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六話 美貌の令嬢とその野望

 前にカーラと訪れたことのある町長の家は、町の高台にある。

 偉ぶるやつは高いのとでかいのが好きだという偏見を俺は固く信じているが、この場合それは正しいのかどうか、そこらの家にくらべて横幅だけで倍近い屋敷だ。


 玄関を叩くと慇懃な態度の中年女性が俺を出迎えた。


 先祖代々、改修して住み続けてきたのだろう家のなかを歩いて、客間にとおされる。

 長ソファに座って少しも待つことなく、ノックがあって家の人間がはいってきた。


「ご機嫌よう」


 にこりともしないでいったのは、町長の孫娘ルクレティア。


「どうも」


 無愛想に返す。こっちは、緊張で愛想笑いを浮かべる余裕もなかっただけだ。


「わざわざありがとうございます。飲み物は紅茶でいいですか?」

「なんでもいいですよ」


 そうですか、とそっけなくうなずいて家の人間に茶の準備をいいつけると、沈黙。しばらくして使用人がお茶をもってくるまで、ルクレティアはひとことも口を開かなかった。


「来ていただいたのは、聞きたいことがあったからです」


 茶をもってきた使用人がさがると、それを勧めることもせずに用件を切り出す。

 別に世間話の相手をしてほしいなんて思ってもいなかったが、相手の態度はあまりにもあからさまだった。


「妖精の鱗粉。あんなものをリリアーヌさんのお店に持ち込んだのは、貴方ですか」


 単刀直入。余計な会話などしたくもないという態度がありありとして、好意なんざ抱きようもない。


 俺は顔をしかめて、


「いったいなんでそんなことを答えなきゃならない」

「私が質問しているからです」

「こりゃ凄い。王都帰りのお嬢様となると、王侯貴族並みの横柄さだって許されるんだな」

「そのとおりです」


 皮肉をこめた台詞に眉一つ動かさず、女はいった。

 あまりに堂々といわれて二の句が告げない俺からちらりと視線をはずして、


「……今日はおかしなものを引き連れてはいないのですね」


 俺はぎょっとして、表情にあらわさないようにするので必死だった。


 スラ子とシィは今日、一緒には来ていない。

 スラ子は不満そうだったが、婆さんの店でなにか感づいていた様子の相手のもとに同行させるのを避けたからだ。


 やはり正解だったらしい。

 この女、あのときのスラ子たちに完全に気づいている。


「なんのことかわからないな」

「まあいいでしょう。あのお店にはよく変わった方々が顔を出されているようですし。本当に、迷惑な人です」


 名指しだけは避けた台詞には、もちろん俺やカーラのこともはいっているのだろう。

 それどころか町の人間である婆さんまで公然と迷惑よばわりだ。


 俺と婆さんは決して仲が良くはない。むしろ犬猿の仲だが、数少ない顔見知りを悪くいわれていい気分はしなかった。


「皮肉と文句をいいたいだけなら、帰らせてもらっていいか」

「どうぞご自由に。こちらから無理にひきとめるつもりはありません」


 自分から呼び出しておいてこの言い様だ。

 なんだこの女。俺が、俺なりに目算をもって来ていることをわかってるのか?


 ――ああ、これも駆け引きなのか。もういやだ。帰りたい。


「……せっかく来たんだから、茶の一杯くらい飲んでからにする。わざわざ、こんなところまで呼び出されたんだしな」

「いくらでも。外で貧しく暮らしている方には、そう口にできるものではないですわ」


 うわ、ムカツク。

 腹だち紛れにティーカップをかたむける。美味くていっそう腹がたった。ついでにちょっと舌の先を火傷もした。


 ルクレティアはこちらを見据えたまま話さない。

 聞きたいことはもういってあるとばかりの冷たい眼差しだった。


「たとえそうだとしたら、どうだっていうんだ」


 こちらが譲歩しないと話がすすまない。俺は間接的に相手の発言を認めて、訊ねる。


「とても興味があります」


 相手は冷ややかな表情のまま、


「妖精の鱗粉。こんな田舎町では需要などまるでないでしょうが、その価値は非常に高い。物や場所にもよりますが、一般的な市場価値は砂金以上にもなるでしょうね」

「あんたは魔法使いらしいな。だからこその興味か?」


 女は長く垂れた金髪をわずかに揺らす。


「為政者としての興味です」


 手もとのティーカップをもちあげて、


「この町には特たる産物がありません。森と水。自然だけが豊富なところです。ですが、貴方がどうやってその妖精の鱗粉を手に入れたのか。それを知ることができれば、あるいはそれはこの町を豊かにする基盤産業になりえるかもしれませんわ」


 俺は相手の正気を疑う気分で凝視した。


「妖精の鱗粉を、町の産業にだと?」

「いけませんか?」


 そこではじめて、うっすらと微笑む。


「自然しかないのなら自然を利用すればいい。森、水、妖精。それで町が豊かになれるというのなら、使えるものはなんだって使います」


 人間至上主義。


 この女のような考えは、この世界では珍しいものではない。人間の、特にその支配者層には自然と浸透している思想だった。


 人間は、人間の発展と幸福のために他のすべてを利用してもいい。

 あるいは。世界は、人間が管理することによってはじめて平穏になりえる。


 そういう考えをもって生きている人間は決して少数ではなかった。


「平和な田舎町は、平和だからこそいいもんなんじゃないのか? 周辺とやっかいごとを起こして、戦争でもやりたいのか? 近くの山に竜が住んでいることを知らないわけじゃないだろう」

「空高く飛んでいる姿を何度か見ましたわ。そうですね、訂正しましょう。森と水、そして竜。それがこの町でした」


 ぞっとした。

 この女、とんでもないことをいいやがった。


 今の言い方。それは、たとえ竜だろうと利用してやるぞとそう宣言したのにも等しい。


「正気か。馬鹿げたおとぎ話を信じて、竜を図体だけのまぬけな生き物とでも思ってるのか? 少しでも連中の視界で騒いでみろ、あっという間に踏み潰されるだけだ」

「たしかに私は子どものころに聞いたおとぎ話以外、竜には親しくありません」


 ですが、と女は目を細める。


「そういう貴方はずいぶんと竜の生態について詳しいように聞こえますわね」


 ――しゃべりすぎた。

 渋面になる俺を見て、ルクレティアは冷ややかな笑みを揺らした。


「少しだけ、貴方自身にも興味がでてきました。町の外に住んでいるのも、なにか理由があるのでしょうね」


 俺の正体を見通そうとするかのような目線をくれる。


 ヤバい。相手は完全に俺よりも格が上だ。

 それともこっちが小者すぎるだけか。どっちでもいいが、これ以上は話せば話すだけ相手にうかつな情報を漏らしてしまいそうだった。


 黙りこんだこちらを見下した表情で笑って視線をはずす。

 紅茶を飲む相手の瞳からのがれて、俺はほっと息を吐いた。


「私は近い将来、この町を治める立場になります」


 ゆるやかな口調で、ルクレティアが話題をかえる。


「夫を迎え、その補佐という立場に。しかし女だからといって家のなかだけにおさまるつもりはありません。私は私の意志と能力で、この町を豊かにしていくつもりです」


 淡々としているが、その台詞には深い自信が秘められていた。


「そのために有用なら、貴方を使ってあげてもかまいませんわ。町への居住も許可しましょう。……夫に迎えるつもりはありませんが。貴方のような男性は好みではありませんので」


 いっそすがすがしいほどの物言いに、俺は嫌味なしに笑う。


「凄いな。あんたみたいな人間は、あんまり見たことがない。昔の知り合いを思い出した」

「では、先ほどの質問について答えていただけますか? 貴方があの妖精の鱗粉をいったいどこで手に入れたのか、教えてくださいますね」

「……ひとつ聞きたい」

「どうぞ」


 特別に許す、といった態度に思わず苦笑してしまう。


「妖精って種族がどういう連中か知ってるな。偶然、人間に妖精の鱗粉を分け与えるような気まぐれはあっても、それを恒常的に続けてくれるなんて普通はありえない」


 脳裏にシィのことを思い浮かべながら、


「あんたはそのやり方を聞いているのか? 妖精を、群れごと人間たちに奉仕させようって?」

「そんなことが可能なら、素晴らしいですね」


 奉仕という単語に平然と、ルクレティアがいう。


「しかし、さすがにそこまで期待はしていません。一に効いたからといって、百に効くわけでもないでしょうから。私が知りたいのは、まずその事実。詳細については参考にするだけです」

「一の方法が使えなくても関係ない?」

「一の事実があれば、百には百を得るための方法を考えますわ」


 それを聞いて確信した。


 この女にとって、妖精の鱗粉を町ぐるみで産業化する、という思いつきは今の段階でほとんど決定しかけている。

 俺が妖精の鱗粉の取得を認め、妖精たちの在り処を知ったなら、あとは自分の意思で突き進むだろう。


 それが何年後になるかはわからない。

 竜やその他の魔物たちがそれぞれ幅を利かしている微妙なパワーバランスのなか、そんな横暴が許されるはずもない。


 だが、この女ならきっとやるはずだ。

 森を拓き、川を汚してでも自分達の意思を通す。それはまさに人間という種族がもつ強さだった。


 ――正直なところ、俺は目の前の相手に感嘆していた。


 女だからとか、美人だからとかは関係ない。

 はっきりと自分の意思をもち、目標を定めて、周囲のすべてを使ってでもそれに向かおうとしている。

 そういう相手は素直に尊敬できる。


「質問はおしまいですか? では、私からの質問にも答えてもらいましょう」

「ああ」


 俺は、ほとんど相手を仰ぎ見るようにして、


「誰がいうか、ばーか」


 ありったけの悪態を込めていってやった。


「……ずいぶんと幼稚な返答ですわね」


 わずかに顔をしかめるルクレティアに、


「こんなど田舎で女王様気取りの馬鹿女に、幼稚もなにもあるか。俺があんたに答えなきゃならないことなんてなんにもない」


 はっきりと言葉を叩きつける。


「私の立場はすでにお伝えてしていると思いますが」

「だからなんだ」

「町の外にはびこる浮浪者如きが、町の有力者から不興をかって生きていけるとでも?」


 口調は静かなままだが、それはもう露骨な脅迫だった。


「好きにしろよ。俺はあんたみたいな人間、嫌いなんだ。話は終わりだな、これで失礼する」


 立ち上がりかけたところに冷たい声が打つ。


「――この私にそのような無礼を働いて。このまま無事に帰れるとでも思いますか」

「客にむかって無礼なのはどっちだ」


 俺はじろりと倣岸不遜な相手をにらみつけて、


「そっちこそ、なんの用意もなしにこんなところにやってくるとでも思うか?」


 まあ、なんの用意もしてないんだが。


 はったりを本当だと受け取ったのか、それとも万が一の可能性を考えただけか。ルクレティアは無言でこちらを見据えてから、呆れたように嘆息した。


「もう少し、頭がまわる相手だと思いましたが」

「そいつは失礼」

「けっこう。ですが、一つだけ答えてもらいましょう。私が貴方からの問いに答えたように」


 案外セコい女だ。

 俺からの視線を無視するようにして、


「なにをそんなに不快に感じているのか、正直いって理解できません。妖精族への干渉がそんなに気に入らないと? 貴方は彼らの鱗粉を、それほど平和的で素晴らしい方法で手に入れたのですか?」

「まさか」


 俺は自虐するように笑った。


 たとえこの女が妖精たちから強制的に妖精の鱗粉を手に入れようとしても、俺なんかにそれを非難する資格はない。


 行き倒れていたシィを捕まえて、スラ子に弄ばせた。

 いま、シィがどんな気持ちで俺たちと一緒にいようが、そんなこととはまったく関係なく。もちろんスラ子の提案とか魔力供給云々なんてことも無関係に、俺がシィにやったのは酷いことだ。


 魔物が相手の非道を批判するなんて、笑い話にもなりはしない。

 だから、俺がこの女の提案を蹴るのはそんな理由じゃない。


「いっただろ。あんたみたいな女が嫌いなんだよ」


 相手はなにもいいかえしてこなかった。

 ただ、その彫刻のように整った表情に朱がさしているのに気づいて、俺は早々に屋敷から退散した。


  ◇


「――で。またまた啖呵きって帰ってきちゃったわけですね」


 呆れたようなスラ子の声に、ぶすっとした声で返す。


「そうだ」

「相手がアカデミーで自分をけなした連中に似ていたから?」

「そうだ」

「ついカッとなって渡りをつけるどころか、ケンカを売ってきてしまったと?」

「……そういうことだ」


 ため息。


「その相手に思いっきりいってやれて、どうでした?」

「めちゃくちゃスカッとした」

「それで、今の気分はどんなですか?」

「調子にのってやりすぎてしまったと死ぬほど後悔してる」

「せめて最後のそれがなければ、男らしい!と思えるところです……」


 頭痛を感じるように頭をおさえ、スラ子はもう一度息を吐いて気分を変えると、


「――過ぎたことをいっても仕方ありません。それに、マスターのお話から察するに、もともと交渉の余地はないようですし」

「そうだな」


 自分の行動を言い訳するつもりではなく、俺もうなずいた。


「あの女は完全な人間至上主義者だ。魔物との共存なんて、頭の片隅に思い浮かべもしないタイプだよ」

「私たちとの敵対は避けられないわけですね」

「ああ。しかも思ってた以上に頭もまわりそうだった。やっかいだ。やっかいすぎる」


 金も地位も能力もある、そんな相手とやりあわなければならなくなった。

 そしてその理由はすべて俺のせいにある。


 別に相手と共存できないからって、あの場でケンカをうってくる必要はなかった。少しでもこちらの準備が整うまで潜伏していればよかったのだから、


「――今から謝ってきたら許してもらえるかな?」

「そんなわけないじゃないですか」


 半眼のスラ子にツッコミをいれられた。

 だよなー。最後のあの顔、めちゃくちゃ怒ってたもんなあ。


「覚悟を決めてください。私たちが生き残るためには、あの女の人をどうにかしないといけません」

「……そうだな」


 ルクレティアは次代の長か、その配偶者になることが決まっている。

 俺たちがこの洞窟にいる以上、どうしたって関わりが続いていくのだ。


 それとも、いっそのこと逃げるか?

 スラ子とシィを連れて。それからスライムちゃんズと、引退間際のスケルトンにもしかしたらカーラも一緒について来るかもしれない。それで、みんなでどこか遠くへ――遠くってどこだ。


 一度、逃げることを考えはじめたら止まらない。

 今までの人生でそのことを重々承知しているから、俺は無理やり思考をシャットダウンして、


「とにかく、考えるぞ。あの女への対策を」

「はい。今のところ、私たちがこの洞窟にいるということは知られていないでしょうが、向こうもあからさまな敵対者を野放しにしてくれるはずもありません。これからは町へいくときも気をつけないといけませんね」

「カーラのこともだな。明日にでも、道具屋の婆さんに言伝を頼んでおこう。しばらく俺たちと会うべきじゃない。一緒にいるところをあの女に見られでもしたら、あの子の立場がますます悪くなる」

「そうなると、新しい薬草の試作も?」


 少し眉をひそめたスラ子にうなずく。


「中止とはいわないが、そっちよりあの女をどうするか考えるほうが先決だな。どうせカーラとの接触が難しくなるんだ。材料だって手に入りづらくなる」

「……カーラさん。悲しがるでしょうね」


 俺は顔をしかめた。


「仕方ない。彼女は人間だ、魔物じゃない。迷惑はかけられない」

「だったら、魔物になってしまえばいいじゃないですか」


 怒ったようにスラ子がいう。俺は冷静に答えた。


「それを決めるのはお前でも俺でもない」


 魔物というのは種族ではない。生き方だ。

 人間の範疇から外れた生き方を、他の人間に強制することはできない。


「それはそうですが」


 スラ子は不満そうだった。


 いつの間にかずいぶん仲良くなっているらしい。前に考えたことはただの杞憂だったのかもしれなかった。

 まあ、カーラはとてもいい子だから、スラ子の気持ちだってわかる。 


「……とにかく、ルクレティアだ。あいつが町の権力を握ればこのあたりの魔物はいずれ駆逐されるだろう。そうなる前になにか手を打たないと、俺たちに未来はない」

「マスター。それはどんな手を使ってでも、ですか?」


 スラ子がいった。

 カーラのことは一旦忘れ、ルクレティアの問題へ意識を集中している。


 命令さえあればどんな冷酷なことでもやってのけそうな眼差しにひそんでいるのは、自分の臨んだ獲物に牙を向ける興奮だった。


 スラ子の状態は、よくよく気をつけなければならない。前回みたいな暴走はもうごめんだ。

 あらためてそのことを思いながら、俺はうなずく。


「――なるべく穏便にだ。それは変わらない。だが穏便にすますためになら、手段は選んではいられない」


 唇をなめると、緊張でひどく乾いていた。


「最悪の手段もだ。絶対に、あいつをどうにかするぞ」



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