはいった光景にぎょっと身を強張らせた。
遠くの店先で、見覚えのある二人が話をしている。
一人は金髪を長く伸ばした小奇麗な服装の女。もう一人はそれよりやや小柄な、ボーイッシュ風の少女。
ルクレティアとカーラだった。
カーラの表情はこちらからは見えないが、ルクレティアは遠くからでもどことなくわかる機嫌の良さそうな雰囲気で、目の前の自分が嫌っているはずの少女になにか話しかけている。
ルクレティアの視線が、ちらりと俺の方に向いた。
その口元に冷笑じみたものを見て、俺は視線をはずしていそいで町の外へ歩き出した。
どくどくと心臓の鼓動が高く鳴りはじめている。
発汗と動悸は洞窟に帰りつくまでのあいだ、ずっとおさまらなかった。
「カーラさんが、ですか?」
俺からの報告を受けて、スラ子は眉をひそめた。
「……ああ。びっくりして思わず逃げ帰ってきた」
まだ心臓が暴れている。
スラ子から手渡されたグラスの水をひと飲みして、無理やりに落ち着かせた。
確かめるのも怖い、しかし確かめなければ大変なことになることを、スラ子に訊ねる。
「どう思う。カーラは、ルクレティアに俺たちのことを話したと思うか?」
もしそうなら俺たちが考えている対応はまったくの無駄だ。
ルクレティアが洞窟に俺たちがいることを知っていて、そのうえで調査隊としてやってくるなら、当然俺たちの襲撃も予想したものになるだろう。
戦闘準備。そのためのパーティ構成。
そもそも――襲撃があると相手に認識されている時点で、奇襲は成立しない。
カーラは前回の戦闘中の記憶をおぼえていないとはいえ、スラ子とシィというとっておきの戦力についてもばれていることになる。
それらを見越したルクレティアの用意を打ち砕くのは不可能、とまではいかなくても、非常に厳しいものになるだろう。
はっきりいって勝ち目がない。
そう思うのは別に俺がヘタレだからではないはずだ。
だが、そんな俺を見るスラ子の視線はいつになく冷ややかで、
「まったく」
ぺちん、とチョップされた。
「なんだよ」
「まったくもう。マスターはもう、まったくもうです」
「意味がわからん」
連続する脳天チョップを邪険に払いのけると、ため息をつかれる。
「マスターは女ごころってものがわかってなさすぎます」
ちょっと前に女の勘発言をされたことがあるが、今度は女ごころときた。
「そんなもん知るわけあるか。こちとら歴戦のぼっちだぞ」
「自慢しないでください」
呆れたような半眼に、危機感をおぼえた様子はかけらもない。
「どういうことだ。カーラからなにか聞いてるのか?」
「そういうわけではないですが……」
初等の足し引きがいったいどうしてそうなるか、その理屈を子どもに教えるような表情でスラ子は唇に手をあてて、
「大丈夫だと思います。むしろ、逆の意味で心配かもしれません」
「逆? 逆ってなんだ」
「それは――いえ、カーラさんと距離をおくというのがマスターの選択なら、関係ありません」
そんなふうにいわれて気にならないはずがない。
不満そうな俺に、スラ子は少しいじわるそうに笑って、
「それとも、今夜にでもカーラさんの救出にむかいますか? お宅は町の外れということでしたし、ルクレティアさんの屋敷に忍び込むよりはうまくいくと思います。そのまま、少し強引にでもこちら側へ招くこともできますが」
からかうようにいった。
こちら側へ招く。という行為がどういうことを指しているか気づいて、俺は顔をしかめる。
「いらん。却下だ」
「はい、マスター」
スラ子はその返事がわかっていたというふうに微笑む。
「……わけがわからん。大丈夫なんだな? 今のとおりに準備をすすめて」
「ええ。カーラさんはそういうことをする人ではありません」
それも女の勘なのか、やけに自信満々にいいきるスラ子の表情を見つめて。
不安に思いながらも俺はその言葉を信じるしかなかった。
外の監視をシィにまかせ、俺とスラ子で洞窟のなかの準備を整える。
罠を準備して、スライムたちの調整をして。
シィがあわただしく洞窟に戻ってきたのは二日後の昼のこと。
「――来たか」
こくこくとうなずくシィから詳細な報告を聞いて、俺は小さく息をのむ。
人数は六人。
決して少なくはない。十分に多いが、それでも最悪というほどではない。
ルクレティアを中心にやはり護衛役らしき集団をひきつれている様子。
それはいい。
問題なのはただ一点。
その護衛の一人に、カーラが含まれていることだった。